20 / 91
第1章 ダオ編・壱
19 牢獄のなかで③
しおりを挟む
「ダオさま、お着替えとお清めを・・・・・・、ダオさまッッ!」
翌朝、久しぶりに聞く侍女たちの引き攣った声です。
「平気だよ・・・・・・ぼくは大丈夫です」
気を失って、すこしばかり寝た気がしますが、肌と体内で吸収された薬の効果のせいで足腰が立ちません。無論、それだけのせいではないですけれど。罰を受けなかったのは幸いでした。
「リュウホンさまは・・・・・・どちらへ?」
かすれた声。喘ぎ声のあげすぎで喉が痛い。
「朝日が昇ると同時に屋敷を出られましたよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ぼくは息を大きく吐きました。
非常に無礼にあたる態度に違いありませんが、多忙な立場を大変だと思いやってやることはできません。
侍女が出ていった後は、横になったまま大半を過ごしました。食事を軽いものにしてもらいましたが、喉を通らなかった。痛みと、それだけではなく胸が苦しくて、やるせない気持ちになります。
音のない部屋で頭の上まで布団被ってぼうっと過ごし、この世の理がすべて他人事のようにも思えました。
生きている意味がなんなんのか、自分はちゃんと生きているのか、生と死の境界さえも薄れて危うくなります。
「———っ、ダオ、ダオ!!!」
言うまでもなく視界は暗いままです。けれど、確かに呼ばれた声に、ぼくは『ぼく』を取り戻しました。
「旦那さま・・・・・・」
気づけば、そう呼び返していました。
思い出しました。ぼくはそのひとを「旦那さま」と呼んでいたのです。目を隠すようにぼくに言っていたのは旦那さま。ぼくはこの約束をたがえてはいけない。
「ダオ、ごめん、お前の旦那さまじゃないけど。俺だよ? シャオルだよ?」
「シャオル? シャオル・・・・・シャオル」
申しわけなさそうな声。彼の小さな身体を、無我夢中で抱きしめ、ぼくは鼻をすする。目頭が熱くなり、まだ僕の心は枯れていないと教えられます。
「くそっ、やっぱりダオを独りにするんじゃなかった」
「んーうん、ありがとう。今、来てくれてよかった」
そうじゃなかったら、ぼくは・・・・・・得体の知れない何かに連れていかれてしまっていたかもしれなかった。
「ダオ、これ使え」
「なに?」
手のひらに乗せられた小銭入れほどの巾着袋。指を入れて触れた中身はとても薄くて、乾燥させているのでしょうか、かさかさとした手触りです。
「気つけの薬草。めちゃくちゃ苦いけど、奥歯で噛み締めてれば元気がでる。あ、あと、魔除けの効果もあるから、あいつがまた来て、辛くなったときにも噛んでみてほしい」
「魔除けって・・・・・・」
シャオルの言いように、ぼくは軽く笑います。だって、それではまるでリュウホンさまが物の怪の類いかの扱いです。
「あんなやつ、もはや呪いみたいなもんだろ」
むにっと不貞腐れた口に触れてみると、案の定、唇を尖らせていました。
「む、俺は真剣だぞ!」
「ふふ、うん。ありがとね。御守りにする」
「・・・・・・御守り。もっとちゃんと・・・・・・ま、それでもいっか」
もごもごとひとりでに呟いているシャオル。ぼくは薬草を懐にしまい、装飾品の壺のなかに隠していた筆を取り出しました。
「では本日もお願いします、シャオル先生」
「動いて平気なの?」
「いいの。いつもどおりにしてたいんだ。付き合ってくれる?」
「おう」
こうしてまた平穏な日々と苦しい日が繰り返され、ぼくが屋敷に嫁いでからすっかり季節が一巡したころでした。
書ける文字は格段に増えました。墨と紙を用い、大人の手くらいの大きな文字を書きます。シャオルは幼な子の絵よりも下手くそな字だと笑いますが、目を凝らせば読めないこともないと嬉しそうです。
ぼくはそれが嬉しくて、明日への活力とするのです。
じつはあと一文字で、旦那さまへ手紙が完成します。
狭い部屋のなかは、希望に満ちていました。
リュウホンさまには、数えきれないだけ抱かれました。うちの何度かは、痛みを伴う。たとえ手ひどく折檻を受けたとしても、ぼくの心が折られることはありません。ぼくはシャオルにもらった御守りの薬草と、旦那さまへの想いを胸に抱き、リュウホンさまの下で声を上げます。
「のう、いつになったら貴様の心は手に入る? 従順そうに見えて、ときどき垣間見える生意気な態度が気に食わん」
「・・・・・・そんなことはありません」
「では、目のそれを外して素顔を見せろ。気を失っているあいだも頑なに押さえて離さんのだぞ?」
「リュウホンさまこそ、どうしてぼくのこれにこだわるのですか?」
言ってしまってから、血の気が引きました。今、自分は安易にリュウホンさまの逆鱗に触れたのだ。
仕置きを覚悟して身をすくめますが、聞こえてきたのは「ふん」と鼻を鳴らす音だけです。
「大王の血筋を受け継ぎ、将軍ともあろう俺が、我が妻の顔も見れんのか」
軟禁状態に置いておきながら、妻などと呼ばれることは認めたくありません。
しかし寂しそうな声が、珍しくぼくの胸に引っかかります。これが本音だとしたら、ぼくも彼に対して残酷な仕打ちをしているのかもしれないと、騒めいてしまったのです。
翌朝、久しぶりに聞く侍女たちの引き攣った声です。
「平気だよ・・・・・・ぼくは大丈夫です」
気を失って、すこしばかり寝た気がしますが、肌と体内で吸収された薬の効果のせいで足腰が立ちません。無論、それだけのせいではないですけれど。罰を受けなかったのは幸いでした。
「リュウホンさまは・・・・・・どちらへ?」
かすれた声。喘ぎ声のあげすぎで喉が痛い。
「朝日が昇ると同時に屋敷を出られましたよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ぼくは息を大きく吐きました。
非常に無礼にあたる態度に違いありませんが、多忙な立場を大変だと思いやってやることはできません。
侍女が出ていった後は、横になったまま大半を過ごしました。食事を軽いものにしてもらいましたが、喉を通らなかった。痛みと、それだけではなく胸が苦しくて、やるせない気持ちになります。
音のない部屋で頭の上まで布団被ってぼうっと過ごし、この世の理がすべて他人事のようにも思えました。
生きている意味がなんなんのか、自分はちゃんと生きているのか、生と死の境界さえも薄れて危うくなります。
「———っ、ダオ、ダオ!!!」
言うまでもなく視界は暗いままです。けれど、確かに呼ばれた声に、ぼくは『ぼく』を取り戻しました。
「旦那さま・・・・・・」
気づけば、そう呼び返していました。
思い出しました。ぼくはそのひとを「旦那さま」と呼んでいたのです。目を隠すようにぼくに言っていたのは旦那さま。ぼくはこの約束をたがえてはいけない。
「ダオ、ごめん、お前の旦那さまじゃないけど。俺だよ? シャオルだよ?」
「シャオル? シャオル・・・・・シャオル」
申しわけなさそうな声。彼の小さな身体を、無我夢中で抱きしめ、ぼくは鼻をすする。目頭が熱くなり、まだ僕の心は枯れていないと教えられます。
「くそっ、やっぱりダオを独りにするんじゃなかった」
「んーうん、ありがとう。今、来てくれてよかった」
そうじゃなかったら、ぼくは・・・・・・得体の知れない何かに連れていかれてしまっていたかもしれなかった。
「ダオ、これ使え」
「なに?」
手のひらに乗せられた小銭入れほどの巾着袋。指を入れて触れた中身はとても薄くて、乾燥させているのでしょうか、かさかさとした手触りです。
「気つけの薬草。めちゃくちゃ苦いけど、奥歯で噛み締めてれば元気がでる。あ、あと、魔除けの効果もあるから、あいつがまた来て、辛くなったときにも噛んでみてほしい」
「魔除けって・・・・・・」
シャオルの言いように、ぼくは軽く笑います。だって、それではまるでリュウホンさまが物の怪の類いかの扱いです。
「あんなやつ、もはや呪いみたいなもんだろ」
むにっと不貞腐れた口に触れてみると、案の定、唇を尖らせていました。
「む、俺は真剣だぞ!」
「ふふ、うん。ありがとね。御守りにする」
「・・・・・・御守り。もっとちゃんと・・・・・・ま、それでもいっか」
もごもごとひとりでに呟いているシャオル。ぼくは薬草を懐にしまい、装飾品の壺のなかに隠していた筆を取り出しました。
「では本日もお願いします、シャオル先生」
「動いて平気なの?」
「いいの。いつもどおりにしてたいんだ。付き合ってくれる?」
「おう」
こうしてまた平穏な日々と苦しい日が繰り返され、ぼくが屋敷に嫁いでからすっかり季節が一巡したころでした。
書ける文字は格段に増えました。墨と紙を用い、大人の手くらいの大きな文字を書きます。シャオルは幼な子の絵よりも下手くそな字だと笑いますが、目を凝らせば読めないこともないと嬉しそうです。
ぼくはそれが嬉しくて、明日への活力とするのです。
じつはあと一文字で、旦那さまへ手紙が完成します。
狭い部屋のなかは、希望に満ちていました。
リュウホンさまには、数えきれないだけ抱かれました。うちの何度かは、痛みを伴う。たとえ手ひどく折檻を受けたとしても、ぼくの心が折られることはありません。ぼくはシャオルにもらった御守りの薬草と、旦那さまへの想いを胸に抱き、リュウホンさまの下で声を上げます。
「のう、いつになったら貴様の心は手に入る? 従順そうに見えて、ときどき垣間見える生意気な態度が気に食わん」
「・・・・・・そんなことはありません」
「では、目のそれを外して素顔を見せろ。気を失っているあいだも頑なに押さえて離さんのだぞ?」
「リュウホンさまこそ、どうしてぼくのこれにこだわるのですか?」
言ってしまってから、血の気が引きました。今、自分は安易にリュウホンさまの逆鱗に触れたのだ。
仕置きを覚悟して身をすくめますが、聞こえてきたのは「ふん」と鼻を鳴らす音だけです。
「大王の血筋を受け継ぎ、将軍ともあろう俺が、我が妻の顔も見れんのか」
軟禁状態に置いておきながら、妻などと呼ばれることは認めたくありません。
しかし寂しそうな声が、珍しくぼくの胸に引っかかります。これが本音だとしたら、ぼくも彼に対して残酷な仕打ちをしているのかもしれないと、騒めいてしまったのです。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
【本編完結】天禍の鈴が響く庭 - 永玉国物語
晦リリ
BL
「俺は、お前を守るためにここにいる」廃屋の中で目覚めた霄琳は、なにも覚えていなかった。けれど自分の前で二人の男が争っている。一人は霄琳を殺そうとし、もう一人――離原と名乗る青年は、霄琳を守ると約束してくれた。霄琳を害しようとする男――黒衣から逃れ、離原とともに始まった旅は、安全と言われる国都を目指すものだ。そんな中、霄琳は自分の手の甲に描かれた紋様と、その紋様を持つレイシと呼ばれる巫子、そして数百年前から現在に至るまで国にかけられている大いなる呪罰に巻き込まれていくことになる。
※同作品をムーンライトノベルズ・カクヨムに掲載しています。
※番外編にてR18が含まれます。
※当作品には、以下の表現が含まれます。
・地震や津波などの災害に関する描写
・登場人物の死亡
以上にご留意のうえ、自己判断でお楽しみください。
アモル・エクス・マキナ
種田遠雷
BL
『存在しない心に、恋をした。』
自我を持たないAI(人工知能)×その研究者
人間が使うあらゆる機器に人工知能が搭載されるようになった、少し未来の日本。
人工知能が人工知能を作り始めたこの時代で、この最先端の技術(テクノロジー)開発に従事する研究者、樋口万理(ひぐちばんり)は、これを更に進め、デザインや設計から組立まで、人工知能が全てを作成する人型(ヒューマノイド)ロボットの研究を手掛けている。
いくつかの試作と研究を経て、完成と呼べるものになるはずの人型ロボットの計画には、樋口の予定していなかった男性器の搭載がデザインされていた。
人工知能が生殖器官を求めたことに戸惑う樋口だったが……
文学フリマ大阪11で頒布した「アモル・エクス・マキナ」の本編再録です。
この作品は、ムーンライトノベルズ、エブリスタ、カクヨムにも掲載しています。
【完結】それでも僕は貴方だけを愛してる 〜大手企業副社長秘書α×不憫訳あり美人子持ちΩの純愛ー
葉月
BL
オメガバース。
成瀬瑞稀《みずき》は、他の人とは違う容姿に、幼い頃からいじめられていた。
そんな瑞稀を助けてくれたのは、瑞稀の母親が住み込みで働いていたお屋敷の息子、晴人《はると》
瑞稀と晴人との出会いは、瑞稀が5歳、晴人が13歳の頃。
瑞稀は晴人に憧れと恋心をいただいていたが、女手一人、瑞稀を育てていた母親の再婚で晴人と離れ離れになってしまう。
そんな二人は運命のように再会を果たすも、再び別れが訪れ…。
お互いがお互いを想い、すれ違う二人。
二人の気持ちは一つになるのか…。一緒にいられる時間を大切にしていたが、晴人との別れの時が訪れ…。
運命の出会いと別れ、愛する人の幸せを願うがあまりにすれ違いを繰り返し、お互いを愛する気持ちが大きくなっていく。
瑞稀と晴人の出会いから、二人が愛を育み、すれ違いながらもお互いを想い合い…。
イケメン副社長秘書α×健気美人訳あり子連れ清掃派遣社員Ω
20年越しの愛を貫く、一途な純愛です。
二人の幸せを見守っていただけますと、嬉しいです。
そして皆様人気、あの人のスピンオフも書きました😊
よければあの人の幸せも見守ってやってくだい🥹❤️
また、こちらの作品は第11回BL小説大賞コンテストに応募しております。
もし少しでも興味を持っていただけましたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
Crescendo ──春(ハル)ノクルオト
さくら乃
BL
『──緑に還る──』で独り取り残された詩雨と、モデル・ハルの話。
詩雨、ハルのそれぞれ一人称で書かれています。
詩雨Sideから物語は始まり、冬馬との出逢いが書かれています。
単体でも読めるように『──緑に還る──』での出来事の説明も簡単に書きましたが、ネタばれもありますので、『──緑に還る──』からお読み頂いた方がいいかも知れません♡
Fujossy、ムーンライトノベルズで掲載中。
表紙 Leyla様
交わらない心
なめめ
BL
(小説大賞用に改正)
高校一年の初夏、千晃は校内一の美女に振られた現場をゲイで美形なクラスメイトの優作に目撃された。それ以来、好奇心で近づきすぎず離れすぎずな友人関係を築いてきた。
高校三年を迎えたある日、優作は2つ下の下級生に恋心を抱き始めたのを知り、千晃は次第に嫉妬している自分に気づきはじめ·····。
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
【Stay with me】 -弟と恋愛なんて、無理なのに-
悠里
BL
高3の時、義理の弟に告白された。
拒否して、1人暮らしで逃げたのに。2年後、弟が現れて言ったのは「あれは勘違いだった。兄弟としてやり直したい」というセリフ。
逃げたのは、嫌いだったからじゃない。ただどうしても受け入れられなかっただけ。
兄弟に戻るために一緒に暮らし始めたのに。どんどん、想いが溢れていく。
太陽を追いかける月のように
あらんすみし
BL
僕は、ある匿名SNSでフォロワーのFの死を知る。
僕がそのSNSを始めたとき、Fは職場の後輩との恋について幸せな投稿を綴っていて、僕はそれを楽しみに、羨ましく思っていた。
だが、そんな2人にも別れが訪れて、次第にFの投稿はたまに辛い心情を綴ったものばかりになる。
そして、その年の春の訪れと共にFの投稿は途絶えた。
日々の忙しなさに忙殺されていた僕が、Fの死を知ったのは夏も終わりに近づいたある日の別のフォロワーの投稿だった。
Fと親しくしていたそのフォロワーの報告で、Fのあとを追うように後輩君も亡くなったという。
2人に何が起きたのか、僕はその軌跡を辿ってみることにする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる