124 / 339
第二部
十六話 不精な若者の思惑 後①
しおりを挟むバシンッ
気を抜いていた彼の頬にまともに当たり、オズワルドは目を丸くして数歩よろけた。
やっちまったわ。
王子様殴った。
でももういい。
うちの実家には末の息子を心配して世話を焼きたがるモンペ予備軍の両親と、なんだかんだ俺には甘い切れ者の兄がいる。
それに俺には俺を溺愛する人間兵器の恋人がいるんだ。不敬罪で訴えられても負ける気はしない。絶対に勝訴してやる。
頭の中で一瞬でそう考えてから、頬を押さえて俺を見つめるオズワルドを睨んだ。
「あんた、いい加減にしろよ。いくら周りの人間が自分のことを忘れるからって、やっていいことと悪いことがあるだろう」
そう冷たく言うと、彼は瞬きした。
「みんな忘れるからって、あんたがしたことは無かったことにはならない。些細なことでも、人を傷つけたことは、無かったことにはならないんだ。それはやったあんたが一番よくわかってるだろう。面白半分に我を通すあんたのやり方は、俺には不快だ。人に嫌なことをするなって子供の頃に教わんなかったのか。やる前に思いとどまれよ。じゃなきゃこの先あんたはもっと孤独になる」
怒りを込めて言い捨てる俺の声を、目を見開いたまま聞くオズワルドは真顔だった。いつもの調子の良い笑顔がなりを顰めて、やけに静かな素の表情で俺を黙って見ていた。
「人が忘れるからって、何やってもいいなんて思うな。忘れられたくないからって、何でも大袈裟にしようとするなよ。協力してほしいならそう言え。無理矢理やらせるんじゃなくて、ちゃんと言葉に出して言えよ」
大声で怒鳴らないようになるべく苛立ちを抑えて怒ったが、それでも言葉の端々に刺は出る。気づいたら敬語はどこかに飛んでいってしまった。
相手は王子だが、これだけ迷惑かけられてるんだから少しくらいキツく言ったって許されるだろう。王子の事情もそれなりに汲みたいとは思った。さっきのが単なる俺への嫌がらせや面白半分に遊んでるだけなら俺だって容赦なくもう十発くらいは殴ってるが、王子の場合半分はそうじゃない。ふざけていても、彼の人の反応を見る目は時々妙に冷静だ。
きっと、本心では忘れられたくないんだろう。あれだけ軽口を言っていても結局人から忘れられるのが怖いんだ。だから人の印象に残りたくて、抗おうとする。でもそれに巻き込まれるこっちはいい迷惑なんだ。
「あんな茶番に毎回付き合わされるのは御免だ。あんたが内心でどんな葛藤があるのか俺は知らないけど、あんたはもう少しやり方を考えろ。俺はマジでムカついてる」
そう言うと彼はしばらく黙って、ぼんやりと俺を見つめた。
「だって、君は俺を忘れるだろう」
だからだよ、というような返事にまたイラッとした。
「知らねーよ。あんたの心象なんか。こっちは巻き込まれて来たくもない国に拉致されてんだよ。その上いちいちおかしな茶番に付き合わされたら誰だってキレるだろう。あんたは、皆にすぐ忘れられるもんだから人との接し方忘れかけてるだろ。人の気持ちを推し量れよ。嫌われたくなきゃ人が嫌がってることすんなって言ってんの」
王子様相手にこんなに言っていいのか? と頭の中で一瞬思ったが、ここまできたらもう気が済むまで言ってやれという心境だった。
複雑な葛藤があるなら俺が見ていないところで膝でも抱えて思う存分浸ってくれればいい。
それなのに本人も無自覚なのか、明るく振る舞う素振りの端っこにそうした葛藤が透けて見えてくる気がするからタチが悪い。悪ふざけするにしても、彼に根っからの悪意がないようなのも腹立たしい。本当に、よくわからない男だ。笑顔で無理を通してくるくせに、時々こちらをやけに冷静な目で見てくる。
そしてこの王子の心情なんか見ない振りをしてさっさと見捨てられない俺も俺だ。
「レイナルド、俺のこと嫌い?」
ぽつりとそう言ったオズワルドの顔は何となく幼い子供のような顔をしていた。
その顔を見て、俺は眉を寄せる。
もしかして、この人は幼い頃からだんだん周りに忘れられていったから、正常な人間関係を築く方法を知らないんじゃないのか。だから変に強引だったり笑って誤魔化そうとしたりするのか。
そう考えると、同じくらい幼少期から正常な人間関係を築くのに困難をきたしたはずのグウェンは無口だがまともだし、優しいし、出来た奴だと思う。さすが俺のグウェン。ちょっと執着気味で偶に天然なところはあるが、そこもかわいい。
少し脱線した思考を戻して、俺はオズワルドを冷たく見つめた。
「好きとか嫌いとか、判断できるほどあんたのこと知らないし、興味ない。まぁ、言うなれば嫌いの方に傾いてるけど」
そうバッサリ言うと、ガーンという文字が頭の上に見えるような顔で目を見開いた王子は見るからに肩を落とした。
今までの飄々とした態度がどこかへ消えて、急に十歳くらい若返った子供のような顔で泣きそうに眉尻を下げる。
「不快にさせて、ごめん、レイナルド。俺、本当は、久しぶりに俺のこと忘れないでいてくれるレイナルドを見つけて、嬉しかっただけなんだ」
小さな声でそう言うと、オズワルドはその場にしゃがみ込んでしまった。
呆気に取られた俺の耳に、ぐすっと鼻を啜る音が聞こえる。
彼は泣きそうな顔をして、目に涙を浮かべて俺を見上げてきた。
「だから、嫌いだなんて言わないで」
は?
どういうこと?
445
お気に入りに追加
8,079
あなたにおすすめの小説
妹に騙され性奴隷にされた〜だからって何でお前が俺を買うんだ!〜
りまり
BL
俺はこれでも公爵家の次男だ。
それなのに、家に金が無く後は没落寸前と聞くと俺を奴隷商に売りやがった!!!!
売られた俺を買ったのは、散々俺に言い寄っていた奴に買われたのだ。
買われてからは、散々だった。
これから俺はどうなっちまうんだ!!!!
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
【完結】呪われ王子は生意気な騎士に仮面を外される
りゆき
BL
口の悪い生意気騎士×呪われ王子のラブロマンス!
国の騎士団副団長まで上り詰めた平民出身のディークは、なぜか辺境の地、ミルフェン城へと向かっていた。
ミルフェン城といえば、この国の第一王子が暮らす城として知られている。
なぜ第一王子ともあろうものがそのような辺境の地に住んでいるのか、その理由は誰も知らないが、世間一般的には第一王子は「変わり者」「人嫌い」「冷酷」といった噂があるため、そのような辺境の地に住んでいるのだろうと言われていた。
そんな噂のある第一王子の近衛騎士に任命されてしまったディークは不本意ながらも近衛騎士として奮闘していく。
数少ない使用人たちとひっそり生きている第一王子。
心を開かない彼にはなにやら理由があるようで……。
国の闇のせいで孤独に生きて来た王子が、口の悪い生意気な騎士に戸惑いながらも、次第に心を開いていったとき、初めて愛を知るのだが……。
切なくも真実の愛を掴み取る王道ラブロマンス!
※R18回に印を入れていないのでご注意ください。
※こちらの作品はムーンライトノベルズにも掲載しております。
※完結保証
※全38×2話、ムーンさんに合わせて一話が長いので、こちらでは2分割しております。
※毎日7話更新予定。
お姉様から婚約者を奪い取ってみたかったの♪そう言って妹は笑っているけれど笑っていられるのも今のうちです
山葵
恋愛
お父様から執務室に呼ばれた。
「ミシェル…ビルダー侯爵家からご子息の婚約者をミシェルからリシェルに換えたいと言ってきた」
「まぁそれは本当ですか?」
「すまないがミシェルではなくリシェルをビルダー侯爵家に嫁がせる」
「畏まりました」
部屋を出ると妹のリシェルが意地悪い笑顔をして待っていた。
「いつもチヤホヤされるお姉様から何かを奪ってみたかったの。だから婚約者のスタイン様を奪う事にしたのよ。スタイン様と結婚できなくて残念ね♪」
残念?いえいえスタイン様なんて熨斗付けてリシェルにあげるわ!
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる