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I 首輪をつけたら俺たちは(蓮太郎)
story.2 小さな悪戯
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組み敷いた男がくすぐったいと身をよじる。俺は気にせず首筋に顔を埋める。「やめろ」と言う声には、「くぅーん」と甘えた声で返してやる。
———俺は犬、子犬。俺はそう自分に思い込ませる。これは子犬の悪戯だ、我ながら恥ずかしくなるような言い分だが、それでも今自分は犬なのだから、間違ってはいない。
幼い頃に近所のうちで飼われていたゴールデンレトリバーを思い起こしながら覆い被さって、鬼崎さんの身体中に鼻を擦り付けた。すると、くすぐったそうな笑い声に少しずつ、ドキッとするような吐息が混ざり出す。
しかし調子にのって舌まで出し、ぺろぺろと身体を舐めていると、腹のあたりに差し掛かったところで肩が掴まれ、強い力で引き剥がされた。
「蓮太郎、いい加減にしないか!」
「わぅーん」
「そんな声を出しても駄目」
きつい口調で叱られて、俺は渋々身体を退ける。完全に怒らせてしまったかもしれない。鬼崎さんは俺の顔を見ずに背を向け、リビングを出て行ってしまった。
けれど・・・・・・。
あんな風に余裕の無い言い方は初めてだった。ニヤリと口元が緩む。いけるぞ。これはもう一押しだ。舐めるたびに徐々に熱くなっていった鬼崎さんの体温。それに、俺の足の下であの人の雄の部分は間違いなく反応していた。
「ん?」
浴室のドアを開ける音が聞こえる。どうやら鬼崎さんはシャワーに入ったらしい。
「くっくっく」
いけない心に火がついた。もう少し悪戯をしてやりたい。そう思い、俺は首輪を外さず服を脱ぎ、鬼崎さんのもとに向かった。身体が高ぶった状態の今、裸の俺が浴室に乱入したらどうなっちゃうのかなぁ。
段々とエスカレートする悪い思いつき。だが止められないほどに、俺自身も興奮していた。色情的な好奇心にゾクゾクと胸が高鳴り、ドアのむこうでスラリと伸びた男の影に舌なめずりをする。
「俺は犬なんだ」
俺はその言葉と共に中へ飛び込んだ。ギョッとして振り向いた鬼崎さんにゆっくりと歩み寄り、何を言われても人間の言葉なんて知りませんという顔をする。
「全く今日はどうしたんだ・・・・・・、それ以上近付くのはやめなさい」
鬼崎さんは困った顔だ。俺は首をかしげて足を進めた。鼻と鼻がくっつくくらいに顔を近づけ、「くぅーん」と鳴いて鼻を舐める。浴室の壁に追い詰められた鬼崎は、ぶるっと身体を振るわせた。
「蓮太郎・・・・・・ん」
浴室の壁際に突っ立ったままの無抵抗な男の唇を甘噛みし、わずかに開いた隙間に舌をねじ込む。肩を掴まれてもお構いなしに、本物の犬のようにベロベロと舌を使った。唇も口の中も余すところなく舐めまわせば、飲み込み切れない唾液が口の端から伝い、唇を離した瞬間、二人の間に糸が引いた。
「くうぅーん」
言葉が使えないともどかしい。リビングでの戯れと今のキスに、浴室の熱気がプラスされて、頭がぐらぐらしておかしくなりそうだった。
この男はどうだろう・・・・・・。視線を上げた先には、切なげに苦悶の表情を浮かべ、こちらを見つめている顔があった。
———勝った、と思った。でも同時に負けた。苦しそうな鬼崎さんの顔に、どうしようもなく煽られるのを感じる。
「ふぅぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・」
だめだ。興奮し過ぎて変な声が漏れる。棒立ちで動かない男の股間に手を伸ばすと、そろりと触れたそこはしっかりと上を向き、先端を濡らしていた。
すごい。大きい。
男の人のものに触りたいと思ったのは初めてだ。逞しくそり返ったペニスを指で包み込み、上下に扱いてあげると、気持ち良さげな吐息が耳にかかった。
「くぅー・・・・・・ん」
俺は自分のペニスも触って欲しくて、甘えた眼差しを鬼崎に向ける。
「———蓮太郎ッ」
「んん・・・・・・」
顔を強ばらせ躊躇する男の手を、待ち切れずに掴んで導いた。俺のそこはすでに硬く勃起していて、やっと与えられた刺激にビクンと跳ねる。気持ちが良くて、腰が揺れる。
吹っ切れたのか、重ねた手を離しても鬼崎さんの手は止まらなかった。俺は目を閉じて与えられる快感に集中する。
「んむっ・・・・・・?!」
突然鬼崎さんに顎を掴まれて、驚いて目を開けた。顔を引き寄せられ、噛み付くようなキスをされる。先程までのお返しとばかりに口内を執拗に舌が動き回り、息ができない。呼吸も忘れてキスに没頭していると、爆発寸前の熱が出口を求めて迫り上がってきたのが分かった。
「んぅぅうう・・・・・・くぅっっ」
離して。出ちゃう。そう言いたかったのに、溢れ出たのは唸り声と涙だ。
それから精液。白くどろっとしたそれがどくどくと吐き出されるのにあわせて、とろけそうな快感が腰全体に広がっていく。
「うっう・・・・・・」
声を我慢できない。なんだよコレ。おかしいよ。これまで女の子としたセックスでだって、自慰でだって、こんなに身悶えした事などなかった。たまらず意識が霞んで、ふらふらと浴室の床に尻餅をついた。
「蓮太郎、大丈夫か?」
その言葉に首を横にふる。鬼崎さんは手早く自分の下半身を処理し、俺の濡れた股間と手を洗い流してくれた。
こちらから仕掛けたくせに、こんなザマで情けない。だが腰が抜けたようで立たなくて、されるがままに浴室の外へ運ばれた。
横抱きの姿勢はまるでお姫様抱っこで、恥ずかしかったけれどそれどころでは無かった。未だに収まらない身体の熱が「どくんどくん」と身体を巡っている。ずっとこの人に抱かれていたいと思ってしまい、鬼崎さんの首に腕を絡めていた。
だが無情にも鬼崎さんは知らん顔で俺の部屋に向かい、俺はベッドの上にそっと下ろされた。
「・・・・・・ぁ、や」
部屋を出ていって欲しくない。俺は駄々っ子のように首にしがみ付く。
「今日はもうおやすみ、蓮太郎」
優しいが、突っぱねた言い方だった。
「よしよし、いい子だね」
身体を離すと頭を撫でられ、ぽやっとしている間に鬼崎さんは出て行ってしまった。
一人きりにされ、俺はベッドの上で毛布に包まる。鬼崎さんはどうして平気な顔ができるんだろう。何事も無かったみたいに・・・・・・。もしかして、あんなに感じてしまったのは俺だけだった?「自分だけ」という思いが無性に胸に張り付いて、心の端っこがちくんと痛む。
ちょっとした悪戯だったのに、とんだ誤算だ。俺は悲しみのまま、身体に毛布をきつく巻きつけて、己れを慰めるように目を閉じた。
しかし翌日、俺の直感に反して、鬼崎さんの態度は変わった。しかも、それは悪い方向で、明らかに余所余所しく避けられている。
「それはやっちまったな」
「・・・・・・やっぱり?」
楠木の容赦無い言葉のストレートがガツンと打ち込まれる。一発ノックダウン、俺はずーんとテーブルに項垂れた。友人に、しかも講義中に、赤裸々に語っていい内容では無いと思うけれど、誰かに聞いてもらわないと悩み過ぎて死んでしまいそうだった。
「死んじゃう・・・・・・。こうゆうのなんて言うのかな。悩み死? 苦悩死?」
「お前はそればっかりだな。そんな悩みじゃ死なねぇよ」
「でも!」
凄まじく必死の形相だったのだろう。掴みかかりそうになる俺を、楠木が「こらこら、落ち着けよ」と諫める。いくら大講義室での授業でも、うるさく騒げば注意されて、最悪摘み出される。必須科目の単位が取れなくなったら、それこそ悲しくて死んでしまう。
「ごめん」
「いいよ、また今度話聞いてやるから」
俺は頬杖を付いて考え込んだ。授業の内容はシャットアウトされたかのように、全く耳に入って来ない。横では楠木が懸命にノートを取っている。自分もとペンを握ってみるが、心のわだかまりを投影しているみたいに、気づけばぐるぐると線を引いてばかり。
だって、今朝は頭を撫でてくれなかった。お手もお座りも、毎日の日課はひとつも行われなかった。
———「いってきます」の優しい笑顔も。
俺は言うことを聞けないペットだから、もう要らないと思われたのだろうか。あの家から出て行けと言われたらどうしよう。鬼崎さんに冷たく突き放されるところを想像すると、崖からヒュンと突き落とされたような心地がした。
その日のアルバイトの帰り、自転車を公園に止めてまた悩んだ。
「素直に謝ろう。うん、そうするしかない」
悩んで、悩んで、俺が行き着いた答え。いけないことをしたら謝るのは子供でも知ってる常識。鬼崎さんにとって、昨晩したようなことは禁忌でタブーだったのだ。それでも鬼崎さんは優しい大人だから、もう二度としませんと土下座して謝れば、許してくれるんじゃないだろうか。
決意が固まったならば出来るだけ早く、悶々としてしまう前に帰りたい。腕時計の針は二十三時を差している。この時間ならまだ起きているはず、俺は自転車に飛び乗り、ペダルを勢いよく漕いだ。
そして家に着くや否や、首輪を握りしめて、明かりの漏れるリビングに急いだ。
「あ!」
ちょうど自室に戻ろうとしていた鬼崎さんと鉢合わせをした。鬼崎さんの目線が俺の手に向けられているとわかり、あわてて首輪を首に嵌めた、・・・・・・その手が掴まれる。
「いいんだ蓮太郎。したくないなら、しなくていい」
優しいけど、突っぱねた口調だ。その言い方が悲しくて腹が立ち、俺は手を振り払いのけ彼の見ている前で首輪を付けた。ムキになっていた俺を、鬼崎さんは驚いた顔で見る。
「君がそうしたいなら、良いんだけど」
横を通り過ぎる瞬間、ため息混じりに鬼崎さんが言い残した言葉。俺は唇を噛み、立ち去ろうとする背中に向かって膝をつき頭を下げた。
床に額が擦れるほど、深く深く。鬼崎さんが許してくれるまで頭を下げ続けるつもりだった。
言葉が無くても伝わってほしい。そう思うのは狡いだろうか。何も言えないのは、人の言葉を禁じているからだけじゃなくて、「行かないで欲しい」という、この気持ちを何と表現したらいいのか分からなかったからだ。
数分が経ち、不意に目の前に鬼崎さんの気配を感じて、ビクッと肩が跳ねた。背中に嫌な汗が伝い、床の上に置いた手が震えた。
「顔を上げて、蓮太郎」
恐る恐る、顔を上げる。
「何に対して謝っているのか、恐らく見当はつくよ。俺は別に怒っているわけじゃないんだ」
彼の表情は確かに怒ってはいない。なんと言うか、感情を押し殺したような不自然な笑顔だった。
意味深な表情に、俺は首をかしげた。
「・・・・・・とにかく、君が気にすることじゃない。さあ、立って。土下座までさせて、すまなかったね」
そんな訳にはいかない、こんな気まずい状態でペットなんてやっていられない。ご主人様に撫でて貰えない犬なんて、そんなの絶対に嫌だ。
また前みたいに接して欲しくて、鬼崎さんの腕に額を擦り付けた。その仕草だけだと不十分かもしれない。「くぅーん」と鳴いて、自分の手で頭を触る。これで伝わるだろうか。
「どうしたの。撫でて欲しいの?」
察しの良い答えに、首を上下に振った。
「ああ、わかったよ」
それなのに差し出された手は途中で引っ込められた。
どうして? 鬼崎さんを見つめる。だがうつむいた瞳と俺の瞳が結び合うことは無い。やがて沈黙を破るように「ごめんね」と呟かれ、鬼崎さんは立ち上がった。
一歩、また一歩と、ご主人様の足音が離れていく。
遠ざかってしまう背中を見ると、たまらなく切ない感情が込み上げて、俺は立ち上がり駆け出した。畳一畳ぶんにも満たない階段までの距離。それほどの短い廊下が、何万キロの荒野にも感じた。
「待って!」
鬼崎さんの背中に身体を押し付けて、ギュッ・・・・・・と抱き締める。
「蓮太郎、離して」
鬼崎さんの声はとても冷静に聞こえた。俺は自分のしてしまったことに怯みそうになる。だから鬼崎さんの声にも自分にも負けないように、抱き締める腕に力を込めた。
「行かないで」
腕が震えていたかもしれなかった。だって自分の口から出た声が、ひどく震えていたから。言葉を喋ってしまったけれど気にしない。精一杯、抱き締めたご主人様の背中に訴えかけた。
「・・・・・・蓮太郎」
しばしの沈黙の後、俺の手に鬼崎さんの手が重ねられたのが分かった。その手はいつもよりも熱い。包まれて感じた熱に、胸がどきんと脈打った。
導かれるように腕がするりと解かれて、鬼崎さんと向かい合う。上目遣いに見上げると、鬼崎さんの顔に表情が戻っていた。整った顔に切なそうに皺をよせて、苦悶の表情を浮かべている。
それは昨晩と同じ、俺をどうしようもなく煽る男の顔だった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
「どうした、まだ何もしていないぞ?」
「うっ」
恥ずかしい。鬼崎さんの言うとおりだ。可笑しいくらいに息が上がる。頬も瞼も熱くて、泣いてしまいそう。下瞼から涙がこぼれ落ちそうな気配がして、上を向いたとたん、いきなり頭を引き寄せられ強引に唇が塞がれた。
「ンンっ」
ぴちゃと、唾液の絡まる音が鼓膜に響く。淫らな水音は耳から脳へ滑らかに入りこみ、俺の頭が甘い痺れでいっぱいになるまで、そんなに時間は掛からなかった。
* * *
強く張られた糸がプツンと切れるみたいに、理性が壊れた一瞬があったんだと思った。その証拠に俺は今、鬼崎さんに食べられようとしている。
時々漏れる吐息も、俺の唇はすぐに塞がれる。息が苦しくて、押し返そうとした身体は頑として動いてくれない。
「・・・・・・ん・・・・・・んぅ・・・・・・も、むり・・・・・・」
頭がくらくらする。酸欠のせいか、それともこの状況のせいか、とんとんと胸を叩き、やっと唇が離された。この前も思ったけれど、スマートな割に鬼崎さんは筋肉がある。同じ男として羨ましく思う分厚い大胸筋に頭を乗せると、鬼崎さんの指が首輪に触れる。
「わぅーん?」
俺はご主人様を見上げて犬語で問いかけた。
「ん? 何でもないよ、蓮太郎」
言葉とは裏腹に、鬼崎さんの目は怪しく光ったように見えた。首輪から移動してきた指をスルッと顎の下にかけられ、止んでいたキスの嵐がまた始まる。今度は唇だけじゃなく、鬼崎さんのキスは耳、首筋、胸まで下がってきた。
これでも俺だって男だから、いつもはする側。初めて愛撫を受ける側になり、身体が緊張してしまう。
「大丈夫だよ、蓮太郎。リラックスして」
耳元で囁かれて、そこを中心にゾクゾク刺激が走った。ねっとりと耳穴を舐られて、クチュクチュと直に犯される。
「・・・・・・ンああっ・・・・・・」
いつのまにかシャツの下に侵入してきた手に薄い胸を弄られる。指が乳輪、乳頭と行き来するたびにくすぐったいだけだった感覚がじんわりと腰に響いてきた。ぷっくりと主張し始めた蕾を優しく摘まれて、「ひんっ」と自分じゃないような喘ぎ声が口から溢れる。
慌てて口を抑えるが、鬼崎さんは興奮した様子で指の動きに舌の刺激を加えた。両方の乳首を舐めて、摘んで、押しつぶされ、声が止まらない。
ぴんっぴんっ、すりすり
きゅっ・・・・・・ぐりぐり、チュ
「・・・・・・ぁあん・・・・・・あふ・・・・・・」
こんなの知らない。昨日浴室で感じた時みたいな、未知の気持ちよさ。男の胸に付いていても、全く役に立たない飾りのくせに、死にそうなくらい気持ちよくさせられている。
「蓮太郎の乳首、充血してるね。ピンク色でとても可愛いよ」
「・・・・・・あうっ」
そんな恥ずかしい事言わないで。俺はフルフルと首を振って懸命に否定した。
「いけないね。ペットはご主人様に従順じゃなきゃいけないんだよ」
鬼崎さんはにっこりと微笑んだ。ご主人様の声は耳に低く響き、身体の奥の知らない場所をツゥンと疼かせる。
「・・・・・・気持ちいいね?」
「・・・・・・ひぅ・・・・・・んやあ」
そう言われながら硬くしこった乳首を強めにつね上げられ、再び繰り返される愛撫の手。「蓮太郎のピンク色の乳首」「こんなに硬くして」「感じてるんでしょ?」とまるで擦り込みのように胸を弄られ、「違う」と表現する度に刺激は強くなる。
「・・・・・・あ、あ、んあっ」
強くつねった痛みの後に、指先で挟み込むように柔らかく扱かれ、腰が痙攣しそうなほどに感じた。
「ひぃぃぃ・・・・・・んああ」
ぼんやりした意識の中、ふと気が付いた。
これは・・・・・・躾?
俺はいけない事をしたから、お仕置きをされて躾けられている・・・・・・?
「———は・・・・・・はっ・・・・・・え?」
ブワッと身体中が総毛立った。
「・・・・・・ああ・・・・・・ぁ」
触られてるのは乳首だけ、頭では分かっているが、パンツの中でペニスが痛いくらいに勃起している。
「蓮太郎、気持ちいいね?」
ヌルりとした感触を耳に感じ、鬼崎さんの声といやらしい水音が混ざり合う。
「・・・・・・は・・・・・・ぁああ」
触られていないのに下半身が気持ちよくて、爆発しちゃいそうで、頭の中が混乱した。
「イッていいよ」
瞬間、ビクンッと大きく腰が跳ね、パンツの内側がじわっと濡れた。
「・・・・・・ア、ああっ!」
出してしまったのだと理解ができても、脱力感で動けなかった。ぐったりと身を任せると、「返事は?」と尋ねられ、俺は弱々しく「わぅん」と鳴いた。
「うん、やっぱり蓮太郎はお利口さんだね」
「くぅーん」
褒めてもらえて頬がゆるむ。喜びが胸に染み込んだ。突っぱねられると悲しくて、優しく撫でられれば嬉しい、当たり前の感情が俺の中で百倍の大きさに膨れ上がっていた。涙が勝手に押し出されて、両目から溢れる。
「可愛い、蓮太郎」
鬼崎さんが耳を甘噛みする。くすぐったさに小さく喘ぐと、刷り込まれた言葉が俺の耳から出て行かないように穴は舌で閉じられた。いつまでも続く甘い響きに、俺は「うん」「うん」と心の中で馬鹿みたいに何度も頷いた。
———俺は犬、子犬。俺はそう自分に思い込ませる。これは子犬の悪戯だ、我ながら恥ずかしくなるような言い分だが、それでも今自分は犬なのだから、間違ってはいない。
幼い頃に近所のうちで飼われていたゴールデンレトリバーを思い起こしながら覆い被さって、鬼崎さんの身体中に鼻を擦り付けた。すると、くすぐったそうな笑い声に少しずつ、ドキッとするような吐息が混ざり出す。
しかし調子にのって舌まで出し、ぺろぺろと身体を舐めていると、腹のあたりに差し掛かったところで肩が掴まれ、強い力で引き剥がされた。
「蓮太郎、いい加減にしないか!」
「わぅーん」
「そんな声を出しても駄目」
きつい口調で叱られて、俺は渋々身体を退ける。完全に怒らせてしまったかもしれない。鬼崎さんは俺の顔を見ずに背を向け、リビングを出て行ってしまった。
けれど・・・・・・。
あんな風に余裕の無い言い方は初めてだった。ニヤリと口元が緩む。いけるぞ。これはもう一押しだ。舐めるたびに徐々に熱くなっていった鬼崎さんの体温。それに、俺の足の下であの人の雄の部分は間違いなく反応していた。
「ん?」
浴室のドアを開ける音が聞こえる。どうやら鬼崎さんはシャワーに入ったらしい。
「くっくっく」
いけない心に火がついた。もう少し悪戯をしてやりたい。そう思い、俺は首輪を外さず服を脱ぎ、鬼崎さんのもとに向かった。身体が高ぶった状態の今、裸の俺が浴室に乱入したらどうなっちゃうのかなぁ。
段々とエスカレートする悪い思いつき。だが止められないほどに、俺自身も興奮していた。色情的な好奇心にゾクゾクと胸が高鳴り、ドアのむこうでスラリと伸びた男の影に舌なめずりをする。
「俺は犬なんだ」
俺はその言葉と共に中へ飛び込んだ。ギョッとして振り向いた鬼崎さんにゆっくりと歩み寄り、何を言われても人間の言葉なんて知りませんという顔をする。
「全く今日はどうしたんだ・・・・・・、それ以上近付くのはやめなさい」
鬼崎さんは困った顔だ。俺は首をかしげて足を進めた。鼻と鼻がくっつくくらいに顔を近づけ、「くぅーん」と鳴いて鼻を舐める。浴室の壁に追い詰められた鬼崎は、ぶるっと身体を振るわせた。
「蓮太郎・・・・・・ん」
浴室の壁際に突っ立ったままの無抵抗な男の唇を甘噛みし、わずかに開いた隙間に舌をねじ込む。肩を掴まれてもお構いなしに、本物の犬のようにベロベロと舌を使った。唇も口の中も余すところなく舐めまわせば、飲み込み切れない唾液が口の端から伝い、唇を離した瞬間、二人の間に糸が引いた。
「くうぅーん」
言葉が使えないともどかしい。リビングでの戯れと今のキスに、浴室の熱気がプラスされて、頭がぐらぐらしておかしくなりそうだった。
この男はどうだろう・・・・・・。視線を上げた先には、切なげに苦悶の表情を浮かべ、こちらを見つめている顔があった。
———勝った、と思った。でも同時に負けた。苦しそうな鬼崎さんの顔に、どうしようもなく煽られるのを感じる。
「ふぅぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・」
だめだ。興奮し過ぎて変な声が漏れる。棒立ちで動かない男の股間に手を伸ばすと、そろりと触れたそこはしっかりと上を向き、先端を濡らしていた。
すごい。大きい。
男の人のものに触りたいと思ったのは初めてだ。逞しくそり返ったペニスを指で包み込み、上下に扱いてあげると、気持ち良さげな吐息が耳にかかった。
「くぅー・・・・・・ん」
俺は自分のペニスも触って欲しくて、甘えた眼差しを鬼崎に向ける。
「———蓮太郎ッ」
「んん・・・・・・」
顔を強ばらせ躊躇する男の手を、待ち切れずに掴んで導いた。俺のそこはすでに硬く勃起していて、やっと与えられた刺激にビクンと跳ねる。気持ちが良くて、腰が揺れる。
吹っ切れたのか、重ねた手を離しても鬼崎さんの手は止まらなかった。俺は目を閉じて与えられる快感に集中する。
「んむっ・・・・・・?!」
突然鬼崎さんに顎を掴まれて、驚いて目を開けた。顔を引き寄せられ、噛み付くようなキスをされる。先程までのお返しとばかりに口内を執拗に舌が動き回り、息ができない。呼吸も忘れてキスに没頭していると、爆発寸前の熱が出口を求めて迫り上がってきたのが分かった。
「んぅぅうう・・・・・・くぅっっ」
離して。出ちゃう。そう言いたかったのに、溢れ出たのは唸り声と涙だ。
それから精液。白くどろっとしたそれがどくどくと吐き出されるのにあわせて、とろけそうな快感が腰全体に広がっていく。
「うっう・・・・・・」
声を我慢できない。なんだよコレ。おかしいよ。これまで女の子としたセックスでだって、自慰でだって、こんなに身悶えした事などなかった。たまらず意識が霞んで、ふらふらと浴室の床に尻餅をついた。
「蓮太郎、大丈夫か?」
その言葉に首を横にふる。鬼崎さんは手早く自分の下半身を処理し、俺の濡れた股間と手を洗い流してくれた。
こちらから仕掛けたくせに、こんなザマで情けない。だが腰が抜けたようで立たなくて、されるがままに浴室の外へ運ばれた。
横抱きの姿勢はまるでお姫様抱っこで、恥ずかしかったけれどそれどころでは無かった。未だに収まらない身体の熱が「どくんどくん」と身体を巡っている。ずっとこの人に抱かれていたいと思ってしまい、鬼崎さんの首に腕を絡めていた。
だが無情にも鬼崎さんは知らん顔で俺の部屋に向かい、俺はベッドの上にそっと下ろされた。
「・・・・・・ぁ、や」
部屋を出ていって欲しくない。俺は駄々っ子のように首にしがみ付く。
「今日はもうおやすみ、蓮太郎」
優しいが、突っぱねた言い方だった。
「よしよし、いい子だね」
身体を離すと頭を撫でられ、ぽやっとしている間に鬼崎さんは出て行ってしまった。
一人きりにされ、俺はベッドの上で毛布に包まる。鬼崎さんはどうして平気な顔ができるんだろう。何事も無かったみたいに・・・・・・。もしかして、あんなに感じてしまったのは俺だけだった?「自分だけ」という思いが無性に胸に張り付いて、心の端っこがちくんと痛む。
ちょっとした悪戯だったのに、とんだ誤算だ。俺は悲しみのまま、身体に毛布をきつく巻きつけて、己れを慰めるように目を閉じた。
しかし翌日、俺の直感に反して、鬼崎さんの態度は変わった。しかも、それは悪い方向で、明らかに余所余所しく避けられている。
「それはやっちまったな」
「・・・・・・やっぱり?」
楠木の容赦無い言葉のストレートがガツンと打ち込まれる。一発ノックダウン、俺はずーんとテーブルに項垂れた。友人に、しかも講義中に、赤裸々に語っていい内容では無いと思うけれど、誰かに聞いてもらわないと悩み過ぎて死んでしまいそうだった。
「死んじゃう・・・・・・。こうゆうのなんて言うのかな。悩み死? 苦悩死?」
「お前はそればっかりだな。そんな悩みじゃ死なねぇよ」
「でも!」
凄まじく必死の形相だったのだろう。掴みかかりそうになる俺を、楠木が「こらこら、落ち着けよ」と諫める。いくら大講義室での授業でも、うるさく騒げば注意されて、最悪摘み出される。必須科目の単位が取れなくなったら、それこそ悲しくて死んでしまう。
「ごめん」
「いいよ、また今度話聞いてやるから」
俺は頬杖を付いて考え込んだ。授業の内容はシャットアウトされたかのように、全く耳に入って来ない。横では楠木が懸命にノートを取っている。自分もとペンを握ってみるが、心のわだかまりを投影しているみたいに、気づけばぐるぐると線を引いてばかり。
だって、今朝は頭を撫でてくれなかった。お手もお座りも、毎日の日課はひとつも行われなかった。
———「いってきます」の優しい笑顔も。
俺は言うことを聞けないペットだから、もう要らないと思われたのだろうか。あの家から出て行けと言われたらどうしよう。鬼崎さんに冷たく突き放されるところを想像すると、崖からヒュンと突き落とされたような心地がした。
その日のアルバイトの帰り、自転車を公園に止めてまた悩んだ。
「素直に謝ろう。うん、そうするしかない」
悩んで、悩んで、俺が行き着いた答え。いけないことをしたら謝るのは子供でも知ってる常識。鬼崎さんにとって、昨晩したようなことは禁忌でタブーだったのだ。それでも鬼崎さんは優しい大人だから、もう二度としませんと土下座して謝れば、許してくれるんじゃないだろうか。
決意が固まったならば出来るだけ早く、悶々としてしまう前に帰りたい。腕時計の針は二十三時を差している。この時間ならまだ起きているはず、俺は自転車に飛び乗り、ペダルを勢いよく漕いだ。
そして家に着くや否や、首輪を握りしめて、明かりの漏れるリビングに急いだ。
「あ!」
ちょうど自室に戻ろうとしていた鬼崎さんと鉢合わせをした。鬼崎さんの目線が俺の手に向けられているとわかり、あわてて首輪を首に嵌めた、・・・・・・その手が掴まれる。
「いいんだ蓮太郎。したくないなら、しなくていい」
優しいけど、突っぱねた口調だ。その言い方が悲しくて腹が立ち、俺は手を振り払いのけ彼の見ている前で首輪を付けた。ムキになっていた俺を、鬼崎さんは驚いた顔で見る。
「君がそうしたいなら、良いんだけど」
横を通り過ぎる瞬間、ため息混じりに鬼崎さんが言い残した言葉。俺は唇を噛み、立ち去ろうとする背中に向かって膝をつき頭を下げた。
床に額が擦れるほど、深く深く。鬼崎さんが許してくれるまで頭を下げ続けるつもりだった。
言葉が無くても伝わってほしい。そう思うのは狡いだろうか。何も言えないのは、人の言葉を禁じているからだけじゃなくて、「行かないで欲しい」という、この気持ちを何と表現したらいいのか分からなかったからだ。
数分が経ち、不意に目の前に鬼崎さんの気配を感じて、ビクッと肩が跳ねた。背中に嫌な汗が伝い、床の上に置いた手が震えた。
「顔を上げて、蓮太郎」
恐る恐る、顔を上げる。
「何に対して謝っているのか、恐らく見当はつくよ。俺は別に怒っているわけじゃないんだ」
彼の表情は確かに怒ってはいない。なんと言うか、感情を押し殺したような不自然な笑顔だった。
意味深な表情に、俺は首をかしげた。
「・・・・・・とにかく、君が気にすることじゃない。さあ、立って。土下座までさせて、すまなかったね」
そんな訳にはいかない、こんな気まずい状態でペットなんてやっていられない。ご主人様に撫でて貰えない犬なんて、そんなの絶対に嫌だ。
また前みたいに接して欲しくて、鬼崎さんの腕に額を擦り付けた。その仕草だけだと不十分かもしれない。「くぅーん」と鳴いて、自分の手で頭を触る。これで伝わるだろうか。
「どうしたの。撫でて欲しいの?」
察しの良い答えに、首を上下に振った。
「ああ、わかったよ」
それなのに差し出された手は途中で引っ込められた。
どうして? 鬼崎さんを見つめる。だがうつむいた瞳と俺の瞳が結び合うことは無い。やがて沈黙を破るように「ごめんね」と呟かれ、鬼崎さんは立ち上がった。
一歩、また一歩と、ご主人様の足音が離れていく。
遠ざかってしまう背中を見ると、たまらなく切ない感情が込み上げて、俺は立ち上がり駆け出した。畳一畳ぶんにも満たない階段までの距離。それほどの短い廊下が、何万キロの荒野にも感じた。
「待って!」
鬼崎さんの背中に身体を押し付けて、ギュッ・・・・・・と抱き締める。
「蓮太郎、離して」
鬼崎さんの声はとても冷静に聞こえた。俺は自分のしてしまったことに怯みそうになる。だから鬼崎さんの声にも自分にも負けないように、抱き締める腕に力を込めた。
「行かないで」
腕が震えていたかもしれなかった。だって自分の口から出た声が、ひどく震えていたから。言葉を喋ってしまったけれど気にしない。精一杯、抱き締めたご主人様の背中に訴えかけた。
「・・・・・・蓮太郎」
しばしの沈黙の後、俺の手に鬼崎さんの手が重ねられたのが分かった。その手はいつもよりも熱い。包まれて感じた熱に、胸がどきんと脈打った。
導かれるように腕がするりと解かれて、鬼崎さんと向かい合う。上目遣いに見上げると、鬼崎さんの顔に表情が戻っていた。整った顔に切なそうに皺をよせて、苦悶の表情を浮かべている。
それは昨晩と同じ、俺をどうしようもなく煽る男の顔だった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
「どうした、まだ何もしていないぞ?」
「うっ」
恥ずかしい。鬼崎さんの言うとおりだ。可笑しいくらいに息が上がる。頬も瞼も熱くて、泣いてしまいそう。下瞼から涙がこぼれ落ちそうな気配がして、上を向いたとたん、いきなり頭を引き寄せられ強引に唇が塞がれた。
「ンンっ」
ぴちゃと、唾液の絡まる音が鼓膜に響く。淫らな水音は耳から脳へ滑らかに入りこみ、俺の頭が甘い痺れでいっぱいになるまで、そんなに時間は掛からなかった。
* * *
強く張られた糸がプツンと切れるみたいに、理性が壊れた一瞬があったんだと思った。その証拠に俺は今、鬼崎さんに食べられようとしている。
時々漏れる吐息も、俺の唇はすぐに塞がれる。息が苦しくて、押し返そうとした身体は頑として動いてくれない。
「・・・・・・ん・・・・・・んぅ・・・・・・も、むり・・・・・・」
頭がくらくらする。酸欠のせいか、それともこの状況のせいか、とんとんと胸を叩き、やっと唇が離された。この前も思ったけれど、スマートな割に鬼崎さんは筋肉がある。同じ男として羨ましく思う分厚い大胸筋に頭を乗せると、鬼崎さんの指が首輪に触れる。
「わぅーん?」
俺はご主人様を見上げて犬語で問いかけた。
「ん? 何でもないよ、蓮太郎」
言葉とは裏腹に、鬼崎さんの目は怪しく光ったように見えた。首輪から移動してきた指をスルッと顎の下にかけられ、止んでいたキスの嵐がまた始まる。今度は唇だけじゃなく、鬼崎さんのキスは耳、首筋、胸まで下がってきた。
これでも俺だって男だから、いつもはする側。初めて愛撫を受ける側になり、身体が緊張してしまう。
「大丈夫だよ、蓮太郎。リラックスして」
耳元で囁かれて、そこを中心にゾクゾク刺激が走った。ねっとりと耳穴を舐られて、クチュクチュと直に犯される。
「・・・・・・ンああっ・・・・・・」
いつのまにかシャツの下に侵入してきた手に薄い胸を弄られる。指が乳輪、乳頭と行き来するたびにくすぐったいだけだった感覚がじんわりと腰に響いてきた。ぷっくりと主張し始めた蕾を優しく摘まれて、「ひんっ」と自分じゃないような喘ぎ声が口から溢れる。
慌てて口を抑えるが、鬼崎さんは興奮した様子で指の動きに舌の刺激を加えた。両方の乳首を舐めて、摘んで、押しつぶされ、声が止まらない。
ぴんっぴんっ、すりすり
きゅっ・・・・・・ぐりぐり、チュ
「・・・・・・ぁあん・・・・・・あふ・・・・・・」
こんなの知らない。昨日浴室で感じた時みたいな、未知の気持ちよさ。男の胸に付いていても、全く役に立たない飾りのくせに、死にそうなくらい気持ちよくさせられている。
「蓮太郎の乳首、充血してるね。ピンク色でとても可愛いよ」
「・・・・・・あうっ」
そんな恥ずかしい事言わないで。俺はフルフルと首を振って懸命に否定した。
「いけないね。ペットはご主人様に従順じゃなきゃいけないんだよ」
鬼崎さんはにっこりと微笑んだ。ご主人様の声は耳に低く響き、身体の奥の知らない場所をツゥンと疼かせる。
「・・・・・・気持ちいいね?」
「・・・・・・ひぅ・・・・・・んやあ」
そう言われながら硬くしこった乳首を強めにつね上げられ、再び繰り返される愛撫の手。「蓮太郎のピンク色の乳首」「こんなに硬くして」「感じてるんでしょ?」とまるで擦り込みのように胸を弄られ、「違う」と表現する度に刺激は強くなる。
「・・・・・・あ、あ、んあっ」
強くつねった痛みの後に、指先で挟み込むように柔らかく扱かれ、腰が痙攣しそうなほどに感じた。
「ひぃぃぃ・・・・・・んああ」
ぼんやりした意識の中、ふと気が付いた。
これは・・・・・・躾?
俺はいけない事をしたから、お仕置きをされて躾けられている・・・・・・?
「———は・・・・・・はっ・・・・・・え?」
ブワッと身体中が総毛立った。
「・・・・・・ああ・・・・・・ぁ」
触られてるのは乳首だけ、頭では分かっているが、パンツの中でペニスが痛いくらいに勃起している。
「蓮太郎、気持ちいいね?」
ヌルりとした感触を耳に感じ、鬼崎さんの声といやらしい水音が混ざり合う。
「・・・・・・は・・・・・・ぁああ」
触られていないのに下半身が気持ちよくて、爆発しちゃいそうで、頭の中が混乱した。
「イッていいよ」
瞬間、ビクンッと大きく腰が跳ね、パンツの内側がじわっと濡れた。
「・・・・・・ア、ああっ!」
出してしまったのだと理解ができても、脱力感で動けなかった。ぐったりと身を任せると、「返事は?」と尋ねられ、俺は弱々しく「わぅん」と鳴いた。
「うん、やっぱり蓮太郎はお利口さんだね」
「くぅーん」
褒めてもらえて頬がゆるむ。喜びが胸に染み込んだ。突っぱねられると悲しくて、優しく撫でられれば嬉しい、当たり前の感情が俺の中で百倍の大きさに膨れ上がっていた。涙が勝手に押し出されて、両目から溢れる。
「可愛い、蓮太郎」
鬼崎さんが耳を甘噛みする。くすぐったさに小さく喘ぐと、刷り込まれた言葉が俺の耳から出て行かないように穴は舌で閉じられた。いつまでも続く甘い響きに、俺は「うん」「うん」と心の中で馬鹿みたいに何度も頷いた。
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