上 下
194 / 340
第二部

八十話 ロレンナと嘘つきな聖女の物語 前①

しおりを挟む
 本宮の前で待っていたマスルールは、俺の姿を見るとほっとしたような表情になって歩み寄ってきた。

「ご無事で良かったです」
「……ええ、はい。なんとか。彼のおかげで」

 果たしてあれは無事だったと言えるのだろうか。 

 そう思いながら俺が答えると、マスルールは俺の後ろにいるグウェンを見た。顔を合わせるのは初めてだからか、二人はお互いしばらく無言で見つめ合っていた。並んだところを見ると、マスルールの方が少しだけ背が高いことがわかる。どちらにしろ、大柄な二人は向かい合っているだけで威圧感があった。
 グウェンの実力を推し量ったのか、マスルールが硬い表情で彼に小さく会釈する。

「マスルールさん、あれからアシュラフ皇帝は現れましたか」

 王宮内にそんな様子は無いが一応聞くと、マスルールは険しい顔で首を横に振った。

「いえ。陛下の行方はわかっていません。闘技場にも、王宮にも戻っていません」

 戻ってきていないと聞いて俺はひとまず安心した。あれと闘うにはまだ準備と情報が足りない。今頃何をしているのかは知らないが、王宮にも戻っていないならそれはそれで都合が良い。

「みんなは無事ですか」
「はい。私たちも先ほど闘技場から戻って来て、今は念のため、皆イラムの鈴園にいます。陛下もそこにはイラムの魔法陣を使わない限り転移して来られませんから」

 俺は頷いてマスルールを見上げた。

「俺も連れてってください。皆に話がある」

 真剣な顔でそう言うと、彼は静かに頷いた。
 当然のように一緒についてくるグウェンとウィル達を伴って、イラムのエレベーターに向かった。
 俺の頭の上にはもう隠れることなくメルが堂々と乗っていて、ちらりとメルを見たマスルールが歩きながら呟いた。

「不死鳥は産まれていましたか」
「はい。お気付きでしたよね」
「ええ……」

 やはり気付いていない振りをしていたのか。
 顔を上げるとマスルールは俺から目を逸らしてメルを横目に眺めていた。

「ぴぴぃ」

 メルが珍しく怖がる素振りを見せずにマスルールに向かって愛想良く鳴いた。

「メル、もう隠れなくていいから羽の色戻してもいいよ」
「ぴぃ」

 そういえばもう擬態する必要もないな、と思い呼びかけると、メルが脚を踏ん張って羽ばたいたような気配を感じる。

「わぁ、綺麗ですね」

 ウィルの感嘆した声を聞いて、そういえば慌ただしくてウィルにはまだちゃんと紹介してなかったっけ、と思い出した。
 俺は頭の上からメルを下ろして手のひらに乗せ、隣を歩いているウィルの前に差し出した。メルの羽は産まれた時に見た赤色に戻っていて、ふわふわの翼はビロードの固まりみたいに光沢があり美しい。少しは不死鳥らしい見た目になったと思う。

「メルっていうんだ。デルトフィアの不死鳥だよ。メル、こっちはウィルと、この子はベル」
「よろしくね」

 ウィルがにっこり笑ってメルに挨拶すると、「ぴぃっ」とメルが元気に鳴く。

ーー赤ちゃんなの? おはなしできないの?

 ベルが歩きながら俺の横から首を出してきて手のひらに乗ったメルの匂いを嗅いだ。

「赤ちゃんっていうか、雛だな。自分で元気に動けるし俺たちの言葉はわかるみたいだけど、まだ産まれて二日だから話すのは難しいかな」

ーーそうなの?

 相変わらず不思議そうな顔をしているベルはメルに鼻先を寄せて観察している。
 メルの方は「ぴ」と小さく鳴いて固まっていた。

「きゅーん」

 よろしくね、と鳴くベルを微笑ましく見守っていると、じきにイラムに繋がるエレベーターに着いた。
 円柱の中に入るにはチーリン達がいるから全員で入るには結構ギリギリの大きさで、ベルパパとおばあちゃんも不思議な構造物の中に入ることを警戒したため少し手間取った。最終的に俺とベルで説得してグウェンとウィルには先に行ってもらい、二回に分かれてイラムに登った。

 イラムの中をキョロキョロしながら、好奇心に溢れた目であちこち見渡しているウィルとベルを連れて鈴園に繋がる魔法陣に向かった。
 宮殿の中は人気がなく、いつにも増して静まり返っているように感じる。

「何か、人の気配がないですね」
「宮殿内には陛下の失踪が既に噂で広まっていますから、皆早々に避難したのでしょう。今残っているのはおそらくアルフ様と私の父くらいだと思います」

 宮殿の中を歩きながらマスルールに聞いてみると、彼は冷静な声で答えた。
 なるほど。確かに後宮に残っているとそのうちアシュラフ皇帝が戻ってくるかもしれないしな。それで魔物を放たれでもしたら惨事になる。

「そういえば、砂漠の方は大丈夫だったんですか」
「はい。魔物は全て駆除が終わりました。ただ、今問題なのは陛下の結界が消えていることです」
「結界が消えてる……?」

 陛下の結界っていうと、ラムル神聖帝国全体を覆っているって言われていた、あの魔物避けの結界のことか。

「どうやら今朝から既に消失していたようです。まだ魔物も気づいていないようで国境を襲ってはいませんが、万が一のため第一師団をそのままバグラードに残しています。あそこは魔の虚に最も近い重要な都市ですから」
「ああ、バグラードにいた兵士さん達ですね」

 確かに後処理に来たにしては人数が多いなと思っていたんだ。
 それにしてもあの悪魔、今日の朝にはもう国を守る結界を消していたのか。つまり、奴は自分の正体がバレてもいいと思っていたということになる。どちらにしろ、俺たちを処分してから王宮を去ろうと思っていたのかもしれない。
 話していたら金色の扉の部屋について、ベル達にも魔法陣に乗ってもらい鈴園に転移した。



「レイナルド様!」

 転移した途端、待っていたルシアが俺に駆け寄って来て抱きつかれた。
 慌てて彼女を受け止めて、周りを見回すと鈴園の広場にはさっき闘技場にいた皆が既に集まっている。

「マスルールさんがレイナルド様が戻って来たって報告しに来てくれて、地上に迎えに行ったのでみんなで待ってました。本当に良かった。アシュラフ皇帝と一緒に消えた時はどうしようかと思いました。なんで飛びかかって殴りつけたりするんですか」

 泣き出しそうなルシアに「心配させてごめんね」と答えて彼女の肩を軽く叩いた。

「グウェンがちゃんと追いついてくれたから大丈夫だったよ。ルシアも無事でよかった」
「レイさん、大丈夫ですか?」

 ルシアと同じように駆け寄って来ていたライラとライルが俺を心配そうな目で見上げていた。リリアンとロレンナも近づいて来て俺のよれよれになった姿を見て心配してくれる。
 昨日と今日であの悪魔に散々振り回された俺たちには仲間意識のような連帯感が生まれていて、六人で集まるとちょっとほっとした。

「皆無事でよかった。俺も大丈夫。全員いるよね。マークス卿も、クリスさんも」

 リリアンの後ろで彼女を見守っているマークスと、ライネルの隣に立ち穏やかな目でルシアを眺めているクリスの姿を確認してほっとする。二人ともかなりの数の魔物と闘ったはずだけど、その割に大きな怪我もなさそうだ。
 そして俺たちを見守るようにダーウード宰相がいるのも見えて、意外に思いながらも俺はお爺さんと目が合うと会釈した。

「宰相も、ありがとうございました。危険にも関わらず結界を張ってくれて」
「それは……君の方こそ身体を張って陛下を止めてくれ、私たちを救ってくれただろう。感謝している。ありがとう」

 宰相の顔色は悪かったが、強張った顔でもお礼を言ってくれた。

「貴族達とか、政務の方はいいんですか。皇帝が消えてみんなパニックになってません?」
「典礼は一時休止として、魔物の騒動が鎮圧されたことは皆には既に報告してある。あとはバグラードの詳細がわかってから明日の朝議で大いに揉めることになるだろう。だがやむを得まい。ここまで問題が大きくなった以上、もはや陛下を退位させざるを得ないだろう。悪魔に憑かれた陛下が今何処にいるのかが気がかりだが、今のところどこからも発見したという報告は上がっていない」

 苦悶の表情をした彼は力無く首を横に振りながら答えた。アシュラフ皇帝はやはり退位することになるんだろうか。

 ルシアが落ち着いて俺から離れると、すぐにグウェンが俺を引き寄せてきたのでその手を握って繋ぎ、俺は皆を見回して口を開いた。

「皆、アシュラフ皇帝のことで話がある。ちょっと聞いてもらってもいいかな」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ
BL
ユランは、幼馴染みのエイダールが小さい頃から大好き。 保護者気分のエイダール(六歳年上)に彼の恋心は届くのか。 基本は思い込み空回り系コメディ。 他の男にかっ攫われそうになったり、事件に巻き込まれたりしつつ、のろのろと愛を育んで……濃密なあれやこれやは、行間を読むしか。← 魔法ありのゆるゆる異世界、設定も勿論ゆるゆる。 長くなったので短編から長編に表示変更、R18は行方をくらましたのでR15に。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

処理中です...