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序章

003

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 プレイヤーが最初に訪れる拠点、大都市アリストラスは混乱の渦中にあった。

 囚われたのは、およそ180万人。
 その約9割が、この都市にいた。

 人々は泣き叫び、塞ぎ込み、諦め、怒鳴り散らす。暴徒化する者まで出ており、不吉な空模様と翼竜の因果関係を深く考察する余裕は、誰一人として持っていなかった。

「皆さんどうか落ち着いて!」

 青年の声が広場に響く。

 絶望の中に僅かな希望を求めていた人々の何人かが動きを止め、今まさに何かを成そうとする彼を見上げた。

 無骨な鈍色の鎧を纏った数名の騎士が壇上へとあがっていた。その中心に立つ、茶色髪の青年――後に、eternal最大規模の攻略ギルドでマスターとなる彼の名前を《ワタル》といった。 

「付近に分布する主なmob、デミ・ラットは集団で獲物を狩る習性があります! 稀に現れるデミ・ウルフは音もなく襲いかかってきます! どうか無策に城門の外へ出ないでください!」

 不安、緊張、憎悪――様々な視線に晒されながら、青年はそれでも意思のこもった声を震わせ、続ける。

「通貨の単位は《ゴールド》、最初に配られるゴールドは1000ゴールドで、宿屋の一泊の料金は50ゴールドです! 雑貨屋には食料が売っています! 武器屋には、身を守るための道具が揃っています! そして都市、町、村のほとんどには敵が入れないように門が設けられ、番兵が立っています!」

 前知識のないプレイヤーの何人かが動きを止め、彼の演説に耳を傾けている。意図を汲み取れない人々から怒号や罵声を浴びせられながらも、彼は続けた。

「我々はこの世界をよく知らない! 無知は寿命を縮めてしまう! たとえすぐには出られなくとも、帰れなくとも、都市内にいれば命は守られます!」

 転んだ時の足、叫んだ時の喉の〝痛み〟は本物だと、悟ってしまった人々は耳を傾ける。もはや運営からのメールを悪戯の類いだと信じる者は、この場には居なかったのだ。

 暴徒化していた者達も嗚咽と共に泣き崩れ、友人と抱き合い、励まし合いながら、彼の演説に耳を傾けていた。

「我々はβテスト時にプレイしていました。微力ながら、ここにいる全員の一週間分の宿代、食事を提供できます! 暴れている人への抑止力になれます! 力を貸すことができます! 覚悟のある方は我々と共に周辺のmobを狩り、自力でお金を得る力を蓄えることができます! 生きる力を得ることができます!」

 多くの人間がワタルに希望を見出した。この世界から解放してくれる救世主――とまではいかないが、少なくとも当面の心の支えにしたいと思える安心感があったから。

 ワタルは深呼吸した後、演説の締めに入る。

「我々は《紋章》ギルド! 我々の知るこの世界のシステム・常識・生きる術、全てお教えします。どうか絶望に負けないで!」

 皆、拍手を送る余裕はない――けれども、彼の勇気ある演説は多くの人間の心に届く。

 ゲーム知識に疎い高齢者は彼の使う単語の数割も理解できなかったが、少なくとも、自分よりもふた回り以上幼い子供が強く・冷静に事を収束させようとする姿勢に心を打たれた。

 広場にいた万単位のプレイヤーが落ち着きを取り戻し、彼の意思は波紋のように伝播し、暴徒は加速度的に鎮圧されていった。


 * * * *


 ふたたび目を覚ました修太郎は、自分が清潔感のあるベッドに寝かされている事に気付く。

 純白の、手触りの良い布。
 花のような、どこか甘い香りがした。

(ここは……?)

 体を起こした修太郎が見た光景――それは、焼けただれた肌を持つ人が、ボロ切れを着た骸骨が、青白い顔の美女が、包帯だらけの人が徘徊する、広くて暗い室内だった。

 部屋の隅にはドス黒い何かが付いた剣、鎧、杖、衣服などが飾られ・・・、おぞましい空間を作り出している。

 霊的な怖い物が得意な修太郎も流石に「ひっ……!」と、情けない声を上げると、部屋中の化け物達がぐるりと視点を変え、全員が修太郎を睨み付けた。

 彼らの頭上には、当然のようにmobの文字が浮かんでいる。

「おやめ」

 室内に聞き覚えのある声が響くと、自由に動き回る化け物達が部屋の隅へと整列し、まるで王様にするように・・・・・・・・、片膝をついて頭を下げた。

 奥から現れたのは、あの白髪の少女。

 修太郎は安心感から話しかけようとした口をつぐみ、生唾を飲んだ――少女の手には、巨大な斧が握られていたから。

「あの――!」

 ズガン!!!

 勇気を振り絞った修太郎の体を、巨大な斧が貫いた。

 ベッドが大破し、羽毛が舞い、後ろの壁を破壊してもなお威力は衰えることなく、まるで彗星の如く暗黒の空に消えてゆく……その様を、仰向けになりながらも修太郎は眺めていた。

 修太郎は今、何が起こったのか理解できていない。

「物理的な攻撃でも無効化されるとなると、いよいよエルロードの言ってた仮説が正解なのかも」

 ぶつぶつと呟きながら近付いてくる白髪の少女に修太郎は死の恐怖を覚え、とっさに空いた壁の穴から飛び出す。

「あっ、」

 建物は高かった。いま正に、先ほど破壊された瓦礫が地面に着弾する音が轟き、その高さがどれほど異次元かが見なくても分かる。

 その建物はまるで巨大な城のようで、大きな浮島の上に建てられているようだった。

 島の終わり側は崖となっており、そこから先は暗黒が続く。そして小さな浮島が階段のように伸びた先に、閉ざされた門が鎮座していた。

 一瞬の浮遊感の後、修太郎は誰かに服の襟をむんずと掴まれ、室内に回収されながら少女と目が合った。

「デュラハン。そのままそのお方・・・・を第一位の部屋にお連れして」

 首なしの騎士にひょいと持ち上げられた修太郎は、無抵抗のまま、されるがままで身を委ねたのだった。
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