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第1章 ダオ編・壱
5 屋敷の暮らし①
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そこから王宮に着くまでのことはほとんど覚えていません。ぼくはひたすら考えごとをして、塞ぎ込んでいました。
将軍さまのおっしゃった言葉が胸に刺さって抜けないのです。
だってそんなはずはないのだから。なぜならば、村人はぼくを見て、畏れていたのです。間違いありません。
ひび割れた心に、もうこのまま旦那さまのもとに戻れないんだという無慈悲な現実が追い討ちをかけます。
「長旅ご苦労様でございました。リュウホンさまよりダオさまのお世話をおおせつかりましたメイメイと申します。お気をつけてお降りくださいませ」
沈黙をやぶった女性の声にはっとした。ともに馬車に乗っていた将軍さまの気配は無くなっていました。
「リュウホン・・・・・・? ここは?」
「殿下のお名前ですよ。ここは王宮外に用意したダオさまのためのお屋敷です。お願いします、ダオさまをお連れしてください」
「かしこまりました」
女性はもうひとりいたらしい。お世話をしてくれるというメイメイさんが淡々と語り、もうひとりがぼくの手を取って誘導する。ぼくは立ち上がり、しかし脚が止まってしまった。
「まって、殿下って?」
「旅の最中にお話をされたのではないのですか?」
「ごめんなさい、疲れてて聴いてなくて」
声が萎んでいきます。もし見えていたのなら、呆れかえった顔が目の前にあることだろう。
「リュウホンさまは将軍である傍らで、前代大王さまの御子のひとりでもあるんですよ」
息を呑み、苦虫を噛み潰したような気持ちになります。
「王族・・・・・・。だからあんなに偉そうに」
「ダオさま? 申しわけありません聞き取れませんでした。なんでしょう?」
「いえ、なんでもないです」
ぼくは首を横に振りました。せめて、文句のひとつくらい言ってもバチは当たらないと思う。見えない頭上の空が、分厚い雲でどんよりと曇っていますようにと願いました。あくまでイメージですが、ぼくの陥ってしまった境遇に心地のよい日は似合わない。
旦那さまを照らす太陽だけが、強く強く輝いていますようにと心から祈っていた。
◇
それからというもの、メイメイさんはぼくの側にべったりとつくようになった。嫁だと公言しただけあり、屋敷での待遇はとてもよいものでした。身分が高い者に仕える小間使いの女性を侍女というのだといい、そしてぼくの身の回りのすべてをすることが仕事だという。(王族の嫁になったからでしょうか?)
屋敷にはぼく以外の「嫁」にあたる人はいません。メイメイさんだけでなく、全侍女がぼくのために働いているのです。
正直、助かるときも多い。毎日くしを通され、花の油をつけてもらい、髪の毛も絡まらなくなった。衣食住に困らず、けれど退屈な毎日が過ぎていきます。
侍女たちは基本会話をしないので、ひとりぼっちと変わりません。あの日以来、リュウホンさまも屋敷にこない。
しかしひとりであることは構わないのです。
辛いのは旦那さまを想って心と身体が熱くなってしまうこと。
服を着せてもらうとき、身体を清めてもらうとき、髪の毛の手入れをされているとき、そのたびに旦那さまが恋しくなってしまう。旦那さまは今、何をしているのでしょうか。ぼくが連れ去られたことを哀しんでいるでしょうか。
どうか探しにきて。どうか探しにこないで。
ぼくは毎日、ふたつのお願いに苛まれる。
ぼくを救いにくることが、旦那さまにとって危険であることを理解できます。それは絶対にしてはいけないのです。願ってはいけないことを、今はまだ願ってしまう。
けれどきっと退屈な毎日のなかに、この願いもいつか紛れて消えてゆくのでしょう。
中庭に出ると、手のひらの上で花びらが舞います。花びらはどんな形をしていますか?
それを教えてくれるひとは、もういないのです。
将軍さまのおっしゃった言葉が胸に刺さって抜けないのです。
だってそんなはずはないのだから。なぜならば、村人はぼくを見て、畏れていたのです。間違いありません。
ひび割れた心に、もうこのまま旦那さまのもとに戻れないんだという無慈悲な現実が追い討ちをかけます。
「長旅ご苦労様でございました。リュウホンさまよりダオさまのお世話をおおせつかりましたメイメイと申します。お気をつけてお降りくださいませ」
沈黙をやぶった女性の声にはっとした。ともに馬車に乗っていた将軍さまの気配は無くなっていました。
「リュウホン・・・・・・? ここは?」
「殿下のお名前ですよ。ここは王宮外に用意したダオさまのためのお屋敷です。お願いします、ダオさまをお連れしてください」
「かしこまりました」
女性はもうひとりいたらしい。お世話をしてくれるというメイメイさんが淡々と語り、もうひとりがぼくの手を取って誘導する。ぼくは立ち上がり、しかし脚が止まってしまった。
「まって、殿下って?」
「旅の最中にお話をされたのではないのですか?」
「ごめんなさい、疲れてて聴いてなくて」
声が萎んでいきます。もし見えていたのなら、呆れかえった顔が目の前にあることだろう。
「リュウホンさまは将軍である傍らで、前代大王さまの御子のひとりでもあるんですよ」
息を呑み、苦虫を噛み潰したような気持ちになります。
「王族・・・・・・。だからあんなに偉そうに」
「ダオさま? 申しわけありません聞き取れませんでした。なんでしょう?」
「いえ、なんでもないです」
ぼくは首を横に振りました。せめて、文句のひとつくらい言ってもバチは当たらないと思う。見えない頭上の空が、分厚い雲でどんよりと曇っていますようにと願いました。あくまでイメージですが、ぼくの陥ってしまった境遇に心地のよい日は似合わない。
旦那さまを照らす太陽だけが、強く強く輝いていますようにと心から祈っていた。
◇
それからというもの、メイメイさんはぼくの側にべったりとつくようになった。嫁だと公言しただけあり、屋敷での待遇はとてもよいものでした。身分が高い者に仕える小間使いの女性を侍女というのだといい、そしてぼくの身の回りのすべてをすることが仕事だという。(王族の嫁になったからでしょうか?)
屋敷にはぼく以外の「嫁」にあたる人はいません。メイメイさんだけでなく、全侍女がぼくのために働いているのです。
正直、助かるときも多い。毎日くしを通され、花の油をつけてもらい、髪の毛も絡まらなくなった。衣食住に困らず、けれど退屈な毎日が過ぎていきます。
侍女たちは基本会話をしないので、ひとりぼっちと変わりません。あの日以来、リュウホンさまも屋敷にこない。
しかしひとりであることは構わないのです。
辛いのは旦那さまを想って心と身体が熱くなってしまうこと。
服を着せてもらうとき、身体を清めてもらうとき、髪の毛の手入れをされているとき、そのたびに旦那さまが恋しくなってしまう。旦那さまは今、何をしているのでしょうか。ぼくが連れ去られたことを哀しんでいるでしょうか。
どうか探しにきて。どうか探しにこないで。
ぼくは毎日、ふたつのお願いに苛まれる。
ぼくを救いにくることが、旦那さまにとって危険であることを理解できます。それは絶対にしてはいけないのです。願ってはいけないことを、今はまだ願ってしまう。
けれどきっと退屈な毎日のなかに、この願いもいつか紛れて消えてゆくのでしょう。
中庭に出ると、手のひらの上で花びらが舞います。花びらはどんな形をしていますか?
それを教えてくれるひとは、もういないのです。
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