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第二部

八十五話 陽気で不作法な座談会 前①

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 魔界の穴を封じた扉の鍵……?

 俺は瞬きしてからグウェンを見上げて顔を見合わせた。

「鍵というのは何の話だ」

 彼がそう聞いてきた。
 昨日の夜の話はまだしていないことを思い出して、俺は少し焦る。

「えーっと、そう、あの悪魔がな、さっき砂漠に転移した時に言ってたんだよ。扉の鍵をよこせ、見つからないならここに留まる理由がないって。俺にはよく意味がわからなかった」
「魔の虚には、初代皇帝が魔界の穴を封じた扉が隠されています。その鍵は封印された扉を開く事ができ、扉が開けばそこから魔界に繋がります」

 マスルールが説明を続けてくれたので、グウェンは少し怪訝な顔をしながらもそれ以上突っ込んでこなかった。

「デルトフィアでは魔界の穴を封じるときに、大聖女様が魔法陣で封じたけど、それをラムルの初代皇帝は扉の形にして鍵をかけたってことか」
「その理解でいいと思います。デルトフィアであった話を聞く限り、アシュタルトという悪魔の身体はまだ魔界にあるようですから、扉を開けて魔界から身体を取り戻したいのではないでしょうか」

 それを聞いてそうか、と思った。
 それで昨日の夜俺に鍵をよこせって迫ってきたのか。あの時あいつは遊び半分という雰囲気ではなかったから、奴の目的はマスルールの言うとおり、本体を呼び寄せることであながち間違っていないのかもしれない。それとも、魔界からもっと厄介な奴を召喚しようとしているとか……?

 魔界につながる扉の鍵か。

 また面倒な事案が浮上しているな。

 俺はちらりとグウェンを見上げると、彼も同じことを考えているのか眉間に皺が寄っていた。俺を関わらせたくない、と思っているであろうことがひしひしと伝わってくる。

 マスルールは何か思い詰めたような顔で、俺の反応をうかがいながら話を続けた。

「私は陛下が六女典礼を始めると言い出した時から、目的は別にあるのではないかと思っていました。陛下は妃が欲しいのではなく、鈴園に入ることが目的なのではないかと」

 マスルールの隣に座っている宰相も、薄々同じことを考えていたのか、彼の言葉を驚かずに聞いている。

「悪魔が憑いているという確証はありませんでしたが、陛下は明らかにそれまでの様子とは異なり、王宮の中で何かを探しているようでした。今回も、普段閉じられている鈴園を開けて、中を確かめたかったのだと思います。私はそれを、呪いによって魔に侵され、鍵に惹かれているのかと思っていましたが……」

 彼はそこで難しい顔になって言葉を切った。
 アシュラフ皇帝の中に入っているのがデルトフィアから逃げてきた悪魔だったとは、マスルールも宰相も思いもしなかっただろう。
 いずれにしろ、悪魔に鍵を見つけられたら困るということだ。
 そんなことになったら、またバレンダールの大禍の再来になる。

「その鍵はどこにあるんですか。あいつは王宮にあると思ってずっと探してたんですよね、多分」

 そんな大事なもの、普通なら皇帝が持っていてもおかしくないと思うが、奴が知らないということは、どこかに隠されているのか。

 誰かが守っているとか?

 俺が当然の疑問を口に出すと、マスルールはダーウード宰相と視線を合わせた。
 それから妙に緊張感のある顔で俺を見てくる。

「鍵の在処は、代々皇帝にしか受け継がれることのない機密事項でした。私たちにも、王宮内にあるのではないか、ということしかわかりません」
「機密事項……?」

 何か不思議な言い方だな。

 そう思って首を傾げると、ずっと黙っていた宰相が口を開いた。

「代々皇帝が口伝によりその在処を伝承していたはずだが、何代か前に失敗したのではないかと言われている。皇帝陛下が不慮の事故で亡くなったことがあり、その時鍵の所在が次代に伝えられずに失われたらしい。先代の皇帝陛下がそう漏らしていたことがある。なくなる前に壊せば良かったのだと呟いておられた」
「つまり……今魔の虚の鍵がどこにあるかは誰も分からないってこと……?」

 マスルール達が頷いた。

 おいおい。
 いよいよ怪しい展開を迎えつつあるな。

 鍵の問題にまで手を出すと、かなり厄介なことになりそうだ。
 あの悪魔がまだ鍵を見つけられずにいるのなら、やはり今のうちに皇帝の身体からアシュタルトを追い出すしかない。
 それでこの件からは手を引こう。バレンダール公爵のこともあるのに、人様の国のお宝探しにまで巻き込まれたら当分デルトフィアに帰れなくなる。
 それは困る。俺は早く家に帰ってグウェンといちゃつきたい。

「えっと、じゃあとにかく、あいつもまだ鍵を見つけられていない訳だから、その話は一旦置いときましょう。あの悪魔が鍵を見つける前に、アシュラフ皇帝から悪魔を引き剥がすってことで」

 ラムルの三人とルシア達は話についてきていて、俺の言葉に頷いた。
 リリアンとライラ達は色んな情報が飛び交っていて途中から混乱したような顔をしていたが、何も言わずにとりあえず流れに乗ってきてくれている。

 そう言いつつ、俺は解決策を見つけている訳ではないから、腕を組んで頭を捻った。

 さすがにそろそろグウェンの膝からは下りるか、とメルを抱えて足を床に下ろそうとしたら、くるりと身体を回されてさっきとは逆向きに抱え直された。

「あれ?」

 グウェンを見ると、まだ下りたら駄目という顔をしていたので瞬きしつつも従うことにする。
 足痺れないのか。俺結構重いと思うんだけど。

 少し見える角度が変わり、今度はリリアンがよく見えるようになった。彼女と目が合い、マークスにぴったり張りつかれている彼女から、お互い大変ですね、という目で見られる。リリアンはまだいいよ。俺は膝抱っこなんだよ。冷静になってきたからちょっと恥ずかしくなってきた。

 ラムル組からは相変わらず見て見ぬふりをされているから、ひとまず自分の恥ずかしい状況は忘れて彼らに他に情報がないか聞いてみることにした。

「神聖力では、悪魔を引き剥がすことはできないんですか? マスルールさんとロレンナさんが二人がかりであいつに治癒魔法をかけたら身体の中から追い出せないかな」

 そう聞くと、ロレンナは難しい顔をした。

「恐らく、厳しいのではないでしょうか。神聖力は癒しにも秀でているとはいえ、陛下自身の神聖力がかなり強力ですし、悪魔が陛下の神聖力を使いこなしているならば、私たちの魔法では対抗されてしまうと思います。恐らく魔に対しては光の精霊力の方が効果があるかと」

 彼女の言葉に頷いて、俺は少し首を大きく捻りルシアを見る。
 
「俺も魔とか呪いは専門外でよく分からないからな……ルシアはどう思う? 光の精霊術でアシュラフ皇帝から悪魔を追い出せると思うか?」
「そうですね……。あの皇帝陛下が大人しく術にかかる状態であれば、時間は要るかもしれませんが徹底的に浄化魔法をかけたら剥がすことは出来るかもしれません」
「そうか。それなら皇帝の動きを止めるか眠らせれば、可能性はあるかもしれないな」

 なんだか兆しが見えてきた、と思ったが、その時グウェンが口を挟んできた。

「剥がしてもまた憑かれたら意味がない。呪いの根源を断てるか考えた方がいいだろう」
「うん。そうなんだよな……。ルシア、呪いの解呪とか、聖女修練宮で習ったりしなかった?」

 そう聞くと、ルシアは困ったような顔になって首を横に振った。

「すみません。魔の浄化については覚えがありますが、呪術に関してはさっぱりで……」

 そうだよな、デルトフィアは呪いとか呪術ってあまり馴染みがないんだよな。
 俺が悩んでいたら、ずっと話を聞いていたリリアンが手を上げた。

「あの、では、まずは呪いを解くことにこだわるのをやめてみる、というのはどうでしょう」

 彼女の言葉に俺もラムルの三人もきょとんとした。
 
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