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その日、少年は出会った。
12歳くらいの、少し痩せ型で猫背気味の少年が、大きな籠いっぱいの洗濯物を手に一軒の家の裏口から出てきた。
背中を丸め、俯きがちに歩いて裏庭に出た少年は、水を張った桶に洗濯物と石鹸を放り込こむと、桶の側にしゃがみ込んで黙々と手を動かし始めた。
東の辺境に近い、第13都市の4区にある住宅街の一角。
周りに立ち並ぶ家々より少し大きめの二階建ての家。
そこが少年の家だった。
と言っても、そこが少年の生家というわけではなく、孤児だった少年をこの家の主の男が拾い、それから少年は雑用係として働きながらこの家に暮らしていた。
少年を拾った主の男はこの街で組合員をしており、15人の組合員からなる護衛団の団長をしていた。
短く刈った茶の強い金髪に、緑がかった青の瞳。
この世界ではよく見る珍しくない組み合わせで、それ故魔力も平凡だったが、高い上背とよく鍛えられた屈強な体の持ち主で、その膂力で大剣を振り回して戦う姿は少年の憧れだった。
しかし、大きな体に似合わず、その瞳は目じりが少し垂れた優しい顔立ちをしており、その見た目同様面倒見のいい性格で、団員たちから慕われていた。
もちろん少年も団長のことを慕っており、密かに父のように思っていた。
しかしその団長は今、家にいなかった。
この第13都市から、東の辺境都市である第15都市に移動する商隊の護衛の仕事に、団員10名を連れて出ており、予定では今日にでも帰還するはずだった。
もちろん、あの強い団長が怪我なんてするわけがないと少年は信じて疑っておらず、黙々と汚れ物を洗いながら団長が早く帰還することを心待ちにしていた。
ほとんどの団員が出払って静かな裏庭に、がやがやと男たちの声が近づいて来た。
今回の護衛の仕事に行かず、残っていた数人の団員がやってきたことに気付いた少年が、俯きがちだった顔を更に俯かせた。
長く伸ばされた前髪が少年の顔を隠した時、近寄って来た数人の男が汚れた服や下着を少年に投げつけた。
「それも洗っとけよ、色無し。」
「色無しの分際でこの家に住まわせてもらってんだ。ちゃんと洗えよ。」
「汚れが残ってたら承知しねえからな。」
団員の男たちは口々にそう言うと、その場を立ち去って行った
俯いた少年はしばらくじっとしていたが、やがて目元を服の袖で乱暴に拭うと、投げつけられた汚れ物を桶の中に入れ、また手を動かし始めた。
金髪と青の瞳。
この世界の人々の髪は金、またはそれに類する色をしており、瞳は青またはそれに類する色を持っていた。
金と青。それはこの世界で崇められている光の女神の貴色。
より綺麗な金と青を持つ者ほど魔力が高いこの世界で、少年の酷いくせ毛の髪は金にはほど遠いこげ茶、目は限りなく黒に近い濃い青。光の加減では黒にしか見えなかった。
そのせいでほとんど魔力もなく、幾人かの団員は少年の事を色無しと呼んで馬鹿にしていた。
少年が洗い終えた服を黙々と庭に干していると、表の方から賑やかな声が聞こえて来た。
団長たちが帰還したことに気付いた少年は、残っていた洗濯物を急いで干すと、慌てて表へ走って行った。
少年の濃い青の目に、護衛の仕事から無事に帰還した団長と団員たちの姿が飛び込んできた。
団長の側に行きたい気持ちをぐっと堪え、背中を丸めて俯いたまま、少年は馬車から荷物を下ろしている団員たちの元に近づいた。
少年が団員たちと荷物を下ろしていると、それに気づいた団長が近づいて来た。
「ただいま、ミツル。」
少年―ミツルは団長が声をかけてきてくれたことを嬉しく思いながらも、顔を上げることはせず、目だけを少し上げて「おかえりなさい。」と呟くように言った。
本当は顔を上げたいが、黒にしか見えない瞳を見られるのは絶対に嫌だった。
いつも顔を伏せているミツルを、暗い奴だと陰口を叩く団員も多かったが、団長はミツルの態度を気にした風もなく1つ頷くと、「ああ、そうだった。」と言った。
「ミツル、新しい子が入ったんだ。」
そう言った団長が後ろを振り返る。
ミツルがその視線を追うと、1人の少女がぽつんと立っていた。
小さな体にぶかぶかの大人のシャツを羽織った、ミツルより年下だろうその少女。
シャツから見えるやせ細った腕と脚。
顎辺りまで伸ばされたぼさぼさの髪。
土と埃で汚れた顔。
少し吊り上がったアーモンド形の瞳だけが唯一大きく、小さな体と痩せた顔にはアンバランスだった。
しかし何よりもミツルの目を引いたのは少女のその髪。
ぼさぼさの少女の髪は漆黒だった。
全員が金に類する色の髪を持っているはずのこの世界で、髪が黒だと意味するところは。
崇められている光の女神とは逆の存在。
忌み嫌われている闇の女神。
光の女神の貴色である金と青を持たず、闇の女神の色、すなわち忌色である黒髪・黒目で生まれてきた者たち。
ミツルのように、色を持っているのに持っていないように扱われている人間ではなく、本当に蔑まれている者たち。
少女は色無しの忌み子だった。
ミツルが色無しの少女を見つめていると、団長が「おいで。」と少女に向かって手を差し出した。
少女は静かにこちらに向かって歩いて来た。
「帰還する途中、第15と第13都市の間で魔物に襲われていたところを助けたんだ。」
ミツルが黙って少女を見つめていると、少女もまたじっとミツルのことを見つめてきた。
そこでミツルは気づいた。
少女が普通の色無しではないことに。
じっと見つめてくるアーモンド形の大きな瞳。
色無しならば黒であるはずの瞳が、少女の瞳はアメジストのような紫だった。
「この子はトウコ。今日からトウコもこの護衛団の一員だ。ミツル、先輩としてトウコに色々教えてやってくれ。」
この日、色無しと呼ばれた少年は、異質な色無しの少女と出会った。
12歳くらいの、少し痩せ型で猫背気味の少年が、大きな籠いっぱいの洗濯物を手に一軒の家の裏口から出てきた。
背中を丸め、俯きがちに歩いて裏庭に出た少年は、水を張った桶に洗濯物と石鹸を放り込こむと、桶の側にしゃがみ込んで黙々と手を動かし始めた。
東の辺境に近い、第13都市の4区にある住宅街の一角。
周りに立ち並ぶ家々より少し大きめの二階建ての家。
そこが少年の家だった。
と言っても、そこが少年の生家というわけではなく、孤児だった少年をこの家の主の男が拾い、それから少年は雑用係として働きながらこの家に暮らしていた。
少年を拾った主の男はこの街で組合員をしており、15人の組合員からなる護衛団の団長をしていた。
短く刈った茶の強い金髪に、緑がかった青の瞳。
この世界ではよく見る珍しくない組み合わせで、それ故魔力も平凡だったが、高い上背とよく鍛えられた屈強な体の持ち主で、その膂力で大剣を振り回して戦う姿は少年の憧れだった。
しかし、大きな体に似合わず、その瞳は目じりが少し垂れた優しい顔立ちをしており、その見た目同様面倒見のいい性格で、団員たちから慕われていた。
もちろん少年も団長のことを慕っており、密かに父のように思っていた。
しかしその団長は今、家にいなかった。
この第13都市から、東の辺境都市である第15都市に移動する商隊の護衛の仕事に、団員10名を連れて出ており、予定では今日にでも帰還するはずだった。
もちろん、あの強い団長が怪我なんてするわけがないと少年は信じて疑っておらず、黙々と汚れ物を洗いながら団長が早く帰還することを心待ちにしていた。
ほとんどの団員が出払って静かな裏庭に、がやがやと男たちの声が近づいて来た。
今回の護衛の仕事に行かず、残っていた数人の団員がやってきたことに気付いた少年が、俯きがちだった顔を更に俯かせた。
長く伸ばされた前髪が少年の顔を隠した時、近寄って来た数人の男が汚れた服や下着を少年に投げつけた。
「それも洗っとけよ、色無し。」
「色無しの分際でこの家に住まわせてもらってんだ。ちゃんと洗えよ。」
「汚れが残ってたら承知しねえからな。」
団員の男たちは口々にそう言うと、その場を立ち去って行った
俯いた少年はしばらくじっとしていたが、やがて目元を服の袖で乱暴に拭うと、投げつけられた汚れ物を桶の中に入れ、また手を動かし始めた。
金髪と青の瞳。
この世界の人々の髪は金、またはそれに類する色をしており、瞳は青またはそれに類する色を持っていた。
金と青。それはこの世界で崇められている光の女神の貴色。
より綺麗な金と青を持つ者ほど魔力が高いこの世界で、少年の酷いくせ毛の髪は金にはほど遠いこげ茶、目は限りなく黒に近い濃い青。光の加減では黒にしか見えなかった。
そのせいでほとんど魔力もなく、幾人かの団員は少年の事を色無しと呼んで馬鹿にしていた。
少年が洗い終えた服を黙々と庭に干していると、表の方から賑やかな声が聞こえて来た。
団長たちが帰還したことに気付いた少年は、残っていた洗濯物を急いで干すと、慌てて表へ走って行った。
少年の濃い青の目に、護衛の仕事から無事に帰還した団長と団員たちの姿が飛び込んできた。
団長の側に行きたい気持ちをぐっと堪え、背中を丸めて俯いたまま、少年は馬車から荷物を下ろしている団員たちの元に近づいた。
少年が団員たちと荷物を下ろしていると、それに気づいた団長が近づいて来た。
「ただいま、ミツル。」
少年―ミツルは団長が声をかけてきてくれたことを嬉しく思いながらも、顔を上げることはせず、目だけを少し上げて「おかえりなさい。」と呟くように言った。
本当は顔を上げたいが、黒にしか見えない瞳を見られるのは絶対に嫌だった。
いつも顔を伏せているミツルを、暗い奴だと陰口を叩く団員も多かったが、団長はミツルの態度を気にした風もなく1つ頷くと、「ああ、そうだった。」と言った。
「ミツル、新しい子が入ったんだ。」
そう言った団長が後ろを振り返る。
ミツルがその視線を追うと、1人の少女がぽつんと立っていた。
小さな体にぶかぶかの大人のシャツを羽織った、ミツルより年下だろうその少女。
シャツから見えるやせ細った腕と脚。
顎辺りまで伸ばされたぼさぼさの髪。
土と埃で汚れた顔。
少し吊り上がったアーモンド形の瞳だけが唯一大きく、小さな体と痩せた顔にはアンバランスだった。
しかし何よりもミツルの目を引いたのは少女のその髪。
ぼさぼさの少女の髪は漆黒だった。
全員が金に類する色の髪を持っているはずのこの世界で、髪が黒だと意味するところは。
崇められている光の女神とは逆の存在。
忌み嫌われている闇の女神。
光の女神の貴色である金と青を持たず、闇の女神の色、すなわち忌色である黒髪・黒目で生まれてきた者たち。
ミツルのように、色を持っているのに持っていないように扱われている人間ではなく、本当に蔑まれている者たち。
少女は色無しの忌み子だった。
ミツルが色無しの少女を見つめていると、団長が「おいで。」と少女に向かって手を差し出した。
少女は静かにこちらに向かって歩いて来た。
「帰還する途中、第15と第13都市の間で魔物に襲われていたところを助けたんだ。」
ミツルが黙って少女を見つめていると、少女もまたじっとミツルのことを見つめてきた。
そこでミツルは気づいた。
少女が普通の色無しではないことに。
じっと見つめてくるアーモンド形の大きな瞳。
色無しならば黒であるはずの瞳が、少女の瞳はアメジストのような紫だった。
「この子はトウコ。今日からトウコもこの護衛団の一員だ。ミツル、先輩としてトウコに色々教えてやってくれ。」
この日、色無しと呼ばれた少年は、異質な色無しの少女と出会った。
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