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第二部

二十話 不精な若者の計略 中①

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 俺は魚を食べ終わってこちらを見ているトビにもう一匹魚をあげた。
 純粋な目をしてあーんと嘴を開けるトビはちょっと可愛い。
 このまま窮屈な鳥籠の中にいるのは可哀想だから、任務が完了したらうちに一緒に連れて帰ろうかな。兄さんならトビでも喜びそうだ。

「最後の品を持ってきなさい」

 部屋の前方にある片開きの扉が開いて、背広を着た背の高い壮年の男性が俺に声をかけた。

「はい。ただ今」

 少し緊張してからそう返事をして俺は顔を伏せた。長く働いていそうな従業員には、俺が異分子だと気付かれる恐れがあるから怖い。見た限りこの人は首輪もしていないし、ここでバレる訳にはいかない。
 気づけば他の品はなくなっていて、いつの間にかもう不死鳥の卵の順番が回ってきたらしい。

 俺は鳥籠を持ち上げて運べばいいのか一瞬迷い、よく見ると籠が乗っている机には車輪がついてワゴンになっていることに気がついた。
 ワゴンの横に回り込み、持ち手を見つけて押してみる。そこまで重たくないから難なく動かせた。
 車輪が回る音を響かせながら、開いた扉に近付いき呼びに来た背広の男性とすれ違う。
 その瞬間ぐいっとシャツの後ろの襟を掴まれて、俺はびくっと固まった。
 顔を伏せたまま動きを止めると、襟足をじろじろ見られる気配がして、俺は固まったままバレたのかと思い緊張して息を止めた。
 首輪が他の人と違うことに気付かれたんだろうか。内心どうしようと焦っていると、「なんだ」と呟く声がしてシャツの襟から手が離れる。

「もうお手つきか」

 そう残念そうに言った男性が俺から離れ、先に舞台の方へ歩いて出て行った。

「いつの間にあんな上玉が入ってたんだ」

 微かに聞こえた声はそう言っていたと思う。
 俺は瞬きして、それから慌ててワゴンを押した。

 びっくりした。
 ドキドキしている心臓の音がヤバい。
 さっきのどういう意味なんだ。
 まさかとは思うが、本当にまさかと思うが、もしかしてそういう目で見られていたんだろうか。

 首の後ろをやけに見られていたなと思い返してから、そういえばもう一昨日にはなるがグウェンが何度かそこにも吸い付いていたのを思い出す。
 鬱血になっているのが見えたのか。
 首輪の下にも見えただろうから、隷属している主人に付けられたとでも思われたのかもしれない。ほっとしたら良いのか、ぞっとしたらいいのかわからないが、とにかくバレなくて良かった。まだ心臓が変な音を立てて動揺していたが、ワゴンを押しながら控え室から出る。逆光になって最初は眩しかったが、少ししたら目が慣れた。
 会場にいる参加者達に注目されているのを感じながら、顔を見られないように下を向いて、スポットライトに照らされた何もない舞台の真ん中にワゴンを据えた。

「それでは、本日最後の品になります。世にも珍しい、私ももう二度とお目にかかれるかもわからない代物です。本当なら王宮に献上するべきかもしれませんね」

 オークショニアが話し始めたので、俺はそっと舞台の隅の陰に餌が入った籠を持って引っ込んだ。話しているオークショニアはこのオークションの支配人だと思うのだが、トビと卵に集中しているのか、多分俺のことはまだバレていない。
 ほっとしてちらりと会場の方を見ると、先ほど教えられた前から三列目の肘掛け椅子にオズワルドが座っているのが見えた。
 俺と目が合い、彼が微かに微笑む。

 やっぱり大丈夫だったでしょ。と言わんばかりに目を細める彼を見て、俺は目だけで軽く睨んでおいた。

 大丈夫じゃなかったんだが。
 変なおっさんに危うくロックオンされるところだったんだぞ。

「トビが温めておりますが、その下の銀色の光が見えますでしょうか。不死鳥の卵です。その血はどんな病も治す妙薬になり、心臓は恐るべき力を秘めている、デルトフィア帝国にしか生息しない幻の鳥です。なんと今回は特殊なルートで入手しましたが、間違いなくこれが最後になるでしょう。欲しいと思われる方はどうぞご参加ください」

 オークショニアが悠々と話を続け、参加者が次々とパドルを上げていく。

「それでは始めます。まずは……」

 オークショニアが金額を口に出そうとしたその時、会場の後方の扉が突然開いた。
 バタンと大きな音がして、皆思わず後ろを振り返る。俺たちが入ってきた方とは逆の、おそらく屋敷の表側の廊下に繋がる扉が開き、会場の中に軽い足音が入ってきた。
 まだ年若い少年に見えた。
 髪の色はほとんど白に近いプラチナブロンドで、ラムルの人間にしては肌が白い。暗いのと遠いので目の色はあまりよく見えないが、とにかく背はそこそこ高いがまだ十代半ばといった風貌の少年だった。
 身につけているゆったりした白い民族衣装の上に、闇に溶け込むような黒い上着を着ている。その上着は丈が足元まで長く、横にスリットが入っていた。正面の合わせの部分に金色の刺繍がふんだんに施されていて見るからに高価そうな衣装だ。

「お客さま、困ります」

 と召使いが一人慌てた様子で後を追いかけてきて少年を止めようとする。
 ふん、とそれを軽く嘲笑った少年は気にする様子もなく舞台の方へ歩いてくる。

「陛下?!」

 と参加者の中から誰かがそう言う声が聞こえた。

 陛下だと?

 俺はその声に驚愕して、不遜な顔をしながら会場に入ってきたその少年を凝視した。

 陛下って、サーカスの座長がラムル神聖帝国皇帝のアシュラフ様って言ってた人?!
 こんなに若いのか?!
 どう見てもまだ十代じゃないか!

 オズワルドを見ると、彼も予想外だったのか陛下と呼ばれた少年の方を目を見開いてじっと見ている。

 ざわつく会場内を見回して、またふんと笑った少年は勝手に参加者の椅子に近づくと、誰も座っていなかった分厚い絨毯が下に敷いてある豪華な長椅子にどさりと座った。足を組んで背もたれに片肘をつく。

「私も参加する」

 そう言い放った少年を周りの参加者達は慄いて見つめていた。ラムルの人も多かったのか、立ち上がって膝を付いている人も何人かいる。
 オークショニアも突然の出来事に狼狽えて周囲を見回してしまっている。
 そらそうだろう。
 いきなり闇オークションに王族が来たらビビるよな。
 しかもこの国のトップが堂々と参加する宣言しちゃったし。

「あの、アシュラフ陛下、参加されるというのは……」

 オークショニアが額の汗を拭きながらアシュラフ皇帝の様子をうかがっている。
 少年はその様を見て口元を歪めて笑った。
 多分黙っていれば顔はかなり綺麗な部類に入ると思うが、浮かべる笑顔が邪悪すぎてなんだかぞっとする。

「不死鳥の卵を競売するんだろう。私も参加する」

 もう一度堂々と闇オークションへの参加宣言をしたアシュラフ皇帝は、「早く始めろ」と片手を振った。
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