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出逢い編

二度目の逢瀬は、お気に入りのラブホテルでどうですか?

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 ついに来た。この日が。

 俺は駅前の繁華街を挙動不審にうろついていた。

 セックスする段取りを組んだ当日が訪れたが、もっと言えば待ち合わせ時間はとっくに過ぎているが、アイツは来ないのである。

 お誘いの文句はこうだった。「抱いてやる」シンプル イズ ベスト! 

 あの日は警察を呼んだり本部に電話をしたりと、対応が立て込んで続きができる状況でなかったからな。

 だからあくまで今日のセックスは哀れなドMおっさんへの施しだ。あのときのホワンとした感情が忘れられなかったなんて死んでも言ってやるもんか。

 え? スマホを持っていないおっさんとどうやって連絡を取り合ったかって? それはあれだ、メモに「必ず電話しろ」と脅迫めいたことを書き記しておいた。ふふん。俺にかかれば、どんな子猫ちゃんだってイチコロなのだ。

 しかしお姫様待遇で相手してやると言ってあったのに、すっぽかすとはいい度胸だ。

 俺と寝たい女は五万といる。おっさんなんか相手にしなくったって・・・・・・しなくったって・・・・・・、俺は待つ側の気持ちをはじめて知り、悲しくなった。

 俺がシクシクと悲しんでいると、待ち望んだ(待ち望んだ?!)声がした。

「す、すみません~、遅れました」

 まったく「すみません~」じゃないよ! いい大人が語尾を伸ばすな!

 いかめしい顔をして振り返ると、よもやクセになりつつある、もさもさヘアーを風になびかせ、春太郎が走ってくる。

 ———とくん、ぎゅん・・・・・・。

 ———ドテッ

「あ、転んだ」

 あと五メートルという距離で春太郎が盛大に転んだ。通りすがりの女子高生がびっくりして二度見したぞ、恥ずかしい。

 数秒動かなくなり、死んだのかと不安がよぎり始めたころ、「いてててて」と腰を庇いながら立ち上がり、古着屋でも浮くレベルのダサいスラックスを捲り上げる。見てみると、膝から血が滲んでいる。

「怪我してるじゃん!」

 俺の足は一目散に春太郎のもとに向かう。

「骨が折れちゃったらどうするんですか?! 気をつけてくださいよ!!」

 すりむいた膝にハンカチを押し当て、俺は取り乱したように言い連ねた。

 春太郎はポカンと俺を見つめ、クスクスと笑う。

「そ、そんなに年寄りじゃないよ」

 その瞬間、俺のギュンが『ギュン!』した。

「は———?」

 なんだ今の「クスクス」は。通常モードがミジンコのくせに、予告もなしに麗しの天使モードを投下するんじゃない! まるで心の準備ができないじゃないかッ。可愛すぎてムカムカしてくる。ムラムラもしてくる。

 俺は春太郎の髪の毛を乱暴にかき乱し、今以上にゴミくず風に仕立てあげた。

「おっさん、自分の顔をちゃんと認識してるんですかッ? 顔だけで攻撃力:百万ポイントなんだから、自覚してもらわないと困りますよ!」
「百、百・・・・・・なにかな? まだ老眼ではないよ?」

 されるがままで、ゴミくずはコテンと首を傾げた。

「・・・・・・もーいいです。目的地ここですから入りますよ」

 ぐっと唇を噛み、春太郎の腕をひく。

 エントランスを通過すると、そこは南国リゾートにワープしたかのような豪華な景色が広がっていた。床はもちろん大理石(っぽいタイル)、椰子の木(みたいな木)が大きな噴水(これは本物)の周りを飾っている。

「凄い・・・・・・ホテルだなあ、僕・・・・・・僕の、僕の服装で大丈夫だったのかなあ」

 春太郎は声高に感想を述べる。

「フッ、こう見えてもラブホだから問題ありませんよ」

 カッコつけて言ってみたが、あとからジワジワとやっちまった感が込み上げる。当然、ラブホなのでフロントはなく受付もタッチパネル式。これを見るとラブホ感がぐっと増す。

 ・・・・・・と言うか、ゴミくずにTPOを気にする一般常識があったんだな? そっちの方が驚きだよ。

「どの部屋にします? あんたが好きなの選びなよ」
「い、いいのかい?」
「ええ、俺は何度も来てますので」

 俺は余裕を装って微笑む。しかし、いちいち言葉を噛むのはなんだろう。イラっとする。お尻を叩きたくなる。

「決めましたか?」

 しばらく返事を待ってみたが、見つめたまま動かない。

「どうしたんです?」

 すると指でちょい、ちょい、と二つのパネルを指差し、俺を見上げた。ちなみに身長差は十センチ。俺が上。当たり前だ。

 平然と見下ろしていると、俺の目は透視能力でも手に入れたらしい。もっさり前髪の下で、上目遣いの春太郎が瞳をうるうるさせたのがわかってしまった。

「こっちと、こっちで迷ってる」

 ギュ・・・・・・ギュ・・・・・・ギ$÷°÷〆*<°%!!!!!

 なんだそれは! 天使フィルターを通した威力が半端ない。それはおっさんが装備していいスキルじゃないだろうッ。

「た、た、た、高い方にして・・・・・・いい、ください」

 俺の唇は春太郎並みに言葉を噛んだ。しかも言い間違えている。興奮は最高潮だ。

「はやく、はやく、部屋に行こう!」

 繁殖期の猿のごとく盛り、犬のごとく尻尾を振り、エレベーターのボタンを連打する。

 そういや、どの部屋にしたのか見ていなかったな。俺は余計にソワソワしてドアを開け、ド変態の期待を裏切らないSMルームに何故か歓喜する。

 さっそく春太郎を押し倒すが、すかさず眉を顰めた。

「・・・・・・汚なっ」

 いや、知ってた。おっさんが汚な臭い選手権ナンバーワンなのは知ってたさ。ベッド上部に集中したスポットライトに照らされて、皮脂や汚れが浮き彫りになり、せっかくのエンジェルフェイスがドブネズミ仕様に戻ってしまった。

「ちっ、・・・・・・まずは風呂だな」

 俺は俊速の素早さで離れると、浴室に湯を貯めた。

 ラブホの浴室は広くラグジュアリーだ。全面ガラス張りに、ディルドつきの椅子、よくわからん大人の玩具までよりどりみどり。

 湯が貯まるまでのあいだ、ふむふむと玩具たちを物色していると、春太郎が浴室に入ってこないことに気がついた。

 本格的なSM部屋の器具に引いたのか?「自分で選んだんだろう」と言ってやるつもりで脱衣所に戻る。三面の鏡の前では春太郎が服も脱がずに、ぽつんと立ちすくんでいた。

「何やってるんですか。風呂に入るんですよ? もうすぐ貯まるので脱いで」

 俺はとっくにスッポンポンで全裸待機しているというのに。だが春太郎はあろうことか、両手をバンザイするように上にあげる。

「・・・・・・何やってんだ?」

 たまらず、素の言葉がでた。

「で、できない」
「は?」

 俺はポカンと口を開ける。

 コイツは今、「できない」って言ったのか?

 ・・・・・・なにが?

「早く脱いでもらっていいですか?」

 俺はもう一度、春太郎に言う。

「で、できないぃぃ・・・・・・ッ!」

 春太郎はもう一度、「できない」を繰り返した。しかも語尾強めに。

「うええ、できない、できない!!!」

 春太郎は手足をバタバタさせ、瞳をうるうるさせる。

 なんと・・・・・・うっかりだった。これはもう、たまげるわ。部屋に入った時点で、プレイ開始のゴングは鳴っていたらしい。

 しかしだが、ドMは事前申告済みだから知っていたけど、バブ化は聞いていないぞ。普通ならキモすぎてぶっ飛ばしてやるところだ。それでもエンジェルフィルター越しの春太郎はとても殴れない。

 俺は幼稚園児と化したおっさんに、そろそろと近づいた。

「わかった、わかったから」

 そう言ってなだめ、もっさりヘアー(汚い)を撫で・・・・・・、男の、しかもおっさんの頭を撫でてしまったことにギョッとする。

 完全に無意識だった。

 俺は「うえっ、うえっ」と嗚咽を上げるマネをする春太郎を見つめ、自分の股間をそっと確認する。

 オーマイガ。神よ、我を許したまえ。変態という名の天使に欲情してしまった。

 ここまでくれば腹をくくろう。自分の反応を受け入れよう。俺は震える手で春太郎の服を捲り上げ、バンザイの腕から抜き取った。

 眩しき裸体は、まるでギリシアの女神像。

 いかんせん顔だけは良いので、邪魔な衣服を取っ払うと、雅やかさが際立つ気がする。

「おいで」

 と春太郎の手を引いた。

 春太郎は口元を嬉しそうにモゴモゴさせながら、浴室に入る。ひとまずディルドのない椅子に座るように促し、髪を洗ってやった。泡が目に入らないように、ぎゅっと目を閉じたままでいる春太郎に、胸が甘酸っぱく跳ねる。

 知らない。

 ———知らないぞ。

 はじめての感情に心が追いつかないのだ。それなりに恋愛のイロハは学んできたはずだし、「好き」の感覚だって幾度となく経験してきた。

 それなのに、知らない。

 胸が熱く溶けそうな、『ギュン』とするこの感じは、俺にとって「はじめて」だったのだ。
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