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第4章 ユリン編・弐

59 ダオの手紙

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 小さな巾着袋と、細長く飛び出ているのは筆の持ち手。中には乾燥させた薬草と、練習用の白い紙も入っていた。
(この乾燥葉はなんだ? シャオルが持ってきたのか? 紙のほうは、なにか文字が書いてある)
 ユリンは中身が気になり、折り畳まれた紙を開いて見てしまった。
 文字が書いてある紙は複数枚ある。———石、笹、とユリンは一文字ずつを読み上げた。一枚に一文字ずつ、大きく歪に書かれた不恰好な文字。墨が滲んで飛び散り、お世辞にもうまいとは言えない。加減など、わからなくて当然だ。だが、この懸命さがダオの書いたものであると教えてくれる。
 最初は意味していることがわからなかった。ただありふれた文字を、思いつくままに練習しただけなのかと。紙をめくりながら微笑ましくもなり、愛おしさを覚える。
 ・・・・・・穂、牛、鳥、川、葉。
 しだいにユリンはダオの意図に気がついて声を失った。
 あれは何年前のことだったか。ユリンは記憶を辿って反芻はんすうした。

「旦那さま、ごめんなさい」

 と、当時涙ながらに謝ったダオに、ユリンは心苦しさを感じていた。
 慣れないままにひとりで村に降りていってしまい、ダオが迷子になった日だった。ダオを見つけた瞬間、ユリンは泥で汚れて不安げに震えていた背中を強く抱きしめたのだ。

「さあ、帰ろう。ダオ?」
「・・・・・・家にひとりで帰ることもできないなんて、ぼくは自分が情けないと思います」
「そんなことない」

 そう言って手を取ったが、ダオの表情は固かった。

「ならば、これから道を覚えればよい」
「どうやってでしょう? ぼくに地図は読めませんし、景色を目で見て捉えることができません」
「ははっ、そう卑屈になっては覚えられるものも覚えられないぞ。どれ、おいで」

 ユリンはダオの肩を優しく抱き寄せ、手を近くの壁に当てさせた。

「これが、村の一番入り口に位置する村長さんの家。立派な石造りの壁だ。そして村長の家のすぐ傍に笹の林がある。低い位置にはクコの植木があり、温かい季節には実がなる。これにはトゲがあって危ないから触っちゃいけない」
「うん、それで? こっちの笹林の方向に進む?」
「正解。でも林のなかに入ったらいけないよ。斜面が急でダオには危険だから。この道沿いに歩いて行けば畑地が広がっていて、牛や羊といった家畜が飼われてる。迷ったら鳴き声が聴こえる方向に進むといい。・・・・・・あ、止まって」

 ユリンはダオの脚を止めさせた。

「水の音? もしかしてさっきぼくが落ちた川ですか?」
「山に流れてる川とは違うよ。ここでは道を横切って田んぼ用の細い水路が通っているんだ。足を滑らせてしまうと濡れて汚れてしまうから、そうだね、よし、これをここに」
「旦那さま、なにを?」
「近くの葉の枝に鈴をつけておいた。このあたりは一年中風が出る地域だから、川に落ちないように鈴の音を合図にするといい」

 ダオは「はい」とうなずき、耳に手を当てた。チリン、チリンと涼やかな音が鳴る。ユリンもダオに倣って目をつむると、耳に手を当て鈴の音を聴いた。その音にダオが口ずさむ唄が重なった。

「~石壁、でこぼこ、触るな危険なクコの枝。笹の葉、畑、稲穂の尻尾。牛と羊が喧嘩して、呆れた鵞鳥も忘れずに。そよ風、甘風、鈴の音。そろそろ止まって田んぼの水路」

 たまらずくしゃりと握りつぶしてしまった紙を、ユリンは胸に寄せる。
 この書かれた文字列を見て意味を理解できるのはユリンしかいないだろう。それでいい、自分だけがわかればいい。これはダオがユリンの元へ帰ってくる道順を示した唄なのだ。曖昧になってゆく記憶のなかで、ダオはユリンとのことを忘れないように、失くさないように、心にあるうちに書き留めてくれた。帰りたいとねがう強い意思を、こうして伝えてくれた。

(かならず、叶えるから・・・・・・)

 ユリンの決意は増した。
 それからユリンはリュウホンの信頼を得るためだけに動いた。
 数日経って、ねずみが地下の部屋に通ずる床の穴を見つけ、狭い通気口越しにダオと再会した。
 ユリンは心が引きちぎられる思いだった。ひどい環境に置かれていても、シャオルを思いやるダオの人情に胸打たれ、できるだけ早くダオを地下にある監禁場所から救い出してやらなくてはいけないと誓った。
 ひとまず災いを退けるためにという口実で、リュウホンに不吉への態度を改めなさいと伝えたが不十分ではない。
 すべてはダオを取り戻すために。仲間うちへの罪悪感には目をつむり、ユリンはシャオルに指示をして適度に導術師フェンに失敗をさせ、リュウホンの希望にそうように働いてやった。
 あたかも降りかかってきた幸運が、導術師フェンの技巧によるものだと思わせるように。
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