上 下
45 / 339
第一部

四十一話 黄昏キッドナッピング 前②

しおりを挟む
 ゴトンゴトンと重い車輪が回る音と床に寝そべった体に伝わる馴染みのある振音。
 誰かの声が聞こえる。ふっと意識が浮上した。

「レイナルド様、大丈夫ですか?」
「ん……ルシアさん?」
「はい」

 ルシアの小さな声が聞こえて、ハッと目を覚ました。
 身動きをしようとして、両手が身体の後ろで縛られていることに気がつく。
 そして首に付けられている冷たい金属の首輪も。

 そうだ。
 俺はあの時ルシアを助けようとして、何者かわからない奴らに一緒に捕まったんだった。
 頭の中で、ルシアの馬車を呼び止めてからのことを軽く回想する。



「ちょっと待てそこの馬車」

 不審を感じた俺は、横道に入っていく馬車を追いかけた。

 そこで馬車の中で気を失っているルシアを車内に見つけ、御者を止めようとしたら、ルシアを盾に騒ぐなと脅されたのである。
 さっさと魔法で片付けてしまおうと思ったら、ルシアの首に刃物を突きつけた神官服の男が躊躇いなく首の皮にナイフを滑らせたので慌てて両手を上げた。
 名前を聞かれたから正直に公爵家の名前を告げておいた。その方が公爵家の名前のおかげでルシアも俺の身も安全になると思ったからだ。
 公爵家の名前を聞いてもルシアを解放するつもりが無いようだったから、行き当たりばったりの誘拐ではないようだった。つまり、ルシアを連れ去ろうとする目的が何かある。
 男が俺に馬車に乗るように指示し、大人しく従ったら首に首輪をつけられた。
 冷たい金属の重量感を感じる首輪をつけた瞬間、身体中から精霊力が抜き取られたような気持ち悪さを感じた。それで首輪に嵌め込まれた石がバジリスクの魔石だとわかった。
 バジリスクの魔石には、この世界の魔力や精霊力を無効化する力がある。魔力封じの首輪は、犯罪を犯した魔法士が牢の中や法廷で魔法を使えないように無力化するために使われるものだ。ただ、使用されるのはバジリスクの魔石であるため、かなり貴重で高価な代物のはず。一介の盗賊なんかが扱えるような代物ではない。

 つまり、ある程度の力を持つ貴族が後ろにいるということだ。

 俺は慎重になる必要があると自分に言い聞かせ、大人しく座席の隅に座り、気絶しているルシアを見守っていたが、突然頭から皮袋を被せられて馬車の床に転がされた。
 多分こいつらの目的はルシアだから、下手に動かずに相手の目的を把握してから動いた方が賢明だろう。
 そう思って大人しくしていたら、首輪を付けられたせいで精霊力が身体から抜けていく感覚があまりに気持ちが悪かったこともあり、俺は気がつくと気を失ったように眠ってしまったらしい。



「ごめんな、こうなる前に助けられなくて。ここは列車の中か……」
「はい。多分」

 周囲は暗く、列車の中ではあるが恐らく荷物を載せる荷室だろう。上の方に明りとりの小さな窓が丸く開いているだけで荷室の中にはランプもなく、夜のせいか殆ど周りが見えない。
 かろうじてルシアがそばに座って居ることはわかり、俺は縛られた手でどうにか上体だけ起こした。足は縛られていないが、首輪はついたままなので精霊術を使って脱出することはできない。

「私も馬車に乗せられた時に気を失って、気がついたらここにいました」
「ルシアさんは精霊術使える?」
「いいえ。私も魔力封じの首輪をつけられています」
「そうか。一体あいつら何が目的なんだろうな」

 この列車の執着地点はわかる。
 なんの因果か、この魔道機関車はルウェインとソフィアちゃんと俺が理論を考えて開発した超高速山岳特急に間違いない。車輪が回転する時の特徴的なこの音は確かにウルトラCによるものだ。よりによってこの列車で誘拐されるとは。
 だとすると険しい山岳地帯を走るこの列車の終着地点は炭鉱だ。
 ただ何故ルシアと俺を炭鉱に向かう列車に乗せたのかがわからない。
 こんな時間に魔道機関車が走ることはないから、この列車も盗むか脅すかして動かしているんだろう。そんなことはただのごろつきには難しい。

 なんにせよ、まずは助けを呼ぶことから始めよう。魔法が使えない俺たちだけでは分が悪い。

 俺はルシアの方を向いた。

「ルシアさん、悪いんだけど、俺の上着の内ポケットから懐中時計を出してくれない」
「え? あ、はい」

 ポケットの当たる感触からして、公爵家の紋章が入った懐中時計は入ったままだ。
 ボディチェックはしただろうが、懐中時計は没収しなかったのか。そこそこ高価で貴重なものなんだが、何故だろう。

 疑問に思いながらも、俺と同じ様に縛られたルシアに後ろを向いてもらい、手を上着の中に突っ込んでもらう。
 何度か試して、ようやく内ポケットに手が入った。

「これですね」
「そうそう。それしっかり持って動かないでいてくれる? ちょっと危ないものが出るから、手は側面触らないでそのままね」
「はい」

 ルシアに後ろ手に懐中時計を持ったままにしてもらい、俺は驚かせないように慎重に近づくと、リューズの部分を歯で軽く捻った。
 ヒュッと音がして懐中時計の横から小さな刃先が飛び出る。
 俺も後ろを向いて慎重に懐中時計を受け取り、手のひらで転がすようにして刃先を縄に当てた。
 少し経って縄を切ることに成功したので、ルシアの腕を縛る縄も切る。

「ありがとうございます。すごい道具ですね」
「こんなこともあろうかと何年か前に作ってみたんだよ。まさか役に立つ時が来るとはなー」

 それこそ、あれは駆け落ちカップルを手助けした時に、仕込み刃があると便利だなって思ったからだったんだよな。
 両手が自由になった後で、一旦荷室の閉まった扉を確かめに行った。重い鉄製の扉は、鍵が掛かっているのか全く動かなかった。
 予想通りだな、と一度ルシアのいるところまで戻り、もう一度懐中時計を取り出すと、先程のように出した刃先を捻り一度押し込む。
 そうすると、時刻合わせのボタンがカシャンと音を立てて飛び出し、小さな赤い筒が出てきた。そうっと引き抜いて、その筒状になった紙を広げる。

「これは……手紙蝶ですか?」
「そうだよ。うちの家の子の超特急便」

 薄い小さな紙で作られた手紙蝶を手のひらの上で広げる。既にウィルの魔力が込められているから、俺が精霊力を使わなくてもウィルに向けて送り出すことができる。仕込んでおいてよかった。
 明りとりの穴から差し込む僅かな光に照らしながら、懐中時計のナイフを使ってウィルに宛てて素早くメッセージを書き込んだ。首輪があるせいか没収されていなかった杖もあるが、紙が小さいのでそれでは書き辛い。ナイフや爪でも書けるようにしておいて正解だったな。次は真っ暗な場所で拉致された時のために時計にライトの機能も搭載しておこう。
 完成したそれを手のひらで大事に包み、明りとりの穴からそっと外に向けて離した。
 最悪誰かに見つかっても意味はわからないように書いておいたけど、出来れば早くルウェインかグウェンドルフが駆けつけてくれることを祈ろう。

「さて、俺たちも現状把握に動き始めるか。ルシアさん、この列車は恐らくフォンフリーゼ公爵領の炭鉱に向かっている。君を攫った相手に心当たりは?」
「炭鉱に……? いえ、私にはさっぱり。あ、待ってください。でも、確かゲームに炭鉱って出てきたような」
「えっ本当?」

 じゃあこれはゲームのシナリオなのか。

 驚いてルシアを見ると、殆ど暗闇で見えない彼女が首を捻ったように頭を右に傾ける。

「はい。確か……。ゲームのルシアには殆ど関係ないんです。ただ、そういえば聖女候補が誘拐される事件が起こって、一度修練宮での試験が延期になりました」
「聖女候補の誘拐?」
「はい。真相は、レイナルドが封印結界を制御できる聖女の力を疎んじて、手っ取り早く次期聖女を消そうとしたという事件です。確か誘拐された聖女候補は炭鉱の側の湖で衰弱しているのが発見されました。魔物も出る山だったにも関わらず光属性の聖女候補は中級以下の魔物には嫌遠されるので、襲われずに助かった、みたいな話でした」
「なるほど。主人公のイベントじゃないけど、ルシアに白羽の矢が立ったってことか」
「多分。……あ、いえ。そういえば、レイナルドの唯一のイベントってもしかして同じ時期だったかもしれません」
「それって、俺の家で言ってたレイナルドに誘われて外出すると強制バッドエンドになるってやつ?」
「はい。そう言われれば、聖女候補の誘拐事件の前だったかも」

 いや待てよこれ。
 
 今の状況ってルシアが言ってたレイナルドに攫われたイベントが若干掠ってない?
 攫ったの俺じゃないけど、俺もしっかり巻き込まれて列車に乗っちゃってるよね。
 じゃあこれって上手くやらないと俺が犯人に仕立て上げられるパターンなんじゃないのか?

 偶然巻き込まれただけだと思ってたのに、シナリオの微妙な強制力に引き摺られたことを知った俺はショックで軽く頭を抱えた。
 
 仕方がない。
 ゲームの内容通り、聖女候補を狙った誘拐なのかもまだ確定ではないし、犯人が俺を偶然一緒に攫ったのか、何か思惑があったのはわからないが、とにかくルシアと無事にここから脱出するしかない。
 後のことは後で考えよう。

 そう思って荷室の扉をどうやって開けるか考えていた時、ガタンと音がして急に扉が開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人参のグラッセを一個

かかし
BL
※6話目と7話目がコピペミスにより同じモノになっていたと教えて頂き、3月19日に修正致しました。この場を借りてお礼申し上げますありがとうございました… そして皆様には多大なご迷惑をおかけして申し訳ございません 見目の良い弟からは見下され、両親からはあからさまに差別された軽度の吃り持ち平凡高校生が諦めることもなく幸せを大事にしたり、ガラが悪いけど美形で溺愛体質な男に愛されたりする話。 溺愛美形×平凡です ※予告無しに暴力表現やイジメ表現があります ※吃りの表現があります ※法律も医学知識も0な人間が書いてます ※その辺の矛盾とかおかしさ感じても目を瞑って頂ければ幸いです pixivにて連載していた話で、番外編も含めて既に完結済みです。

【1/完結】ノンケだった俺が男と初体験〜ツンデレ君には甘いハチミツを〜

綺羅 メキ
BL
男同士の純愛、そこには数々のドラマがある! 事件や事故や試練に巻き込まれながら、泣いたり、笑ったり、切なかったり、ドキドキしたり、ワクワクしたり、雄介と望の波瀾万丈な心温まるような話を読んでみませんか? ある日の夜中、吉良望(きらのぞむ)が働く病院に緊急で運ばれて来た桜井雄介(さくらいゆうすけ)。 雄介は怪我をして運ばれて来た、雄介は望の事を女医さんだと思っていたのだが、望は女医ではなく男性の外科医。しかも、まだ目覚めたばっかりの雄介は望の事を一目惚れだったようだ。 そして、一般病棟へと移されてから雄介は望に告白をするのだが……望は全くもって男性に興味がなかった人間。 だから、直ぐに答えられる訳もなく答えは待ってくれ。 と雄介に告げ、望は一人考える日々。 最初はただ雄介と付き合ってみるか……というだけで、付き合うって事を告げようとしていたのだが、これが、なかなか色々な事が起きてしまい、なかなか返事が出来ない日々。 しかも、親友である梅沢和也(うめざわかずや)からも望に告白されてしまう。 それから、色々な試練等にぶつかりながら様々な成長をしていく望達。 色々な人と出会い、仲間の絆をも深めていく。 また、あくまでこれはお話なので、現実とは違うかもしれませんが、そこは、小説の世界は想像の世界ということで、お許し下さいませ。

妹に婚約者を結婚間近に奪われ(寝取られ)ました。でも奪ってくれたおかげで私はいま幸せです。

千紫万紅
恋愛
「マリアベル、君とは結婚出来なくなった。君に悪いとは思うが私は本当に愛するリリアンと……君の妹と結婚する」 それは結婚式間近の出来事。 婚約者オズワルドにマリアベルは突然そう言い放たれた。 そんなオズワルドの隣には妹リリアンの姿。 そして妹は勝ち誇ったように、絶望する姉の姿を見て笑っていたのだった。 カクヨム様でも公開を始めました。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

公爵令嬢ディアセーラの旦那様

cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。 そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。 色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。 出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。 「しかと承りました」と応えたディアセーラ。 婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。 中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。 一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。 シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。 痛い記述があるのでR指定しました。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

売却魔導士のセカンドライフ

嘉野六鴉
BL
泥沼化していた魔族の国との戦争。その最中に突然魔族側から申し出た停戦協定の条件が、なぜかいち魔導士である僕、ユーリオ・ヴァロットの身柄だった。 異世界で生きていた前世の記憶をこっそり活用していたことを除けば、本当に普通のただの魔導士なのになんで? 主君のため国のために命懸けで戦ってきたのに、あっさり売り払われることになった僕はやさぐれながら凄惨な終わりを覚悟したけれど――「余のユーリオたん確保ぉお!!」「やりましたね陛下ッ!」「魔王陛下万歳!ユーリオたんこっち向いてぇぇえ!!」……なんだか思っていたのとは違うセカンドライフが、始まるらしい。 強引傲慢俺様魔王様×元不憫系少年(異世界転生者)の固定CPがお送りするファンタジーギャグ(たまにシリアスあるよ)物語。 「総受け」ではなく「総愛され」傾向(予定)です。なお主人公の前世人格は登場しません。 ※R18はサブタイトルに*マーク有(残酷描写は予告なし) ※一部【無理矢理】気味な描写有 ※小説家になろう「ムーンライトノベル」様でも掲載中です

離縁しようぜ旦那様

たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』 羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと? これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである

【完結】ヒロインであれば何をしても許される……わけがないでしょう

凛 伊緒
恋愛
シルディンス王国・王太子の婚約者である侯爵令嬢のセスアは、伯爵令嬢であるルーシアにとある名で呼ばれていた。 『悪役令嬢』……と。 セスアの婚約者である王太子に擦り寄り、次々と無礼を働くルーシア。 セスアはついに我慢出来なくなり、反撃に出る。 しかし予想外の事態が…? ざまぁ&ハッピーエンドです。

処理中です...