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第一部

十七話 蒼緑リベンジ(20years old) 前②

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「本日、上級神官の中からこの神殿の警備を任されましたシオン・リビエールです」

 眼鏡をかけた怜悧な眼の細身の神官が、翌日の朝トロン樹林の神殿に転移して来た俺とグウェンドルフに挨拶した。神殿の中の入り口に近い応接間には、俺達二人と今自己紹介をしたリビエール上級神官、それから緑色の王宮の騎士服を着た男性が一人いる。
 他の職員や数人の神官は奥の聖堂の方に待機しているらしい。

「自分はクリス・ミラードと言います。王宮の護衛騎士です。去年も参加してますが、魔法はからっきしなので、近衛騎士団のような魔物討伐は専門じゃないです。今年も不安だったんですが、去年と同じフォンフリーゼ団長とリビエール上級神官がいてくれて心強いです」

 にこにこと快活に笑う茶色の髪をした健康そうな顔色のミラード卿は、大きな身体の割に笑うと猫のような愛嬌があって可愛らしく見える。騎士らしく剣も携えていて、鍔に付けられたお洒落な飾り紐が揺れていた。
 挨拶をした二人から見つめられて俺もぺこりと頭を下げる。

「エリス公爵家のレイナルド・リモナです。宮廷魔法士です。俺は卒業考査の警備は初めてなので、皆さんの邪魔をしないようにお手伝い出来ればと思います」

 名前を言うと、明らかにリビエール上級神官の方が嫌そうな顔をした。
 神殿関係者には俺の悪名が轟いていると見える。

「失礼ですが、リモナ卿は今回何故警備班に?」
「ファネル総帥から来るように要請されまして」
「まったく、ファネル様も寄越されるなら名前だけ有名な方ではなくてベテランの宮廷魔法士をくださればいいものを。まぁグウェンドルフ団長がいらっしゃるので、貴方が何もしなくても問題ありませんけどね」

 大きなため息をついて、明らかに蔑んでくる。
 本人を目の前にしてこれだけ言えるのは逆にすごいぞ。いっそ清々しささえある。
 陰口を叩いてる貴族のおっさん達よりもよほど好感が持てるわ。

 とりあえず、彼のわかりやすい絶対零度の視線にへらへらっと笑って、俺は無害ですよアピールをしておいた。神殿関係者に悪名が轟いてるのは自業自得と言えばそうなのだ。主に膝サポーターとか売りまくっちゃった事案があるわけだし。でも商品開発したのは善意よ?

 すると横からグウェンドルフがすっと俺の前に出る。

「リビエール上級神官、彼の実力も知らずにそのような発言をするのは関心しない」

 まさかのグウェンドルフからのフォロー。
 驚いて彼の背中を見つめた。
 上級神官もまさかグウェンドルフがそんなことを言うとは思ってもいなかったのか、ポカンとして瞬きしている。

「団長は、リモナ卿と親しいご関係なんですか?」

 そう聞かれて、グウェンドルフは数秒黙ったあと大きく頷いた。
 俺を一度振り返り、視線を合わせる。
 目配せされたようなので、俺もうんうんと調子を合わせて頷いておいた。確かに知り合いではあるしな。
 グウェンドルフは満足気に目を細めて、もう一度上級神官に向き直った。心なしか自信に漲った表情をしているように見える。


「私と彼は、叡智の塔の同級生だ」
「……ああ。そういえばお二人があの事件の。けれど、グウェンドルフ団長とリモナ卿が在学中に親しくされていたなんて意外ですね」
「いや、在学中は彼とは殆ど交流していなかった」

 リビエール上級神官が小さく首を傾げる。

「それでは、例の卒業後から交友があるということですね」
「いや……彼と会うのは昨日が卒業以来だが」

「……え?」

 上級神官が思わずといったように小さく声を出した。

 グウェンドルフ、一体どうしたんだ。
 いや事実そうなんだけど。
 すごく堂々としてるんだけど、言った内容はただの久しぶりに会った同級生ってだけなのよ。

 俺たちってタメなんだぜ、と言わんばかりに堂々と立つグウェンドルフ。

 そんな堂々とした態度で言われるとなんか逆に恥ずかしくない?

 戸惑わせてごめんよリビエール上級神官。

「ははは! グウェンドルフ卿って面白い人なんですね! 去年はわからなかったなあ」

 ミラード卿が明るく笑ってくれたので、話の方向を見失った会話がなんとか収まったかんじになった。ナイスフォロー。
 彼の快活そうな笑い方には好感が持てる。俺たちより数年歳上に見えるし、兄貴肌なのか頼り甲斐がありそうだ。
 リビエール上級神官の方も俺たちより歳上に見えるが、神官は魔術学院に通わないで教会にそのまま入るパターンもあるからよくわからない。グウェンドルフが敬語を使わないけど、上級神官は気にした様子もない。近衛騎士団長では階級が上すぎて偉そうにされても問題ないということか。
 それ以上は俺の方に突っかかるつもりはないようで、上級神官は大袈裟にため息をついてから警備の説明を始めた。

 それによると、俺たちは卒業考査が始まってからもこの部屋か神殿の入り口にいて近付いてくる人や魔物に警戒すればいいとのこと。神殿の周りには魔物避けの結界が張られているから、余程のことがない限り何も起こらずに終わるらしい。去年は全く何も起こらず、暇だったみたい。

 でも、俺は思っている。
 多分今年は何か起きるのではないかと。
 何故なら、ゲームの主人公が参加しているから。なんらかのイベントが起きてもおかしくない。
 昨日冷静になって考えた結果、俺は開き直ることにした。
 確かに俺の悪評は完全には消えていない。でも俺は俺なりにこの数年、闇堕ちもしてないし三年前は悪魔退治までしたし、結構頑張って生きてきたんだ。
 だから、ゲームのストーリーだってきっと少しは変わっているはず。
 俺が悪役になって倒される未来は変わってるに違いないと、いつも通り振る舞うことにしたんだ。
 「きっと大丈夫だよな」って出がけにベルにも聞いたら、首を傾げながらも「キュン」って鳴いて送り出してくれた。本当、うちの子って天使なんだよ。

「それでは、そろそろ卒業考査も始まる頃ですし、よろしくお願いします。最後に、念のため魔物避けの護符をお渡ししておきます」

 上級神官が咳払いして話が終わる。
 俺たちにそれぞれ紙に描いた魔物避けの護符を配る。
 持った瞬間少しすっとしたから、聖なる力が宿っているのは間違いないらしい。
 部屋に残してきたベルの心配をしながら、俺はグウェンドルフと共に神殿の入り口に向かった。



 一時間程経った頃だろうか。
 にわかに、外の気配がざわつき始めた。
 閉じられた神殿の扉を開き、外の警備に立っていた神官が飛び込んでくる。

「リビエール様! 大変です!」
「どうしたんです」

 血相を変えて飛び込んできた神官に眉根を上げてリビエール上級神官が聞く。

「バ、バジリスクが! 出現しました!」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は自然とグウェンドルフと視線を合わせた。二人とも三年前のことをまだ覚えている。彼は軽く頷いて神官の方へ顔を向けた。

「ば、バジリスク?!」

 ミラード卿が驚愕に目を見開いて叫ぶ。

「まさか。君は聖堂まで退避しなさい。バジリスクの相手は誰がしているんです?」

 リビエール上級神官が眉間に皺を寄せながら早口で言った。

「今、卒業考査の学生が十人ほどで戦っています。もう何人かは強制帰還したと思います。こっちに向かっているようです」
「わかりました。グウェンドルフ団長、対処を頼めますか」

 厳しい顔つきになったリビエール上級神官がグウェンドルフを振り返った。
 グウェンドルフは既に扉の方に向かっていた。俺もその後に続く。

「俺も行くよ、グウェンドルフ」
「ああ」
「じゃ、じゃあ、俺は魔物避けの結界が大丈夫か見てきます! リビエール上級神官は聖堂を守ってください」

 そう言ったミラード卿が慌てて俺たちを抜かして神殿から出て、裏手の方へ走って行った。バジリスクと聞いた瞬間はかなり動揺していたが、騎士団に所属しているだけはあってすぐに気持ちを切り替えたらしい。なかなか優秀だ。

「わかりました。私は職員と共に聖堂を守ります」

 上級神官が踵を返して聖堂の方へ走って行った。
 俺たちが神官の入り口から外階段を降りようとした時、バキバキと木々を薙ぎ倒す音と人の悲鳴が響いた。

「こんなすぐ側まで来てたのか。魔物避けの結界があるのに?」

 俺が驚くと、グウェンドルフは目をすっと細めた。

「おそらく、すでに幾つか破壊されているだろう」

 こんな特級レベルの魔物が出るなんて想定していないからな。魔物避けの結界が壊れてしまうのも頷ける。
 もしくは、何者かに既に壊されているか。

 何人かの瑠璃色のローブを着た学生が、バジリスクに追われながら、いやバジリスクの進行を止めようと追いながらなのか、こちらに走ってくる。

「君たち! こっちに上がって来い!」

 俺がそう叫ぶと、グウェンドルフが剣の先をバジリスクに向けて構えた。
 ズドンと雷が落ち、バジリスクがビクッと動きを止める。
 驚いてぽかんと立ち止まってしまった学生達に俺はもう一度呼びかける。

「おーい。今のうちに早くこっちに来て! それまたすぐ目覚めるから!」

 そう言うと慌てて四人の学生が神殿の外階段に向かって走り出す。
 他の学生は皆強制帰還したのだろうか。バジリスクに睨まれると一瞬で命を落とすからな。形代があってよかった。
 彼らよりも先に、神殿の裏手から血相を変えたミラード卿が外階段を登ってきた。

「グウェンドルフ団長! ヤバいです! 魔物避けの結界が壊れてます!」
「やっぱり壊されてたか」

 俺がそう呟やくと、ミラード卿が神殿の方を指差した。

「ヤバいです本当に!! いるんです! まだ! バジリスクがもう一体!」

 そう叫んだと同時に神殿の裏手の方からバリンと音がした。
 俺とグウェンドルフは同時に神殿の方を振り返る。
 まさか、今のは聖堂のステンドグラスが割られた音か。
 人の叫び声が小さく聞こえた気がする。
 ドーンと何かを打ち付けるような音も響いてきて、俺とグウェンドルフはまた視線を合わせた。

「グウェンドルフ、行ってくれ」
「ここは大丈夫か」
「ああ。問題ない。ミラード卿もグウェンドルフと一緒に聖堂に」
「わかりました!」

 グウェンドルフが来た道を風のように走り去っていく。ミラード卿が慌てて追いかけるのを見送ってから、俺は階段を登りきって側まで来た四人の学生を振り返った。

「さて、もしかして君達の中に光属性の魔法が使える子はいるかな?」
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