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ふたごの弟の存在

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 信じられなかった。悲しかった。
 恐らく、複雑なワケがあっての行動。
 頭では理解ができるが、心が追いついてこないのだ。
 とても我儘であると承知の上でそれでも我を通してしまう。そうさせてくれるのはエリオットだからこそ。
 突きつけられる。
 良い意味でも悪い意味でもエリオットがいかに大きな存在になってしまったのかを思い知った。
 しばらくして泣き崩れている成彦のもとにエリオットがやって来る。
 トントンと、優しくドアを叩き。成彦の返事は急かさない。「勝手に話すから聞いてくれ」とドア越しに声をかけられる。

「すまなかった。ドミニクに怒られてしまった。きちんと理由も言わないで失礼だと教えられたよ」

 エリオットが沈黙する。
 ひと呼吸置いたのか。言葉を探しているのかもしれない。
 成彦はうずくまったまま耳を傾けた。

「話をしようか。ドミニクに知らされたのは君の母親のことだ。居場所がわかった」
「えっ」

 思わず、立ち上がっていた。
 ふらふらともつれた足取りでドアに近づく。

「成彦の母親は生きているぞ。満義氏が数年前に逃したのだ。何故だか知らぬが、恋人のもとに返してやったらしい。運命の番だったそうだな」
「そんなことって・・・なんで・・・身を投げたって嘘を」

 近くなった成彦の声にエリオットが気がついた。
 取り乱した幼子を宥めるように話が続けられる。

「理由は当人にしかわからないだろう。しかし急に満義氏がかつての妻に接触したと報告があった。彼女の住処を訪れた彼は単独ではなく政府の御役人と一緒だったと」
「御役人・・・・・・」
「憶測だが、警察の人間もいただろう」

 成彦は頭がパニックになる。そんな成彦の様子を察したエリオットがドアを開けるよう優しく促した。

「・・・わかりました、今開けます」
「ありがとう、そっちに座ってもいい?」
「はい」

 エリオットはベッドに腰を下ろしたが、成彦は立ったままで落ち着きなく腕をさする。

「あぁ、どうして、母が逮捕されたということでしょうか?」
「そうだ。政府に連行された。彼女と、現在の内縁の夫。そして・・・息子と」

 躊躇いがちに教えられた真実に、心臓をひと突きにされた。
 見えない血がどくどくと流れ、胸に視線を落とした成彦の視界が真っ赤に染まる。

「成彦にはそっくりな双子の弟がいる。私とドミニクは成彦の替わりを務めてくれる男のオメガを探している最中に辿り着いてしまった」

 成彦は悲痛な声を上げ、弱々しく問いかけた。

「エリオット様は父の行動をどうお考えなんでしょうか」
「これは成彦に対する勧告」
「勧告・・・?」
「ああ、本日中に満義氏の使いの者が現れると思う。そして成彦に戻れと告げる。満義氏は役人に賄賂を渡し、君が拒否をすれば母親家族を処罰すると脅す腹づもりだろう。人質を取られた君は断れない」

 話を聞きながらあることに気づいてしまう。成彦は血の気が引き、今にも倒れそうになる。冷水に漬けられたような心地だった。

「母と、番の相手はわかります。でも、けど、禁忌を破って生まれた子はどうなりますか。子どもに罪はありません」

 エリオットを頼りにベッドに駆け寄ると、彼は不自然に目を伏せて答えに詰まった。

「教えてください」
「私も詳しいわけではないが、場合によっては死罪・・・そうなった者が数名いたと聞いた」

 成彦の目が衝撃に見開かれる。
 エリオットがやはりというふうに額を抑えた。

「できれば君には聞かせたくなかった。こうなる前に海を渡るべきだった」
「帰ってください。貴方だけでも・・・・・・」

 声も手も足も震えた。
 けれども成彦は精一杯の勇気を振り絞って伝える。
 自分といると関係のないエリオットが巻き添えを喰う。
 自分さえ口を割らなければ、たとえ身体の中を暴かれて調べられたとしても、エリオットと情交を結んでしまったことを知られる恐れはない。
 今すぐに追っ手の届かない海の上に逃げて欲しいと願った。
 英国と日本の力の差は歴然であり、日本政府の訴えなど塵も同然。船に乗ってしまえばエリオットは安全だ。

「しない! できない。私に君を置いて行けと言うのか!」

 エリオットが成彦の肩を揺さぶる。

「日本を離れる時は成彦も一緒だ。共に行こう」
「貴方を犯罪人にしたくありません・・・でも・・・血の繋がった母と弟を見殺しにしては行けない。どうしたら良いのか、僕にはわかりません・・・っ」

 成彦の瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
 情けない。こんな時に、泣いている場合じゃないのに。所詮オメガの自分には現状を打開する力も頭もない。

「成彦、よく聞きなさい。捕えられた弟は君と双子だ。わかるかい? 君の身柄も危ないんだよ」
「あ・・・・・・」

 さらなる追い討ちをかけられて、ショックのあまり涙が止まった。自分は十松家の子どもじゃないということだ。
 少し考えればわかる簡単な事実。
 自分は家族だと信じていた満義の子ではない。
 自分は母と運命の番の間にできた子で、生きているだけで重罪。生まれてきてはいけなかった子どもなのだ。
 罰っせられるべきは成彦もそう。母親家族だけに償わせるわけにはいかない。

「こうなった以上は成彦を満義氏のところに帰せない」
「いいえ、エリオット様」
「成彦、待ちなさい、まさか戻ると言うのかい?」
「はい」

 成彦はぎゅっと胸を押さえる。早鐘を打つ心臓が、己れの弱さを象徴しているようだ。
 しかしここで目を逸らしたら、気高く貴いエリオットに顔向けできなくなってしまう気がする。
 二度と逢えなくなることに変わりはないけれど、それならば最後までエリオットが好いてくれていた時の自分でいたい。

「心を決めました。僕は父のところに戻ります。父の狙いは僕です。使い道のあるオメガの僕をみすみす死刑にすることはないでしょう。自分の身柄を交渉材料にしてみます。その間にエリオット様は日本を出てください」

 エリオットが一瞬放心する。苦虫を噛んだように顔をぐしゃりと歪め、成彦をきつく抱きすくめた。

「頼むから、そんなことを言わないでくれ」
「ありがとうございますエリオット様。愛しています。だから、どうか・・・」
「駄目だ、させない」
「僕は最後に貴方を守れると思ったら嬉しい」
「もう何も言うな!」

 静かに、けれどエリオットは怒りをあらわにする。
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