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新説、斎藤一

◯その三

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 篠田三郎の決心は、妹の敵討ちだった。とは言え、篠田の妹のやそは、殺害された訳ではない。だが、乱暴されて辱めを受けた。相手は旗本で、しかも事が貞操の事となると、被害者も公にしずらい面がある。三郎は、相手に果たし合いを申し込む。剣で決着をつけるのが、侍の掟だと考えた。

「やっぱり、山辺小四郎と対決するのか?」
 山口の問に、篠田は答えた。
「ああ、妹は江戸に居られなくなり、父が足軽時代に世話になった会津藩士を頼って、京に行った。いま、会津藩は京都守護職を仰せつかって、王城の地に駐留しているからな」

 篠田は、山口に見届け役を頼んでいた。相手も一人連れて来る約束だった。あくまで、勝負の行方と遺体の処理を任される役目になる。果たし合いは、三日後と決まっていた。
 山口は、篠田と共に人里離れた場所に出る。当時は、少し歩けば、狐狸しか居ないような場所はいくらでもあった。農閑期であれば、田圃の真ん中でも人目に触れずに白刃を振り回せる。二人は、刃引きした真剣で斬り合い、本番に向けて度胸をつけていた。重い真剣を使用する場合、篠田が習う練兵館の剣術よりも、山口が習う試衛館の剣術の方が優っていた。

 さて、事件と言う物は重なるもので、山口が通う道場でも事件が起こった。天然理心流四代目の近藤勇が、道場を閉める事を皆に伝える。理由は、幕府が募集する浪士組に選ばれたからだった。上洛する将軍警護の名目で、京都へ行く。門弟や食客は、全員が誘われた。山口は、果たし合いの件があるので、保留にしておく。

 

 三日後、篠田三郎と山辺小四郎の果たし合いの日が来た。山口一と篠田三郎は、先に決闘場に到着していた。時刻は夜明け前で、まだ薄暗かった。

「山口、お前に頼みたい事がある。俺が討たれたら、葬式を頼む」
 山口は、無言で頷いた。
 山口と篠田は、共に、親が足軽出身から江戸に出て、御家人株を買って士分を得ていた。苗字帯刀が許される。
 御家人株は、二百両はするので、どちらも才覚と運があったのだろう。だが、篠田の家は運が尽きてしまった。商いで失敗し、三郎の両親は流行り病で他界し、屋敷と士分だけが残った。一方、山口の家は、母方が裕福な商人で、一を武士として、お役につけようとしている。

「山口、俺には家族と言えるのは妹だけだ。親が遺してくれた御家人株も売った。練兵館への月謝や諸々の雑費を引いて五十両残っている。これを、妹のやそに届けてくれ」
 篠田は、山口に重みのある巾着を差し出した。山口は、躊躇いながら受け取る。
「まぁ、果たし合いが終わるまで預かっておこう。戦いの邪魔になるだろうからな」

 決闘の場所は、川沿いの開けた場所だった。木々の緑が目に眩しい。川向うのススキが揺れ、小径を誰かが進んでいた。
 決闘相手が到着したらしい。
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