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第2章 ユリン編・壱
36 隠れ家の在りか②
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その日の夜のうちにねずみの知らせが届いた。
使いのねずみについて厩舎に出向くと、なにやら屋内が騒がしい。夜中の時間は無人のはずだ。ユリンはいつでも反撃できるように気を引き締めた。
「くっそ、このやろ! いてぇ、いてえっ!!」
「そこにいるのは誰だ」
「・・・・・・あ、ちょっとっ、見てないで助けて! ねずみが噛みついてきて離してくれないんだっ」
「子どもか?」
馬が寝るために積まれた大量の枯れ草を蹴りちらし、小柄な身体の少年が暴れている。ねずみたちに群がられ、齧られた服はぼろぼろだった。
「もういいよ、ありがとう」
ユリンはパチンと手を叩いた。
「ぅえっ!?」
合図に従ったねずみたちに少年が仰天する。尻餅をついたままの少年に注意深く近寄り、彼の外見を観察した。
(この子・・・・・・)
導術師たちは同族を嗅ぎ分ける嗅覚がするどい。たぶん、この子も気がついただろう。
少年の口が「あんた」と、餌を求める鯉のようにパクパクと動いている。
(ほらね)
ならば見かけたねずみを不審に思っても説明がついた。さしずめこの子の住居に無断で入り込んでしまったところを見つかってしまったのだ。
ユリンはため息をつき、少年の前にしゃがみ込んだ。
「きみ」
「あんた、人間?」
「は、い?」
「だってあんた、めちゃくちゃ怪しいじゃん!」
「・・・・・・あ~」
怪しいことは否定しない。ユリンは眠るときにも万事を期して顔に包帯を巻いている。
「怖がる必要はない、危害を加えるつもりはない」
「勘違いすんな、べつに怖がってはいないっ!」
うなじに垂れるひと束の三つ編みが、少年が動くたびに背中で跳ねる。
あー言えばこー言う・・・・・・初対面でも強気な少年である。歳は十歳前後。身なりは汚れて穴があいてしまっているけれど、質のいい服を着ているとわかった。ユリンが着用している長袍に似ている。
「では、俺と来てもらおう。怪我の手当てをさせてほしい」
「え、いやいいよ」
「俺が恐ろしくないなら平気だろう? ねずみが君に攻撃してしまったのは、こちらの不手際だ。申しわけなかった」
しかし少年に謝ると、脚元がキィキィうるさくなった。下を見ると、靴の上に二匹のねずみがのぼってきている。
『聞いてよ旦那ぁっ、そいつは鳩に化けて僕の弟を食べようとしてたんだっ』
「なっ、食べようとはしてない! 逃げるから追いかけてきただけだ」
ひしと抱きあうねずみの兄弟の言いぶんに、ユリンの片眉が吊り上がった。
「嘘じゃないよっ、俺は人間だもん」
「わかっている。とりあえず、部屋に行こう。ここで誰かに見られたら捕まるぞ」
少年を黙らせ、ユリンはねずみたちを解散させた。
足音を忍ばせて部屋に戻り、血の出ている箇所を洗って薬を塗ってやる。滲みてしまうのか、時々眉間に皺を寄せるものの、少年は抵抗せずにユリンが指示した椅子に大人しく座っていた。
「君の名前はなんですか?」
訊ねると、少年はふいとそっぽを向いてしまう。
「ひとに名前を訊くなら、あんたが最初に名乗れよ」
減らず口は健在だ。ユリンは閉口し、やや迷ったのちに「フェン」と名乗った。
「ふぅん、じゃあ教えてやる。俺はシャオル」
答え方に苦笑したが、名乗ればきちんと教えてくれるあたりが素直で子どもらしい。好感がもてる。
「ではシャオル、君はまじない術を使えるね?」
「は? 知らない」
「知らないことないだろう。鳩に化けるなんて普通の人間には出来ないことだよ。君は魔導力をもっている」
「・・・・・・んでも、よく知らないんだ。俺は自分以外にこのへんてこな力を使えるやつに会ったことがない」
シャオルの話に面食らった。知らないという返答が返ってくるとは思わなかった。
会ったことがないとはどういう意味なのか、非常に頭をひねる。
(・・・・・・ああ、わかったぞ、シャオルは自身が生まれた一族を訳あって離れ、導術師の修行を受けていないのでは。だから、知識がなにもない。であれば合点がいく)
変化を得意とする導術師は滅多にお目にかかれない。
そのとき、唐突にシャオルが口を開いた。
「もしかしてアレ? 物の怪を退治して呪いを浄化してくれるひとの力のこと? 導術師? それなら知ってるよ。昔助けてもらったことがある。退治してくれた男のひとがかっこよくて優しくて、身寄りのいなかった俺を弟子にしてくれたんだ。呪いに効く薬草の見分け方を教えてもらったり、どこに行くにもお供してた。そうかぁ、アレだったのかぁ・・・・・・て、まじかよっ!」
シャオルは弾けたように立ち上がる。忙しい子だ。
「君のお師匠は教えてくれなかったのかい?」
「うん」
「そう、か」
ユリンはあり得ないと思った。
男がシャオルを弟子にしたのは、人助けじゃない。持って生まれた少年の素質を見抜いていたからだろう。
教えられ伝授されていたことを、幼すぎたシャオルが正しく理解できていなかった可能性はある。
「その師匠は今どこに?」
訊ねたとたん、シャオルの顔が曇った。
「・・・・・・死んだ。師匠が死んで俺はまた独りになった。腹が減って悪いこともいっぱいして、必死になって生きてるうちに力が使えるようになってた。鳩って逃げるのにも便利なんだよ」
使いのねずみについて厩舎に出向くと、なにやら屋内が騒がしい。夜中の時間は無人のはずだ。ユリンはいつでも反撃できるように気を引き締めた。
「くっそ、このやろ! いてぇ、いてえっ!!」
「そこにいるのは誰だ」
「・・・・・・あ、ちょっとっ、見てないで助けて! ねずみが噛みついてきて離してくれないんだっ」
「子どもか?」
馬が寝るために積まれた大量の枯れ草を蹴りちらし、小柄な身体の少年が暴れている。ねずみたちに群がられ、齧られた服はぼろぼろだった。
「もういいよ、ありがとう」
ユリンはパチンと手を叩いた。
「ぅえっ!?」
合図に従ったねずみたちに少年が仰天する。尻餅をついたままの少年に注意深く近寄り、彼の外見を観察した。
(この子・・・・・・)
導術師たちは同族を嗅ぎ分ける嗅覚がするどい。たぶん、この子も気がついただろう。
少年の口が「あんた」と、餌を求める鯉のようにパクパクと動いている。
(ほらね)
ならば見かけたねずみを不審に思っても説明がついた。さしずめこの子の住居に無断で入り込んでしまったところを見つかってしまったのだ。
ユリンはため息をつき、少年の前にしゃがみ込んだ。
「きみ」
「あんた、人間?」
「は、い?」
「だってあんた、めちゃくちゃ怪しいじゃん!」
「・・・・・・あ~」
怪しいことは否定しない。ユリンは眠るときにも万事を期して顔に包帯を巻いている。
「怖がる必要はない、危害を加えるつもりはない」
「勘違いすんな、べつに怖がってはいないっ!」
うなじに垂れるひと束の三つ編みが、少年が動くたびに背中で跳ねる。
あー言えばこー言う・・・・・・初対面でも強気な少年である。歳は十歳前後。身なりは汚れて穴があいてしまっているけれど、質のいい服を着ているとわかった。ユリンが着用している長袍に似ている。
「では、俺と来てもらおう。怪我の手当てをさせてほしい」
「え、いやいいよ」
「俺が恐ろしくないなら平気だろう? ねずみが君に攻撃してしまったのは、こちらの不手際だ。申しわけなかった」
しかし少年に謝ると、脚元がキィキィうるさくなった。下を見ると、靴の上に二匹のねずみがのぼってきている。
『聞いてよ旦那ぁっ、そいつは鳩に化けて僕の弟を食べようとしてたんだっ』
「なっ、食べようとはしてない! 逃げるから追いかけてきただけだ」
ひしと抱きあうねずみの兄弟の言いぶんに、ユリンの片眉が吊り上がった。
「嘘じゃないよっ、俺は人間だもん」
「わかっている。とりあえず、部屋に行こう。ここで誰かに見られたら捕まるぞ」
少年を黙らせ、ユリンはねずみたちを解散させた。
足音を忍ばせて部屋に戻り、血の出ている箇所を洗って薬を塗ってやる。滲みてしまうのか、時々眉間に皺を寄せるものの、少年は抵抗せずにユリンが指示した椅子に大人しく座っていた。
「君の名前はなんですか?」
訊ねると、少年はふいとそっぽを向いてしまう。
「ひとに名前を訊くなら、あんたが最初に名乗れよ」
減らず口は健在だ。ユリンは閉口し、やや迷ったのちに「フェン」と名乗った。
「ふぅん、じゃあ教えてやる。俺はシャオル」
答え方に苦笑したが、名乗ればきちんと教えてくれるあたりが素直で子どもらしい。好感がもてる。
「ではシャオル、君はまじない術を使えるね?」
「は? 知らない」
「知らないことないだろう。鳩に化けるなんて普通の人間には出来ないことだよ。君は魔導力をもっている」
「・・・・・・んでも、よく知らないんだ。俺は自分以外にこのへんてこな力を使えるやつに会ったことがない」
シャオルの話に面食らった。知らないという返答が返ってくるとは思わなかった。
会ったことがないとはどういう意味なのか、非常に頭をひねる。
(・・・・・・ああ、わかったぞ、シャオルは自身が生まれた一族を訳あって離れ、導術師の修行を受けていないのでは。だから、知識がなにもない。であれば合点がいく)
変化を得意とする導術師は滅多にお目にかかれない。
そのとき、唐突にシャオルが口を開いた。
「もしかしてアレ? 物の怪を退治して呪いを浄化してくれるひとの力のこと? 導術師? それなら知ってるよ。昔助けてもらったことがある。退治してくれた男のひとがかっこよくて優しくて、身寄りのいなかった俺を弟子にしてくれたんだ。呪いに効く薬草の見分け方を教えてもらったり、どこに行くにもお供してた。そうかぁ、アレだったのかぁ・・・・・・て、まじかよっ!」
シャオルは弾けたように立ち上がる。忙しい子だ。
「君のお師匠は教えてくれなかったのかい?」
「うん」
「そう、か」
ユリンはあり得ないと思った。
男がシャオルを弟子にしたのは、人助けじゃない。持って生まれた少年の素質を見抜いていたからだろう。
教えられ伝授されていたことを、幼すぎたシャオルが正しく理解できていなかった可能性はある。
「その師匠は今どこに?」
訊ねたとたん、シャオルの顔が曇った。
「・・・・・・死んだ。師匠が死んで俺はまた独りになった。腹が減って悪いこともいっぱいして、必死になって生きてるうちに力が使えるようになってた。鳩って逃げるのにも便利なんだよ」
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