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出逢い編

殺処分寸前のドブネズミが天使だなんてこと本当にありますか? 俺は生還できずに死んだのかもしれない

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「・・・・・・むぐぐ」

 ほらよと言ったつもりが、猿轡に阻まれる。俺は金でぎっしりと詰まった重たいキャリーケースを犯人の前に運んだ。

「すっげぇ、おつかれさん」

 何十年も遊んで暮らせるくらいの大金を目にして犯人は上機嫌だ。

 犯人が俺に向き直り、俺はごくりと唾を飲み込む。犯人は俺にナイフを突きつけた。そのまま春太郎と同じように手足を縛られ、春太郎と一緒にトイレの個室に詰め込まれる。ご丁寧にも内から鍵を閉め、自分は便器にのぼりパーテーションを飛び越えた。

「じゃ、朝になったら誰か来てくれるだろ?」

 犯人はそう言い残し、ガラガラとキャリーケースのキャスターを響かせ去っていった。

 ———生き残った? 俺、生きてる?

 最初に心に湧いたのは窮地を乗り切った喜び、安堵。そして興奮が過ぎると、蘇ってくる悪臭。

 俺はなんとか身体を起こすと体育座りの姿勢になり、足で春太郎を小突いた。顔を上げた春太郎に視線と仕草で背中を向けるように指示する。

 春太郎は首を傾げるも、意図を理解したのかこちらに背を向けた。俺も背を向け、後ろ手に縛られた指で春太郎の猿轡を解いてやった。

 春太郎の猿轡はネクタイ。運の良いことにネクタイはシルク生地で表面がツルツルしていて、さらに結んだのは俺。結ぶ際に、解きやすいように小細工しておいたのだ。

 ネクタイが外れると、春太郎は苦しそうに息を吸う。落ち着くと口でかんぬき式の錠を外してくれ、俺と春太郎は個室から脱出するのに成功した。

 トイレの外にさえ出られたらなんとかなる。誰にも見られたくない格好だが、這ってデスクからハサミを取り出し、手首のロープを切らせ、あとは俺自身で足首と猿轡を外した。

 ざっとここまでが、俺の銀行強盗からの生還劇である。身体が自由になり、俺はホッと息をつく。

「お待たせしました。あなたのも外しますね」

 心の余裕が戻ってくると、ドブネズミみたいなおっさんにも優しくなれる。

 しかし春太郎に近寄り、俺の全身はふたたび固まった。緊張感によってではなく、心の底からドン引きしたのである。

 春太郎の全開の股間がもっこりと、これは最初からそうだけれど、下着の中身が想像つくほどに、イチモツが天をむいてテントを張っていた。

「あまり、見ないで・・・・・・」

 ドブネズミにも変態だという自覚はあるらしい。

「おっさん、いつからこんなんなってた? ・・・・・・縛られて?」

 好奇心でじっと見ていると、じわじわとテントの頂上に滲みが広がった。このとき春太郎の手足は拘束された状態で、足を閉じ、身体を丸める方法の抵抗しかできない。

 きもい、きもすぎる。汚な臭いに『変態』が加わったおっさんの評価は俺の中で底辺を下回るごみくずになった。

「キミは、えすえむって知ってるかな・・・・・・?」

 恥ずかしさに耐えかねたのか、春太郎は突然喋り出した。

「知ってるけど」

 知ってるさ、そりゃ大人ですから。『サディズムとマゾヒズム』、この歳になれば趣味でなくても、名称くらいは聞いたことがあるだろう。要は痛めつけて興奮するのがS、痛めつけられて興奮するのがMだろ? (注:タケルは知識がとても浅い)

「僕はの方で、縛られたりすると気持ち良くなっちゃうんだ」
「・・・・・・し・・・・・・、あ、そうなんですか」

 危ない、危ない。まさかの聞いてもないのにカミングアウトがきて、心の声が飛び出すところだった。

 言うだけ言うと春太郎は黙り、もじもじし始めた。

 頬を染めて顔を伏せているおっさんの頭の中が、うっすらと見えてくるような気がして総毛立った。

 悪いがサディストなプレイを求められても俺はいたってノーマルな性嗜好。性欲はあるが、手当たりしだいに手をつけるほど落ちぶれちゃいない。

 今すぐに縄を解いてやるから、早急に出ていってもらいたい。

 俺は表情と心を無にし、後ろ手に縛られている春太郎の手首を持ち上げる。だが焦りからだったのか、想像以上に力を入れてしまった。

 バランスを崩した春太郎は前方に倒れ込み、危ないと、俺は咄嗟に春太郎を受け止めていた。腕で赤子を抱くように、春太郎の頭は俺の胸にジャストフィットした。

 見下ろすと見上げられ、ハッとする。目が合っている。○ック(赤いあれだ)みたいなモジャ毛が横に流れ、前髪から顔立ちが覗き見えた。

「うっそだろ」

 俺は思わず呟く。うそだろ。天が与えたもうた憂いのある目鼻立ち。長いまつ毛に縁どられた大きな目は少年ぽいのに、どこかエロチックで、目尻のわずかに下がったアーモンドアイに流し目されたらきっとたまらない。瞼の下にできたクマでさえ、アンニュイな雰囲気をかもすアクセントだ。

 鼻と唇は小ぶりでバランスが良い。薄い唇をしゃぶり、鼻に噛みついてやったら、どんな反応を示すのか。

「あ、ああん」

 淫らな声に我にかえる。あまりにも驚き、俺は春太郎の猛った股間を握り込んでいたらしい。

 慌てて手を離すが、春太郎は「やめないで」と声を上げ、腰を振り、自らの性器を俺の手に擦り付ける。

 さんざん貶しておいて恥ずかしく思うけれど、俺はごくりと唾を飲み込む。天使みたいな顔を見た瞬間にコロリと寝返ってしまうとは、俺の心と身体はなんてお馬鹿さんで単純なんだろう。

 頭ではわかってる。どんなに綺麗な顔をしていようが、これはMAN。男で雄で♂で『お酢』で・・・・・・は違くて、そしておっさんだ。

 それでも俺は、全開になった作業服から見える、下着の中に手を入れた。

 ザラっとした陰毛が指先に触れて一瞬だけ躊躇う、しかしすぐにつるんとした皮膚を捉えた。ガチガチに熱を持った男性器がそこにある。自分と同じものを愛でる日が来るなんて信じがたいが、俺は春太郎の勃起したペニスに興奮していた。

「もっと強く、いっぱい擦って・・・・・・」

 春太郎のおねだりは卑猥で甘ったるい。
 
「は、やば」

 俺は竿を握り、上下にしごく。じょじょにスピードをあげ、垂れてきた先走りを巻き込み、ちゅこちゅこと責め立てる。

「あ、ああっ、ひいああ」

 春太郎が顎を浮かし、鼻にかかった吐息を漏らす。尿道を親指で押し潰すと、悲鳴を上げて腰を震わせた。

「これ、いいの?」

 問いかけに、春太郎は涙を溜めてコクコクと頷く。

 ———やばい、かわいい。おっさんが可愛い。

 親指でぐりぐりと先っぽの穴を刺激し、手のスピードを早くした。器用さなら自信がある、百戦錬磨の手練手管を駆使しているうちに、抱いた春太郎の身体が子鹿のようにびくびくと震え出す。

 やがて甲高い嬌声が上がった。

「んんん、んあ———!」

 手足を拘束されて身動きが取れないまま、ガニ股の体勢で腰がピンと反る。とたん、びゅくくっと白濁を溢れさせた。

 呼吸を乱した春太郎を胸元で抱き締めながら、俺は手のひらに出された人肌に温かい精液を見つめる。

 なんだろう、この感じは。

 これは俺が絞り出してやった精液なのだ。そう思うと、胸がホワホワとして『ぎゅん』となる。仕事で得られる達成感とも似ていて、それ以上に心が満たされる。

 気づけば俺はメモ紙に自分の連絡先を書き、春太郎の作業服のポケットにねじ込んでいたのだった。
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