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第1章 ダオ編・壱

20 牢獄のなかで——動き①

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「あれ・・・・・・」

 朝、侍女がぼくの衣服を着付けているときでした。ぼくがこぼした呟きに、侍女の手が止まります。

「どうされましたか?」
「最近、メイメイさんの声を聞いていないなって。そこにいらっしゃるのでしょうか?」
「メイメイ? いいえ」

 てっきり、そばで控えているものだと思っていました。もしかしたら姿を見せられないほどに、体調を崩しているのかもしれません。けれど、女性に個人的な事情をずけずけと訊ねるのははばかられます。
 ぼくの身の回りの世話に滞りはありません。ふって沸いた疑問はそっと胸にしまい、口にするのはやめました。
 その夜、不穏な物音で目が覚めた。シャオルが嘴で窓を叩く音ではありません。床を走り回っているのは———ねずみ? たたっ、たたっ、とせわしなく音がします。
 よくいる動物ですから、どこからか迷い込んでしまっても変ではありません。外に出してやりたいが、自分では窓もとびらも開けられない。
 何もできないのに不用意に近づけば、驚かせてしまうだけです。寝たふりをしているうちに寝入ってしまい、ふたたび目覚めたときには物音は止んでいました。
 無事に脱出できたのだと知り、昨晩のことを侍女に話すと、「ありえません」と予想外の返答が返ってきます。

「そんな、寝ぼけていたはずはないのです」
「しかしこの部屋にねずみが出入りできる隙間はありませんよ?」
「じゃ、じゃあ、とびらの開け閉めのときに紛れてしまったのでは」
「それなら、まだねずみは部屋にいるでしょう。私どもが入ってきた際に出ていった気配はなかったですし。探してみますね」

 それから部屋にいる侍女たち総出で捜索にあたります。ぼくは椅子に腰掛けたまま報告を待ち、しばらくして「いませんね」と返事をもらい落胆しました。

「そうですか・・・・・・」

 ではやはり、寝ぼけて聞こえた音?
 なんだか、そら恐ろしくなってきます。まさか、シャオルが新しい変化へんげを覚えたのでしょうか。悪戯にぼくの部屋に忍び込んで、あっと言わせたかったという可能性は?
 しかし、ふたたび夜になりそれをシャオルへ伝えると、憤慨して「ちがう」と言う。

「ねずみの正体が気になるなぁ。怖いなら朝まで残ってよっか?」
「ん・・・・・・うん」

 曖昧に濁すぼくを言いくるめ、シャオルは「いいから、いいから」と泊まる気満々でいる。
 そこまで言われて断る理由も見つからず、ともに寝床に入ることを許しました。
 万が一、侍女が部屋に入ってきたときのためにシャオルは鳩の姿のまま寝てもらいます。枕の横でくぴくぴと寝息を立てる音が愛らしく、撫でてみると自身の羽毛に頭を突っ込んでいました。
 抱きしめたくなる可愛らしさに癒され、ですが、ねずみは出ませんでした。恐らくそうなる予感はしていたのです。

「べつに俺は取って食ったりしねぇのにな」

 目覚めたシャオルは不服そうに嘴をカチカチと鳴らしました。

「ははは、もう部屋にいないんだと思う」

 ぼくは苦笑いします。鳩が本物か人間か、ねずみは見抜けないのでは・・・・・・なんて指摘できません。

「んじゃ、今夜は人間の姿のままで寝るぞ」
「え?」

 危険きわまりない行為です。渋りましたが、シャオルは引きません。了承しないかぎり、頭上を飛び回って出ていってくれないので、首を縦に振るしかありませんでした。
 だが、いわばシャオルの強引な行動が、ねずみを油断させるためとはまた違った意味で功を奏したのだ。
 けれどでした。翌朝、ぼくは寝台にひとりで寝ていたことに気がつき呆然としました。たしかに並んで眠ったのに、隣りの隙間はもぬけの殻。
 何も言わずこつぜんと気配を消してしまったシャオルは、不法侵入で捕まってしまったに決まっている。もっと強く反対すればよかったと、己れの愚かさと彼の行く末を想い絶望したのでした。
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