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第一部

十四話 蒼緑クライシス(17years old)後②

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「嫌だね」

 きっぱりとそう返すと、今度はグウェンドルフが驚いた顔でこちらを見た。
 その綺麗な黒い瞳に戸惑いが見える。
 俺はその眼を睨みつけた。

 心底不思議だと言うその眼が気に入らない。

「お前さ、騎士団にいる時もそうなわけ? 自分より弱い敵ならいいけど、強い敵だったら自分が犠牲になって味方を全員逃すのか?  生き延びさせるために?」

 水龍を操りながら俺を見つめるグウェンドルフの眼を、俺は真っ直ぐに見つめ返した。

「今この場で、あの悪魔を何とかできるとしたら、それはグウェンドルフ・フォンフリーゼ、お前だよ。結界を修復出来るのも、俺じゃなくて、お前だ。今この森にいる中で一番強いお前しかできない。だから、お前はこの中の誰よりも長く生き延びなきゃいけない。変な責任感で自分の価値を軽んじるな。お前が死んだら、誰があの悪魔を止めるんだ?」

 そう言うと、グウェンドルフが虚をつかれた顔をして黙った。
 普段こんな言葉数で責め立てられることなんかないんだろう。彼がそんな顔をするのは珍しくて少し笑える。
 俺はふっと表情を緩めてからグウェンドルフの顔を覗き込んだ。

「今、あんたが言うべきセリフは、逃げろじゃない。手伝ってくれ、だ」

 俺の笑みをじっと見ていたグウェンドルフは、小さく頷いた。

「君の言う通りだ。……手伝ってくれ」
「わかった」

 にっこり笑ってグウェンドルフにウインクした。

 さっと悪魔の方へ視線を戻してから、真面目な顔で彼に確認する。

「ところで、あの結界を修復する方法はあるのか」

 まだ俺を見ていたグウェンドルフは、少し考えてからまた小さく頷いた。
 彼は杖で龍を操る方とは別の手を壁際にかざす。そこには悪魔の攻撃で弾き飛ばされた祭壇があった。もともと結界を囲んでいた祭壇のうち、最も大きく、最も厳かな装飾で飾られた祭壇だった。
 それが浮き上がって俺たちの方へ飛んでくる。グウェンドルフはそれをすぐそばに着地させた後、内側に取り付けられた扉を魔法で開いて中から一本の古びた剣を浮かび上がらせた。

「これは?」
「昔悪魔を封じた大聖女が造った宝剣だ。これならば、結界に差し込み精霊力を流せばある程度結界を修復出来るかもしれない」

 金で装飾された鞘から抜かれると、剣はプラチナのように白い透明な光を放つ。柄は金で光の精霊と教会の紋章があしらわれている。

 なかなか良いアイテムが出てきたな。

 俺はよし、と頷いた。

「なるほどね。結界に流すのは魔力でも良いのか?」
「問題ない。魔力もこちらの世界の力だから」
「よし。じゃあその剣はお前が持っててくれ。俺はもう結界を修復出来るほどの精霊力は残ってないから」

 そう言って、俺は傍でずっと描いていた魔法陣に杖で精霊力を流し込んだ。

「光の精霊よ、力を貸してくれ」

 魔法陣が淡い光を放ち、手をかざすと魔法陣の真ん中から白い光を纏った細身の槍が現れる。
 グウェンドルフが少し驚いた顔で槍を掴む俺を見た。

「それは」
「剣があるなんて知らなかったから。攻撃するなら光属性の武器の方が効きそうだろ。即席だからそこまで期待してなかったけど、緊急事態だから精霊達も協力してくれたな」

 手に持った槍は細身だが、光属性の武器だから悪魔には効くはずだ。
 何故槍かと言うと、俺は剣が下手くそだから。槍の方がまだ行けそう。そういう意味でも宝剣は騎士であるグウェンドルフが持つのがふさわしい。
 光属性の武器が二つも出現したのがわかったのか、悪魔の指はこちらに向けて電撃を立て続けに発射してくる。黒い掌がじわじわと出てきて、水龍もだいぶ押し負けてきた。

「じゃあ、時間もないし作戦はこうだ。俺が囮になってあいつの気をひきつける。その隙に別の方向からお前が結界に近付いて剣を刺してくれ」
「囮? 君が危険では」
「俺はもうゴーレムを作れるだけの精霊力ないから。あ、お前がやろうとするなよ。結界の修復にどれだけ魔力がいるか分からないんだから温存しろ。あと最初に言ったけどお前が死んだら全部終わるんだからな。お前が囮になるのはなしだ。大丈夫だって、忘れたのか? 俺たちは今日ファネル様の形代があるんだよ」

 険しい顔で黙るグウェンドルフを見据える。
 そう。幸運なことに、俺たちは今日死ぬことはない。戦線を離脱してしまうというリスク以外、身を惜しむ必要がないのである。

「作戦をじっくり練る時間もない。やってみよう。大丈夫だ。死にそうになったらすぐ帰還の呪文を唱えるから」
「わかった」

 悪魔の方を見たグウェンドルフも、時間がないのはわかっているのか少し考えて了承した。

「行くぞ!」

 俺は扉の影から出て悪魔の方に飛び出した。
 その瞬間電流が襲いかかってくるが、槍で弾き返す。光属性が効いているのか、槍で触れた瞬間電撃は威力を落として煙になった。
 近付いてくる気配がわかるのか、悪魔の手が俺の方を向いて爪を伸ばしている。
 視界の端で上手くグウェンドルフが悪魔の手の甲の方へ移動していくのを捉えた。
 俺は槍を突き出して結界のすぐそばまで接近した。
 手が俺を捕らえようと指を伸ばしてくる。
 グウェンドルフが音もなく跳躍して剣を振りかぶった。剣先が悪魔の手の甲にかかるかと思ったとき、突如悪魔の指が反対側に折れ曲がった。

「っ!?」

 人間ではあり得ない指の動きに一瞬反応が遅れたグウェンドルフの腕を悪魔の爪先が掠める。

 バシュっと血飛沫が上がった。

「グウェンドルフ!」

 辺りに血を撒き散らしながらグウェンドルフの片腕が宙を舞う。
 剣を持っていた利き手ではなく、庇った左腕が肩の下から切断された。

「帰還しろ!」

 剣を握った手を離さずグウェンドルフが俺に向かって怒鳴る。

 帰還?

 諦めろってことか?

 動きが鈍くなったグウェンドルフに悪魔の指が彼を捕らえようと一斉に飛びかかる。文字通り、指がどんどん伸びていく。俺よりも魔力量が格段に高いグウェンドルフの方に惹きつけられるのかもしれない。
 俺に帰還しろと言っておきながら、グウェンドルフは悪魔の指に剣を振り下ろし、魔法を放ち続けていた。大怪我を負ったにもかかわらず、自分が帰還する様子は見せない。
 剣を握っているせいで止血も出来ない左肩からおびただしい量の血が流れて続けていた。
 大量失血して気を失うまで闘うつもりなのか。


 その姿を見て、俺は唇を強く噛んだ。


 そうだ。

 グウェンドルフはこういう奴だ。


 腕がなくなったって逃げたりしない。
 他人を守るために平気で自分の身を犠牲にするんだろう。

 胸が痺れるような感覚を覚えて、俺は自分の足を踏み出した。



 そんな姿を見せられて、俺だけ帰還なんか出来るか。



 俺は悪魔の手に駆け寄り、グウェンドルフに気を取られて油断している黒い手の甲に思い切り槍を突き立てた。
 その瞬間掌が黒い焔で包まれる。
 怒りを発露した黒い手は、すぐに俺が突き立てた槍を振り払い、逃げる間も無く俺の身体を握りしめた。強い力で容赦なく握りつぶされて骨が砕ける音が耳に聞こえてくる。

「ぐあっ」
「レイナルド!」

 グウェンドルフが叫んだ。

 次の瞬間、地面から脚が浮いた。俺の身体を握りしめた手は結界の裂け目に俺を引き摺り込む。


 悪魔の手が、俺を掴んだまま結界の裂け目にのだ。


 何という僥倖ぎょうこう


「閉じろ!!!」


 俺は喉が潰れるくらいの大声を出して叫んだ。内臓から溢れた血が喉から飛び散るが構わず叫んだ。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。
 絶対に逃すわけにはいかない。

 グウェンドルフの引き攣った顔が微かに見える。その顔に迷いが見えた。

 俺は彼の眼を真っ直ぐに見つめ、有らん限りの声でもう一度叫んだ。

「閉じてくれ! グウェン!!」

 迷うな、守れ!

 そう言おうとした言葉は身体を握りつぶされる痛みで続かなかった。けれど、彼には伝わっただろう。

 グウェンドルフが蒼白な顔で片手を振り上げる。
 必死に唇を噛み締めたその顔が、まるで今にも泣き出しそうに見えた。
 暗く塗りつぶされる視界の中で、彼のその表情が俺の目に焼き付いた。


 頼むぞ、天才魔法使い。


 お前が結界を閉じてくれれば、この世界は守られる。
 

 金色に光る剣の輝きを見たのを最後に、俺の視界は暗闇の中に消えた。

 そして、すぐに何も聞こえなくなった。
 身体がバラバラになったような強烈な痛みの後、俺の意識はぷっつりと途切れた。


 帰還の呪文を唱える前に、多分俺は死んだんだろう。
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