5 / 10
5話 なに?人攫いの貴族じゃと?
しおりを挟むパン屋のデイジーは、最近アルダンに越してきた元難民である。
かつて王都で貴族の世話人をしていたが、妙に気に入られてしまい、身の危険を感じて夫と共に夜逃げ。アルダンの評判は聞いていたので、藁にもすがる思いで門を叩いた。
「食べ物がない? じゃあ難民テントに行きな!」
「住む家がない? じゃあ難民テント――」
「着る服がない? じゃあ――」
デイジー夫妻を待っていたのは、手厚い支援支援支援であった。それは治安・景気がいいとされる王都とも比べ物にならないほどで、町民達は優しく、暖かく迎えてくれた。
「ここにデイジーという女がいるか?」
昨晩のことだ。
店じまいをしていた所に妙な男が現れた。その時はなんとか誤魔化せたが、貴族の手の者だと確信した。
すぐに夫に相談するデイジー。
「お前が早々に気付いてくれてよかった。また別の土地に渡って一からやり直せばいいさ」
夫はそう元気付けたが、デイジーは諦められなかった。大粒の涙を流し、声を上げて泣いた。これだけ優しい町が他にあるものかと。
「私、カナメ様にお祈りしてまいります」
「ここに来て日が浅い我々の願いを聞いてくれるだろうか……」
「どうなるかは分かりません。本当かどうかも……でも、この町を離れるのは嫌なんです。私、ここが好きなんです」
家を飛び出したデイジーはカナメ様の社に向かう。そこは夜だというのに、実に多くの町民達がお祈りを捧げていた。デイジーもその中に混じり、祈りを捧げる。
「どう思う、じいよ」
そんな彼女を見下ろすエブリ。
執事のエドワールは首を傾げる。
「どうと申しますと?」
「妾の益になる解決策はあるかの」
「魔王様の率直な意見はいかがですか?」
「付きまとう貴族と刺客を殺したらいい。妾の民を攫おうとする=信仰を攫っていくのと同義じゃ。そんな輩は磔にして拷問してバラバラにしてサラダにして食ってやる」
「過激なのは信仰に関わるかと思います」
エドワールのひと言に唸るエブリ。
エブリは人の心を覗き・操る魔法は会得しているが、効果範囲は自分の領地に限られる。つまり刺客を一時的に騙せたとしても、王都に帰るまでに洗脳は解ける。あまり意味がない。
「誰にも気付かれないよう木っ端微塵にして豚に食わせるのはどうじゃ?」
「素敵ですがこの夫人に〝今後は安全である〟ことを分かりやすく示せた方がよろしいのではないですか?」
「なるほど! ひらめいたぞ! じい、耳を貸せい!」
◇◇◇◇◇
カナメ様からお告げがなく、暗い顔で帰路に着くデイジー。夜中の町中でふと、夕方の恐怖が蘇ってくる。
(そうよ、町は安全でも今ここにアイツが潜んでいるかもしれないんだわ……!)
一人で来たことを後悔したその刹那――目の前に、品のいい夫人が現れた。
「ごきげんよう、デイジー」
「ご、ごきげんよう。どうして私の名前を?」
恐らく初対面の町民だが、身なりからして貴族であることは間違いない。ということは――と、デイジーは自分の顔がみるみるうちに強張っていくのがわかった。
「失礼、少しお手を借りても?」
「な! どうしてですか……!?」
「すぐに済みますよ」
あれよあれよと手を取られたデイジーは、手のひらに鋭い痛みを覚えた。まるで皮膚が焼けるような痛みで、思わず悲痛な叫びを上げる。
「明日、またあの貴族が来たらその印を見せなさい。これで貴女の安全は守られる」
不気味な笑い声を残して消える夫人。
手の甲を見るもそこには何もなく、恐怖に脈打つ心臓の鼓動を感じながら、デイジーは涙目で帰路に着いたのであった。
◇◇◇◇◇
「おい! いるのは分かってるんだぞデイジー! 貴様私の元から逃げてタダで済むと思うなよ!」
貴族は朝から現れた。
大勢の手下を連れ店の扉を乱暴に叩く。
「いましたぜ、間違いねぇ」
「離してくださいッ!」
「堪忍してください。どうか……!」
連れ出されたデイジーを見るなり貴族は舌舐めずりをする。周りで見ている町民達は「まずくないか?」「でも相手は貴族らしいぞ」などと騒いでいるだけで、流石に手出しはできない様子。
その時、デイジーの手の甲が眩い光を放った。
何かの紋様が浮かび上がっている――それは遠吠えする狼の家紋で、貴族はこの家紋に見覚えがあった。
「なにがありまして?」
それは昨晩会った品のいい夫人だった。
貴族は一瞬たじろぐも、すぐに平静を取り戻す。
「用事は済んだ。おいお前達、王都に戻るぞ!」
「それはできませんねぇ」
夫人が意味ありげに笑みを浮かべた。
「それは私の〝奴隷〟です。私の所有物を持ち去ろうとする輩は、たとえ王族でも許すつもりはありません」
まさに権力者の圧――
どこの誰かも分からない夫人の圧に、貴族は完全に飲まれていた。
「この町の民は宝であり、全てである。誰かに渡すつもりもなければ誰にも支配させん」
夫人の姿が子供、大樹、老人に変わる。
「貴様がどこの貴族かは知らん。兵を100人連れてくるなら、一万の兵で貴様を囲む。魔物を連れてくるなら、魔族を連れて貴様を喰らう」
老人の姿が魚、そして大狼へと変化した。
貴族達は情けない声をあげ腰を抜かす。町民達はその狼の〝正体〟を察したのか、まるで神を見たかのように深々と頭を下げていた。
スンスンと狼が貴族の腹に鼻を近づける。
「貴様の匂い……覚えたぞ」
その言葉がトドメとなったのか、貴族達は叫び声をあげてとっとと町を去っていった。デイジーは呆気に取られたまま地面にへたり込む。
「奴隷というのは誤りじゃ。その印は町民の尊厳が踏み躙られようとしているとき、強く光って妾を呼ぶ。害はない。お守りだと思うといい」
デイジーにそう言い残すと、狼は子供へと変わり、そして消える。
『さらばだ、ヒノの子よ』
わっと歓声に包まれる中で、デイジーは自分の手の甲に刻まれた、今はもう見えない〝お守り〟に頬擦りしながら涙を流した。
正にカナメ様の奇跡。
貴族の手から移民を救ったカナメ様の伝説はたちまち話題になり、冒険者や商人、吟遊詩人に謳われて、貴族から不当な扱いを受けていた人々がアルダンに押し寄せたのであった。
一方その頃、エブリの城――。
「妾の変装はどうじゃった?」
「素敵でございました。失礼ながら、あの家紋はどこの貴族のものでしょう?」
「どこのでもない。かっこよかろう? 妾が作ったんじゃ」
「……」
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
気がついたら異世界に転生していた。
みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。
気がついたら異世界に転生していた。
普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・
冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。
戦闘もありますが少しだけです。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる