最強の戦士ここにあり

田仲真尋

文字の大きさ
上 下
42 / 67

メタール産チーズケーキ

しおりを挟む
キリエス王都マビン・グラスへ向かうために、やって来たのは、キリエス北部に位置する村、メタールである。

ソルディウスからキリエスへの最短ルートは、私たちが馬車で通ってきた道だ。

だが、その道だとキリエスの警戒網に引っ掛かる恐れがある。

そのため、私は敢えて遠回りをしている、という訳だ。


ここメタールは酪農が盛んな村である。

数年前から、ここで作られるチーズケーキが世界中で、爆発的大ヒットを巻き起こしたことは、記憶に新しい。

今でも品薄状態で、ここを訪れる観光客の大半が、そのチーズケーキを求めて、やって来るのだそうだ。


「チーズケーキの為に、遠路はるばるご苦労なことである。」

私には、その神経が理解できない。


ここには、他にも観光できる場所が、たくさんあるのに。

例えば、この雄大に広がる牧場だ。

見渡す限りの広大な牧場には、牛や山羊、羊、トンボ……トンボ!?

私は、自分の目を疑った。

目の前に居るのは、トンボ師匠と弟子のムーンでは、ないか。


「奴ら、こんな所まで何をしに――そうか、チーズケーキか。」

メタール産のチーズケーキを、こよなく愛するトンボ師匠なら、当然といえば当然である。

私は、奴らに見つからないよう、木の陰に身を潜めた。


「しかし、あの二人は、いつも一緒に行動しているのか?」

師匠大好きの、ムーンはトンボに、いつもべったりなのである。


私が、そんな二人を見て、ため息をついていると突然、私の肩を叩く者が現れた。

私は、慌てて「なにやつ!」と、振り返った。

「よっ!おひさ。」と、軽いノリで声をかけてきたのは、私の師匠の一人、ヒグラシだった。

ヒグラシは、槍の使い手だ。


その昔、ギアン大陸には、三人の槍の達人がいた。

彼らは三槍鬼さんそうきと呼ばれ、各国の軍隊から引く手あまた、であった。

因みに三槍鬼は、トンボ、ヒグラシ、ホタル、の三人の事である。

あと一人のホタルも、もちろん私の師匠です。

彼は、残念ながら病に倒れ、この世を去ってしまった。

この三人は、昔からの顔馴染みであるが、とにかく仲が悪かった。

今でも伝説として、語り継がれている話がある。

それは、偶然三人が同じ町に居合わせた事で始まった、三つ巴の戦いである。

不運にも、その町は壊滅してしまったそうだ。

信じるも信じないも、貴方――。


「おおい。さっきから何をボーッと、自分の世界に入り込んでおるんだい。しばらくぶりに、師匠に会ったんじゃから、もっと嬉しそうにしたら、どうだ。」


私は、とりあえず満面の笑みを浮かべてみた。


「しらじらしい奴じゃな。しかし、こんな所でいったい――!あ、あれは、我が宿敵、トンボではないか!」


「しまった!!」

私は、すっかりトンボ師匠の事を忘れてしまっていた。


「ここで会ったが百年目。いざ、尋常に勝負!……と、言いたいとこじゃが、その前にチーズケーキを買わんとな。どうだ、ちょっと付き合ってくれんか。」


ヒグラシもチーズケーキを求めて、わざわざメタールまで来ていたようである。


「まったく、似た者同士だな。」と、私は鼻で笑った。

しかし、この二人が正面から出会ってしまっては、とても危険である。

しょうがないので、私はヒグラシと共にチーズケーキを買いに行くことにした。

この美しい村を破壊させないように、するためだ。



しばらく歩くと、長い人の行列が見えてきた。

こんな田舎には、不似合いな人の数である。


私とヒグラシは、その列の最後尾に並んだ。


「おっ!あそこにトンボが並んどる。あやつは昔から、ここのチーズケーキに目がなかったからのう。」

「そういう、あんたもだろ!?」と、突っ込んでやりたい気分だ。

「しかし、ここ最近ブームだかなんだかで、買うことすら困難になってしもた。残念なことじゃ。」

確かに、昔からのファンには、たまらないだろう。

まあ、そのうち落ち着くはずだ。

しかし、共通の好物があれば、二人は仲良くなれるのでは、ないだろうか。

昔のことは、全て水に流して。

私は、そんな淡い期待をしていた。


しかし、事態は急展開を迎える。

トンボの腰巾着、ムーンが私に気づいてしまったのだ。


「あーっ!トンボ師匠。ほら、あれ。」


「じょーしゅた?みゅーんょ……ヒグラシ!貴様、よくもぬけぬけと、儂の前に現れおったの。今、殺ってやるから覚悟せい!」


「ほう。殺れるもんなら、殺ってもらおうか、トンボ!」


どうやら、私の思い違いだったようだ。

トンボ師匠も覚醒してしまった。

「こうなれば、二人共――いや、ムーンも入れた三人共、私が葬り去るしか、なさそうだ。」と、私は強い決意をした。


「ヒグラシよ。チーズケーキを買うまで、しばし待て。」


「トンボ……承諾しよう。だが、某が買うまで、貴様も待て。」


トンボは、小さく頷いた後、また前を向いた。

私は一人、肩透かしを食らったような状態だった。


「なんなのだ、この爺どもは――まあ、平和に越したことはないが。」と、私は煮え切らない気持ちのまま、ヒグラシと並び続けた。



時間は経過し、いよいよトンボ達の順番が、やってこようとした、その時だった。

突然、後方から悲鳴声が上がったのだ。

「きゃあ!」

「うわあ!変なのが来たぞ!」

「牛の化け物だ!」


いつしか、私たちの後ろにも沢山の人が並んでいた。

その、人々がパニックに陥った様に騒ぎ立てている。


「なんなのだ、牛の化け物って。ここは、牧場だから牛くらい、いるだろう。やれやれ。」と、私は観光客たちのマナーの悪さに呆れながら、振り返った。


「――オーマイゴッド!!」で、ある。

こちらへ向かって歩いてくるのは、頭が牛で体が人間という、奇々怪々な生物なり。


「ありゃ、ミノタウロスじゃ。厄介な奴が来おったな。」と、ヒグラシは、唸る様に言った。

その、ミノタウロスは人間の行列には目もくれず、真っ直ぐに突き進んでくる。


「なんだ。害は、なさそうではないか。」と、私の横を通り過ぎて行った、ミノタウロスの背を眺めながら、安堵した。

――ところが、そうではなかった。

あろうことか、ミノタウロスはチーズケーキの店へ突撃したのだ。

「きゃああ!」と、販売員の女の子たちは、店を空っぽにして逃げてしまった。

ミノタウロスは店内にあったチーズケーキを一瞬にして平らげてしまった。


「ゲップ!」

ミノタウロスは満足そうに、もと来た道を歩き出した。


「ちょっと待てい!牛さんよ。」

トンボがミノタウロスを呼び止めた。


「なんだ人間。何か用か?」


「喋れるのか、あの牛。さすが人間とのハイブリッドだけのことは、あるな。」と、私は感心した。


「よいか、人間界では商品に金を払わねば、ならん。お主が食ったチーズケーキも商品だ。さあ、金を払え。儂のチーズケーキを食ったのだ、安くはないぞ!」


トンボが牛に説教を、している姿は何となくシュールだ。


「人間如きが、殺されないだけ有難く思って、黙っていれば良いものを――死にたいらしいな、老いぼれ。」

ミノタウロスは、そのマッチョな体に似合う、厳つい剣を抜いた。

「やるのだな。上等じゃ!儂のチーズケーキの怨み、ここで晴らしてくれる。おい、ムーン!」

トンボは、ムーンから太い槍を受け取った。


「出た!トンボの愛槍『オニヤンマ』だ。」

私は、ゴクリと唾を飲み込み、ことの成り行きを見守った。


「あいや、待たれい。その戦、某も参戦いたす。」

トンボとミノタウロスの間に割り入ってきたのは、ヒグラシだ。


「ヒグラシ!邪魔をするな。」


「邪魔では、ない。助太刀だ。某もチーズケーキを、どれだけ楽しみにしておったか……許すまじ!」


「そうか、そうであったか。分かるぞ、ヒグラシ。ならば、共に戦おう。」


「……なんだ、この妙な展開は。」と、私は少々げんなり、としてきた。


「いくぞ!」と、ヒグラシが取り出した槍は、伸縮自在の三段構造の武器だ。


「でたな、『トリックスター』。」

ヒグラシの槍は刃が二股に、なったり三股になったりする、変幻自在の槍でもあるのだ。

もちろん、それを使いこなすことが可能なのは基本が出来ているからこそ、である。


「やるぞ、トンボ!」


「おう、ヒグラシ!」


「ハンドレットピアース!」

「無限地獄槍!」

二人の師匠の、槍の乱れ突きの競演である。


「くっ!防ぎきれん――ぐわあ!」

ミノタウロスは断末魔の叫びを上げ、倒れた。


「相変わらず、やるなトンボよ。」

「お主もな、ヒグラシ。」


私は両師匠に拍手を送った。


「あのー、ありがとう御座いました。宜しければ、これ食べて下さい。」

そう言って、店の販売員の女の子がチーズケーキをワンホール持ってきて差し出した。


「なんと!まだ残っていたのか……しかし、これはまずい状態だ。」と、私は恐る恐る二人の師匠を見た。


「では、頂くとしよう。」

「では、遠慮なく。」

二人は、同時に手を差し出した。


「むっ!これは、儂のものだ。ヒグラシ!」

「何を言っておる、トンボ。娘さんは、某にくれたんだ。」


二人の間に激しい火花が散った。


「あの、二つ有るので、お一つずつどうぞ。」


「それじゃあ、一つずつ貰うとするか、トンボよ。」

「しょおしゅしぉ、でぃぐりゃしぃ。」


こうして、ようやく一件落着なのである。


「どうじゃ、お前も一緒に食べんか?」

私は、別にチーズケーキが好きというわけではないが、ヒグラシの好意に甘えることにした。


私と、ヒグラシ、トンボ、ムーンの四人は草の上に腰を下ろし、チーズケーキを頂いた。


「うわぁ!旨ぇ!やっぱ、ここのチーズケーキは最強ですね師匠。もう死んでもいいや。」と、ムーンは草の上に寝っ転がった。


私は、「そんな、死んでもいいなどとオーバーな。」と、半信半疑のまま一口食べた。


「ほ、ほんとだ!この濃厚なチーズの味わい。だが決して、くどくなく、後に残るのは爽やかで、ほのかなレモンの様な風味。食べれば食べるほどに、深く全身に染み渡る――これは、まるで母の胎内にいるような、安らかな気分になる。この世に産まれて良かったー!!と、叫びたくなる……い、いかん。これは、いかん!このままでは、この両師匠の様な老人になってしまう。恐らくムーンは、もう手遅れだろう。」


私は、スッと立ち上がり、両師匠に一礼し、その場を足早に去った。


私は、急ぎメタールを後にした。


「メタール産チーズケーキ……恐るべし。」で、ある。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...