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第4章 ユリン編・弐

55 師弟の作戦②

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 目くらましの術の規模から想定して、個人の魔導力で解ける範囲ではない。
 では次にユリンが考えたのは、人間の姿で馬車に乗らずに位置特定は可能かどうか。銀餡亭とリュウホンの屋敷双方の、侵入者の感知精度はどの程度なのか、ということ。
 その調査にはシャオルが役立ってくれそうだった。
 雪花見の当日、ユリンは大王派の導術師としてランライと行動を共にしなければならない。自由に動けて、なおかつ最適な人物に化けられるシャオルに、リュウホンとダオが乗った帰りの馬車を追わせる流れを指示した。
 このころ丞相ランライは順調に派閥の仲間をかき集めていた。彼らの多くが王宮に顔を見せるので、シアン大王の補佐として隣に立つだけでなく、空いた時間には挨拶まわりに忙しい。それはユリンの忙しさと同意だった。
 途中で見かけたダオは廊下のど真ん中で放っておかれており、ユリンは立ちすくんで縮こまっている姿に心を痛めた。しかしながら声をかけてやることは叶わない。通り過ぎるしかできない自分を悔やみ、せめても・・・・・・と、シャオルに小部屋に出入りできる官女とランライの二人に化けるように頼みごとをした。
 直接は話せない。だから、それくらいしか、できることがなかったのだ。
 その後シャオルが無事にリュウホンの屋敷へと辿り着く手段を探りあて、戻ってきた彼にダオの受けた仕打ちを聞かされるまでは、少なくとも・・・・・・たったひと目でもダオを見ることができて良かったと思っていた・・・・・・。
 絶対に許してなるものか。リュウホンと、そして、そうさせるしかなかった自らに感じる怒りは正しかった。正義に基づいた、強く激しい感情だ。もはやユリンは、なりふり構っていられなかった。
 雪花見の会の翌日。
 宵が深まった時刻のこと。

「———シャオル、やって見せてみろ」
「おうっ」

 ん、と真剣な顔で目を閉じたシャオルは額に汗を浮かべる。
 眉根がぎゅっとひそめられ、つうっと一筋伝った汗が、少年らしい丸みのある顎からしたたり落ちた。
 ユリンは汗のしずくを目で追う。
 一瞬。目を離した瞬く間のあいだに、月明かりに照られたシャオルの影が奇妙に伸びていた。
 ユリンはゆっくりと視線を上げる。

「上出来だ」
「そうだろ?」
「だが、自分と話すのは変な気分だ」

 視線の先には完璧にユリンに化けたシャオルが立っていた。

「やれるか、シャオル。術はすべて教えたとおり。今のシャオルなら問題なくこなせるだろうが」
「心配するなよ、どんと任せろ。そっちこそダオを前にして暴走すんじゃねぇぞ」

 達者な口調に、たじたじになる。しかも自分の顔と声で言われると、図星をつかれているような感覚だ。

「む、余計なお世話だな。なにを暴走させるのだ」
「いろいろだよ」

 シャオルはユリンの顔でニヤリと笑う。

「餓鬼のくせに生意気な」
「へんっ、この姿のときは偉大な導術師フェンさまだぜ?」
「なに馬鹿なことを言ってる。今は臨時的に雇われているが、どこの国にも属していない野良のら導術師なぞ偉大ではない」
「でも、みんなが大王さまに仕えている導術師はすげぇって噂してんよ?」
「そうなのか?」
「うん、ユリンが仕事してるときは俺は暇だから、鳩になっていろんなところ飛び回ってんだ」

 シャオルはユリンの姿のまま、腰に手を当てて胸を張る。にわかには信じがたい情報だけれど、事実であれば幸先がよい。
 追い風と僥倖ぎょうこうの勢いにのるべく、ユリンはリュウホンの屋敷に乗りこむ決心を固めた。
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