6 / 13
竹尾安五郎
◯安五郎 六
しおりを挟む
追分参五郎は、上州の前田栄五郎の一家の客分になった。栄五郎の屋敷は、元は豪農の家で、離れが幾つか在った。その一つに、清水寿郎長一家も客分として逗留している。
「おっお前は、新入りかよ」
参五郎は、隻眼の男に声を掛けられた。左目に刀傷がある。着物は市松模様の着流しで、姿勢が右斜になっている。落ち着きない様子と高い声から、鶏を連想させる。
「へい、寿郎長親分のお身内ですかい?」
隻眼の男は、参五郎の質問に答えた。
「そっそうよ、森の市松だ」
森の市松の名は、参五郎の耳にも届いていた。寿郎長一家は喧嘩が強い連中が揃っている。江沢大熊、出刃投げ政五郎、桶屋中吉、法印大五郎、そして、森市松だった。誰もが手の付けられない暴れん坊だと聞いていた。
「市松兄い、あっしは、追分参五郎と言うケチな野郎で、以後お見知り置きください」
「なっなんでい、お前はケチなのか?」
「いやいや、ケチって言うのは自分を卑下した表現ですよ」
参五郎は、市松が冗談なのか本気なのか探りながら説明する。市松は、真顔で返した。
「じっじっじゃあ、ケチじゃねぇって言うんだな」
「自分で言うのもなんですが、気前は良いですぜ」
「じゃ、じゃあよ、博打するか? いっいま、寿郎長一家でやっているんだ」
参五郎は、寿郎長に近づく絶好の機会だと感じていた。
「兄ぃ、ついて行きやすぜ」
参五郎は、市松に寿郎長の所へ案内させた。
前田栄五郎から一軒家を借り受けた寿郎長は、一家の真似事を始めていた。賭場を開くつもりだった。売上の半分を渡す事になるが、賭場は看板と場所が物を言う。ぶいぶい言わせてくれるのだ。その点、前田栄五郎の看板と場所は、信用充分だった。いま、海外での絹の需要から、生糸相場は高騰していて、養蚕業は潤っていた。気前の良い商人、豪農、人足を纏める親分衆が景気良く金を使っていた。
寿郎長の賭場は、座敷を二つ繋いで使っていた。襖で仕切られただけの日本家屋は、臨機応変に使える所が良い。寿郎長は、賭場の仕切りを大熊とお蝶に任せ、自分は銭箱の番をしていた。
「おっ、親分、ひっ、暇そうな三下が居たぞ」
寿郎長は、市松の報告を不思議そうに聞いていた。どうゆう了見か解らない。
「おいおい市松、客分に上も下もないだろう」
寿郎長が笑って言う。参五郎は、寿郎長の顔を眺めていた。これから命を奪う相手だと思うと、眼光も鋭くなる。
「あっしの顔に何か付いているかい? 朝、鏡は見たんだけどな」
「寿郎長親分も鏡を見るんですかい。あっしもでさぁ」
参五郎は、寿郎長との共通点に驚いた。鏡は女が見る物で、男はあまり見ないのが普通だった。
「一応、目やになんかが付いていないか気になるからな」
「あっしは鼻毛が気になります」
「それはおれもだ」
寿郎長が同意する。
「おっ、おいら、かっ鏡なんか知らねぇ。みっ見た事ねぇ」
市松が呟いた。
「おっお前は、新入りかよ」
参五郎は、隻眼の男に声を掛けられた。左目に刀傷がある。着物は市松模様の着流しで、姿勢が右斜になっている。落ち着きない様子と高い声から、鶏を連想させる。
「へい、寿郎長親分のお身内ですかい?」
隻眼の男は、参五郎の質問に答えた。
「そっそうよ、森の市松だ」
森の市松の名は、参五郎の耳にも届いていた。寿郎長一家は喧嘩が強い連中が揃っている。江沢大熊、出刃投げ政五郎、桶屋中吉、法印大五郎、そして、森市松だった。誰もが手の付けられない暴れん坊だと聞いていた。
「市松兄い、あっしは、追分参五郎と言うケチな野郎で、以後お見知り置きください」
「なっなんでい、お前はケチなのか?」
「いやいや、ケチって言うのは自分を卑下した表現ですよ」
参五郎は、市松が冗談なのか本気なのか探りながら説明する。市松は、真顔で返した。
「じっじっじゃあ、ケチじゃねぇって言うんだな」
「自分で言うのもなんですが、気前は良いですぜ」
「じゃ、じゃあよ、博打するか? いっいま、寿郎長一家でやっているんだ」
参五郎は、寿郎長に近づく絶好の機会だと感じていた。
「兄ぃ、ついて行きやすぜ」
参五郎は、市松に寿郎長の所へ案内させた。
前田栄五郎から一軒家を借り受けた寿郎長は、一家の真似事を始めていた。賭場を開くつもりだった。売上の半分を渡す事になるが、賭場は看板と場所が物を言う。ぶいぶい言わせてくれるのだ。その点、前田栄五郎の看板と場所は、信用充分だった。いま、海外での絹の需要から、生糸相場は高騰していて、養蚕業は潤っていた。気前の良い商人、豪農、人足を纏める親分衆が景気良く金を使っていた。
寿郎長の賭場は、座敷を二つ繋いで使っていた。襖で仕切られただけの日本家屋は、臨機応変に使える所が良い。寿郎長は、賭場の仕切りを大熊とお蝶に任せ、自分は銭箱の番をしていた。
「おっ、親分、ひっ、暇そうな三下が居たぞ」
寿郎長は、市松の報告を不思議そうに聞いていた。どうゆう了見か解らない。
「おいおい市松、客分に上も下もないだろう」
寿郎長が笑って言う。参五郎は、寿郎長の顔を眺めていた。これから命を奪う相手だと思うと、眼光も鋭くなる。
「あっしの顔に何か付いているかい? 朝、鏡は見たんだけどな」
「寿郎長親分も鏡を見るんですかい。あっしもでさぁ」
参五郎は、寿郎長との共通点に驚いた。鏡は女が見る物で、男はあまり見ないのが普通だった。
「一応、目やになんかが付いていないか気になるからな」
「あっしは鼻毛が気になります」
「それはおれもだ」
寿郎長が同意する。
「おっ、おいら、かっ鏡なんか知らねぇ。みっ見た事ねぇ」
市松が呟いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
天狗の囁き
井上 滋瑛
歴史・時代
幼少の頃より自分にしか聞こえない天狗の声が聞こえた吉川広家。姿見えぬ声に対して、時に従い、時に相談し、時に言い争い、天狗評議と揶揄されながら、偉大な武将であった父吉川元春や叔父の小早川隆景、兄元長の背を追ってきた。時は経ち、慶長五年九月の関ヶ原。主家の当主毛利輝元は甘言に乗り、西軍総大将に担がれてしまう。東軍との勝敗に関わらず、危急存亡の秋を察知した広家は、友である黒田長政を介して東軍総大将徳川家康に内通する。天狗の声に耳を傾けながら、主家の存亡をかけ、不義内通の誹りを恐れず、主家の命運を一身に背負う。
狩野岑信 元禄二刀流絵巻
仁獅寺永雪
歴史・時代
狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。
特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。
しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。
彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。
舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。
これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。
投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~
水葉
歴史・時代
江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく
三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中
「ほんま相変わらず真面目やなぁ」
「そういう与平、お前は怠けすぎだ」
(やれやれ、また始まったよ……)
また二人と一匹の日常が始まる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる