上 下
22 / 33
一章

022

しおりを挟む
 
 

 金属の擦れる音と、石畳を踏み締める音。
 遠くから聞こえる大勢の足音で目を開けたミサキは、宿屋の窓を押し上げて外を見た。

 朝日が差し込む。
 長い長い夜が明けていた。

 鈍色の鎧を着たプレイヤー達が進む。
 統一感の無い装備を付けた者も、くたびれたローブを着た者も、獣を連れた者も、NPC達も――皆が城門を目指して行進する。

(始まるんだ、戦いが)

 罪の意識から一睡もできなかったミサキは、その行列を見て再び涙がこみ上げた。
 彼等だってレベルが高いだけ、戦いを知ってるだけで、少し前までは自分と同じ学生だったり、会社員だった人なのだから。歴戦の戦士じゃなく、戦いとは無縁の世界で育った普通の人間なのだから。

(ごめんなさい……)

 そこに居られない自分を許してください。
 ミサキは窓硝子に何度も頭をぶつけながら、英雄達の行進を見送った。


 * * * *


 列の最前線に、ワタル達はいた。
 昨日の晩に残ってくれた同志達60名に加え、アリストラスに住む無所属の有志プレイヤーが数名、メールに応じた攻略勢のプレイヤーが数名、残りは傭兵NPCや冒険者ギルドのNPC達だ。
 
 最高レベルはワタルの39。
 続いてアルバの37。
 攻略勢の平均が36。
 キッドは35。
 フラメが33。
 紋章ギルドの平均が27。
 有志が15。NPCも15程度だ。

 対するゴブリン達は最も弱いものから5~8、その上の派生種が11~15、その上がキング・ゴブリンの40である。

(やはり厄介なのはキングか。奴の固有スキルでゴブリン達はレベルが実質+3分のステータスが上がると考えていい)

 ワタルは下唇を噛む。
 総合的な戦闘力という点ではワタル達の方が優位といえるだろう。しかし問題のキングは〝boss特性〟を持ち、レベル40以下の攻撃は全て半減される。それに加え、固有スキルの効果はキング自身にも及ぶため、40の個体ならば実質43のステータスに相当するのである。

 わずかなレベルの差が圧倒的実力差に繋がるeternalにおいて、レベル差が4も開けば(ワタルと対比しても)かなり厳しい戦いが予想されていた――

「攻略勢含めて、レベル35以上がなんとか六人。boss特性の影響で決定打は期待できないまでも、時間稼ぎは可能です」
「私達の殲滅力に掛かってるわね」

 今日の作戦はこうだ。
 イリアナ坑道内、ゴブリンの集落に続く道は全部で三本存在し、その中の一本、最も広い道からアルバが《突撃》を使って蹴散らしつつ、キング・ゴブリンの敵視ヘイトを得て敵を引きつける。
 そこへワタル達が一斉に範囲攻撃を浴びせ雑魚もろとも大きく減らし、その後ワタルがキング・ゴブリンの敵視ヘイトを奪い、LPを見ながらアルバと交互に盾役タンクを行い、持久戦開始。

 残りの部隊は別の道から集落に合流し雑魚達の退路も塞ぎながら殲滅。雑魚を倒し終われば残るはキング・ゴブリンのみである――

 坑道前に着くと、人々の緊張がピークに達する。
 最前列のワタルが剣を抜き、掲げる。

「これはほんの〝最初の戦い〟に過ぎない。ここから我々は、数々の困難を乗り越えて行かねばならない! ここはほんの通過点に過ぎない! 生きてこの世界から脱出するその日まで、我々は一度たりとも負けはしない!」

 それは戦乱の世の将軍かの如き、檄。
 ざわめく声がピタリと止み、皆がワタルの言葉を聞いていた。ワタルの声は、言葉は、不思議と人の不安な気持ちを和らげる。それは彼の〝自信〟が伝播したために起こる、ある種麻痺に近いハイの状態であった。
 皆が武器を持ち、強化バフを焚き、その時を待つ。

「行こう――僕が付いてる」

 もはや士気は最高潮に達した。
 ワタルは正に、自分の器を示した。

 坑道に駆けてゆくワタルに、対キング・ゴブリン部隊が続く。アルバを乗せた黒馬が飛び出す。フラメが率いる別動隊が続く。

 大規模侵攻討伐戦が――始まった。


 * * * *


 黒馬に跨がるアルバは広間に飛び出す。
 道中のゴブリンは、全て彼の職業スキル《突進》によって蹴散らされ、討ち漏らしも後方から来るワタル達が確実に仕留めていた。

 ゴブリン集落に激震が走る。
 人間達が攻めてきたからだ。
 奇襲は成功したのだ。

「おおおオォォォッ!!!」

 速度はそのままに、ありったけの強化魔法バフを携えたアルバは、武器も持たず騒いでいるだけのゴブリン・ソルジャー三体を轢き殺し、振るう大剣でゴブリンをなぎ払う。
 中央に鎮座するキング・ゴブリンはニタリと下品な笑みを浮かべると、持っていた巨大なナタにも似た剣を地面に打ち付けた。

 同族強化の檄――キングの固有スキルだ。
 紫色の湯気に包まれるゴブリン達の目付きが変わり、目の色までも真っ赤に染まる。

「『こっちだ!』」

 すかさずアルバがキングに対して《挑発》を行い、自分への敵視ヘイトをさらに上げながら、多くの敵を引っ張る形で目標地点へと駆け抜けた。
 ゴブリン・メイジの魔法が飛び交う。
 アルバはそれを大剣を振り回しながら弾く。

「今だ! 総攻撃開始!」

 ワタル達が合流すると、魔法効果の範囲を意味する夥しい数の魔法陣が地面を埋め尽くし、炎に光に氷に風の刃が集落を襲った。
 アルバを狙ってワタル達に背を向けた状態にあった大半のゴブリン達はこれに被弾し、その多くが体をポリゴンの粒子に変えた。

 当然防ぎ切ったキングが振り返る。
 溜め・・を終えたワタルの広範囲魔法が、ワンテンポ遅れて発動した。

「《聖なる光》」

 三つの魔法陣が三角形を形成し、三つの光の束がうねるように交わりながら、キング・ゴブリンの周囲を貫いた。

 ワタルの職業は、騎士と聖者、二種類の職業を極めた先に転職が可能となる聖騎士。豊富な種類の光と聖属性の魔法を覚え、回復魔法も得意な上、高い攻撃力と安定した防御力を誇る万能職と言われている。

 本来レベル40から覚えはじめる第四階位魔法の中で、この《聖なる光》は〝聖騎士への転職〟で得られる特典の一つ。レベル39のワタルが使える魔法では、最大級の魔法である。 


《boss mob:キング・ゴブリン Lv.40》


 ここで初めて、キング・ゴブリンの名前とレベル、そしてLPバーが現れ《残り98%》であることが掲示された――この集中砲火で減ったのは僅か2%。

 なによりの衝撃は、キングがレベル40の個体ということ。
 討伐隊の表情が絶望の色に染まる。

(ここにきて過去最強個体か――mother AIが初期地点から動かないプレイヤー達のふるい落とし選別のために用意したとしか考えられない)

 流石のワタルも苦虫を噛み潰したような顔になる。
 ワタルの攻撃すら半減されているからだ。
 そして単純に相手のステータスが高い。
 
 しかし切り替えスイッチは成功した。
 キングの標的がワタルに変わる。

「《聖域》」

 ワタルは立て続けに魔法を発動。
 光を放つ円形の盾バックラーを掲げると、キングを中心に円柱状の光が降り注ぐ。

 聖域の中ではプレイヤーが微量ずつ回復し、mobには微量ずつダメージが入る。
 集団戦闘では基本の展開魔法。
 特に対アンデッドでの効力は凄まじいのだが、今回の敵にその威力は期待できない。

 アルバとのすれ違い様、ワタルは「勝ちましょう」と告げ、盾を構えてキングと対峙した。
 アルバはすぐさま回復ポーションをぐびりと飲み干し、精鋭集団と合流。さらに戦場をぐるりと見渡し、状況を確認する。

 他の二箇所の道でも予定通り戦闘が始まった。これで三箇所全ての出入り口は塞いだ形となり、広間のゴブリン達は袋のネズミとなったはず――しかし、粗末な建物の中から次々と現れるゴブリンの量が多く、精鋭部隊に合流するには時間が掛かりそうに見えた。

 戦場はフラメの思い描いた通りになった。
 ここまでは至極順調――後はアルバとワタルの盾役タンクがしっかり守り、合流を待つのみであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

七日目のはるか

藤谷 郁
SF
女子大に通う春花は、純情硬派なイケメン女子。 ある日、友人の夕子(リケジョ)が【一週間だけ男になる薬】という怪しい錠剤を持ってきた。 臨床試験を即座に断る春花だが、夕子の師である真崎教授の「ただのビタミン剤ですよ」という言葉を信じ、うっかり飲んでしまう。 翌朝、パニックに陥る春花に、真崎は思いも寄らぬ提案をしてきて…… (2023/11/15 最終話を改稿しました)

ぞんびぃ・ぱにつく 〜アンタらは既に死んでいる〜

されど電波おやぢは妄想を騙る
SF
 数週間前、無数の巨大な隕石が地球に飛来し衝突すると言った、人類史上かつてないSFさながらの大惨事が起きる。  一部のカルト信仰な人々は、神の鉄槌が下されたとかなんとかと大騒ぎするのだが……。  その大いなる厄災によって甚大な被害を受けた世界に畳み掛けるが如く、更なる未曾有の危機が世界規模で発生した!  パンデミック――感染爆発が起きたのだ!  地球上に蔓延る微生物――要は細菌が襲来した隕石によって突然変異をさせられ、生き残った人類や生物に猛威を振い、絶滅へと追いやったのだ――。  幸運と言って良いのか……突然変異した菌に耐性のある一握りの極一部。  僅かな人類や生物は生き残ることができた。  唯一、正しく生きていると呼べる人間が辛うじて存在する。  ――俺だ。  だがしかし、助かる見込みは万に一つも絶対にないと言える――絶望的な状況。  世紀末、或いは暗黒世界――デイストピアさながらの様相と化したこの過酷な世界で、俺は終わりを迎えるその日が来るまで、今日もしがなく生き抜いていく――。  生ける屍と化した、愉快なゾンビらと共に――。

処理中です...