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新説、斎藤一

その二十四

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 帰り道、斎藤一は、原田左之助、藤堂平助と連れ立って歩く。鴨川沿いは、夜風が涼しい。

「あの三人は、あのままでいいんですか」
 藤堂平助が二人に問いかけると、原田左之助が答える。
「心配すんな。京都じゃ、侍が斬られるなんて、よくある事さ。佐七さえ口を割らなきゃ、大丈夫」
 原田は気楽に言うが、見廻組発足のために江戸から来た旗本を三人も殺害してしまっては、大変な事態になる。斎藤は、そう感じていたが、口には出さなかった。目明かしの佐七には、充分な口止めが必要だった。

 その後、やそは回復したが、夜の生活に応じる事ができなくなった。斎藤は気にも留めずに生活するが、やその方は、申し訳なさそうにしている。斎藤は、そんな事より、やそが気鬱気味なのが心配だった。心配と言えば、佐七の口止めの方もある。斎藤は、纏まった金を工面して、渡そうとしたが、佐七は受け取らなかった。代わりに頼み事があると言う。

 斎藤は、佐七と一緒に座敷で呑んでいた。密談があるので、女は呼ばない。

「斎藤先生、あっしに借りがあると、思ってやすか」
 斎藤は、佐七の言葉に頷いた。
「それじゃ、お手数をかけますが、頼みを聞いておくんなさい」
 斎藤は、佐七が改まって言うので、緊張する。佐七が話し始めた。
「あっしは、ご存知の通り、犬でやす。奉行所の御用でも、壬生浪士組の御用でも、従順に引き受けやす。そんな犬でも、噛みつきたくなる事もあるんでやす。大阪の大店に河内屋と言う油問屋があります。そこの一人息子の与兵衛は、変な性癖があるんでやす。女をいたぶるのが好きなんでやす」
 斎藤は、佐七の話が引っ掛かった。彼は、芝居が好きなので、店の名前と人の名前に覚えがある。
「それ、近松門左衛門の『女殺油地獄』だろ」
 佐七は、斎藤の言葉を否定する。
「いえいえ、関係する名前は偶然で、別物でやすよ。だいいち、あっちは人形浄瑠璃のネタでやすよ。それに、えらく昔の題材じゃねぇですか」
 斎藤は、佐七に否定されて納得した。
「その与兵衛が、どうしたんだ」
 佐七は、斎藤に促されて答えた。
「あっしの妹を殺した下手人なんでやす」 
 斎藤は、佐七の話が腑に落ちない。
「それは、お前が下手人を捕まえればいい話だな」
 斎藤の意見に、佐七は反論する。
「できればそうしてやすよ。与兵衛の親父の河内屋徳兵衛は、西町奉行所与力、内山彦次郎と懇意で、証拠を揉み消したんでやす」
 斎藤は、佐七の言い分に納得した。奉行所は、与力が取り仕切っている。その上のお奉行様は、多事多忙を極めていたので、罪人の調書は、信頼する与力に任せっきりの場合が多い。佐七は、裁けぬ悪を私刑にするつもりらしい。
「つまり、与兵衛を私に斬って欲しいのか?」
 斎藤の言葉を、佐七は否定した。
「違うんでやす。斎藤先生には、与兵衛の用心棒を斬って欲しいんでやす。与兵衛は、あっしがやりやす」
 斎藤は、熟考した末、佐七の要望を受け入れる事にした。これで、お互いがお互いの弱味を共有する事になる。
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