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第三話 小さな悪戯①

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 組み敷いた男がくすぐったいと身をよじる。林田は気にせずに首筋に顔を埋めた。「やめろ」と言う声には、「くぅーん」と甘えた声で返してやる。
 これは子犬の悪戯だ、我ながら恥ずかしくなるような言い分だが、それでも今自分は犬なのだから、間違ってはいない。
 「俺は犬、子犬」、そう更に自分に思い込ませる。幼い頃に近所のうちで飼われていたゴールデンレトリバーを思い起こしながら、覆い被さって鬼崎の身体中に鼻を擦り付けた。笑い声に少しずつ吐息が混ざり出す。

「蓮太郎、いい加減にしないか!」

 腹のあたりに差し掛かったところで肩が掴まれ、強い力で引き剥がされた。

「わぅーん」

「そんな声出しても駄目」

 きつい口調で叱られて、渋々身体を退ける。鬼崎は火照った顔を隠すように背を向け、リビングを出て行った。
 あんな風に余裕が無い言い方は初めてだった。林田はニヤリと笑う、いけるぞ、これはもう一押しだ。舐めるたびに徐々に熱くなっていった身体の体温を鮮明に覚えている、それに、自分の下で確かに反応した鬼崎の雄の部分を林田は見逃さなかった。

「ん?」

 浴室のドアを開ける音が聞こえた。どうやら鬼崎はあのままシャワーに入ったらしい。

「くっくっく」

 林田はほくそ笑んだ。もう少し悪戯をしてやろう。首輪を外さずに自分も服を脱ぎ、男のもとに向かう。身体が高ぶった状態の今、裸の俺が浴室に乱入したらどうなっちゃうのかなぁ。
 段々とエスカレートする自分の悪い思い付きも、止められないほど林田も興奮していた。いけない好奇心にゾクゾクと胸が高鳴った、ドアのむこうにスラリと伸びた影に舌なめずりする。

「俺は犬」

 その言葉と共に中に飛び込んだ。ギョッとして振り向く鬼崎を見つめて、ゆっくりと近付いた。

「全く今日はどうしたんだ・・・」

 人間の言葉なんて知りませんという顔をする。

「それ以上近付くのはやめなさい」

 林田は首をかしげて足を進めた。鼻と鼻がくっつくくらいに顔が近付き、「くぅーん」と鳴いて鼻を舐めた。浴室の壁に追い詰められた鬼崎はぶるっと身体を振るわせた。
 壁際に突っ立って無抵抗な男の唇を甘噛みし、わずかに開いた隙間に舌をねじ込む。肩を掴まれてもお構いなしに、犬のようにベロベロと舐め回した。飲み込み切れない唾液が口の端から伝い、唇を離すと二人の間に糸が引いた。

「うぅーん」

 言葉が使えないともどかしい。リビングでの戯れと今のキスと、浴室の熱気で頭がぐらぐらしておかしくなりそうだった。
 この男はどうだろう・・・視線を上げた先には、切なげに苦悶の表情を浮かべ、こちらを見つめている顔があった。
 勝ったと思った、でも同時に負けた。林田は鬼崎のその顔に、どうしようもなく煽られるのを感じた。

「ふぅ・・・ふぅ・・・」

 興奮し過ぎて変な声が漏れる。動かない男の股間に手を伸ばす、そろりと触れたそこはしっかりと上を向き、先端を濡らしていた。滑りを帯びた指で全体を包み込み、上下に扱くと、気持ち良さげな吐息が耳にかかった。

「くぅーん」

 林田は自分のモノも触って欲しくて、甘えた眼差しを鬼崎に向ける。身体を強張らせて躊躇する男の手を、待ち切れずに掴んで導いた。すでに硬くなっている自身はやっと与えられた刺激にビクンと跳ねる、気持ちが良くて腰が揺れた。
 吹っ切れたのか、林田が重ねた手を離しても鬼崎の手は止まらない。林田は目を閉じて快感に集中する。

「んむっ・・・」

 林田はビクッと反応した。鬼崎に突然顎を掴まれて、噛み付くようなキスをされる。先程までのお返しとばかりに執拗に舌が口内を動き回り、興奮が最高潮まで高められる。爆発寸前の熱が出口を求めて迫り上がってきたのが分かった。
 二人とも互いのペニスを握った手の動きが早くなった、あ・・・イク・・・。

「んぅぅ・・・くぅっ」

 凄まじい快感に声が我慢できない、これまで女とのセックスでだって、自慰でだって、こんなに身悶えした事などない。
 林田は意識が霞んで、ふらふらと浴室の床にしゃがみ込んだ。

「大丈夫か?」

 その言葉に無言で頷く。されるがままに濡れた股間と手を洗い流され、浴室の外に運ばれた。
 横抱きの姿勢はまるでお姫様抱っこで、恥ずかしかったけど、それどころでは無かった。未だに収まらない身体の熱が「どくんどくん」と身体を巡っている。ずっとこの男に抱かれていたくて、男の首に腕を絡めた。
 だが無情にも鬼崎は林田の自室に向かい、ベッドの上にそっと下ろされた。林田は駄々っ子のように首にしがみ付く。

「今日はもうおやすみ、蓮太郎」

 優しいが、突っぱねた言い方だった。

「よしよし、いい子だね」

 腕を離すと頭を撫でて、鬼崎はすぐに出て行ってしまった。
 林田はベッドの上で悶々と毛布に包まった。何事も無かったみたいに振る舞われた?あんなに感じてしまったのは自分だけだった?「自分だけ」という思いが無性に胸に張り付いて、ちくんと痛んだ。
 もはや自分から仕掛けたことさえ忘れて、勝手に悲しみに暮れる滑稽さに気付かない。悲しみのままに毛布をきつく巻きつけて、自分を慰めるようにその夜は目を閉じた。
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