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第1章 ダオ編・壱

12 屋敷の暮らし——小さな侵入者③

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「うっま、うっまあああっ!!」
「しぃーー! 静かに」

 二又楊枝に刺して差し出した桃の切り身をかじり、じゅると汁を啜っては大袈裟に騒ぐ「彼」。たしかに美味しいのは認めるけれど、ここにいてはいけない侵入者の声を侍女に聞かれてしまう。

「あと、自分でもって食べてください。えっと・・・・・」
「あー、俺の名前? 俺ねシャオル」
「シャオル?」
「そう、え、なに」
「あっ」
「え?」

 互いにしどろもどろな会話。

「や、ごめんなさい。シャオルさん。無意識でした」
「子ども相手にさんとかつけなくていい。敬語もいらない。あと無意識ってなんで」
「なぜでしょう・・・・・・、はじめて聞いた名前ではない気がします」
「そんなわけないじゃん、めちゃくちゃ初対面だよ。もっかい言うけど敬語やめて」
「あ、ごめんなさい。似てる名前を知っているのかも」

 シャオル、シャオル、・・・・・・オル。頭のなかで繰り返しました。ぼくの記憶に引っかかる名前。

「なあ、そういえばさ、んぐ」

 もっちゃもっちゃと草餅を頬張る音を立てながら、シャオルが口を開く。

「ふふ、大丈夫? ちゃんと噛まないと喉を詰まらせるよ?」
「ん」

 背中をさすってあげると、しばらく無言で食べています。誰も取りませんよと教えてあげたくなるような鬼気迫る食いっぷりが音と動作から伝わりました。やがて食べ終わったのか、満足した息を吐きます。

「ふぅ、食った食った。んであんたは・・・・・・名前」

 ぼくの名前よりも食い気。それも可愛らしいです。

「ダオですよ」
「ダオは食べなくてよかったのか?」
「うん、シャオルが美味しそうに食べてくれたからぼくはいいの」
「ふーん、そうか、へんなやつ」

 しかし困ったことが。シャオルと話していると、頭をもふもふとしたくなるのはどうしてなのでしょう。鳩に姿を変えるからでしょうか。
 動物を愛でるのは好きですが、鳥を撫でまわすという行為はいささか奇妙です。
(うーん、おさげが尻尾みたいだからかな?)
 うずうずしてしまう手を後ろに隠しても、ゆるんだ口元は隠しきれていなかったようで、シャオルが「げぇ」と引いた声を出す。

「きもい顔してるよ」

 はは、言われてしまった。そこで「さて」と切り出されさました。真剣な声です。

「もらった駄賃のぶんは、きっちり仕事してきた」
「あ、うん・・・・・・」

 頼みごとに関しては期待していませんでした。ちょっぴり忘れていたくらいです。シャオルと食事ができたことにすでに満足していたのです。
 正直に白状すれば怒られてしまいそうなので、唾といっしょに飲み込みます。

「どうだった?」
「俺が忍びこんだときには王宮はとっくに静かだった。そんで王宮の住み込みに調査をしてみたら、怪物男は地下牢に収監されたって話だぜ?」

 ほっとして拍子抜けしました。なんとも呆気ない。当然といえば当然ですが。

「そっか、ありがとう」
「おう。ダオはさぁ、リュウホンってやつのとこに嫁いできて長いの?」
「うん、そうだと思ってる」
「思ってるぅ? ここに来る前はどこに住んでたんだよ? 昔の知り合いに会いたくなんねぇの?」

 やけに質問ぜめにされ、ぼくは眉をひそめました。とくに考えたことがなかったからです。
 リュウホンさまの庇護下に置かれて暮らすことが幸せだと信じています。リュウホンさまに愛され、その愛に応えることがぼくの務めであると思うのです。

「ふぅーん」

 そう言って、シャオルが立ち上がりました。彼の足音が部屋を往復していたので、声をかけます。

「もう帰る?」
「んー、うん、ぼちぼち行くわ」
「出られないの? 今開けるね」

 見送ろうと窓辺によろうとしたとき、ぼくはなにかを蹴ってしまいました。ことんと上品に転がったそれが、ぼくの足にあたり「あっつ」と悲鳴が飛びでる。

「あれ、香炉? 床に置いたっけなぁ?」
「大丈夫かよ、ほれ、こっちに置き直しといたぞ。気をつけろよ」

 手を机上に導かれ、ひりひりする足を庇いながら「ありがとう」とうなずいた。窓を開ければ、心地よい風が入ってきます。

「またご飯食べにきてくれる?」
「なんで食べさせてやるほうがお願いするんだよ、へんなの。ま、いいぜ、気が向いたら来てやる。次はもっとがっつりした肉のすげぇやつを頼むぜ」
「肉のすげぇのって・・・・・・うん、待ってるね」

 その次の瞬間にシャオルは翼をはためかせて、飛び去っていきました。
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