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一章
020
しおりを挟む巨人と金髪の騎士は、共にダンジョンコアのある空間までの道を歩いていた。
というのも、修太郎がどうやらダンジョンコアの空間に居るようで、目的地の重なった二人が合流していたのだ。
「外界の強者はどんなか、血湧く血湧く」
「俺は落ち着いた静かな場所に引っ越したいね」
二人は明日に迫ったダンジョン開放後についてを話しており、二人共、外に出たら己が欲望のまましたいことをするつもりでいた。
魔王達の中でもこの二人は特に自己中心で、義に固いシルヴィアやセオドールとはよく意見が衝突していた。
口に咥えた棒切れのようなモノを動かしながら、気楽そうにへらへらと笑うバートランド。ガララスは隣の優男を呆れたように見下ろした。
「相変わらず野心の無い男よ。多くを従えてこその王だろう」
「へいへい。なんとでも言ってくれ。旦那と違って俺は無欲なもんでね」
そんな会話をしながら階段を上り――二人は一面に広がる光景に、思わず言葉を失った。
「おい、いつからここも世界になったんだ?」
「バンピー嬢は何も言って無かったのに」
見渡す限りの青々とした草原。
奥には澄み切った湖があり、上には見慣れない光の球体が〝都市〟を煌々と照らしている。
修太郎が寝落ちした事で加速機能が実行された結果、この空間は他の部屋と時間の流れが変わっており、単なる施設の集合体だったそこは立派な都市に発展していたのだ。
「主様の〝反応〟は――向こうか」
「しかし元より広くなったよなァこの空間」
どうやら修太郎は都市の反対側に居るらしく、二人は顔を見合わせた後、突然できたその都市に足を踏み入れた。
都市内は修太郎の理想としていた世界となっていた。
種族の違う人型のmob達が争う事なく共存し、店を持ったり家庭を持ったりと、自由に暮らしている。
種族の長所短所に合わせ、適材適所的に働く人々。しかし交わす言葉は統一化され、文化の違いはあれど言葉の壁は取り払われていた。
二人の横を走り抜ける子供達は見たこともない種族特徴を持っており、この世界が暗に〝異種族結婚〟をも認めた場所である事を表していた。
中には大きな力を持つ者も見られる。
どうやら上位種も生まれているようだ。
「驚きだ……見ろ、この質の良い剣を。分かるか? 一本の剣に巨人とリザード、そしてエルフの技術が使われている」
「あらら、性能もかなりのもんだな――これがバンピー嬢が言ってた主様の偉大さ、か」
都市内を行き交う武装した種族のレベルも相当高い事が見て取れる。それは、ここの住人達が闘技場や訓練所での鍛錬を怠らず、ステータスとスキルのレベルを高みへと昇華させた結果だった。
培われた技術は子の代 孫の代に受け継がれ、優れた種族特性を併せ持つ個体も多く存在している。そしてそれらは学舎等で異文化の理解を深め、様々な書物を知識として吸収し、共に学ぶ事で絆が生まれていた。
それは、魔王たる二人から見ても理想の世界。
ガララスは、己が最高の王であるというプライドを持っていた。
現に、争いの絶えなかった自らの世界で彼に逆らう者は誰一人として居なかった。
圧倒的な強者、王の器――
その自負がガララスの誇りであった。
世界を統一した彼はそれでも物足りず、外界という伝承に残されているだけの未知の世界への進出を渇望していた。絶対の王である己が全ての世界を統一し君臨すべきである、と、ゆくゆくは他の魔王の世界をも、と、研ぎ澄まされた野心でここまで突き進んできていたガララス。
それがどうだ、この世界は。
(至高の王たる己の世界に、これほどまでの活気があるだろうか? 高い技術力があるだろうか? 異種間のわだかまりは? 差別は? 豊かな自然があるだろうか?)
力は誇示するものだと考えていた。
君臨するのが王だと考えていた。
その認識を全てひっくり返されたかのような、なんとも心地の良い敗北感にガララスは「ふっ……」と嗤う。
「バートよ。我はもう、侮らないぞ」
「……」
これほどまでの文明を作れる主に対する暴言、そして侮蔑した態度――表面上の強さでしか物事を考えられない己のなんと浅ましいことか。
全てにおいて己は〝王の器〟として劣っていると、ガララスは痛いほど感じ取っていた。
バートランドは大勢の子供達に囲まれたエルフ族の女性を見送ったあと、ふぅと天を仰ぐ――普段は軽口ばかりの彼の中でも、確実に何かが変わってきていた。
* * * *
二人は修太郎のいる小高い丘へたどり着く。
メニュー画面を操作していた修太郎は二人に気付くと、驚いたような、嬉しそうな笑みを浮かべて立ち上がった。
「あれ、二人してどうしたの? 散歩?」
その屈託のない笑顔に、二人は心が抉られるような気持ちだった。数々の無礼をも全く気にかけていないような大きな器を、改めて認識したような気がした。
「主様――」
二人は片膝をつき、こうべを垂れる。
いきなりのことに、修太郎は唖然とする。
「第三位魔王ガララス、護衛のため馳せ参じました」
「第六位魔王バートランド、右に同じく」
それを見た修太郎は「こうなるともう友達関係は望めないよね……」と、バンピーの対応含め半ば諦めが付いたというもので、二人の頭を上げさせた後、自分の作ったこの町に対しての感想を求めることにした。
するとガララスは――
「失礼ながら。これほどの技術力をお持ちとはつゆ知らず、道中は未知の光景に驚きの連続でありました」
「そんな大袈裟なモノじゃないよ。適当に施設を配置しただけだし。それに、ここを作ってからまだ1時間も経ってないからまだまだ発展も足りないはず!」
あっけらかんと答える修太郎。
ちなみにこの時の修太郎は、つい先ほど起きたばかり。それゆえに、町の変化に全く気がついておらず、なんでもないような物言いをしている――余談だが、その後修太郎は町の変化に気付き卒倒する事となった。
修太郎の言葉に、ガララスは再び驚愕していた。
(まさか、そんな短時間でここまでの文明と戦力を揃えたと? いや、確かに一刻前までここは何もない空間だった。となれば、将来的にこの都市は我の軍勢――ひいては魔王軍全軍をも凌駕する可能性すらある……)
修太郎からしてみれば、ついついうたた寝してしまった間の一時間。
ガララスにしてみれば、バンピーからの報告を受けてここに来るまでの一時間。
お互いの認識する一時間は同じであったが、加速機能によってこの都市の文明はまさに〝数十年単位〟で進んでいることを、この場にいる全員は知る由もない。
今度はバートランドが口を開く。
「主様は練兵の知識もお持ちなのですか?」
「練兵? あ、それはここの皆が勝手にやってくれる予定だから僕からは何も!」
〝何も〟の中に、厳密には〝施設だけ置いて放置したけど〟という言葉が含まれるのだが、修太郎からしてみたら何もしていないようなものである。
その回答に関しても、バートランドは心の中で驚嘆していた。
(何もせずとも、民が自発的にあれほどまでの武力を蓄えたのか? 武装した兵ひとりを見ても、少なくともレベル70はあるように見えるのに)
それも、認識的には一時間での成果である。
これが一日、一年、十年と進めばどうなるか――種族の王として玉座に胡座を描いてられるのも今のうちだけだと、バートランドは自覚する。
ガララスは嗤った。
無知で傲慢だった己を嗤った。
(我は己の世界だけでは収まらない偉大な存在だと過信していたが、これほどの世界・環境を造れるこの方こそ〝王たる王〟――外の世界に野心を持つなど早計で浅はかすぎたということか)
ガララスはバンピーの言葉の意味を深く理解した。
それはバートランドも同じことで、しかしガララスとは対照的に、彼は安堵感からの笑みを浮かべていた。
バートランドはエルフの王だ。
希少さと美しさゆえに数を減らしていた少数種族の王たる彼は、万が一自分が死んだ時にも、外の世界に自分の種族が安心して暮らせる場所を探そうとしていた。
自分の種族の事だけを考えていた。
それ以外の事はどうでもよかった。
しかし、他種族とも争うことなく幸せに暮らすこの都市のエルフを見ているうちに、彼の中の考え方が大きく変わっていた。
共存の道も、あるのかと。
理想論ではなく現実に確かに有った楽園。
この人は――この人ならば。
(この人なら俺達の運命を委ねても安心できる。俺は王である前に妖精族の戦士――庇護を求めるならば、力でもって主様に貢献しよう)
二人ともすっかり修太郎に心酔していた。
形だけでなく、心からの忠誠を誓ったのだ。
無自覚ではあるが、裏表がなく純粋で、それでも大きな力を持った修太郎を〝真の主〟であると認める魔王は着実に増えているのであった。
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