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第一部
閑話 ウィルの業務報告 後
しおりを挟むそれで一旦落ち着くかと思っていたら、今度はレイナルド様が監視塔に勾留されているという書状と、査問会の案内が王宮から送られてきて、公爵邸は大混乱に陥った。
奥様は調理場から包丁を持ち出して王宮に押しかけようとされ、エルロンド様と使用人達に止められていたし、公爵様も陛下に詳細を確認する書状を送る一方で、直属騎士団の招集をかけようとして執事長とエルロンド様と押し問答していた。カオスだった。見るからにエルロンド様が疲弊していた。
僕も一体何が起こっているのかわからず、疲れた顔のエルロンド様に言われるがままレイナルド様の部屋でベルと一緒に詳細を待っていたが、不安で泣きそうだった。ベルも不安げな顔をしながら窓の外をちらちら見ていた。
そうしたら、屋敷の中にグウェンドルフ様が突然現れた。事前にレイナルド様から、庭のガセボに実はフォンフリーゼ公爵邸に繋がる魔法陣があることは聞いてはいた。でもグウェンドルフ様がそれを使って来られるのは初めてで、しかもレイナルド様が不在だったから僕は突然部屋に入ってきた彼に驚きすぎて、ソファから降りてベルをぎゅっと抱きしめてしまった。
グウェンドルフ様は僕とベルの方へ歩いてくると、「君たちの力を貸してもらえるだろうか」と真面目な顔で聞いてきた。その声からは真剣さと、張り詰めた緊張感が確かに感じられた。
レイナルド様のことを心から心配していることがその声音から伝わったので、まさか監視塔に行こうとしているとは思わなかった僕は思わず頷いていた。
グウェンドルフ様はすぐに旦那様と奥様を説得しに行って、もう一度レイナルド様の部屋に戻ってくるとベルの前に膝をついた。
「レイナルドのところまで、連れて行ってほしい」
彼が言うと、ベルはくりっとした瞳でグウェンドルフ様を見上げてから少し首を傾げた。
そして部屋の大きな窓までたかたか歩いていくと、窓を開けて欲しいという顔で僕を見た。
僕が窓を開けると、ベルは外に出てバルコニーの床を軽く蹴って跳躍し、一跳びで庭に降り立つと、そのまま屋敷の外に向かって疾走し始めた。
仰天した僕は慌ててバルコニーの手すりから身を乗り出したが、突然後ろからお腹の下に腕を差し入れられグウェンドルフ様に抱え上げられた。驚く間も無く、グウェンドルフ様は手すりに飛び乗ると力強くその欄干を蹴って、ベルを追いかけて飛び始めた。
僕は慌ててグウェンドルフ様のシャツを掴んでしがみ付いた。ぐんぐんスピードを上げてベルに追いついた彼は今度はベルをふわりと浮かせた。
驚くことにベルは飛ぶことに全く狼狽えず、むしろゆっくりと脚で気流を踏むようにして高度を上げ、空の上を軽やかに走り続けた。さすが聖獣。子供にしては跳躍力もあるからそのうち本当に自分の力で飛んでしまうかもしれない。
僕は目の前の急展開にやっとの思いでついていったが、あまりのスピードにそのうち気分が悪くなってきた。
「どうにかならないでしょうか」
とグウェンドルフ様にしがみ付いたまま泣き言を言うと、少し考えた彼は「君は、あれだけ優れた手紙蝶を作るのだから、自分を飛ばすことも出来るだろう」と言って僕に魔力を纏って身体を浮かせる方法を簡単に説明してくださった。
やってはみたものの、僕が戸惑っていたらグウェンドルフ様はなんと片手で僕の身体を前方に放り投げた。
落下する浮遊感に悲鳴をあげると次の瞬間手を掴まれて引き上げられ、また前方に飛んでいるベルの方へ投げられた。
「そのまま魔力を維持したら飛べる」
と、こともなく言われて、僕は必死で蝶を飛ばす時のことを考えながら自分の身体を魔力で包んだ。やらないと死ぬと思ったから真剣だった。
ベルは一心不乱に空を走っていて、偶に僕が横に飛んでくると横目でちらっと一瞥された。
その視線からはこの大変な時にお前は何を遊んでいるんだ、というような呆れが伝わってきた。
遊んでいるんじゃない。僕は必死なんだ。と説明したかったけれど、それを口に出して言えるような余裕はなかった。
何度かグウェンドルフ様に投げられているうちに、肉体的なピンチを身体が察知したのか本当に身体が浮くようになってきた。
「本当に、君は優秀だな」
グウェンドルフ様は感心したように呟いて、僕を掴むと今度は腕を引いて一緒に飛んだ。姿勢を保つのに慣れてきた頃、僕の身体を浮かせるグウェンドルフ様の魔力がなくなっていき、僕は死に物狂いで自分の魔力を身体に纏わせながら飛び続けた。
やがてだんだんとコツが掴めてきて、グウェンドルフ様と並走するくらい安定してきたのを見た彼は僕の手を離した。少し身体は揺れるけど、スピードを出して飛ぶとそれだけに集中出来るから逆に飛び方が安定してきた。僕も自分でやっていて自分に驚いた。スパルタにも程があるが、確かに僕は飛べるようになっていた。
僕を見て満足そうに頷いたグウェンドルフ様を横目で見ながら、思っていたよりも強引に大胆なことをされる方なんだな、と僕は彼への認識を改めた。
ベルに導かれて、僕とグウェンドルフ様は監視塔に本当にたどり着いてしまった。魔道具でも感知できない場所に気配を追ってたどり着いてしまったベルはすごい。監視塔を見つけた時は、ベルはどうだすごいだろうという顔をして僕達を振り返っていた。
突然現れた僕達を見つけたレイナルド様は、仰天して口を開けて呆けていた。それはそうだろう。僕だってまさか監視塔まで飛んでくることになるなんて思いもしなかった。
僕が飛んでいることにも本当に驚かれていて、僕はやり方に問題はあったと内心グウェンドルフ様に苦情を言いたい気持ちになりながらも、レイナルド様の驚いた顔を見て誇らしい気持ちになった。
レイナルド様がお元気そうだったので安心して、僕はお二人が話をされている間にベルと一緒にふわふわ飛びながら周りを見て回った。
昔自分がいた監視塔にまた来ることになるなんて思ってもみなかったが、当時の絶望感や虚無感がフラッシュバックすることもなく、ただ寂寞とした懐かしさだけを感じていた。僕の手紙蝶をレイナルド様に拾ってもらえるきっかけを作ってくれた、折り紙をくれた眼鏡のおじさんのことを思い出して、夜の中に佇む塔を眺めながら僕は改めてあの時の因果の全てに感謝した。
ベルと一緒に最上階まで戻ると、手を繋ぎながら話しているお二人の姿が見えたので、邪魔をしないようにこっそり様子をうかがった。
顔を寄せて話をしているお二人は、格子を挟んでいてもなんだか幸せそうだった。僕はそっと首だけ動かして格子の中をのぞいた。グウェンドルフ様を見つめる、レイナルド様の安心しきった柔らかい笑みが見えた。
彼のその表情を見て、僕はやっぱりグウェンドルフ様が彼の運命の人だったんだなと思ったのだ。
途中でお二人で外国に逃げるという聞き捨てならないことが聞こえたので、後でレイナルド様には念押ししておいた。そういう時は、絶対に僕も一緒に連れて行ってもらわないと困る。
王都で大爆発を巻き起こした査問会が終わっても、レイナルド様はまだバタバタしている。バタバタというか、偶に一瞬帰ってくるとボロボロになっている。
もう一週間ほどベルも一緒にまともに公爵邸に帰ってきていない。聞けば、ルロイ公爵領にある教会本部で光魔法の修行をしているらしい。また何か問題が起こっているのかもしれないが、事情を知らない僕は心配することしかできない。
時々レイナルド様が帰っていないか様子を見に来るグウェンドルフ様とお話ししたり、魔法の相談をしたりして一週間ほど過ごしていたら、修行が終わったのかレイナルド様はベルと一緒に帰ってきた。
そして今日の早朝、レイナルド様はまたベルを連れて屋敷を出発された。旦那様は何か知っているのか、出掛けるレイナルド様を珍しく玄関先まで見送りに来ていた。
僕はレイナルド様を見送ってから自分の部屋に戻り、机の引き出しを開けた。
そこにはレイナルド様からいただいた書類が入っている。
養子縁組の書類だ。あとはレイナルド様が最後にサインを入れるだけで、他は全て完成している。
今、僕は孤児が引き取られてきたという体で公爵様の籍に入れていただいているが、レイナルド様は僕をご自身の籍に移そうと思ってくださっていて、ある時この書類を僕にくれた。僕がそうしても良いと思うなら、十二歳の誕生日に出しに行こうと言って。
「その頃にはシナリオも多分片付いてるはずなんだよな」
と、よくわからないことをおっしゃっていたが、僕は本当に嬉しくて半年後の誕生日を今から心待ちにしている。机の中の書類は僕の宝物だ。
僕は窓から見える朝の空を見上げた。
日が昇って少しずつ明るくなる空は、雲が少なくて薄い青色に色付いている。きっと晴天だ。不安をかき消してくれるような爽やかな天気に、僕は口元に笑みを浮かべる。
今日は一体何をしに行かれたのかはわからないけれど、きっとレイナルド様はまた何か大変なことに手を出しているんだろう。
「どうぞご無事で」
そう呟いて、僕はそっと机の引き出しを閉めた。
願わくは、半年後の誕生日に書類を出すまでに、レイナルド様の戸籍がどうか変わっていませんように。
せっかく作ってある書類を書き直さなくてはならなくなるし、それに彼の戸籍に入れてもらう競争になるなら、一番乗りは僕でありたい。
密かにそう願うのが、大好きな人の隣をグウェンドルフ様に譲る、僕の唯一のわがままだ。
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狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛
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