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金の章
31.エピローグ
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カーテンを開けると、窓の外には抜けるような青空が広がっていた。
朝は始まったばかりだが、今日は1日いい天気になりそうだ。
窓を開けた途端、初夏らしい爽やかな風が吹き込んできた。
満足げに頷いたマリーはいそいそと身支度を整えると部屋を出た。
金の巫女を倒してから半年が経った。
あの翌日、気持ちが悪いほど上機嫌なリョウと、珍しく挙動不審に陥っているトウコと共に第16都市へ戻った。
そして自宅に着くなり、それはそれは軽い口調でリョウが爆弾を落とした。
「あ、マリー。俺たち結婚するから。」
心臓が止まった。
このろくでなし共が結婚。
本気で結婚する気なんて更々なかったのではないかと言った自分に、リョウはあっさり「本気になった。」と返してきた。
驚き固まる自分を見て、リョウが腹を抱えて大笑いしているのを思い出すと、今でも腹が立つ。
だが、爆笑するリョウの隣で、目を泳がせて少し恥ずかしそうにしていたトウコを思い出すと、頬が緩む。
あれから半年。
半年間は一切仕事をしないことに決め、2人の式のために忙しく動いてきた。
主に自分一人が。
ちゃんと式を挙げろという自分に対し、リョウは「めんどくせえ。」と言い放ち、トウコも面倒くさそうに眉を顰めて、「…しなくていいんじゃないか?」と言ったがそうはいかない。
憎たらしくて数日に1回は本気で殺してやろうかと思うが、それでもやはり大切なかけがえのない自分の家族だ。
ろくでもない2人だけれど、こんな2人でも大切に思ってくれている人は、自分以外にもきちんといるのだ。
晴れ舞台を用意したい。
何よりも、トウコのドレス姿が見たい。
ただその一心で、2人に式を挙げることを了承させた。
が、当のトウコがドレスを着ることを拒否した。
これにはさすがのリョウも狼狽え、必死に、それはもう必死にトウコにドレスを着ることを頼み込んでいた。
そう、あのリョウがトウコに拝み倒さんばかりの勢いで頼み込んでいたのだ。
口を少し尖らせ、店に行ってドレスを選ぶのも面倒だし、何よりも色々体を測られるのも嫌だ。どうせ見世物になることがと分かり切っていると、トウコが言ったので、それならば自分がドレスを縫ってやろうかと言うと、「…それなら着る。」と少し目を伏せ、はにかみながら言ったトウコの顔を思い出すと、今でも顔がにやけるのを止められない。
その時のトウコの顔を見たリョウは、「トウコが可愛い!」と叫んで、速攻寝室に連れ込んでいた。
招待客の一覧を作り、それを2人に見せ、ものすごく嫌そうな顔をする2人を叱りつけ、いいからとっとと招待状を書けと言いつけたまではよかったものの、大失敗した。
書いてやったと言わんばかりに、リョウが放り投げてきた白い封筒の束を見て、野太い悲鳴が出た。
なぜあいつらは、自分たちの式の招待状にあんないかにも安物を選んだのか。どうせ中身も安物に決まっている。
トウコは何も考えていないに違いない。
リョウは分かっていて、わざとあの白い封筒を選んだ気がしてならない。
頭を抱えたが、あの白い封筒を眺めていると、己を飾ることをせず、自由に振舞う2人にぴったりかもしれないと思い直した。
式をするならば、ルリと出会った孤児院で挙げたいとトウコが言い出し、何故孤児院なのかと思ったが、リョウもそれに同意したため、その孤児院に赴き事情を話すと、奉仕活動の時に世話になったシオンは2つ返事で了承してくれた。
マスターの店で食事会を開こうと思うがどうかと聞くと、「もうマスターに頼んだ。」とあっさりトウコに返され、ちゃんと相談しろと叱ったが、トウコはけろっとした顔で、「だってマスターの店以外はあり得ないじゃないか。」と言い返してきた。
昨夜完成したばかりのドレスを見てマリーは微笑む。
マリーが作るものならなんでもいい、とぞんざいにトウコは言ったが、自分には分かる。
あれはトウコが照れている証拠だし、そして、自分が作ったものであれば間違いないと本心から思ってくれているのだ。
飾り気のないシンプルなマーメイドラインの真っ白なドレス。
背の高いあの子に似合わないわけがない。
何よりも、自分があの子のために生地から選び、縫ったのだから。
身を飾るものを持っていないトウコだけれど、胸元の金の鎖の先に光る空色の石があればいいだろう。
それに知っている。
リョウが密かにトウコの耳と指を飾るものを用意していることを。
憎たらしくも可愛い妹のようなトウコ。
こんなにも大事に思っている自分のことですら、いつか離れていくだろうと思っていたトウコの心を溶かしたのが、自分ではなかったことに一抹の寂しさを感じる。
けれど、リョウも自分にとっては大切な弟だ。
そしてあのリョウだからこそ、トウコの心をこじ開けられたのだろう。
そこまで思った時、はっとしようにマリーが時計を見た。
穏やかに微笑み、少し目元を赤くしていたマリーの顔が険しくなる。
どうせ昨日も遅くまでヤっていたに違いない。
念のために少し早めの時間を伝えていたにも関わらず、その時間はとっくの昔に過ぎている。
マリーは階段の下まで歩いて行き、階上に向かって叫んだ。
**********
カーテンの隙間から差し込む光に、少し眉を顰めながらトウコは目を覚ました。
目の前には見慣れた褐色の肌。
この腕にすっぽりと包まれて目を覚ますのは、もう何度目だろうかと思った。
この男と出会った当初は、誰かと眠ることも、こうして抱き締められて目覚めることも、何だか居心地が悪いような、何とも言えない気持ちになっていた気もするし、初めからこの肌の感触も体温も、この男の匂いも全てが落ち着くと感じていたような気もする。
マリーと出会えて良かったと心の底からそう思うが、この男と出会えたことは奇跡だと思う。
しかし最近では、奇跡ではなく必然だったのかもしれないと思うようになった。
出会った日から、どうしてこの男がこれほどまでに自分に執着し、大切にしてくれるのか今でも分からない。
なぜこの男が自分を愛してくれるのかも分からない。
そして、自分がこの男を愛しているのかどうかも、正直なところ良く分からない。
恐らくこの男も同じだろう。
この男も自分のことを愛しているのかどうか、本当のところはよく分かっていないのだと思う。
けれど、それでいいと思う。
自分はこの男を愛おしいと思うし、この男の側から絶対に離れたくないと思う。
そして、この男が自分から離れていくことは想像もしたくない。
きっとこれが、人を愛するということなのかもしれないと、思えるようになった。
自分がそのようなことを思うことに、若干の烏滸がましさを未だに感じる。
けれど、目の前の男がいいと言ってくれたから。何よりも、この男に幸せになって欲しいから。
だから、自分も幸せになろうと思えるようになった。
そう、あの日から。
普段は酷薄で険のある目元が、こうして眠っているときは和らぐ。
穏やかな顔で眠る、この男の顔を見ることができるのが自分だけだと思うと、何とも言えない気持ちになる。
この顔も好きだけれど、あの夏の空のような明るい綺麗な色の瞳も同じくらい好きだから、早く起きてその瞳で自分を見てくれないかと思いながら、トウコが眠り続けるリョウの瞼に手を伸ばす。
髪と同じ、薄い金色の長い睫毛をそっと撫でるように指を這わせていると、リョウの瞼がぴくりと動いた。
起きるかなと思ったが、リョウが目を開ける気配はない。
指を下にずらして、頬を撫でていたトウコが小さく頬を膨らませた。
「起きてるだろ。」
「いや、寝てる。だからそのまま撫でてていいぞ。」
目を閉じたまま口元をニヤニヤさせたリョウが即答すると、リョウの前髪をトウコが引っ張った。
くつくつと笑ったリョウがトウコを抱き締める腕に力を入れる。
褐色の胸に顔を押し付けられる形となり、リョウの顔が見えなくなったことにトウコは内心不服を覚えたが、リョウが幸せそうに「おはよう、トウコ。」と言ったので、まあいいかと思い、トウコも「おはよう、リョウ。」と返した。
「起きたくねえなあ。まだ眠い。」
「昨日早く寝ようって言ったのに、リョウがしつこいから。」
「仕方ないだろ。」
「全然仕方なくない。」
「でも、お前こそ随分気持ちよさそうにしてたじゃねーか。」
「…それは否定しない。」
リョウが少し体を離し、ニヤニヤしながらトウコの顔を覗き込む。
ああ、やっとその瞳が見られたなとトウコが思っていると、トウコの耳元にリョウが口を寄せて囁いた。
「今から一発ヤろうぜ。」
そのまま、耳に舌を這わせ始めたリョウの体を少し押しながらトウコが言い返す。
「今日こそマリーに殺される。」
「今日だからこそ殺されないだろ。」
「…半殺しにされて、綺麗さっぱり治癒される。」
リョウは小さく声を上げて笑い、「違いない。」と言ったが止める気配はなく、耳を這わせていた舌は、首筋へと移動した。
トウコの胸に手を伸ばし、反対の手で背中から尻へ這うように指を滑らせたリョウが、トウコの太ももを掴んで自分の足の上へと乗せる。
リョウの指の感触にトウコが甘い吐息を吐きながら身を捩らせたとき、階下からマリーの叫び声が聞こえてきた。
「トウコ!リョウ!いい加減に起きなさい!もう時間過ぎてるわよ!」
その声を聞かなかったことにしたリョウがトウコの足の間に指を這わせると、密やかな水音が響いた。
目を細めたリョウがニヤリと笑ってトウコを見ると、トウコはリョウの首に腕を回した。
「よし、10分で終わらせよう。」
言いながらリョウがトウコの体を組み敷いた時、明らかに苛立った足音が部屋の外から響いてきた。
「お前ら絶対ヤってるだろ!ふざけるなよ!今日という今日は許さねーぞ!」
マリーの野太い怒声とともに、部屋の扉が激しく叩かれる。
「やべえ、完全にキれてる。」
「キれてるな…。」
諦めたようにリョウが体を少し起こして、扉の外へ声をかけた。
「ヤってないから、マリーそう怒るなって。」
「今日が何の日か分かってんのか!お前らの結婚式だろうが!」
「分かってる分かってる。ちゃんと起きるって。」
「3分以内に降りてこなかったらマジでぶっ殺すそ!」
ドスドスという足音が遠ざかり、トウコとリョウが顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「起きるか。」
「うん。」
リョウが微笑み、トウコに小さく口付けを落とす。
「トウコ、愛してる。」
リョウと結婚したからといって、すぐに何かが変わるわけではない。
これからも3人でこの家で暮らすことに変わりはないし、これからもリョウと2人でマリーを振り回し、説教され、バカ笑いする日々が続くのだろう。
けれど、そんな未来を想像できるようになったのは、そんな未来が続くと思えるようになったことは。
トウコが蕩けるような笑みを浮かべた。
「リョウ、愛してる。」
************
これにて完結です。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
別途番外編を上げています。
しばらくはトウコとリョウの出会いと言えば聞こえがいいですか、
リョウのストーキング物語です。
お時間があればどうぞ。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/584038573/293553148
朝は始まったばかりだが、今日は1日いい天気になりそうだ。
窓を開けた途端、初夏らしい爽やかな風が吹き込んできた。
満足げに頷いたマリーはいそいそと身支度を整えると部屋を出た。
金の巫女を倒してから半年が経った。
あの翌日、気持ちが悪いほど上機嫌なリョウと、珍しく挙動不審に陥っているトウコと共に第16都市へ戻った。
そして自宅に着くなり、それはそれは軽い口調でリョウが爆弾を落とした。
「あ、マリー。俺たち結婚するから。」
心臓が止まった。
このろくでなし共が結婚。
本気で結婚する気なんて更々なかったのではないかと言った自分に、リョウはあっさり「本気になった。」と返してきた。
驚き固まる自分を見て、リョウが腹を抱えて大笑いしているのを思い出すと、今でも腹が立つ。
だが、爆笑するリョウの隣で、目を泳がせて少し恥ずかしそうにしていたトウコを思い出すと、頬が緩む。
あれから半年。
半年間は一切仕事をしないことに決め、2人の式のために忙しく動いてきた。
主に自分一人が。
ちゃんと式を挙げろという自分に対し、リョウは「めんどくせえ。」と言い放ち、トウコも面倒くさそうに眉を顰めて、「…しなくていいんじゃないか?」と言ったがそうはいかない。
憎たらしくて数日に1回は本気で殺してやろうかと思うが、それでもやはり大切なかけがえのない自分の家族だ。
ろくでもない2人だけれど、こんな2人でも大切に思ってくれている人は、自分以外にもきちんといるのだ。
晴れ舞台を用意したい。
何よりも、トウコのドレス姿が見たい。
ただその一心で、2人に式を挙げることを了承させた。
が、当のトウコがドレスを着ることを拒否した。
これにはさすがのリョウも狼狽え、必死に、それはもう必死にトウコにドレスを着ることを頼み込んでいた。
そう、あのリョウがトウコに拝み倒さんばかりの勢いで頼み込んでいたのだ。
口を少し尖らせ、店に行ってドレスを選ぶのも面倒だし、何よりも色々体を測られるのも嫌だ。どうせ見世物になることがと分かり切っていると、トウコが言ったので、それならば自分がドレスを縫ってやろうかと言うと、「…それなら着る。」と少し目を伏せ、はにかみながら言ったトウコの顔を思い出すと、今でも顔がにやけるのを止められない。
その時のトウコの顔を見たリョウは、「トウコが可愛い!」と叫んで、速攻寝室に連れ込んでいた。
招待客の一覧を作り、それを2人に見せ、ものすごく嫌そうな顔をする2人を叱りつけ、いいからとっとと招待状を書けと言いつけたまではよかったものの、大失敗した。
書いてやったと言わんばかりに、リョウが放り投げてきた白い封筒の束を見て、野太い悲鳴が出た。
なぜあいつらは、自分たちの式の招待状にあんないかにも安物を選んだのか。どうせ中身も安物に決まっている。
トウコは何も考えていないに違いない。
リョウは分かっていて、わざとあの白い封筒を選んだ気がしてならない。
頭を抱えたが、あの白い封筒を眺めていると、己を飾ることをせず、自由に振舞う2人にぴったりかもしれないと思い直した。
式をするならば、ルリと出会った孤児院で挙げたいとトウコが言い出し、何故孤児院なのかと思ったが、リョウもそれに同意したため、その孤児院に赴き事情を話すと、奉仕活動の時に世話になったシオンは2つ返事で了承してくれた。
マスターの店で食事会を開こうと思うがどうかと聞くと、「もうマスターに頼んだ。」とあっさりトウコに返され、ちゃんと相談しろと叱ったが、トウコはけろっとした顔で、「だってマスターの店以外はあり得ないじゃないか。」と言い返してきた。
昨夜完成したばかりのドレスを見てマリーは微笑む。
マリーが作るものならなんでもいい、とぞんざいにトウコは言ったが、自分には分かる。
あれはトウコが照れている証拠だし、そして、自分が作ったものであれば間違いないと本心から思ってくれているのだ。
飾り気のないシンプルなマーメイドラインの真っ白なドレス。
背の高いあの子に似合わないわけがない。
何よりも、自分があの子のために生地から選び、縫ったのだから。
身を飾るものを持っていないトウコだけれど、胸元の金の鎖の先に光る空色の石があればいいだろう。
それに知っている。
リョウが密かにトウコの耳と指を飾るものを用意していることを。
憎たらしくも可愛い妹のようなトウコ。
こんなにも大事に思っている自分のことですら、いつか離れていくだろうと思っていたトウコの心を溶かしたのが、自分ではなかったことに一抹の寂しさを感じる。
けれど、リョウも自分にとっては大切な弟だ。
そしてあのリョウだからこそ、トウコの心をこじ開けられたのだろう。
そこまで思った時、はっとしようにマリーが時計を見た。
穏やかに微笑み、少し目元を赤くしていたマリーの顔が険しくなる。
どうせ昨日も遅くまでヤっていたに違いない。
念のために少し早めの時間を伝えていたにも関わらず、その時間はとっくの昔に過ぎている。
マリーは階段の下まで歩いて行き、階上に向かって叫んだ。
**********
カーテンの隙間から差し込む光に、少し眉を顰めながらトウコは目を覚ました。
目の前には見慣れた褐色の肌。
この腕にすっぽりと包まれて目を覚ますのは、もう何度目だろうかと思った。
この男と出会った当初は、誰かと眠ることも、こうして抱き締められて目覚めることも、何だか居心地が悪いような、何とも言えない気持ちになっていた気もするし、初めからこの肌の感触も体温も、この男の匂いも全てが落ち着くと感じていたような気もする。
マリーと出会えて良かったと心の底からそう思うが、この男と出会えたことは奇跡だと思う。
しかし最近では、奇跡ではなく必然だったのかもしれないと思うようになった。
出会った日から、どうしてこの男がこれほどまでに自分に執着し、大切にしてくれるのか今でも分からない。
なぜこの男が自分を愛してくれるのかも分からない。
そして、自分がこの男を愛しているのかどうかも、正直なところ良く分からない。
恐らくこの男も同じだろう。
この男も自分のことを愛しているのかどうか、本当のところはよく分かっていないのだと思う。
けれど、それでいいと思う。
自分はこの男を愛おしいと思うし、この男の側から絶対に離れたくないと思う。
そして、この男が自分から離れていくことは想像もしたくない。
きっとこれが、人を愛するということなのかもしれないと、思えるようになった。
自分がそのようなことを思うことに、若干の烏滸がましさを未だに感じる。
けれど、目の前の男がいいと言ってくれたから。何よりも、この男に幸せになって欲しいから。
だから、自分も幸せになろうと思えるようになった。
そう、あの日から。
普段は酷薄で険のある目元が、こうして眠っているときは和らぐ。
穏やかな顔で眠る、この男の顔を見ることができるのが自分だけだと思うと、何とも言えない気持ちになる。
この顔も好きだけれど、あの夏の空のような明るい綺麗な色の瞳も同じくらい好きだから、早く起きてその瞳で自分を見てくれないかと思いながら、トウコが眠り続けるリョウの瞼に手を伸ばす。
髪と同じ、薄い金色の長い睫毛をそっと撫でるように指を這わせていると、リョウの瞼がぴくりと動いた。
起きるかなと思ったが、リョウが目を開ける気配はない。
指を下にずらして、頬を撫でていたトウコが小さく頬を膨らませた。
「起きてるだろ。」
「いや、寝てる。だからそのまま撫でてていいぞ。」
目を閉じたまま口元をニヤニヤさせたリョウが即答すると、リョウの前髪をトウコが引っ張った。
くつくつと笑ったリョウがトウコを抱き締める腕に力を入れる。
褐色の胸に顔を押し付けられる形となり、リョウの顔が見えなくなったことにトウコは内心不服を覚えたが、リョウが幸せそうに「おはよう、トウコ。」と言ったので、まあいいかと思い、トウコも「おはよう、リョウ。」と返した。
「起きたくねえなあ。まだ眠い。」
「昨日早く寝ようって言ったのに、リョウがしつこいから。」
「仕方ないだろ。」
「全然仕方なくない。」
「でも、お前こそ随分気持ちよさそうにしてたじゃねーか。」
「…それは否定しない。」
リョウが少し体を離し、ニヤニヤしながらトウコの顔を覗き込む。
ああ、やっとその瞳が見られたなとトウコが思っていると、トウコの耳元にリョウが口を寄せて囁いた。
「今から一発ヤろうぜ。」
そのまま、耳に舌を這わせ始めたリョウの体を少し押しながらトウコが言い返す。
「今日こそマリーに殺される。」
「今日だからこそ殺されないだろ。」
「…半殺しにされて、綺麗さっぱり治癒される。」
リョウは小さく声を上げて笑い、「違いない。」と言ったが止める気配はなく、耳を這わせていた舌は、首筋へと移動した。
トウコの胸に手を伸ばし、反対の手で背中から尻へ這うように指を滑らせたリョウが、トウコの太ももを掴んで自分の足の上へと乗せる。
リョウの指の感触にトウコが甘い吐息を吐きながら身を捩らせたとき、階下からマリーの叫び声が聞こえてきた。
「トウコ!リョウ!いい加減に起きなさい!もう時間過ぎてるわよ!」
その声を聞かなかったことにしたリョウがトウコの足の間に指を這わせると、密やかな水音が響いた。
目を細めたリョウがニヤリと笑ってトウコを見ると、トウコはリョウの首に腕を回した。
「よし、10分で終わらせよう。」
言いながらリョウがトウコの体を組み敷いた時、明らかに苛立った足音が部屋の外から響いてきた。
「お前ら絶対ヤってるだろ!ふざけるなよ!今日という今日は許さねーぞ!」
マリーの野太い怒声とともに、部屋の扉が激しく叩かれる。
「やべえ、完全にキれてる。」
「キれてるな…。」
諦めたようにリョウが体を少し起こして、扉の外へ声をかけた。
「ヤってないから、マリーそう怒るなって。」
「今日が何の日か分かってんのか!お前らの結婚式だろうが!」
「分かってる分かってる。ちゃんと起きるって。」
「3分以内に降りてこなかったらマジでぶっ殺すそ!」
ドスドスという足音が遠ざかり、トウコとリョウが顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「起きるか。」
「うん。」
リョウが微笑み、トウコに小さく口付けを落とす。
「トウコ、愛してる。」
リョウと結婚したからといって、すぐに何かが変わるわけではない。
これからも3人でこの家で暮らすことに変わりはないし、これからもリョウと2人でマリーを振り回し、説教され、バカ笑いする日々が続くのだろう。
けれど、そんな未来を想像できるようになったのは、そんな未来が続くと思えるようになったことは。
トウコが蕩けるような笑みを浮かべた。
「リョウ、愛してる。」
************
これにて完結です。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
別途番外編を上げています。
しばらくはトウコとリョウの出会いと言えば聞こえがいいですか、
リョウのストーキング物語です。
お時間があればどうぞ。
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