上 下
13 / 340
第一部

十一話 蒼緑クライシス(17years old) 前①

しおりを挟む
「それでは、これより卒業考査の説明を始める」

 叡智の塔で卒業年度を迎えた俺達の学年は、全員が叡智の塔に設置された移動魔法陣でルロイ公爵領にあるトロン樹林に来ていた。ここは例年卒業考査の舞台となる魔の森である。

「皆、ファネル様より授けられた形代はそれぞれ叡智の塔の講堂に置いてきたな?形代がないと緊急時に命を落とすことになりかねない。万が一置いてこなかったという愚か者がいたら挙手しなさい」

 森の入り口に立った教授が学生達を見回し、「よろしい」と頷いてから試験の説明を続ける。

「ここトロン樹林には、知っての通り魔物が生息している。君達に最後に与えられる課題は、魔物を実際に倒すことだ。各自樹林に入り、魔物を倒して魔石を持ち帰るように。魔石を持ち帰った者は合格とする。複数人で協力しても良いが、持ち帰る魔石は人数分なければならない。また、必ず一人で一体のトドメを刺すようにすること。後でレポートを提出してもらう」

 静かに説明する教授の話を皆真剣に聞いている。

「叡智の塔に帰還する際は、帰還の呪文を唱えること。呪文を唱えると形代の人形と入れ替わることが出来る。また、念のため伝えておくが皆にはファネル様が作った形代があるため、仮に命を落とすことがあっても強制的に形代と入れ替わり、叡智の塔に帰還できる。しかし魔石を持ち帰らない場合は、卒業の資格が認められない。不用意に魔物の攻撃に当たらないように注意しなさい」

 総帥が凄いのは今に始まったことではないが、この形代の術は本気で凄い。ほとんど常軌を逸していると言ってもいい。術自体は昔からあるらしいが、実際に扱える魔法使いは殆どいない。今はファネル様くらいだろう。
 総帥でもいつでも出せる術ではなく、持続時間や発動場所が限られるし、術者は魔法陣から動けないらしいから使うには制約が多い術だけれどそれでも十分すごい。

 死ぬ場合もある、と聞いて皆緊張した顔になった。確かに、トロン樹林は凶暴化した魔物が出やすいと言われているから騎士団か叡智の塔の卒業生でもない限り立ち入ることは命取りだろう。

「それでは、ただ今より三時間以内に皆魔物を倒し、叡智の塔に帰還すること。始め」

 教授がそう宣言した途端、何人かの学生が森の中に駆けて行った。
 出遅れたと思った残りの皆が後を追って次々に樹林に入って行く。
 確かに、程よく弱い魔物が先に狩られてしまえば、手強い魔物が後に残ることになる。先に目ぼしい獲物を見つける方が有利かもしれない。

「レイ、俺たちも行くぞ」

 ルウェインの声に頷いて俺達二人は一緒に森に入った。
 少し経つと、樹林のあちこちから呪文を詠唱する声や魔物の呻き声が聞こえるようになる。

「この辺りは先に狩られてるな。もっと奥に行こう」

 駆け足で森を抜けながら、魔物を探して森の奥を目指す。
 魔物を狩るのは初めて、と言いたいところだが実は違う。ルウェインとは魔術学院に通っていた頃からたびたび一緒に小旅行をしていた。俺が各地の森を彷徨うろつくので、時々小さな魔物には出くわして退治したことがある。
 ただ、トロン樹林のような大型の魔物が多く潜む棲家に突入するのはこれが初めてだった。緊張感と好奇心が混ざったような不思議な高揚感を抱く。

 その時何処からか焦ったような小さな声を聞いた気がして、俺はルウェインを呼び止めて声の方を見に行った。
 遠くの木々の間からクァールという豹のような魔物を相手にしている学生が見える。一人でかなり苦戦しているようだ。素早く動く魔物相手に完全に腰がひけている。

「あれ手伝いに行くか」

 と俺が言ったその瞬間、俺達とは違う方向から稲妻のような一撃が飛び、クァールが弾き飛ばされた。
 樹木の間から長い黒髪を靡かせた青いローブがするりと出てくる。最近は滅多に叡智の塔では見かけなくなったグウェンドルフだった。特に何の表情も浮かべずに杖を少し振っただけで魔物を弾き飛ばしたグウェンドルフを見て、助けられた学生が若干怯えている。
 助けた相手のことは全く気に留めずに、グウェンドルフはクァールが弱ったことを確認すると背を向け無言で木々の間にまた消えていった。残された学生は慌ててクァールを仕留めにかかる。

 俺は口の中で小さく口笛を吹いた。

「かっこいー。グウェンドルフ卿、今日はちゃんと卒業考査に参加してたんだな」
「まぁ一応建前は俺たちと同じ学年に所属してるからな。卒業考査は形だけでもとりあえず受けとかなきゃいけないんじゃねえの? おおかた総帥からどんくさい奴らのお守りでも頼まれてるんだろうけどな」
「なるほど、あり得る」

 あの真面目で堅物なグウェンドルフなら、教授達の手助けが入れない森の巡回を頼まれたら素直に引き受けるだろう。
 特定の学生を贔屓するのを防ぐために、教授達はトロン樹林の入り口から中には入らないことが慣例になっている。だから余程のことがない限り、この森の中では学生だけで何とかしなければならない。
 教授達も今年はグウェンドルフがいるから大丈夫だと思って気を抜いてそうだな。死にそうになったらさっきみたいに助けてもらえるだろうし。

「まぁでも、卒業考査で助けてもらって本当に自分のためになるのか? って気もするけど」
「自信がある奴とか、ちゃんと力を試したいって奴は一人でやればいいだろ。中には文官目指してる奴もいるだろうし、俺みたいに卒業出来ればなんでもいいって奴もいるってことだよ」

 小声で呟くとルウェインが肩をすくめてそう返した。
 確かに、卒業したい理由は人それぞれか。
 俺だって卒業したら早々に領地に引っ込んで隠居したいって思ってるしな。
 そう思いながら、ふと彼のことが頭をよぎった。

 グウェンドルフはどうしたいんだろう?
 近衛騎士団の団長になるってもっぱらの噂だけど、あいつ自身は本当はどうしたかったんだろうな。

 そんな話は今までしたことがなかったから、俺にはよくわからない。グウェンドルフに聞く機会も卒業間近になった今となってはもう訪れないかもしれない。
 なんとなくそれが惜しいような気持ちになったとき、ルウェインが低い声で囁いた。

「いた。フオルンだ」

 ルウェインの声に前方を見ると、巨大な樹の魔物が周りの木々の枝を乱雑になぎ払っているのを見つけた。

「じゃ、打ち合わせ通りあいつの脚だけ止めといてくれ。あとは俺がやる」
「了解。大した魔力はないけど、馬鹿力だから当たらないように気をつけろよ」

 ルウェインが頷きながらたっと軽く駆け出し、腰から下げた剣を抜く。
 普通の剣より短い刀身の剣を片手で構えながら軽いステップでフオルンに近づいていく。
 魔物は自分に近づいてくるルウェインに気付いて、威嚇の呻き声を発すると枝の腕を振り回し始めた。剣で飛んでくる枝をいなしながら、ルウェインが魔物の射程に近付いていく。
 俺はしゃがんで手を地面につけた。

「大地の精霊よ。矮小なる我が身に代わりかの者の脚を捉えよ」

 そう唱えて精霊力を送るとフオルンの脚もとの土が盛り上がり、魔物の脚に絡みついた。
 ルウェインが左手に持った鞘の胴に右手に構えた剣を当てて一度いだ。

「炎の精霊よ、我が刀身に宿れ」

 そう唱えると鞘から飛び散った火花が大きくなり、一瞬で刀身を炎が包む。
 炎は刀身の倍ほども長く伸びて、ルウェインが剣を振るたびにフオルンの手足に炎の剣戟けんげきが飛ぶ。怒りの唸り声をあげた魔物がルウェインを薙ぎ払おうとするが、炎が厚く行手を遮り退こうとするも脚を地面に取られて身動きが取れない。
 ルウェインが剣を魔物の胴に突き刺すと、剣から手を離して身軽に地面に着地した。
 手を剣に向けてかざしたルウェインが精霊術を放つ。
 瞬時に刀身を包んだ炎が業火となり、フオルンを丸々抱き込んだ。そのまま強火で魔物を丸焦げにする。断末魔の奇声をあげる魔物を見ながら、俺は地面から手を離して立ち上がった。
 ルウェインの剣捌きは久しぶりに見たが、やはり様になっている。

 叡智の塔には、魔法騎士を志望する若者もいるので、剣術の授業ももちろんある。必修科目では基本の立ち回りだけで、騎士団から講師を招いて行う選択授業では応用までやるらしい。
 俺は必修しか取らなかったが、剣についてはからっきしダメだった。才能がまるでない。
 ルウェインはそこそこ適正があったらしく、剣を使った魔法を展開する応用までこなした。本人としても杖や魔法陣で魔法を使うより剣の方が向いていると感じるらしい。でも将来は婚約者の家の家業を継ぐから騎士にはならないんだと。講師の騎士には残念がられたとか。

 そうこう考えていたら、魔物をこんがり丸焼きにしたルウェインは死体に近寄ると剣を抜いた。鞘に収めてから、しゃがんで魔物の残した魔石を取る。すると魔物の身体は灰のようにさらさらと崩れてやがてなくなった。

「よし、順調に終わったな」

 ルウェインはそう言ってから俺を振り返った。

「じゃ、俺は先に戻るけど本当に手伝わなくていいんだな?」
「うん。俺この森でちょっと確認したいことがあるからさ」
「ま、ほどほどにな。ふらふらするのは勝手だが時間オーバーになって後で笑えなくなるのは勘弁しろよ」
「わかってるって」

 肩をすくめながら軽く手を振って、叡智の塔に帰還するルウェインを見送ってから俺は樹林を東に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ
BL
ユランは、幼馴染みのエイダールが小さい頃から大好き。 保護者気分のエイダール(六歳年上)に彼の恋心は届くのか。 基本は思い込み空回り系コメディ。 他の男にかっ攫われそうになったり、事件に巻き込まれたりしつつ、のろのろと愛を育んで……濃密なあれやこれやは、行間を読むしか。← 魔法ありのゆるゆる異世界、設定も勿論ゆるゆる。 長くなったので短編から長編に表示変更、R18は行方をくらましたのでR15に。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

処理中です...