16 / 340
第一部
十四話 蒼緑クライシス(17years old)後②
しおりを挟む「嫌だね」
きっぱりとそう返すと、今度はグウェンドルフが驚いた顔でこちらを見た。
その綺麗な黒い瞳に戸惑いが見える。
俺はその眼を睨みつけた。
心底不思議だと言うその眼が気に入らない。
「お前さ、騎士団にいる時もそうなわけ? 自分より弱い敵ならいいけど、強い敵だったら自分が犠牲になって味方を全員逃すのか? 生き延びさせるために?」
水龍を操りながら俺を見つめるグウェンドルフの眼を、俺は真っ直ぐに見つめ返した。
「今この場で、あの悪魔を何とかできるとしたら、それはグウェンドルフ・フォンフリーゼ、お前だよ。結界を修復出来るのも、俺じゃなくて、お前だ。今この森にいる中で一番強いお前しかできない。だから、お前はこの中の誰よりも長く生き延びなきゃいけない。変な責任感で自分の価値を軽んじるな。お前が死んだら、誰があの悪魔を止めるんだ?」
そう言うと、グウェンドルフが虚をつかれた顔をして黙った。
普段こんな言葉数で責め立てられることなんかないんだろう。彼がそんな顔をするのは珍しくて少し笑える。
俺はふっと表情を緩めてからグウェンドルフの顔を覗き込んだ。
「今、あんたが言うべきセリフは、逃げろじゃない。手伝ってくれ、だ」
俺の笑みをじっと見ていたグウェンドルフは、小さく頷いた。
「君の言う通りだ。……手伝ってくれ」
「わかった」
にっこり笑ってグウェンドルフにウインクした。
さっと悪魔の方へ視線を戻してから、真面目な顔で彼に確認する。
「ところで、あの結界を修復する方法はあるのか」
まだ俺を見ていたグウェンドルフは、少し考えてからまた小さく頷いた。
彼は杖で龍を操る方とは別の手を壁際にかざす。そこには悪魔の攻撃で弾き飛ばされた祭壇があった。もともと結界を囲んでいた祭壇のうち、最も大きく、最も厳かな装飾で飾られた祭壇だった。
それが浮き上がって俺たちの方へ飛んでくる。グウェンドルフはそれをすぐそばに着地させた後、内側に取り付けられた扉を魔法で開いて中から一本の古びた剣を浮かび上がらせた。
「これは?」
「昔悪魔を封じた大聖女が造った宝剣だ。これならば、結界に差し込み精霊力を流せばある程度結界を修復出来るかもしれない」
金で装飾された鞘から抜かれると、剣はプラチナのように白い透明な光を放つ。柄は金で光の精霊と教会の紋章があしらわれている。
なかなか良いアイテムが出てきたな。
俺はよし、と頷いた。
「なるほどね。結界に流すのは魔力でも良いのか?」
「問題ない。魔力もこちらの世界の力だから」
「よし。じゃあその剣はお前が持っててくれ。俺はもう結界を修復出来るほどの精霊力は残ってないから」
そう言って、俺は傍でずっと描いていた魔法陣に杖で精霊力を流し込んだ。
「光の精霊よ、力を貸してくれ」
魔法陣が淡い光を放ち、手をかざすと魔法陣の真ん中から白い光を纏った細身の槍が現れる。
グウェンドルフが少し驚いた顔で槍を掴む俺を見た。
「それは」
「剣があるなんて知らなかったから。攻撃するなら光属性の武器の方が効きそうだろ。即席だからそこまで期待してなかったけど、緊急事態だから精霊達も協力してくれたな」
手に持った槍は細身だが、光属性の武器だから悪魔には効くはずだ。
何故槍かと言うと、俺は剣が下手くそだから。槍の方がまだ行けそう。そういう意味でも宝剣は騎士であるグウェンドルフが持つのがふさわしい。
光属性の武器が二つも出現したのがわかったのか、悪魔の指はこちらに向けて電撃を立て続けに発射してくる。黒い掌がじわじわと出てきて、水龍もだいぶ押し負けてきた。
「じゃあ、時間もないし作戦はこうだ。俺が囮になってあいつの気をひきつける。その隙に別の方向からお前が結界に近付いて剣を刺してくれ」
「囮? 君が危険では」
「俺はもうゴーレムを作れるだけの精霊力ないから。あ、お前がやろうとするなよ。結界の修復にどれだけ魔力がいるか分からないんだから温存しろ。あと最初に言ったけどお前が死んだら全部終わるんだからな。お前が囮になるのはなしだ。大丈夫だって、忘れたのか? 俺たちは今日ファネル様の形代があるんだよ」
険しい顔で黙るグウェンドルフを見据える。
そう。幸運なことに、俺たちは今日死ぬことはない。戦線を離脱してしまうというリスク以外、身を惜しむ必要がないのである。
「作戦をじっくり練る時間もない。やってみよう。大丈夫だ。死にそうになったらすぐ帰還の呪文を唱えるから」
「わかった」
悪魔の方を見たグウェンドルフも、時間がないのはわかっているのか少し考えて了承した。
「行くぞ!」
俺は扉の影から出て悪魔の方に飛び出した。
その瞬間電流が襲いかかってくるが、槍で弾き返す。光属性が効いているのか、槍で触れた瞬間電撃は威力を落として煙になった。
近付いてくる気配がわかるのか、悪魔の手が俺の方を向いて爪を伸ばしている。
視界の端で上手くグウェンドルフが悪魔の手の甲の方へ移動していくのを捉えた。
俺は槍を突き出して結界のすぐそばまで接近した。
手が俺を捕らえようと指を伸ばしてくる。
グウェンドルフが音もなく跳躍して剣を振りかぶった。剣先が悪魔の手の甲にかかるかと思ったとき、突如悪魔の指が反対側に折れ曲がった。
「っ!?」
人間ではあり得ない指の動きに一瞬反応が遅れたグウェンドルフの腕を悪魔の爪先が掠める。
バシュっと血飛沫が上がった。
「グウェンドルフ!」
辺りに血を撒き散らしながらグウェンドルフの片腕が宙を舞う。
剣を持っていた利き手ではなく、庇った左腕が肩の下から切断された。
「帰還しろ!」
剣を握った手を離さずグウェンドルフが俺に向かって怒鳴る。
帰還?
諦めろってことか?
動きが鈍くなったグウェンドルフに悪魔の指が彼を捕らえようと一斉に飛びかかる。文字通り、指がどんどん伸びていく。俺よりも魔力量が格段に高いグウェンドルフの方に惹きつけられるのかもしれない。
俺に帰還しろと言っておきながら、グウェンドルフは悪魔の指に剣を振り下ろし、魔法を放ち続けていた。大怪我を負ったにもかかわらず、自分が帰還する様子は見せない。
剣を握っているせいで止血も出来ない左肩からおびただしい量の血が流れて続けていた。
大量失血して気を失うまで闘うつもりなのか。
その姿を見て、俺は唇を強く噛んだ。
そうだ。
グウェンドルフはこういう奴だ。
腕がなくなったって逃げたりしない。
他人を守るために平気で自分の身を犠牲にするんだろう。
胸が痺れるような感覚を覚えて、俺は自分の足を踏み出した。
そんな姿を見せられて、俺だけ帰還なんか出来るか。
俺は悪魔の手に駆け寄り、グウェンドルフに気を取られて油断している黒い手の甲に思い切り槍を突き立てた。
その瞬間掌が黒い焔で包まれる。
怒りを発露した黒い手は、すぐに俺が突き立てた槍を振り払い、逃げる間も無く俺の身体を握りしめた。強い力で容赦なく握りつぶされて骨が砕ける音が耳に聞こえてくる。
「ぐあっ」
「レイナルド!」
グウェンドルフが叫んだ。
次の瞬間、地面から脚が浮いた。俺の身体を握りしめた手は結界の裂け目に俺を引き摺り込む。
悪魔の手が、俺を掴んだまま結界の裂け目に引っ込んだのだ。
何という僥倖。
「閉じろ!!!」
俺は喉が潰れるくらいの大声を出して叫んだ。内臓から溢れた血が喉から飛び散るが構わず叫んだ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
絶対に逃すわけにはいかない。
グウェンドルフの引き攣った顔が微かに見える。その顔に迷いが見えた。
俺は彼の眼を真っ直ぐに見つめ、有らん限りの声でもう一度叫んだ。
「閉じてくれ! グウェン!!」
迷うな、守れ!
そう言おうとした言葉は身体を握りつぶされる痛みで続かなかった。けれど、彼には伝わっただろう。
グウェンドルフが蒼白な顔で片手を振り上げる。
必死に唇を噛み締めたその顔が、まるで今にも泣き出しそうに見えた。
暗く塗りつぶされる視界の中で、彼のその表情が俺の目に焼き付いた。
頼むぞ、天才魔法使い。
お前が結界を閉じてくれれば、この世界は守られる。
金色に光る剣の輝きを見たのを最後に、俺の視界は暗闇の中に消えた。
そして、すぐに何も聞こえなくなった。
身体がバラバラになったような強烈な痛みの後、俺の意識はぷっつりと途切れた。
帰還の呪文を唱える前に、多分俺は死んだんだろう。
887
お気に入りに追加
8,408
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜
明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。
しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。
それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。
だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。
流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…?
エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか?
そして、キースの本当の気持ちは?
分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです!
※R指定は保険です。
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。
【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました
大森deばふ
BL
ユランは、幼馴染みのエイダールが小さい頃から大好き。 保護者気分のエイダール(六歳年上)に彼の恋心は届くのか。
基本は思い込み空回り系コメディ。
他の男にかっ攫われそうになったり、事件に巻き込まれたりしつつ、のろのろと愛を育んで……濃密なあれやこれやは、行間を読むしか。←
魔法ありのゆるゆる異世界、設定も勿論ゆるゆる。
長くなったので短編から長編に表示変更、R18は行方をくらましたのでR15に。
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
第12回BL小説大賞に参加中!
よろしくお願いします🙇♀️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる