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第二部

二十一話 不精な若者の計略 中②

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 オークショニアはまだ放心したような顔をしていたが、「早くしろ。ここを潰すぞ」と少年から冷たい声で脅されて我に返ったようにハンマーを握った。

「そ、それでは、不死鳥の卵の落札を始めます」

 震える声でそう言ったオークショニアが会場を見回す。

「今一度、参加される方はパドルを上げてください」

 その声で手を上げた人数はさっきより少ない。
 王様に張り合いたくないんだろう。さっき床に膝をついていた人達は皆手を下ろしている。
 オズワルドを見ると、アシュラフ皇帝の方を注意深く見つめながら彼はパドルを上げていた。

「それでは、まず一億ディルから」

 会場がざわついた。
 最初から一億とは、確かに最低価格が高すぎる。
 ディルというのはラムル神聖帝国の通貨の単位で、デルトフィアと換算値はそう変わらないはずだからかなりの大金だ。
 次々と参加者がパドルを下ろしていく。

「それでは、次に二億」

 オークショニアがそう言うと、また手が下がっていく。オズワルドは上げたままだ。
 長椅子の少年を見ると、彼も背もたれに置いた肘はそのままにして手を軽く上げてひらひらと振っている。

「三億……四億……五億」

 どんどん値段が釣り上がっていく。
 ほとんどパドルを上げている人がいなくなった。もう皇帝とオズワルド、それから金持ちの行商人といった装いをしたおじさんだけだ。
 俺はことの成り行きをぽかんと見ていたが、その時舞台の上でトビがまた羽ばたいた。

 もうお腹すいたのか。
 このタイミングで目立つのはやめてくれよ。

 と思いながらもギャアギャア騒がれたらどちらにしろ面倒なので、俺はそろそろと籠を抱えながらワゴンに近づき、トビに魚をあげた。オークショニアの方からは「九億……十億」と声がするからきっと参加者達は皇帝やオズワルドの方を注目しているだろう。
 相変わらずあーんと嘴をあけるトビが空気を読んでいないのが可愛くて、少し口元が緩む。
 最後の魚をあげてから、トビの嘴が届くあたりに干し肉を置いておいた。

「もう少しだから、我慢しろよ」

 そう囁いて、俺はまた籠を抱えて舞台の隅に戻った。

「それでは、15番の方、十三億はどうですか」

 オークショニアの声を聞いて会場の様子を確認すると、番号で呼ばれたオズワルドは十三億と聞いてもまだパドルを上げている。
 他に手を上げているのはもうアシュラフ皇帝だけだ。いつの間にか二人の一騎打ちになっている。

「次に陛下、十四億ではいかがですか」

 既に退屈そうな顔をした少年がひらひらと手を振って了承を示す。

 十四億?
 すごくない?
 皇太子殿下から資金もらってきたって言ってたけど、オズワルドは本当にこのまま競り落とすつもりなのか?

 オズワルドを見ると、何か考え込むように難しい顔をしていた。

「では15番の方、十五億では」
「もうよい」

 オークショニアの声を長椅子の皇帝が遮った。
 つまらなそうに欠伸をして、足を組み替える。

「三十億出す」

 そう言い捨てた彼にまた会場がざわめいた。
 オークショニアも目を丸くして年若い王を見ている。
 皆がオズワルドの方を見た。
 彼は何か考えるように眉を顰めると、パドルを下ろした。
 俺はそれを見て仰天する。

 おい。
 いいのか。

 アシュラフ皇帝が不死鳥の卵を競り落としてしまったぞ。王子の倍額出して。
 資金が足りなかったのか?
 それともラムル神聖帝国の皇帝に張り合うのが得策ではないと判断したのか。

 どちらにしろ、これで不死鳥の卵を手に入れるというミッションが達成できなくなった。
 これからどうするつもりなんだろう。
 まさか、宮殿に忍び込むとか言わないよな。
 と内心で恐れていると、オークショニアが「では三十億で落札です」と震える声で言ってハンマーを叩こうとした。

「待て」

 その時また皇帝がオークショニアの声を遮る。
 会場の参加者達が彼に注目すると、彼は俺がいる舞台の隅を指差した。

「あと、それも一緒に」

 それ、と指差す先には品物がない。
 俺はきょろきょろして周りを見るが、それらしき物は何もない。

「そこに立ってる召使いも一緒にもらう」

 ……は?

 俺は思わず長椅子に座るアシュラフ皇帝を見た。
 薄暗い照明に照らされた皇帝の愉快そうな目と目が合う。俺と目が合うと少年はまた邪悪な顔をして笑った。

 この王様今なんて言った?

「顔が気に入った。首輪をしているからここの使用人か奴隷だろう。卵の世話係としてあれも一緒に買い取る」

 俺を指差す皇帝を見て、俺は今度はぽかんと口を開ける。

 え?
 買い取る?
 買い取るって言った?
 俺を?

「ええ? はい……うん?」

 オークショニアがそこで初めて俺の顔をまじまじと見た。怪訝な顔で俺を見てくる。あんな顔のやついたかな?って顔だ。だろうな。

「いえ、申し訳ありません陛下。あれは従業員では……」

 オークショニアが狼狽えている。
 そうだよな。
 いつの間にか怪しい奴が従業員に扮して紛れてて、しかもそれを売る状況って意味わかんないよな。頼む。断ってくれ。

 俺は背中に冷や汗を垂らしながら、支配人に祈った。

 オークショニアの焦った様子を渋ったと勘違いしたのか、アシュラフ皇帝はふんと鼻を鳴らした。
 面倒そうにため息を吐いて手を軽く振った。

「なら更に倍額でいい、あれも付けておけ」
「倍額?!」

 会場内がざわめく。
 更に倍ってことは、六十億ってことか?

 度肝を抜かれる金額に、俺は思わず口を開けたまま気を失いそうになる。

 いや、金額なんてどうでもいい。
 ヤバい。なんか俺が売られそうになってる。

 内心焦りまくってオークショニアを縋るように見ると、彼はすでに俺を見ていなかった。

「六十億ですね、はい。わかりました」

 オークショニアがそう言ってハンマーを思い切り叩いた。

 わかるなよ!
 勝手に売り飛ばすな!!

 心の中で大声で怒鳴った。
 おい、まずいだろう。
 このままじゃおかしなことになる。

 会場に目を向けてオズワルドを探すと、彼は俺とアシュラフ皇帝を見比べてまだぽかんと口を開けたまま固まっていた。

 しっかりしてくれよ王子。
 お前が「今回も」とか言ったせいで変なフラグが回収されたんだぞ! 責任とれ!
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