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英国編

恐怖のティータイム

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 この人が今朝話題にのぼっていたエリオットの叔父!
 なんてパーフェクトなタイミングなのだろう。
 予想と真逆な明るい人相に驚いた。
 けれどもエリオットではなく成彦に会いにきた理由はなんだ。
 エリオットによく似たブロンドの男を見つめて、成彦は訊ねた。
 
「クリストファー様、恐れながら、ご訪問の理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「君と話がしたかったからだよ」
 
 返答は早かった。初めから用意されていた答えというよりは、本心から言っているようなので、どのような心持ちで接するべきなのか悩ましい。
 エリオットは、一言でいうなら良い人そう・・・・・なクリストファーの何処を苦手としているのか。
 
「君たち、ぼうっとしていないでお茶の用意をしてくれるかな?」
 
 クリストファーが使用人に指示をする。
 ハッとしたように持ち場にはけて行く彼らによってリビングは再び紅茶と甘い焼き菓子の匂いで包まれた。
 今朝はエリオットと囲んでいた食卓にクリストファーが座り、にこにことしながら紅茶を啜った。
 
「うん美味いね。そういえばせっかくなのだから今後はぜひ成彦の国のグリーンティーを味わってみたいね」
「あ・・・はいっ、それはもちろん、ぜひ」
 
 突如始まってしまったティータイム。成彦は心臓が跳ねて跳ねて紅茶の味どころじゃなかった。セイが同じ部屋で待機してくれていることだけが心強い。
 ばくばくと鎮まらない心臓。手のひらは汗でびっしょりだ。
 そして成彦は焦るあまりカップを取り落としてしまった。
 陶器が割れる音に弾けたように腰を上げ・・・

「あっ、申しわけありません、エリオット様!」
 
 咄嗟に口に出す相手を間違えてしまった。さらなる失態に青ざめる。
 
「よい。仲睦まじいのは良いことだ。どれ、手を怪我したらいけない。君が片付けてくれたまえ」
 
 クリストファーはセイを呼んだ。成彦は対応に唖然とした。割れた破片は持ち出され、こぼれた紅茶は綺麗に拭かれる。片付いたテーブルに座り直し、成彦はあらためて頭を下げた。

「ありがとうございました」
「なんてことはない。エリオットの大切な番に袈裟がなくて幸いだ」

 成彦は二人の関係を認めているかの言い回しに疑念を抱く。

「僕がエリオット様の番であることを悪く思っていらっしゃらない?」
「もちろんだよ。君はエリオットの運命の番なのだろう? あの子が連れてきた人間なら何処の誰であろうと歓迎するよ。番をないがしろにすることは英国紳士たる行いではないからね」

 驚いた。反発しているのかと思いきや、むしろ甥に対する絶対的な信頼が垣間見える。それから、碧い瞳に宿っているのはエリオットへの陶酔だ。
 不仲という説は成彦の中から消えたが、ホッとしていいのか?

「番でいるぶんには構わないんだよ。後継者の母としては認めないけどね」

 さらりと言い、クリストファーはにっこりと微笑んだ。

「あの・・・」
「だから、今後、成彦の生んだ子どもがたとえアルファ性でも、侯爵位をもつサテンスキー家の後継者とはなれないだけさ。本当はあの子の父親が病に伏してから私が家督を継げればよかったのだが、残念ながら見てのとおり私はベータで長男でもなく当主にふさわしくない。サテンスキー家を牽引していけるのは現時点でエリオットの他にいないのさ。貴族は貴族たるべく、当主は当主らしく、厳守しなければならないことがある。君もニッポンの青い血が流れているのならわかるだろう? ・・・流れていなかったのだったかな?」

 成彦は、この男は十松家の裏側まで調べあげて知っているのだとゾッとする。
 確かにその一点を突かれると、成彦には何も口出しできなくなる。
 しかし正統な華族家の子息であったとしても皇族筋でもない限り、西洋の侯爵家がもつ格式と伝統には遠く及ばないのかもしれない。

「それでも君に貴族の端くれという自覚があるならわかってくれるね?」

 膝の上で拳を握り成彦が俯いたのを、クリストファーは承諾と受け取る。

「聡明な番で大助かりだよ。エリオットは別の者と結婚させる。そのために君がエリオットを説得するんだ。君もこの家の人間なら家のために尽くしてほしい」
「い・・・や・・・です」
「できないのかな? エリオットの顔に泥を塗ることになるが、君は番が大切じゃないのかな?」
「大切です!」
「そうだろう、それなら答えは決まりだ。できるだけ早く説得を頼むよ。良い返事を期待している」

 気づいた時には流れるように言いくるめられていた。会話を終えたあとの瞬きの一瞬で、クリストファーがすでにコートを羽織っている。
 話はついたと言わんばかりだ。今さら撤回は許さないと穏やかだが強制力のある雰囲気を漂わせる。
 さすが一流の貴族社会で生きてきた人間というべきか。ベータの凡庸さを感じさせない彼の言葉巧みさに、成彦は車が門を抜けて見えなくなるまで、手足のないこけしのように動けなくなる始末だった。
 
「成彦様っ、お気を確かに・・・!」
 
 セイの声にハッとする。
 成彦はナプキンとクッキーを間違えて齧ろうとしていた。

「あぁ、ごめん」

 今度は紅茶のカップを取り損ね中身をこぼす。やってしまった。これで二度目だ。

「ごめんなさい」
「謝らないでください。動転されても突然です」
「でもクリストファー様がおっしゃられていたことは正しいよ。良心的ですらある。僕にとって不相応な暮らしだもん、そうなるよなぁって納得かな」
「そんなことないですっ」
「ありがとうセイ。とりあえずここだけの話にしておいてくれる? エリオット様とドミニクに伝わらないよう使用人たちに徹底させておいてほしいな」

 セイは成彦の心境をおもんばかって辛そうな顔をしてくれる。

「ね?」

 成彦が目を合わせて願うと、セイは頷いた。

「承知いたしました」
「うん。それとランチは外で食べたいな。サンドイッチとか何でもいいんだけど庭に用意して、セイも一緒に食べよう。できたらもっとたくさん人を呼んでもいいし」
「ええ。そうしましょう」

 つとめて明るく話をする成彦を痛ましく見て、真面目な下級使用人は涙をこらえるようにして成彦がこぼしてしまった紅茶の片付けを続けた。
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