ラブドール

倉藤

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ロイシア国の公爵《プリンス》のこと

54 耳にしたこと、目にしたこと(2)

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「本気で思ってる。だからこうやってあんたと交渉してるんだ」
「愚かなことをする」
「けど、あんたは俺に興味あるんだろ?」

 譲はきゅっと唇を噛む。
 酒の席でイザークから感じ続けた視線に意味がないはずない。譲の顔、身体、もしくは境遇、譲に何らかの価値があるから、ヴィクトルが来るなと拒否をしてもわざわざ会いに来るのだ。

「あんたが公爵のどんな弱みを握っているかどうか知らないけど、目的は俺でしょ? だったら俺と直接取引してよ。何が目的なのか教えてくれ、そして公爵には近づくな」
「教えれば、君は自分自身を俺に差し出してくれるわけかい? そりゃ崇高な自己犠牲の精神だな」

 阿呆らしいと、主張が跳ね除けられる。
 譲は悔しくて歯を食いしばり俯いた。

「あのね、どうやら公爵に気に入られているせいで気が大きくなっているみたいだけど、生意気な口を利くのは大概にして欲しいね」

 イザークが譲の顎を持ち上げる。
 舐めるような視線が譲を射すくめた。

「しかし譲に用があって来てるってのは当たりだ。なぁ、俺は譲の知らないヴィクトル=アゴールを教えてやれる。俺に自分を差し出すかどうかはその内容を聞いてからにしなよ」
「公爵のことはいい・・・です。知りたくない」

 譲は目を逸らした。本音を探られたくない。

「へぇ、そうは見えないが」
「知るべきじゃないって言われてるから」

 裏を返せば、知りたくて知りたくてウズウズしている・・・。とんでもないご馳走を目の前にぶら下げられて、譲は衝動を抑えるので精一杯なのだ。
 イザークは譲の反応を面白がりながら畳み掛ける。

「シャルロッタ妃は閣下の元婚約者だった」
「え、」
「ははは、酒の席じゃいつもぼやぼやしてるなぁと思って見てたが、しっかり聞いてるじゃないか。あとはそうだね、イカれて寝たきりになってる兄弟の話とか・・・ここにいない両親の話とか。譲の大好きなアゴール公爵様が外で何をやっているのかとか?」

 魅力的な話だらけだ。この男は譲が知りたいことを全て知っている。
 だがその時、外で車のクラクションがけたたましく鳴り響いた。

「時間だね、残念だ」

 イザークが立ち上がった。

「いいか、譲は絶対に知りたくなる。そうなったら俺に連絡しておいで。お呼ばれに預かれるまでは、こちらから押しかけるのは控えておく。譲の頑張りに免じてやろう。今夜は楽しい時間だったよ」
「待って下さい。連絡ってどうやって・・・無理ですよ」
「使用人の中に俺が雇った間者がいる。そうだ。ドムの口の中にでも忍ばせておいてくれ。そうして間者に回収させる」

 部外者が屋敷に紛れ込んでいることも驚きだが、譲は「ドム」に首を傾げる。
 口があるのなら、誰かの名前なのだろうか。

「ドム・・・・・・?」
「中庭にいる、わんこさ」

 ドムの正体に瞠目する。イザークはDP54とまで知り合いらしい。

「鼻の潰れた可愛い顔をしてるやつだ。譲も仲良しだろう? 俺はドムって名付けて呼んでる。だって番号でなんて可哀想だと思わないか? 糞みたいな一族だよ、まったく」

 イザークが笑いながら言い捨てる様に、譲は言葉を失った。
 男の口調には、身を震わせる程の烈々たる怒りが含まれていた・・・。

 
 翌日、譲はヴィクトルに頼んで中庭に出て過ごした。
 お気に入りの温室に連れて行ってくれと強請ったのだ。
 温室内にいる時はヴィクトルの監視の目がゆるむ。譲が目を閉じていたので、うたた寝をしていると思ったのだろう、彼は譲を一人残し僅かな時間だけ席を外した。
 そのうちに譲は温室の扉に向かって「ドム」と囁いた。
 駄目もとで言ったのだが——来ないで欲しいとも思った、だが、DP54が千切れんばかりに尻尾を振って温室に駆け込んできた。
 譲は肩を落として両手で顔を覆う。
 DP54は譲の手の甲を慰めるようにペロペロと舐めた。

「ありがとな、ドム」

 番号ではない名前を呼ばれ、DP54はワンと高らかに鳴く。

「そうか、嬉しいか。そうだよな・・・・・・」

 当たり前に譲が感じていたことを、イザークも感じていた。
 厳しく訓練され識別番号しか与えられていないDP54とは比べようもなく自然体に見える。温室内を駆け回っているのがこの子の本来の姿なのだ。
 信用に足る人間はどちらなのか。
 弾むように跳ねるドムの姿が頭に取り憑いて離れなくなり、譲は結論が出るまで悩ましい日々を過ごさねばならなかった。
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