ラブドール

倉藤

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軟禁調教生活のはじまり

16 執事と過ごす一日

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 腹の虫はなぜ空気が読めないのか。
 肉体の持ち主が痩せ我慢をしていようが関係なくグゥグゥと音を鳴らし、苛立たちを与えてくる。

「お口に合いませんか?」

 ロマンはスプーンをスープ皿に置いた。

「そういうんじゃない」
「ふぅ、幼稚な抵抗ですね」
「あ?」
「毒は入っておりませんよ。気になるのならば、毒味役を致します。しかし、もしも僕が譲様の立場なら、しっかりと栄養のある食事を取り、身体の調子を万全しておくことを一番に考えますが。いつ何時なんどき、逃げ出すチャンスが訪れるかわかりませんから」

 言ってることは正論だが、納得できない。

「他人の手からなんて、気持ち悪くて食べたくないんだよっ! ロマンさんも普通の大人なら理解できるでしょ」
「母親に食べさせて貰っているとでも思って耐えて下さい」

 冗談じゃない。母親からだとしても、この歳でコイツは嬉しいのかと思う。
 ドブ臭い地下牢にぶち込まれた方が気持ち良く食事が取れそうだ。

「なんでこんな恥ずかしい扱いを受けなきゃいけないんだ」

 譲は吐き捨てる。

「ヴィクトル様が、譲様がそのように変わってくれるのをお望みだからです。早く慣れて頂きたい」
「人に食べさせて貰うのを喜べるようになれと?」
「・・・はっきり申します。諦めた方が楽ですよ」

 口論は時間の無駄とばかりにロマンは告げた。
 カッカして熱くなっているのは譲だけだった。

「へぇへぇ、わかりましたよ」

 譲は「あ」と口を開ける。

「懸命です」

 ロマンはスプーンを譲の口に運んだ。
 冷めたスープを飲み込むと、譲は舌に残ったざらりとした感触を感じる。

「ジャガイモ」

 あらつぶしの、甘みを感じる。

「ええ。あらつぶしにしたジャガイモとミルクのポタージュです。譲様の食欲が増すように食感を変えてみて欲しいと要望があったので。滑らかな舌触りの方がお好みでしたか?」
「別に・・・どちらでもいい」

 尿意を我慢していた前回は味を楽しむ余裕など無かった。
 今も楽しむつもりなんか無くて、機械的に腹に溜めてお終いにしようと考えていた。
 それなのに、美味しいと感じてしまうと食欲が刺激される。
 さらには譲の変化に呼応するように、再び腹がグゥグゥと合唱を始めた。

「譲様のお腹は大変素直でいらっしゃる」
「うるさい」

 痩せ我慢には対抗するみたいに暴れていたくせに腹の虫め。譲は奥歯を噛んだが、余計に唾が出てくる。

 次を食べたいという欲求は抑えられない。

「あ、早くしろ。勿体無いから全部食ってやる」

 譲は口を開けた。

「御意」

 ロマンの返答はいつだってドライだ。
 しかし大口を開けた譲を見ると、スプーンを置き、スプーン皿に大きめに握ったパンを浸した。



 ◇◆


 
 朝食後は渋って渋ってトイレに行き、譲は用を足した。
 ロマンは傍で蝋人形みたく立っているだけだったが、慣れるには時間が掛かりそうだ。排泄の開放感で脱力した途端に、やはり溜息が出た。
 ベッドに戻った時には、すっかり日が高い時間だった。朝食時に揉めに揉めたせいである。
 午前中の世話を終えたロマンは片付けのために部屋を離れていた。
 譲は暇でしょうからと本を渡され、ロマンが戻って来るのを待っている。
 とても穏やかな空模様だ。窓の外に番犬がいなければ、本当に散歩に出たいと思う気分になる。

(平和で、頭が変になりそうだ・・・・・・)

 狂ったコンパスのように、譲の心の磁針はチグハグな感情を差していた。
 ———これは軟禁されているんだと、自分で自分を言い包めないと、正しい感情を導き出せなくなる。
 しばらくして譲が本をめくっていると、ロマンが片付けから戻りドアを叩いた。
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