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第5章 ユリン編・参

83 盤上の駒たち③

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「そんな・・・・・・あり得ない・・・・・・いや、あり得るのか・・・・・・」

 ランライの胸のなかで風車が廻る。明と暗はいつでも均等。崩れたことはなかった。
 だからこそ気がつかなかった。だがそれこそが肝だった。
 合点がいき、ユリンは腹を抱えて笑った。

「貴方には敵いませんねランライ殿。暗に堕ちない人間は物の怪には負けない」
「はっはっ、そのとおりじゃ、鬼など逆に喰ろうてやったわ! ずいぶんと王宮で悪さをしとったみたいだが、おかげでたんまりと情報を持っておった。私はそれを利用させてもらったまで。ときに導術師殿。お主は祖国の現状をご存じかな?」
「・・・・・・いえ」

 唐突に変えられた話題にユリンは首を傾げた。
 追放者はテンヤン国に便りを送れない。知りたいと思っても、遠い小さな国の噂はウォン国までは聞こえてこなかった。

「それがなにか」
「麗鬼が国外に逃げたのと、ナーロン帝国は無関係ではないのだぞ」

 ユリンは目を瞠り酒を愉しんでいる帝を見る。大帝国の長は、豪快だが下品に見えないのが不思議だ。
 見つめていると、帝はダオに何やら話しかけ、シャオルとシャオレイといっしょに退出させた。ユリンは不安を覚えて、ランライに視線を戻した。

「なぁに、導術師殿が心配するような話を持ちかけたりはせん」
「しかし、ご寵愛と」
「それは言葉のあやじゃ、帝殿は身内全員に寵愛をかけられる懐の深い男なのだ」
「身内?」

 初耳だ。さすがに信じられず訊き返す。怪訝な顔のユリンに、真相が明かされた。

「当時、国土を積極的に広げていたナーロン帝国はテンヤン国の導術師に目をつけて平和的に吸収したのだ。彼らの加勢を受けて、麗鬼は追い詰められた末に逃亡した。ウォン国にたどり着いて君らにちょっかいを出したようだが、深手を追っていたために早々と諦め、機を伺いながら王宮に身を潜めていた。一方、ナーロン帝国はテンヤン国の頭の娘を娶って縁者の仲となり、麗鬼の行方を追っていた。従って、帝は私のなかの麗鬼の身柄と引き換えに、交渉を締結したのだよ。シャオレイが潜入時にダオ殿を見つけたのは偶然の出来事だった。此度の旅で彼の家族も連れてきていると言っておったから、今ごろ別室で再会を果たしているだろう。古臭い伝承に従い君らを追放したことを後悔していたそうだ」

 ユリンはよかったと頷いて見せたが、思わず苦笑いがこぼれた。自分が助けに来なくても、ダオは助けられる運命にあったのだ。最初から最後まで、ユリンがしでかした失敗まで、なにもかもランライの思い描いた盤上で行われていたにすぎなかった。

(自分は結局、ダオに何をしてやれたんだろう)

 無力だった。子どものころとは違うと思ってきたけれど、この十数年間で身につけた力でやったことは、ダオの記憶を奪い、怖がらせただけ。
 ユリンは軽く握っていた拳に力を入れ、大切なものがすっぽりと抜け落ちてしまった胸のわびしさを握りつぶした。

「大王さま!」

 走り込んできた兵は血相を変えて、シアンのそばに駆け寄った。

「こちらで聞こう」

 と、固まった大王に気づかってランライが声がけをする。

「丞相さま!」
「申せ」
「はっ、より進軍あり!」

 ユリンは物思いから現実に引き戻された。酔いに浸りながらも聞いていたのか、ランライの横に帝が並ぶ。

「国は?」
「未だ軍旗を目視できておりません」
「あいわかった、判明次第、迅速な報告をせよと伝えよ」
「はっ」

 単騎のごとく駆け出していった兵を見送り、丞相と帝は厳しい顔で息を吐いた。

「こんなときにのう、こんなときにだからかのう」

 異国の帝はウォン国をうれう。

「そのとおり。我らが手を組む前に、潰すのならば今しか機はないと焦ったのでしょう」
「どうするのじゃ? 帝国から軍を派遣したとしてもウォン国を挟んで正反対に位置する。到着に時間がかかるぞ」
「問題なく。これくらいの危機は予期できますゆえ、国境沿いに兵を伏せさせております」
「さすがだの。では、儂は直ちに増援の準備をするとしよう」
「ありがたく」

 帝が去ったのち、ランライはシアンに歩み寄り、腰を落として蹲踞そんきょした。手を胸の前で重ねて最敬礼の姿勢を取り、「大王」と強く口にする。
 ランライは泣いた子どもをあやすようないつもの笑みではなく、本当の意味で畏怖と敬意を正しく示した家臣の顔をしている。

「大王」
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