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第一部

十九話 蒼緑リベンジ(20years old)中②

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 四人を引き連れて俺は神殿の中に戻った。

 何かが暴れ回っている破壊音と魔法が飛び交うような音がだんだんと近づいてくる。三年前にも見た聖堂の重たい扉は開け放たれていて、扉の外にまで聖堂の椅子や石像が放り出されていた。
 瓦礫の間から聖堂の中を覗き込む。聖堂の奥のステンドグラスは粉々に砕け、天井と壁の一部が崩壊している。祭壇や椅子や石像がバラバラになって散乱し、石造りの柱も何本か折れて崩れていた。聖堂の中心にある封印結界は石柱や祭壇が倒れていて全貌が良く見えない。何かが上に乗ったくらいでは掻き消えるものではないから大丈夫だと思うが、早急に復旧する必要がある。
 中の様子だけで言えば、三年前よりも惨憺たる有様だった。身体のあちこちから血を流して怒りの咆哮を上げるバジリスクは既に目が潰されている。中で動いているのはグウェンドルフとリビエール上級神官、満身創痍のミラード卿だけだった。他の職員達は皆形代を使って帰還したんだろう。

 グウェンドルフがバジリスクに一番近いところにいて、最後の雷撃を放った。
 それが直撃したバジリスクはステンドグラスのあった壁まで吹き飛ばされ、胴の真ん中で真っ二つになった。尾だけが壁に引っかかり、魔物の身体は聖堂の外に投げ出されて倒れる。
 バジリスクを外まで吹き飛ばしたのは賢明な判断だ。あちこちから流れていた血がもし結界に飛んだら大変なことになる。

「グウェンドルフ!」

 俺とルシア達は床に散らばる瓦礫を避けながら中に入って行った。
 俺の声にグウェンドルフが振り向く。

「無事か」

 心なしかほっとしたような顔をした彼に俺は頷きながら近寄っていく。

「ああ。外のバジリスクも倒したから大丈夫だ」

 聖堂の隅に退避していたリビエール上級神官が俺たちの方へ歩いてくる。
 まだバジリスクの死骸の側に立っているグウェンドルフに駆け寄る途中で、俺は結界の方をちらりと振り返った。振り返った先で、祭壇の方から足を引き摺りながら歩いてきたミラード卿がバランスを崩して倒れる。慌てて彼に駆け寄って肩を貸し、上級神官を呼んだ。

「リビエール上級神官、ミラード卿の手当てをお願いします」
「こちらへ」

 怪我をしているミラード卿の側にしゃがんだ上級神官が治癒魔法をかけた。

「フォンフリーゼ団長、俺、すみませんでした。かえって足を引っ張ってしまって」

 ミラード卿が申し訳なさそうにグウェンドルフに謝る。グウェンドルフは特に気にした様子もなく「問題ない」と返した。

「確かに我々がいない方がグウェンドルフ団長はもっと早くバジリスクを退治出来ましたね。私達を守りながら闘わせてしまいすみませんでした」

 上級神官もそう言って、治癒魔法が終わると結界の方へ足速に走っていった。

「君たちは大丈夫かい?」

 ミラード卿が俺の後ろにいる学生達に声をかけた。

「はい。私たちは大したことはしてないので……」

 ルシアさんがそう言って、何か思い出したようにミラード卿の顔をじっと見た。

「あの、もしかしてクリスさんですか?多分、二、三年ほど前に王都の三角路地でお会いした……」

 ルシアの言葉にミラード卿が驚いて彼女の顔をまじまじと見る。
 まさかミラード卿も攻略対象者なのか?
 単なる偶然?
 俺がミラード卿を見ると、ルシアを思い出したのか彼は目を大きく見開いて頷いた。

「そうです。やぁ、お久しぶりですね。お元気そうで……」
「皆さん!」

 ミラード卿の声を遮って、リビエール上級神官の鋭い声が大きく響いた。
 はっと上級神官の方へ注目すると、彼は目を見開いて床の一点を見つめ固まっている。目線を追うと、結界の上に重なった瓦礫の隙間から微かに赤黒い染みが見えた。
 その瞬間、俺は手をかざして風を起こし結界の上の瓦礫を全て吹き飛ばした。

「グウェン! 水だ!」

 俺の鋭い声に素早く反応したグウェンドルフが剣を構え、瞬時に噴き出した水が水泡を噴き上げながら結界の上に流れ込む。

 何の血だ?
 まさか、バジリスクか。

 身体のあちこちから血を流していた先程のバジリスクを思い出す。
 中央の結界には近付いていないようだったから油断した。わずかに血が飛んでいたとしても不思議ではない。さっさと確認するべきだった。
 後悔しながら結界に走り寄る。
 血は洗い流されたが、すでに一部が溶け始めていた。
 やはり、バジリスクの血だ。

 三年前の光景が頭をよぎる。

 俺の傍に一息で飛んで着地したグウェンドルフが静かに息を飲むのがわかった。

「リビエール上級神官、今すぐ帰還して総帥に報告してください」
「っ、ですが」
「急を要します。結界の修復が出来る神官をすぐ連れてきてください!」
「わかりました。ここはお願いします」

 俺の言葉に従い、上級神官が帰還の呪文を唱えていなくなる。代わりに転送されてきた人形がぽとりと床に落ちた。

「フォンフリーゼ団長? どうしたんですか?」

 ミラード卿が怪訝そうな声で聞いてくるが、まだ事の重大さがわかっていないようだ。
 じわじわと溶けた結界の線が消えていき、隙間からまた、あの何の色ともつかない空間が微かに見え始める。

「結界の一部が破損した。バジリスクの血がかかったんだろう」
「ええ!?」

 急いで近付いて来ようとするミラード卿と学生達を俺は慌てて手で制した。

「そこにいて! 危険だ」
「レイナルド、来るぞ」

 結界から視線を離さないままグウェンドルフが静かな声で言った。
 同時にぞくりとした冷気とこの世のものではない
おぞましさを感じる。
 結界の裂け目を見ると、三年前に一度闘った、黒い爪先がまたじわじわと見え始めていた。

「宝剣は? また祭壇の中か?」
「恐らく」
「しまった。上級神官に場所を聞いておくんだった」

 完全に失態だ。動転していて忘れていた。
 宝剣を散乱した祭壇からすぐに探さなければならない。

「何だ? どうしたんです? まさか結界が崩壊して?」

 第三王子が困惑した様子でこちらに近付いて来ようとする。

「ダメよ! レオン、危ない!」

 光属性を持っているからか、魔の気配を敏感に察したらしいルシアが王子を止める。

「何が起こっている? 説明してくれ」

 苛立った声を上げたのはグウェンドルフの弟で、その目は兄の方へ向けられていた。
 そういえば弟が同じ空間にいるのだが、全く気にした様子もないので彼らが兄弟だということを忘れていた。

「君達は、危険だから帰還しなさい」
「は!?」

 淡々とした口調で返したグウェンドルフは、悪魔の爪先から視線を逸らさないまま魔法を操り、散らばった祭壇を素早く結界の周りに集め始めた。

「どういうことだよ!? 結界が壊れたのか?」

 黙って祭壇を集めているグウェンドルフに痺れを切らした弟が怒鳴った。

「結界の一部がさっきのバジリスクの血で溶けてしまったんだ。三年前にも同じ事が起きた。その時のことを少しは聞いているだろう」

 あまり詳細に答える気がないグウェンドルフに代わって俺がそう付け加えると、三年前のことは流石に知っていたのか四人とも青い顔になった。

「来る」

 グウェンドルフの声に結界を見ると黒い爪の指が一本現れた。その指が魔力を感じたのかこちらに爪先を向ける。
 横から伸びてきた力強い腕に引き寄せられた。
 一瞬驚いたが素直にグウェンドルフの腕に掴まると、ローブの上からがっちり抱えられ一気に石柱の陰まで飛んだ。
 バキッと音がして俺たちがいた辺りの床が悪魔の指先から放たれた黒い雷撃で吹き飛んで焼け焦げる。
 石柱の陰からグウェンドルフは氷の巨大な槍を結界の隙間に次々と穿ち始めた。一瞬結界が凍りつき、爪の動きが鈍るがすぐに氷を溶かしてまたじわじわと結界をこじ開けようとしてくる。グウェンドルフは顔色ひとつ変えず休む間もなく氷の創撃を続け、それと同時に杖を操って祭壇を分解し宝剣を探している。
 俺はグウェンドルフに何故か片腕で抱えられたままルシア達の方を確認した。
 大丈夫だから離していいって言いたいんだけど、集中してるグウェンドルフの邪魔をしちゃいけないような気がして大人しくなるべく動かないように腕の中で小さくなる。咄嗟に自分の近くにいる人間を守ろうとしてくれるなんて相変わらず責任感の強い奴だ。
 結界から謎の攻撃があると知ったルシア達とミラード卿は俺たちと同じように石像の陰に退避していた。まだ状況について来れていないのか、凄い速さで攻撃を続けるグウェンドルフと黒い雷撃を放つ結界の攻防を不安そうな顔で見比べている。

「君達! ここは大丈夫だからもう叡智の塔に帰還してくれ!」

 俺がそう叫ぶと、こちらを向いたルシアが戸惑った目で見てきた。

「でも、あれは悪魔ですよね? なんとかしないと……」

 この見るからにヤバい状況でも一緒に闘おうとしてくれるなんて主人公の鑑だな。

「いや、ルシアさんは帰るべきだ。貴重な光属性の聖女を危険な場所に置いてはおけない」

 俺の言葉にユーリスと第三王子は頷いた。

「そうだ、ルシア。ここは団長と宮廷魔法士に任せて俺達は帰還しよう」
「えっ、でも……」
「彼の実力もさっき見ただろう。きっと大丈夫さ」

 本格的に狼狽えている主人公が気の毒になってくる。ゲームではここで力を合わせて悪魔を食い止めるんだろうか?
 でも正直、彼等の実力では結構マズイかんじになると思う。シナリオでもグウェンドルフが登場するから大丈夫ってことなんだろうか? 実際四人も守りながら闘うのは大変だ。悪いけど今の状況では退避してもらうのが最善の策だと思う。

「気にしないで。この団長めっちゃ強いから。逆に君達も退避しないと危ないかもしれない」

 王子の言葉にそう付け加えると、今度はムッとした顔でグウェンドルフの弟がルシアに言った。

「ルシア、帰ろう。どうやらあいつには俺達の助力なんて必要ないらしい」

 若干不満そうなウェンドルフの弟。
 兄に対するその態度はどうなんだ。
 ルシアに良いところを見せたかったのかもしれないけど、もう少しこう、言い方っていうものがあるだろう。

「でも……」

 帰還を躊躇うルシアを見て、俺ははっと思いついた。

「ルシアさん! もしわかったら教えて! この聖堂の中に結界を閉じる宝剣があるはずなんだ。光属性の君ならどこにあるかわかる?」

 そう言うと、ルシアは素直に辺りを見回した。

「宝剣は……多分、あそこに」

 示されたのは、ルシア達から程近い場所に転がっていた白樺の祭壇だった。

「ありがとう!」

 ルシアちゃん主人公ファインプレー。
 と、心の中で称賛し、俺は風の精霊術でその祭壇を浮かせた。そのままこちらへ移動させようとしたが、悪魔の指先が剣の気配を察したのか祭壇に向けて雷撃を放った。

「あ!」

 木っ端微塵に吹き飛んだ祭壇から金色に輝く宝剣がこぼれ落ちる。
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