常世の彼方 番外編

ひろせこ

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10.闇闘技場

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 競技場を取り囲む金網の出入り口を黒服が開け、そこから入ったトウコが競技場に立つと、場内が今日1番のどよめきに包まれた。
挑戦者が本当に女であったこと、それだけでなく色無しであることに野次と罵声が飛び交う。
喧騒に包まれている場内に再びアナウンスが流れた。
試合開始は15分後。
勝ち抜き戦は休憩を挟むことなく連続で行うこと。
挑戦者であるトウコが全て勝ち抜いてチャンピオン戦になった場合も同様で、休憩は入れない。
よって、掛けの方式も1試合ごとに勝敗を賭けるのではなく、挑戦者であるトウコがどこまで勝ち抜けるかとすることが伝えられた。
再び場内がどよめく中、トウコを知っている者たちから声が上がる。

「おいトウコ!お前が勝ち抜いて、チャンピオンにも勝つに俺は賭けるからな!全財産、有り金全部だ!負けたら承知しねえぞ!」
「俺もだ!お前が負けたら無一文だ!死ぬしかなくなる!トウコ、信じてるからな!」

そんな声も意に介することなく、トウコは降ろしていた髪を乱雑に頭の後ろで1つに結ぶと、金網にもたれ掛かって煙草を吸い始めた。
トウコの不遜な態度と、そんなトウコを応援する者たちの言葉を聞き、トウコに野次と罵声を上げていた者の間に様々な空気が流れ始める。
タクミのような情報屋を捕まえてトウコの情報を仕入れようとする者、情報屋に払う金をけちって周りを窺う者、色無しの女が勝てるわけがないとトウコの負けに賭ける者、有り金と相談しどう賭けるか思案する者、徐々に場内が混沌とした空気に包まれる中、トウコは冷笑を浮かべて煙草をくゆらせ続けた。

そこへリョウがへらへら笑いながらトウコに声を掛けた。
「ようトウコ。余裕だな。」
「実はそうでもない。」
トウコの言葉にリョウが愉快そうに眉を上げる。
「酒を飲み過ぎた。」
「酔ったのか?珍しいな。」
「いや、酔ってはいない。…ちょっとトイレに行きたくなってきた。」
リョウがげらげら声を上げて笑う中、トウコが続ける。
「15分後と言わずにとっとと始めたい。ちょっと遊ぼうかと思ってたが…チャンピオンまで速攻終わらせてトイレに行く。」
リョウが爆笑する中、2人の会話を聞いていたトウコの反対側に立って試合開始を待っている、前試合の優勝者―タクミが推していた男が怒気を露わにする。

「おい、女。色無しの分際で随分偉そうだな。」
「お前こそ弱いくせに随分偉そうだな?」
トウコが嘲笑うと、更に男が怒りに顔を歪めたが、すぐにせせら笑った。
「速攻でぶちのめして、ここで犯してやる。まずはその口にぶち込んで偉そうなことを言えなくしてやろう。」
「そうか、それは楽しみだ、と言いたいところだが…お前、早そうだからな。到底私を満足させられるとは思えない。」
「このクソアマが…!散々犯して楽しませてもらった後に殺してやるからな!」
その言葉をトウコがせせら笑った時、タクミがリョウの元へ戻ってきた。
競技場の上に流れる不穏な空気に、いったい何があったのかを聞こうとリョウを見上げたタクミが、顔を引き攣らせる。
「トウコ、マジでそいつ殺れ。」
「殺りたいなら後でお前が殺れ。」
リョウに背中を向けたまま、金網にもたれたトウコが心底面倒そうに返すと、リョウが舌打ちし、顔を引き攣らせたタクミが少しだけその場を離れた。

試合開始1分前のアナウンスが流れ、観客の視線が競技場に注がれる。
30秒前のアナウンスが流れ、トウコがゆらりと金網から体を起こすと、男も1歩2歩とゆっくり前へ進んだ。
10秒前のアナウンスで、トウコがゆっくりと煙草を吸い、うまそうに目を細めて煙を吐き出す。
試合開始のブザーがかき消されそうなほどの大歓声の中、煙草を足元に投げ捨てたトウコが地を蹴った。
これまでの試合同様、顔の前で両拳を構えたまま動かず、薄笑いを浮かべていた男の顔から笑みが掻き消え、代わりに焦りが男の顔に広がった。
妖艶な笑みを浮かべたトウコの顔が男の視界を占める。
「なっ…!は…や…!」
男が慌てて腕を下げようとした時には、男の顎にトウコの膝が入っていた。
口から折れた歯と血をまき散らす男の右腕を掴んだトウコが、腕を掴んだまま男の体を地面に叩きつける。
右肩が外れた感触と男の悲鳴を聞きながら、トウコがリストバンドを付けた男の左手首に、コンバットブーツの底を叩きつけた。
悲鳴を上げる男の首を踏み付け、トウコが微笑む。
「死ぬか、大人しく寝るか。どっちがいい?」
「ま…まいった。」
「やっぱりお前早かったな。」
コンバットブーツで側頭部を蹴られた男が、意識を無くして動かなくなった。

場内が一瞬静まり返り、すぐに歓声と怒号に競技場内が震えた。
闘技場の係員がやって来て、伸びた男を引きずりながら場外へ出すと、すぐに忌々しそうに顔を歪めた男が入ってきた。
試合開始のブザーが鳴り、好戦的な笑みを浮かべたトウコが駆け出した。

結局、残りの闘士2人も同じように顎と手首を潰して瞬殺したトウコは、チャンピオン戦へと進んだ。
歓声に怒号、狂喜に悲嘆。
様々な声に震える場内で、タクミが唖然とした顔で競技場に立つトウコを見つめていた。
「トウコさんって…あんなに強かったですっけ…?」
「あ?何言ってんだ、お前。障壁なしの殴り合いなら、トウコとはぜってえやりたくないぞ、俺は。」
「えっ!リョウさんがですか!?」
「当たり前だろ。トウコほど近接戦闘に特化した奴はいねえよ。あいつとやるなら、デカい魔力石ばら撒いて近寄らせないのが一番だ。それでも近寄って来るから厄介なんだよ、あいつ。」
「えぇ…。でも何度かトウコさんここで戦ってるけど、あんなに強かった覚えがないっていうか。いや、強かったけど、今日みたいな感じではなかったっていうか…。怪我も結構してて、それを理由に毎回棄権もしてたし…。」
「そん時のトウコは戦いに来てたからだろ。だからちゃんと戦って、ちゃんと試合してたんだよ。今日は成り行きで、叩き潰すことが目的だからな。」
「…えっと?」
「棄権はチャンピオンになりたくないからだ。それに、怪我してたのはあいつの頭がおかしいからだな。」
「頭が…おかしい…?」
困惑した表情をタクミが浮かべた時、観客たちの声が一際大きくなった。
周りの歓声にかき消されないよう、リョウが叫ぶ。
「どのくらいの攻撃を受けたら怪我するか、骨が折れるか試してたんだよ!あのバカ女は!」
顔を引き攣らせたタクミが競技場に目をやると、上背が2メールを越しそうな大男が入ってくるところだった。

リョウが楽しそうに声を張り上げる。
「トウコ、漏らすなよ!」
「結構ヤバイ!」
リョウに叫び返したトウコがチャンピオンに走り出し、リョウの笑い声は歓声にかき消された。

ダークブロンドの髪を首の後ろで1つに結び、くすんだ青緑の目を忌々しそうに細めた、マリーのような体格の大男―チャンピオンが少し背中を丸め、顔の前で拳を構えてトウコに向かって走り寄る。
チャンピオンに駆け寄っていたトウコがその少し手前で左に飛び、着地と同時に地を蹴って側面に回り込んだ。
慌てて足を止めたチャンピオンに、トウコが右足で上段蹴りを放つ。
それをチャンピオンが、上体を反らして避けた。
すかさずトウコが右足が地面に着くと同時に、左足で回し蹴りを放った。
左腕に当たったチャンピオンが顔を歪める。

「お仲間たちと違って、でくの坊みたいに突っ立てないんだな。」
そう言いながらトウコが、右の拳をチャンピオンの腹に突き上げた。
堪らずチャンピオンが胃液を吐きながら蹲る。
蹲ったチャンピオンの体を蹴り倒し、リストバンドを付けた左手首にコンバットブーツの底を叩き付ける。
手首の骨を砕かれたチャンピオンが悲鳴を上げるが、トウコは手首に置いた足はそのままに、逆の足をチャンピオンの顔に置いた。

「腹に入れた一発で落ちるかと思ったが、頑丈だなお前。」
脂汗でいっぱいの顔を痛みで歪ませたチャンピオンが、トウコの靴の下でもごもごと声を出す。
「ま、待て!…取り引き、取り引きしよう!」
「何のだ?お前らがこそこそやってることに、支配人も感づいたことはお前も分かってるんだろう?今更取り引きしてどうなる。」
「金をやる!いくらでも払うから、俺らは何にもしてねえ、勘違いだってことにしてくれ!」
「…それだけでいいのか?」
少し足をずらしたトウコが、にやにやしながらチャンピオンの顔を見下ろすと、チャンピオンも少しにやけながら言った。
「こ、ここで俺に倒されてくれるんだったら、もっと金をやるよ。」
「そうか。」
トウコが妖艶に微笑み、チャンピオンが少しほっとしたように息を吐く。
「断る。」
顔にコンバットブーツの底を叩きつけられたチャンピオンの鼻が折れる。
「金は余ってる。何より。」
トウコがチャンピオンの側頭部を蹴りつけた。
「私はトイレに行きたい。」

大歓声と怒号で震える中、動かなくなった元チャンピオンをトウコが見下ろした。
「悪いね。お前と取り引きしてたら漏らしてしまう。」

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