最強の戦士ここにあり

田仲真尋

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子の心親知らず

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ソルディウス北西部の港町セドランに滞在して、およそ一週間が経とうとしていた。

この港町を訪れたのは今回が初めて、である。

以前訪れた他の港町とは違い、このセドランは、どこか活気がない。

この辺りの若者たちは各地の都に出稼ぎに出てしまい、高齢化が進んでいるのだという。

確かに、辺りを見回すと、ご老人が多い。

ここは港町であるがゆえ、漁業がさかんである。

だが漁師を継ぐ若者が居らず、年々漁師の数が減少の一途を辿っているということである。


「のどかで良い町なのにな。」


私は、召喚士たちとの戦いで心身ともに、たまった疲れを癒やすため。

リフレッシュと観光を兼ねて、のんびり過ごしているのである。


ある日、宛もなくフラフラと町を散策していると、突然呼び止められた。

見てみると、どうやら占い師のようだ。

古ぼけたテーブルの上には定番の水晶らしき球体。

黒いフードを被った老婆が、

「お主を占ってしんぜよう。」と、しゃがれた声で言った。

基本的に占いと、怪しい老婆は信用していない。

私は無視して通り過ぎようとした。


「あいや待たれい!そ、そうじゃ無料で、どうじゃ?」


私は、「タダ」と、いう言葉も信用しないことにしている。

老婆に一礼し、私は足早に立ち去ろうとした。


「まてぃ!お主の顔に素敵な出逢いの気を感じる。」


「す、すてきな出逢い!?」

私は思わず立ち止まった。


「ほう、これは十年に一度……いや、一生に一度しかない良縁かもしれんな……どうする、見てやろうかい?」


「ど、どうせタダなら見てもらうとするか」と、私は無言で老婆の前の椅子に腰かけた。


「では始めよう――まず、お主には優れた師匠がおるな。」


「確かに師匠は九十九人ほど、居りますが。」と、思いながら、私は頷いた。


「そうであろう、そうであろう。因みに、その師匠の名は『エ』で始まる名ではないかえ?」


私は天を見つめて考えた。


「エ、エ、エ……エクシュリオン、エタノール、エクソシスト、エイちゃん、エマニュエル。」


思い当たるだけでも数名いる。

私は老婆に頷いた。


「でしょ!やはり当たった。では、その『エ』がつく名前の方は尋ね人の捜索や尾行、はたまた張り込みが得意だったりしない?」


――何を言っているのか、まったく意味不明である。

私は、この老婆が不気味に思えてきた。

そこで、再び一礼し立ち去ろうとした。


「まてまて!鈍い奴じゃな。儂じゃ、ほれ。」と、老婆は黒いフードをとり、顔を出した。


「なんと!老婆が爺になった……だが、どこかで見た顔だ。」と、私が記憶を辿っていると、その爺は言った。


「儂じゃ、エドガーじゃ。お主の師匠のエドガーじゃ。」


私の記憶が確かなら、エドガーという師匠は、いない。

……いや、いたかもしれない。

このエドガーという爺さんは、知っている。

だが師匠ではない……多分。


「こりゃ!なに、すっとぼけてんの。コパ君、何とか言ってやってくれ。」


――コパ!?


「先生、だから言ったじゃないですか。こんなことして、傷つくのは先生の方だって。」


エドガーの背後から現れた、色白で知的な雰囲気を醸し出す若者を見た私は、

「おお!コパ師匠だ!」と、興奮した。


そう、私の師匠のコパ君だ。

彼には色々と教わった。

例えば、行方不明者の捜索だったり、不倫の調査のための尾行だったり。

そう彼は――コパ君は探偵という特殊な仕事をしている。

しかも「名」がつくほどの、やり手の名探偵なのだ。

若いが優秀な男である。

年が近い私たちは、よく二人で張り込みをやったものだ。

因みにエドガーも一応、私の師匠であったことを、たった今思い出しました。

この場を借りてお詫び申し上げます。


「久し振りだね。元気そうでなにより、なにより。」


私はコパ君との再会が嬉しくてたまらなかった。

あっ!……ついでにエドガー師匠ともである。


「僕たちは今、ある調査で、この町に来ているんだ。」


「そうじゃ。なかなか難しい依頼を受けてしまってな――おっ!そうじゃ、お主も手伝っては、くれぬか?」


「なぜ私が?私だって暇ではない。」と、言わんばかりに首を横に大きく振ろうとした。


「先生、それは名案だ。どうだい昔みたいに一緒にやってみないかい?」


私は首を横に振る、と見せかけてからの、縦に振った。


「よし、じゃあ決まりだ。早速だけど、概要を説明しておくね――」と、言ってコパは私に丁寧に説明してくた。


コパ君の話を簡単に説明すると、以下の通りである。

サムラスという、この地方の領主である男の愛娘プリティカ、十二歳が誘拐されてしまった、という事。

そして、誘拐犯から莫大な身代金を要求され、困ったサムラスは、藁にもすがる思いで、エドガーたちに依頼をしたのである。


「サムラスさんは、大事な愛娘を取り戻すため、金を払うつもりなんだ。だけど、金を払っても無事にプリティカが帰ってくるか分からない。そこで僕たちの出番ってわけ。犯人を割り出して、居場所を突きとめる、というのが僕たちの役割なんだ。」


「なるほど。もしも犯人が金だけを持ち逃げしても、居場所が分かっていれば打つ手もある、ということか。」と、コパの話に、私は納得したが、肝心の犯人を、どう見つけるのか見当もつかない。


「まずは誘拐されたプリティカの情報から教えておくよ。先生、お願いします。」


エドガーは懐から一枚の紙切れを取りだし、読み上げた。


「プリティカ、十二歳。髪は肩までの赤毛。誘拐当時の服装は、ショッキングピンクのドレス。そのドレスの背には、大きな骸骨の刺繍が施してあるとか、ないとか――以上。」


「なんと、いい加減な情報だ。そもそも、そんな服装した女の子がいるものか――あっ!……いた。」


私は発見してしまった。

エドガーが読み上げた情報とまるっきり同じ姿の女の子を。

私は、コパ君に指を指して教えてやった。


「えーっ!本当に骸骨の刺繍が入ったドレス着てるし。よ、よし、行ってみよう。」


私とコパは、プリティカらしき人物に接近した。


「どうやら犯人らしき奴は見当たらないね。声をかけてみよう。」と、コパはプリティカらしき人物に近づき声をかけた。


「あの……プリティカさん?」


その呼びかけに、プリティカらしき人物は一旦立ち止まった。

だが次の瞬間、その子は振り向きもせずに走りだした。


「ち、ちょっとプリティカさん!?僕らは味方だよ。君のお父さんに頼まれて捜していたんだ。」


コパの言葉に反応を示した、プリティカらしき人物は、

「人違いよ。」と、言って再び走りだした。


「逃げられると思うな、小娘!」と、私は低級魔法ワイヤーを唱え、プリティカらしき人物を捕らえた。


「ち、ちょっと、子供相手に、やり過ぎだよ。」


「い、いかん。私としたことが、つい。」と、私は反省した。


コパは、プリティカらしき人物に訊ねた。


「プリティカさん、だよね?」


プリティカらしき――プリティカは不機嫌そうに頷いた。


「サムラスさんからの依頼で君を捜していたんだ。一緒に帰ろう。」

コパは、できるだけ優しくプリティカに言った。

しかし、プリティカは何故か首を縦には振らなかった。


「父上は、凄く心配しているんだよ。」


「私の心配より町の――民の心配をすればいいのよ……ねっ、エドガーさん。」


私とコパ君は同時にエドガーを見た。


「先生、どういうことです?お知り合いなんですか?」


コパの疑問は当然である。


「ふーっ。仕方ない全て話そう。」と、これまで沈黙していたエドガーが口を開いた。


「実はの、プリティカを誘拐した犯人というのは、儂なんじゃ。」


私は低級魔法を唱え始めた。

よりによって目の前に誘拐犯が、いようとは思ってもみなかった覚悟せい、と。


「儂が犯人というより、儂は共犯者じゃな。主犯は、そこにおるプリティカじゃ。」


私は一旦落ち着き、低級魔法をストップした。


「そっ!私が犯人なの。お父様に気づいて欲しくて、エドガーさんに依頼したのよ。」


プリティカの話をまとめると、以下の通りである。

領主である父サムラスは、民たちから高い税を搾取していた、ということ。

その税の重みに耐えきれなくなった、若者をはじめとする人々たちが町を離れてしまったこと。

そして、その結果、この地方の町や村は寂れていくいっぽうになってしまった、ということである。


「私は自分の故郷を再建したかったの。それに年の近い子たちは、一家で他所の国へ引っ越してしまった。このままでは、この町に未来はない。お父様が税を大幅に下げるしかないのよ。」


私は、こう思った――素晴らしい小娘だ、と。


「実は、この町は儂の故郷なのじゃ。やはり、地元の町には元気になってもらいたかったのじゃ。」


「ですが、やり方は他にもあったのでは、ありませんか先生?」


「そうかもしれん。だが、今はこうする事しかできなかったのじゃ。」


そこへ、遠くから大声を上げて走り寄ってくる、小太りの男の姿。


「おおい!プリティカ、無事か!?」


「お父様!」


領主サムラスの登場である。


「おお、プリティカ無事であったか。どこか怪我してないか?変なことされなかったか?」


「……大丈夫よ。」


「よかった。それで犯人は、どこだ?」と、サムラスの問いかけに、エドガー、コパ、プリティカ、私の四人は顔を見合わせ、変な空気が流れ始めた。

その空気を読み、終止符を打ったのは、プリティカであった。

自ら手を挙げたのだ。


「どうしたのだプリティカ?手など挙げて。」


「私なの――犯人。」


「な、なにを馬鹿なことを。」


「本当よ。自作自演だったの。」


「おいエドガー。どうなっておるのだ。」


サムラスの問いかけに、エドガーは意を決したような顔で、重い口を開き、全てを説明した。



「――そうか……しかしなプリティカ、仕方のないことなんだよ。私らは、お国に税を納めなければならない。しかも高いノルマを課せられているのだ……どうしようもない。」


「嫌よ!それじゃあ遅かれ早かれ、この地方から人が居なくなっちゃって、税収なんか入ってこなくなるじゃない。ねぇ、お父様、国に税を減らしてもらうよう頼んでみたら?」


「そ、そんな事は、できない。下手すれば縛り首だ。」


「はぁ、情けないわ、お父様。」と、プリティカは、呆れた様に、ため息をついた。


――その時である。


「その娘の言う通りだ。」と、いう声がした。

一同が、その声の主に目をやった。


「こ、これは閣下。何故このような辺鄙な土地へ?」と、サムラスは驚き、慌てふためいた。

閣下と呼ばれた男は黄金の鎧に身を纏っていた。

私にとっては見慣れた男であった。

――ダマンだ。

ソルディウスの剣豪であり、ピーター・ドレイク王の側近である。


「貴殿も居られたか。」

私は手を挙げて応えた。


「トラブルが、お好きな方だ、ワハハハ。」

……好きなわけでは、ない。


「そうそう、ウィルソンたちは元気でやってますぞ。リズも日に日に回復している。」


私にとっての思いがけない朗報は、時に喜びを倍増させてくれる。

「ウィルソン師匠、よかった――お幸せに。」と、私は心から、そう願った。


「サムラスよ。ピーター王からの新たな訓示を授かってきた。受け取れ。」と、一枚の紙切れを手渡した。


「――こ、これは!誠に、税を半分にして頂けるのですか、閣下!?」


それには、一同驚いた。


「むろんだ。ピーター王は、その土地に見合った税を定められた。この地方は最近人手が減り、収益も減り続けている。最近、都では人が溢れ、仕事がないという状況におかれている者も少なくない。減税を大々的に発表すれば、また人も地方に戻ってくるであろう、という国王様の考えだ。」


私は、ピーター王を改めて見直した。

これぞ王の資質であると。


「よいかサムラスよ。ここは、もうキリエスではない。ソルディウスだ。その事をよく肝に命じておくのだ。」


ハハーッ!と、サムラスは深々と頭を下げた。


「では私はこれで失礼する――貴殿とは、いつか刃を交えたいものだ。」

そう言って、ド派手な鎧のダマンは去っていった。

私としては、

「望むところ!」で、ある。



こうして、セドランでの一件が一段落し、私はエドガーとコパ君を笑顔で「お疲れ様」と、労うつもりで振り返った……いない。

つい先ほどまで、そこにいた二人が見当たらない。

地面には一枚の紙切れと一枚の銅貨。


「なになに――今回は協力、ご苦労であった。それは君の働きに対する最大限の評価だ。受け取りたまえ。追伸、無駄遣いはするな。エドガー。」


私は、その紙切れを破りファイアで灰にした。


「おのれ!エドガー!銅貨一枚では酒も飲めんではないか。」と、私は辺りを捜索したが、見つからなかった。


「それでは私らも、これで。」

「じゃあね。」


サムラスとプリティカの二人も行ってしまい、残された私も仕方なく、その場を後にした。



――私が立ち去った直後の現場にて。


「フフフ。あやつ、儂らに気づかず行きおった。」


「まったく、先生がそんな風だから彼に尊敬されないのですよ。」


「なにを言うかコパ君。変装を見破れないようでは、まだまだ未熟だということじゃ。辛いとこじゃが、これも師匠としての務めなのじゃよ。」


「師匠として云々よりも人として、どうかと思いますけどね。あーあ。彼とは、ちゃんと挨拶して別れたかったな。」


「な、なに、またすぐ会えるさ。さあ我々も行こう、次の依頼が待っておる。」


そんな二人のやり取りを、私は低級魔法「ディスガイス」を使って変装して一部始終を見届けていた。


「フフッ。師匠たちよ、私の変装に気づかぬとは甘いですぞ。」と、私が師匠たちを見送っていると、

「きゃああ!へ、へんたい!?」と、悲鳴が上がった。


……私が、町の女子から変態扱いを受けてしまったからである。


「いや、これは変態ではなく変装だ!お、おかしいな。完璧だと思ったのだか……ちと、やり過ぎたか。」


因みに、参考にしたのは、プリティカのドレスである。

ショッキングピンクのドレスに骸骨の刺繍。

サイズ調整が上手くいかず、超ミニスカート状態になったのが、恐らくは原因であろう。


陽が西に傾き、鮮やかなオレンジ色が海の水を美しく、そして切なく照らしていた。

私は、しばし、その変装のまま海を眺めていたのであった。

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