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第4章 ユリン編・弐
57 師弟の作戦——ねずみの穴②
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「さては、あの胡散臭い丞相に俺を懐柔してこいとでも頼まれたか?」
愉快そうに口元を歪めるリュウホンに、ユリンは動悸をさせながらも笑い返した。
「さすが、あなたに隠し事はできそうもない。しかし、当たらずと雖も遠からずといったところでしょう。今日は俺ひとりの独断で参りました」
「ほう?」
「・・・・・・興味を示していただけましたか?」
そう言うと、リュウホンはユリンから視線を逸らさずに黙り込んだ。まじない術で頭の中を読むことはできないけれど、リュウホンの真っ黒な胸の内がゆらゆらと揺らめいて見える。
そしてそれは向こうも同じ。ユリンの胸の内も、リュウホンにお見通しのはず。
さあ、どう見える? 考えろ。ユリンはじっと答えを待った。
「いいだろう。入れ」
しばらくして、都合のよい判定をリュウホンが下してくれた。
ユリンは拱手し、恭しく感謝を表す姿勢をとる。
「ありがたく」
礼をすると、リュウホンは「着いてこい」と深衣の裾をひるがえした。
ユリンはそのあとに続く。こうして屋敷に招き入れてくれたということは、自分とダオの関係には気づかれていないと断言できた。
ズゥ家の泊まっていた屋敷よりも格段に広いリュウホン邸。
リュウホンが屋敷内を通ると、多くの侍女たちが頭を下げて道を開ける。髪の長さや衣装の豪華さと同様に、屋敷の大きさ、使用人の数は身分を象徴する。だが彼女らの生活部屋を差し引いても屋敷は有りあまる広さだ。
(ダオはどこにいるだろうか)
ユリンは分かれ道に入るたびに、すばやく目を走らせた。もっとも客人の目につくような場所に監禁部屋を置いたりはしないだろうが。
ダオの痕跡を見つけられないまま客間に案内され、ユリンはリュウホンの向かいに腰を下ろした。ここからが本題だ。目的を果たすために失敗は許されない。
「では、詳しく訊こうか」
「ええ。単刀直入に言いましょう。俺はあなたの役に立ちたいのです」
「は、なにを言い出すかと思えば」
リュウホンが不機嫌そうに眉を顰める。無礼な行為を許したのは検討外れだったかと、彼の口から呟きが落ちた。しかしユリンは目を細めて続ける。
「リュウ家の中でも、あなたの立場が危ぶまれていると聞きました」
そう間髪入れずに切り込めば、一度は嘲笑したリュウホンの眉が動いた。
「・・・・・・続けろ」
「はい。リュウ家、つまりあなたの母方の一族。ウォン国王室お抱えの導術師一家。リュウホン殿下派の後ろ盾でもある。王族の血を引き継いだあなたは、一族の中での立場も絶対的だった。しかし、母親の兄、あなたにとっては叔父にあたる人物の子にひとり有能な者が出た。叔父はその子をリュウ家の当主に育て上げるつもりだと」
「貴様、その情報をどこで」
まるで唸り声だ。今にも身を乗り出し、胸ぐらを掴み上げたいのをこらえている様子。ユリンは、なんでもないようにさらりと目を逸らした。
「俺にもいろいろとツテがありますので」
「ちっ、で、貴様はなにをしてくれるのだ?」
「まあ、そう焦らずに聞いてください。数年前に貴方の祖父が亡くなってから、正式なリュウ家の当主は不在のまま。そのころの貴方は次期大王と評されていた立場でしたから、仮の当主には叔父が就いた。叔父が当主となれないのは、導術師としての才、魔導力に恵まれなかったから。彼の息子もかなりの遅咲きで、才能がわかったのはつい最近の出来事だった。前代大王の一言によりシアンさまが新しい大王となったのち、貴方には仮ではないリュウ家当主の席が約束された。ゆえに大王の椅子を腹違いの弟シアンさまに明け渡したとしても、貴方には残されていた道があった。そうですね?」
「そうだ、憎々しいリュウジーめ・・・・・・ッ。息子の才能がわかった途端、急に大きな顔をするようになって腹立たしい」
「ええ、ええ、そうでしょう。ですが、ご安心ください。これまでの不幸はすべて、リュウホンさまに取り憑いた不吉のせいでございます」
同意すると共に、ユリンはさりげなく嘘を付け加える。リュウホンは訝しげに眉を吊り上げた。
「不吉? そんな物の怪は聞いたことがないぞ」
「俺が旅してきた遠い異国にのみ存在していた物の怪でございますので、知らなくても仕方がありません。・・・・・・そうですね、近ごろ、身分のはっきりしない者を屋敷に入れたということは?」
すると、わかりやすくリュウホンの頬が引き攣る。
「あるのですね。ではおそらく、その者が不吉を宿していたのでしょうな。ぜひ拝見させていただければ、はっきりするかと思います」
ユリンは腕を顔の前に掲げて頭を下げた。この男が嘘を信じれば、何もせずともダオのもとまで案内してくれる。
「・・・・・・なぜ、敵陣の俺にそうまでしてくれる?」
「敵陣とおっしゃられましても、流れ者の俺にとってはあまり関係ありませぬ。ランライ殿のやりかたに飽き飽きしてきたところですから、より面白いものを見せてくれそうなリュウホン殿下のもとに参ったのでございますよ。あなたのご指示があれば、密偵の役割をしてもよい。どうです? あなたも屋敷に篭りっきりではつまらないのでは?」
頭を上げてユリンは口元を歪めて見せる。嘘を並べ立て、じりじりと焦げつくような緊張感を感じながら返答を待った。
愉快そうに口元を歪めるリュウホンに、ユリンは動悸をさせながらも笑い返した。
「さすが、あなたに隠し事はできそうもない。しかし、当たらずと雖も遠からずといったところでしょう。今日は俺ひとりの独断で参りました」
「ほう?」
「・・・・・・興味を示していただけましたか?」
そう言うと、リュウホンはユリンから視線を逸らさずに黙り込んだ。まじない術で頭の中を読むことはできないけれど、リュウホンの真っ黒な胸の内がゆらゆらと揺らめいて見える。
そしてそれは向こうも同じ。ユリンの胸の内も、リュウホンにお見通しのはず。
さあ、どう見える? 考えろ。ユリンはじっと答えを待った。
「いいだろう。入れ」
しばらくして、都合のよい判定をリュウホンが下してくれた。
ユリンは拱手し、恭しく感謝を表す姿勢をとる。
「ありがたく」
礼をすると、リュウホンは「着いてこい」と深衣の裾をひるがえした。
ユリンはそのあとに続く。こうして屋敷に招き入れてくれたということは、自分とダオの関係には気づかれていないと断言できた。
ズゥ家の泊まっていた屋敷よりも格段に広いリュウホン邸。
リュウホンが屋敷内を通ると、多くの侍女たちが頭を下げて道を開ける。髪の長さや衣装の豪華さと同様に、屋敷の大きさ、使用人の数は身分を象徴する。だが彼女らの生活部屋を差し引いても屋敷は有りあまる広さだ。
(ダオはどこにいるだろうか)
ユリンは分かれ道に入るたびに、すばやく目を走らせた。もっとも客人の目につくような場所に監禁部屋を置いたりはしないだろうが。
ダオの痕跡を見つけられないまま客間に案内され、ユリンはリュウホンの向かいに腰を下ろした。ここからが本題だ。目的を果たすために失敗は許されない。
「では、詳しく訊こうか」
「ええ。単刀直入に言いましょう。俺はあなたの役に立ちたいのです」
「は、なにを言い出すかと思えば」
リュウホンが不機嫌そうに眉を顰める。無礼な行為を許したのは検討外れだったかと、彼の口から呟きが落ちた。しかしユリンは目を細めて続ける。
「リュウ家の中でも、あなたの立場が危ぶまれていると聞きました」
そう間髪入れずに切り込めば、一度は嘲笑したリュウホンの眉が動いた。
「・・・・・・続けろ」
「はい。リュウ家、つまりあなたの母方の一族。ウォン国王室お抱えの導術師一家。リュウホン殿下派の後ろ盾でもある。王族の血を引き継いだあなたは、一族の中での立場も絶対的だった。しかし、母親の兄、あなたにとっては叔父にあたる人物の子にひとり有能な者が出た。叔父はその子をリュウ家の当主に育て上げるつもりだと」
「貴様、その情報をどこで」
まるで唸り声だ。今にも身を乗り出し、胸ぐらを掴み上げたいのをこらえている様子。ユリンは、なんでもないようにさらりと目を逸らした。
「俺にもいろいろとツテがありますので」
「ちっ、で、貴様はなにをしてくれるのだ?」
「まあ、そう焦らずに聞いてください。数年前に貴方の祖父が亡くなってから、正式なリュウ家の当主は不在のまま。そのころの貴方は次期大王と評されていた立場でしたから、仮の当主には叔父が就いた。叔父が当主となれないのは、導術師としての才、魔導力に恵まれなかったから。彼の息子もかなりの遅咲きで、才能がわかったのはつい最近の出来事だった。前代大王の一言によりシアンさまが新しい大王となったのち、貴方には仮ではないリュウ家当主の席が約束された。ゆえに大王の椅子を腹違いの弟シアンさまに明け渡したとしても、貴方には残されていた道があった。そうですね?」
「そうだ、憎々しいリュウジーめ・・・・・・ッ。息子の才能がわかった途端、急に大きな顔をするようになって腹立たしい」
「ええ、ええ、そうでしょう。ですが、ご安心ください。これまでの不幸はすべて、リュウホンさまに取り憑いた不吉のせいでございます」
同意すると共に、ユリンはさりげなく嘘を付け加える。リュウホンは訝しげに眉を吊り上げた。
「不吉? そんな物の怪は聞いたことがないぞ」
「俺が旅してきた遠い異国にのみ存在していた物の怪でございますので、知らなくても仕方がありません。・・・・・・そうですね、近ごろ、身分のはっきりしない者を屋敷に入れたということは?」
すると、わかりやすくリュウホンの頬が引き攣る。
「あるのですね。ではおそらく、その者が不吉を宿していたのでしょうな。ぜひ拝見させていただければ、はっきりするかと思います」
ユリンは腕を顔の前に掲げて頭を下げた。この男が嘘を信じれば、何もせずともダオのもとまで案内してくれる。
「・・・・・・なぜ、敵陣の俺にそうまでしてくれる?」
「敵陣とおっしゃられましても、流れ者の俺にとってはあまり関係ありませぬ。ランライ殿のやりかたに飽き飽きしてきたところですから、より面白いものを見せてくれそうなリュウホン殿下のもとに参ったのでございますよ。あなたのご指示があれば、密偵の役割をしてもよい。どうです? あなたも屋敷に篭りっきりではつまらないのでは?」
頭を上げてユリンは口元を歪めて見せる。嘘を並べ立て、じりじりと焦げつくような緊張感を感じながら返答を待った。
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