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第1章 ダオ編・壱
19 牢獄のなかで③
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「ダオさま、お着替えとお清めを・・・・・・、ダオさまッッ!」
翌朝、久しぶりに聞く侍女たちの引き攣った声です。
「平気だよ・・・・・・ぼくは大丈夫です」
気を失って、すこしばかり寝た気がしますが、肌と体内で吸収された薬の効果のせいで足腰が立ちません。無論、それだけのせいではないですけれど。罰を受けなかったのは幸いでした。
「リュウホンさまは・・・・・・どちらへ?」
かすれた声。喘ぎ声のあげすぎで喉が痛い。
「朝日が昇ると同時に屋敷を出られましたよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ぼくは息を大きく吐きました。
非常に無礼にあたる態度に違いありませんが、多忙な立場を大変だと思いやってやることはできません。
侍女が出ていった後は、横になったまま大半を過ごしました。食事を軽いものにしてもらいましたが、喉を通らなかった。痛みと、それだけではなく胸が苦しくて、やるせない気持ちになります。
音のない部屋で頭の上まで布団被ってぼうっと過ごし、この世の理がすべて他人事のようにも思えました。
生きている意味がなんなんのか、自分はちゃんと生きているのか、生と死の境界さえも薄れて危うくなります。
「———っ、ダオ、ダオ!!!」
言うまでもなく視界は暗いままです。けれど、確かに呼ばれた声に、ぼくは『ぼく』を取り戻しました。
「旦那さま・・・・・・」
気づけば、そう呼び返していました。
思い出しました。ぼくはそのひとを「旦那さま」と呼んでいたのです。目を隠すようにぼくに言っていたのは旦那さま。ぼくはこの約束をたがえてはいけない。
「ダオ、ごめん、お前の旦那さまじゃないけど。俺だよ? シャオルだよ?」
「シャオル? シャオル・・・・・シャオル」
申しわけなさそうな声。彼の小さな身体を、無我夢中で抱きしめ、ぼくは鼻をすする。目頭が熱くなり、まだ僕の心は枯れていないと教えられます。
「くそっ、やっぱりダオを独りにするんじゃなかった」
「んーうん、ありがとう。今、来てくれてよかった」
そうじゃなかったら、ぼくは・・・・・・得体の知れない何かに連れていかれてしまっていたかもしれなかった。
「ダオ、これ使え」
「なに?」
手のひらに乗せられた小銭入れほどの巾着袋。指を入れて触れた中身はとても薄くて、乾燥させているのでしょうか、かさかさとした手触りです。
「気つけの薬草。めちゃくちゃ苦いけど、奥歯で噛み締めてれば元気がでる。あ、あと、魔除けの効果もあるから、あいつがまた来て、辛くなったときにも噛んでみてほしい」
「魔除けって・・・・・・」
シャオルの言いように、ぼくは軽く笑います。だって、それではまるでリュウホンさまが物の怪の類いかの扱いです。
「あんなやつ、もはや呪いみたいなもんだろ」
むにっと不貞腐れた口に触れてみると、案の定、唇を尖らせていました。
「む、俺は真剣だぞ!」
「ふふ、うん。ありがとね。御守りにする」
「・・・・・・御守り。もっとちゃんと・・・・・・ま、それでもいっか」
もごもごとひとりでに呟いているシャオル。ぼくは薬草を懐にしまい、装飾品の壺のなかに隠していた筆を取り出しました。
「では本日もお願いします、シャオル先生」
「動いて平気なの?」
「いいの。いつもどおりにしてたいんだ。付き合ってくれる?」
「おう」
こうしてまた平穏な日々と苦しい日が繰り返され、ぼくが屋敷に嫁いでからすっかり季節が一巡したころでした。
書ける文字は格段に増えました。墨と紙を用い、大人の手くらいの大きな文字を書きます。シャオルは幼な子の絵よりも下手くそな字だと笑いますが、目を凝らせば読めないこともないと嬉しそうです。
ぼくはそれが嬉しくて、明日への活力とするのです。
じつはあと一文字で、旦那さまへ手紙が完成します。
狭い部屋のなかは、希望に満ちていました。
リュウホンさまには、数えきれないだけ抱かれました。うちの何度かは、痛みを伴う。たとえ手ひどく折檻を受けたとしても、ぼくの心が折られることはありません。ぼくはシャオルにもらった御守りの薬草と、旦那さまへの想いを胸に抱き、リュウホンさまの下で声を上げます。
「のう、いつになったら貴様の心は手に入る? 従順そうに見えて、ときどき垣間見える生意気な態度が気に食わん」
「・・・・・・そんなことはありません」
「では、目のそれを外して素顔を見せろ。気を失っているあいだも頑なに押さえて離さんのだぞ?」
「リュウホンさまこそ、どうしてぼくのこれにこだわるのですか?」
言ってしまってから、血の気が引きました。今、自分は安易にリュウホンさまの逆鱗に触れたのだ。
仕置きを覚悟して身をすくめますが、聞こえてきたのは「ふん」と鼻を鳴らす音だけです。
「大王の血筋を受け継ぎ、将軍ともあろう俺が、我が妻の顔も見れんのか」
軟禁状態に置いておきながら、妻などと呼ばれることは認めたくありません。
しかし寂しそうな声が、珍しくぼくの胸に引っかかります。これが本音だとしたら、ぼくも彼に対して残酷な仕打ちをしているのかもしれないと、騒めいてしまったのです。
翌朝、久しぶりに聞く侍女たちの引き攣った声です。
「平気だよ・・・・・・ぼくは大丈夫です」
気を失って、すこしばかり寝た気がしますが、肌と体内で吸収された薬の効果のせいで足腰が立ちません。無論、それだけのせいではないですけれど。罰を受けなかったのは幸いでした。
「リュウホンさまは・・・・・・どちらへ?」
かすれた声。喘ぎ声のあげすぎで喉が痛い。
「朝日が昇ると同時に屋敷を出られましたよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ぼくは息を大きく吐きました。
非常に無礼にあたる態度に違いありませんが、多忙な立場を大変だと思いやってやることはできません。
侍女が出ていった後は、横になったまま大半を過ごしました。食事を軽いものにしてもらいましたが、喉を通らなかった。痛みと、それだけではなく胸が苦しくて、やるせない気持ちになります。
音のない部屋で頭の上まで布団被ってぼうっと過ごし、この世の理がすべて他人事のようにも思えました。
生きている意味がなんなんのか、自分はちゃんと生きているのか、生と死の境界さえも薄れて危うくなります。
「———っ、ダオ、ダオ!!!」
言うまでもなく視界は暗いままです。けれど、確かに呼ばれた声に、ぼくは『ぼく』を取り戻しました。
「旦那さま・・・・・・」
気づけば、そう呼び返していました。
思い出しました。ぼくはそのひとを「旦那さま」と呼んでいたのです。目を隠すようにぼくに言っていたのは旦那さま。ぼくはこの約束をたがえてはいけない。
「ダオ、ごめん、お前の旦那さまじゃないけど。俺だよ? シャオルだよ?」
「シャオル? シャオル・・・・・シャオル」
申しわけなさそうな声。彼の小さな身体を、無我夢中で抱きしめ、ぼくは鼻をすする。目頭が熱くなり、まだ僕の心は枯れていないと教えられます。
「くそっ、やっぱりダオを独りにするんじゃなかった」
「んーうん、ありがとう。今、来てくれてよかった」
そうじゃなかったら、ぼくは・・・・・・得体の知れない何かに連れていかれてしまっていたかもしれなかった。
「ダオ、これ使え」
「なに?」
手のひらに乗せられた小銭入れほどの巾着袋。指を入れて触れた中身はとても薄くて、乾燥させているのでしょうか、かさかさとした手触りです。
「気つけの薬草。めちゃくちゃ苦いけど、奥歯で噛み締めてれば元気がでる。あ、あと、魔除けの効果もあるから、あいつがまた来て、辛くなったときにも噛んでみてほしい」
「魔除けって・・・・・・」
シャオルの言いように、ぼくは軽く笑います。だって、それではまるでリュウホンさまが物の怪の類いかの扱いです。
「あんなやつ、もはや呪いみたいなもんだろ」
むにっと不貞腐れた口に触れてみると、案の定、唇を尖らせていました。
「む、俺は真剣だぞ!」
「ふふ、うん。ありがとね。御守りにする」
「・・・・・・御守り。もっとちゃんと・・・・・・ま、それでもいっか」
もごもごとひとりでに呟いているシャオル。ぼくは薬草を懐にしまい、装飾品の壺のなかに隠していた筆を取り出しました。
「では本日もお願いします、シャオル先生」
「動いて平気なの?」
「いいの。いつもどおりにしてたいんだ。付き合ってくれる?」
「おう」
こうしてまた平穏な日々と苦しい日が繰り返され、ぼくが屋敷に嫁いでからすっかり季節が一巡したころでした。
書ける文字は格段に増えました。墨と紙を用い、大人の手くらいの大きな文字を書きます。シャオルは幼な子の絵よりも下手くそな字だと笑いますが、目を凝らせば読めないこともないと嬉しそうです。
ぼくはそれが嬉しくて、明日への活力とするのです。
じつはあと一文字で、旦那さまへ手紙が完成します。
狭い部屋のなかは、希望に満ちていました。
リュウホンさまには、数えきれないだけ抱かれました。うちの何度かは、痛みを伴う。たとえ手ひどく折檻を受けたとしても、ぼくの心が折られることはありません。ぼくはシャオルにもらった御守りの薬草と、旦那さまへの想いを胸に抱き、リュウホンさまの下で声を上げます。
「のう、いつになったら貴様の心は手に入る? 従順そうに見えて、ときどき垣間見える生意気な態度が気に食わん」
「・・・・・・そんなことはありません」
「では、目のそれを外して素顔を見せろ。気を失っているあいだも頑なに押さえて離さんのだぞ?」
「リュウホンさまこそ、どうしてぼくのこれにこだわるのですか?」
言ってしまってから、血の気が引きました。今、自分は安易にリュウホンさまの逆鱗に触れたのだ。
仕置きを覚悟して身をすくめますが、聞こえてきたのは「ふん」と鼻を鳴らす音だけです。
「大王の血筋を受け継ぎ、将軍ともあろう俺が、我が妻の顔も見れんのか」
軟禁状態に置いておきながら、妻などと呼ばれることは認めたくありません。
しかし寂しそうな声が、珍しくぼくの胸に引っかかります。これが本音だとしたら、ぼくも彼に対して残酷な仕打ちをしているのかもしれないと、騒めいてしまったのです。
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