16 / 30
第十六話 好きなひと
しおりを挟む
林田は白衣の看護師を見上げ、首を捻った。そういえば、ここが何処なのか聞きそびれてしまった。この人の格好からして医療施設だろう・・でもそれなら動物が居るのはおかしいか。動物・・動物・・、林田は「あっ」と口を開いた。そのタイミングでもう一人、白衣の男性が部屋に姿を見せる。
「すまなかったね、今さっき退院した子のご家族と話が長引いてしまった」
看護師は途端に表情を輝かせ、入ってきた男へ笑顔を向けた。
「もー、先生はいつも、こんなのばっかり拾って来るんだから」
「そう言わないでくれよ、それに今回のは俺じゃないよ」
にこやかに笑い看護師と話す男。見た目の年齢は30代後半くらい、眠っていた時に聞いた声はこの人のものだ。談笑する様子を見ると二人がかなり親密な関係にあるだろう事がじわじわと伝わってくる。声が急に止み、部屋の中がしんと静まり返った。男が林田の方に向き直る。
「うん、目が覚めて良かった。熱も下がってそうだね、君は自分が路上で倒れたのを覚えてる?」
林田は首を横に振る。正直あの時の事はあまり覚えていない、特にカラオケ店を出たあたりから記憶が曖昧だった。
「そうか、君を見つけた小太郎に感謝するといい。もしもあのまま誰にも見つけられなかったら、死んでたかもしれなかったよ」
その「もしも」を考えると林田はぞっとした。小太郎をギュッと抱きしめて、項垂れる。フワフワの毛が顔を優しく撫で、あったかい生き物の温もりに胸が苦しくなった。倒れた責任は紛れもなく自分、あと先考えずに無理をしてしまった事を後ろめたく思った。
「本当にありがとうございました」
林田は素直に頭を下げた。その頭をわしゃわしゃと掻き混ぜられる。乱暴にも思える手付きだが、大きな手のひらに包まれているようで安心する。
「まあ、なんか訳ありみたいだし、落ち着くまでここに居ていいから」
白衣の男はそれで部屋を出て行った。
ドアが閉められ、看護師と二人きり・・小太郎も入れて二人と一匹になった。目が合い、穏やかだった笑顔が豹変する。眉を釣り上げて威嚇する猫のように林田を睨む。
「お前っ!全然いい奴じゃ無いじゃないかっ!先生に色目使いやがって、でも残念ながら先生は僕の恋人だからお前なんか絶対に相手にしないよ!ざまぁみろ!」
看護師はフンっと鼻を鳴らし、勝ち誇った顔を見せた。
「え?え?」
いきなり捲し立てられて唖然とする。たくさんの情報をいっぺんに与えられて頭が混乱した。あの人とこの人が恋人同士なのは見てたら分かったけど、何で俺が詰め寄られてるのか。それだけじゃない、今この人『僕』って言った・・?
「おとこ?」
疑問が口から漏れて出る。
「そうだけど何?文句ある?」
憤慨した様子でまた睨みつけられ、慌てて鋭い視線から目を逸らした。小柄で長い髪に大きな瞳、おまけに看護師の制服、女のような容貌にすっかり騙された。だが言われてみれば声のトーンに違和感を感じる。
何も覚えは無いのに、敵意剥き出しの男の視線が痛いほど肌に突き刺さった。
「キャン!キャン!」
甲高い鳴き声で林田はようやく解放された。看護師の男は小太郎を抱え上げてドアの方へ歩いて行く。
「先生に近づいたら許さないから」
振り向きざまにしつこく釘をさされ、林田は口を引き攣らせて頷いた。
完全に一人きりになり、ふっと息を吐く。少しずつ分かってきた。ここは動物病院の控え室、さっきの二人が獣医と看護師、もしかしたら他にもスタッフが居るかもしれない。あの日小太郎にパンをあげたおかげで、まさか助けられるとは・・・何事も無くて本当に良かった。
林田はベンチソファに横になった。厚意に甘えてもう少し休んでいきたいけれど、もう眠気は微塵も感じない。やる事も無く、いつものようにスマートフォンを取り出した。電源ボタンを押すが、画面は付かない。たぶん充電が切れている。そんなに眠っていたのかと不意に不安になった。とにかくすぐに時間と日にちを確認したい。
控え室から外に出た。すぐそこは廊下で大きな窓がある。奥は備品庫だろうか、見慣れない器具や横文字の書かれた箱、ペットフードも積まれている。
反対側には下へ続く階段が伸びていた。ゆっくりとそこを降りる、踊り場を過ぎると獣臭とアルコールが混ざった臭いが鼻をつく。患者が来ているのか、診察室と見られるドアは閉められ、話し声が聞こえた。
「ウギャアアアア‼︎‼︎」
つんざくような鳴き声に驚いて足が止まった。
「大丈夫だよ~、すぐ終わるからね~」
「サビくんもうちょっと抑えられる?」
「はい、ちょっと強く抑えるね~ごめんね~」
中から会話が漏れて聞こえてくる。やはりここは動物病院で正解だった。声からして中にいるのはさっきの二人。「ありがとうございました」という声の後に、ケージを抱えた夫婦が出てくる。林田は思わず陰に隠れた。何で隠れたんだろうと思いつつも、そのまま二人が出てくるのを待った。
夫婦が待合室から消えるのを見届けてしばらく経つ。いくらなんでも遅くないか?もしかして向こう側にも出入り口があるのか、だが居る気配はまだする。
林田は痺れを切らし、診察室のドアの隙間から中を覗いた。
「うわっ・・・・」
中で繰り広げられていたのは、男と男の濃厚なキスシーン。ついさっきまで見てた二人が別人のように顔を恍惚とさせ絡み合っている。
「あっ・・圭一そこはダメ・・・」
「ダメじゃないでしょ、サビくんのここ、もうガチガチだよ」
「んっんっ・・気持ちいいっ」
白衣の男の手が看護師の男の股の間で、せわしなく動いているのが分かる。やがて身体を反らしてビクンと震えた。
白衣の男の胸にもたれ、肩で息をするサビと呼ばれる看護師の男。
サビは林田の方へチラっと視線を向け、妖艶に微笑んだ。
「すまなかったね、今さっき退院した子のご家族と話が長引いてしまった」
看護師は途端に表情を輝かせ、入ってきた男へ笑顔を向けた。
「もー、先生はいつも、こんなのばっかり拾って来るんだから」
「そう言わないでくれよ、それに今回のは俺じゃないよ」
にこやかに笑い看護師と話す男。見た目の年齢は30代後半くらい、眠っていた時に聞いた声はこの人のものだ。談笑する様子を見ると二人がかなり親密な関係にあるだろう事がじわじわと伝わってくる。声が急に止み、部屋の中がしんと静まり返った。男が林田の方に向き直る。
「うん、目が覚めて良かった。熱も下がってそうだね、君は自分が路上で倒れたのを覚えてる?」
林田は首を横に振る。正直あの時の事はあまり覚えていない、特にカラオケ店を出たあたりから記憶が曖昧だった。
「そうか、君を見つけた小太郎に感謝するといい。もしもあのまま誰にも見つけられなかったら、死んでたかもしれなかったよ」
その「もしも」を考えると林田はぞっとした。小太郎をギュッと抱きしめて、項垂れる。フワフワの毛が顔を優しく撫で、あったかい生き物の温もりに胸が苦しくなった。倒れた責任は紛れもなく自分、あと先考えずに無理をしてしまった事を後ろめたく思った。
「本当にありがとうございました」
林田は素直に頭を下げた。その頭をわしゃわしゃと掻き混ぜられる。乱暴にも思える手付きだが、大きな手のひらに包まれているようで安心する。
「まあ、なんか訳ありみたいだし、落ち着くまでここに居ていいから」
白衣の男はそれで部屋を出て行った。
ドアが閉められ、看護師と二人きり・・小太郎も入れて二人と一匹になった。目が合い、穏やかだった笑顔が豹変する。眉を釣り上げて威嚇する猫のように林田を睨む。
「お前っ!全然いい奴じゃ無いじゃないかっ!先生に色目使いやがって、でも残念ながら先生は僕の恋人だからお前なんか絶対に相手にしないよ!ざまぁみろ!」
看護師はフンっと鼻を鳴らし、勝ち誇った顔を見せた。
「え?え?」
いきなり捲し立てられて唖然とする。たくさんの情報をいっぺんに与えられて頭が混乱した。あの人とこの人が恋人同士なのは見てたら分かったけど、何で俺が詰め寄られてるのか。それだけじゃない、今この人『僕』って言った・・?
「おとこ?」
疑問が口から漏れて出る。
「そうだけど何?文句ある?」
憤慨した様子でまた睨みつけられ、慌てて鋭い視線から目を逸らした。小柄で長い髪に大きな瞳、おまけに看護師の制服、女のような容貌にすっかり騙された。だが言われてみれば声のトーンに違和感を感じる。
何も覚えは無いのに、敵意剥き出しの男の視線が痛いほど肌に突き刺さった。
「キャン!キャン!」
甲高い鳴き声で林田はようやく解放された。看護師の男は小太郎を抱え上げてドアの方へ歩いて行く。
「先生に近づいたら許さないから」
振り向きざまにしつこく釘をさされ、林田は口を引き攣らせて頷いた。
完全に一人きりになり、ふっと息を吐く。少しずつ分かってきた。ここは動物病院の控え室、さっきの二人が獣医と看護師、もしかしたら他にもスタッフが居るかもしれない。あの日小太郎にパンをあげたおかげで、まさか助けられるとは・・・何事も無くて本当に良かった。
林田はベンチソファに横になった。厚意に甘えてもう少し休んでいきたいけれど、もう眠気は微塵も感じない。やる事も無く、いつものようにスマートフォンを取り出した。電源ボタンを押すが、画面は付かない。たぶん充電が切れている。そんなに眠っていたのかと不意に不安になった。とにかくすぐに時間と日にちを確認したい。
控え室から外に出た。すぐそこは廊下で大きな窓がある。奥は備品庫だろうか、見慣れない器具や横文字の書かれた箱、ペットフードも積まれている。
反対側には下へ続く階段が伸びていた。ゆっくりとそこを降りる、踊り場を過ぎると獣臭とアルコールが混ざった臭いが鼻をつく。患者が来ているのか、診察室と見られるドアは閉められ、話し声が聞こえた。
「ウギャアアアア‼︎‼︎」
つんざくような鳴き声に驚いて足が止まった。
「大丈夫だよ~、すぐ終わるからね~」
「サビくんもうちょっと抑えられる?」
「はい、ちょっと強く抑えるね~ごめんね~」
中から会話が漏れて聞こえてくる。やはりここは動物病院で正解だった。声からして中にいるのはさっきの二人。「ありがとうございました」という声の後に、ケージを抱えた夫婦が出てくる。林田は思わず陰に隠れた。何で隠れたんだろうと思いつつも、そのまま二人が出てくるのを待った。
夫婦が待合室から消えるのを見届けてしばらく経つ。いくらなんでも遅くないか?もしかして向こう側にも出入り口があるのか、だが居る気配はまだする。
林田は痺れを切らし、診察室のドアの隙間から中を覗いた。
「うわっ・・・・」
中で繰り広げられていたのは、男と男の濃厚なキスシーン。ついさっきまで見てた二人が別人のように顔を恍惚とさせ絡み合っている。
「あっ・・圭一そこはダメ・・・」
「ダメじゃないでしょ、サビくんのここ、もうガチガチだよ」
「んっんっ・・気持ちいいっ」
白衣の男の手が看護師の男の股の間で、せわしなく動いているのが分かる。やがて身体を反らしてビクンと震えた。
白衣の男の胸にもたれ、肩で息をするサビと呼ばれる看護師の男。
サビは林田の方へチラっと視線を向け、妖艶に微笑んだ。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
ペットになった
アンさん
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。
言葉も常識も通用しない世界。
それでも、特に不便は感じない。
あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。
「クロ」
笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。
※視点コロコロ
※更新ノロノロ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる