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私と氷の女王
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私が聞いた話ではブレイズ最北の地、ディープフリーズに彼女は住んでいるということである。
最近、旦那を亡くした彼女は悲しみにくれ、天から降り注ぐ雨のような、涙を流しているのだという。
「よう。ここんとこ毎日寒いな。」
「本当だな。この時期から、こう寒いんじゃ本格的な冬を待たずして、凍え死んしまうよ。」
「実は、この異常気象の原因を、俺は知っているんだ。」
酒場で私の、すぐ横のテーブルに座った三人の中年の男たちは、興味のない何気ない世間話しから一転、私の興味をひく話しを始めた。
「このところの、異常な寒さは氷の女王のせいなんだ。」
「お前、なに言ってんだ?」
「そうだぞ、氷の女王って。そんなの架空のもんだろ?」
「いや違う。俺は見たことがあるんだ、ディープフリーズで。」
「あんな辺境の地で、なにを見たんだ?」
「キャッスルオンアイスだ。」
「……氷の城か。」
「ああ。あの城には、女王が住んでるんだ。」
「おいおい。お前ら、なに言ってんだ。氷の城とか女王とか、存在するわけない。」
「いいや、俺は信じる。昔、俺の親父が女王に会ったことがあるって話しを聞いたことがあるんだ。その女王は、それはもう美しく艶のある女だって親父が言ってた。」
「やっぱりな。俺も、あの城を見た時から、なんかすごく胸が高鳴ってドキドキしてるんだ。これは、恋なんじゃないかっていう、くらいにね。」
「お、お前女王に会ったことないんだろ?城を見て、恋って変態か。」
「いや、きっとこいつがそうなったのは、女王の力だ。親父が言ってた、女王の魅力にとり憑かれた男は――やがて死んでしまうってな。」
「まじか!?お前、早く城のことなんて忘れちまえよ。」
「あ、ああ。頑張ってみるよ。」
「しかし、そんなに美人なら、一度会ってみたいもんだな。」
「そうだな。」
「俺も死ぬ前に一度、お目にかかりたいよ。」
私は彼らの話しに、いつのまにか聞き入ってしまっていた。
「氷の城に女王……そして絶世の美女。いや、それだけではない。彼女は、旦那を喪ったばかりの未亡人。」
私は、立ち上がり勢いよく酒場を飛び出た。
「行くしかないだろ!女王様、どうかお待ちを。この、私めがすぐ慰めに参りますぞ!」
私は、近くの店で地図を買い、ディープフリーズの場所を確認した。
「なかなかの距離だな。まあ、走れば一日で行けるか。」
私は、すぐに駆け出したのであった。
翌日。
私は極寒の地、ディープフリーズの地を踏んだ。
見渡す限り、雪と氷だけの世界。
時おり吹く強い風が雪を巻き上げ、宙を舞った。
「さ、さ、寒い。」
私は嘗めていた。
大した装備品もなく軽装のままで、この厳しい土地へ軽い気持ちでやって来てしまった。
顔が痛いし、足の先は感覚すらなくなっていり。
震える身体は温もりを求め、悲鳴を上げた。
「このままでは、まずい。どこかで暖をとらねば。」
私は視界の効かない状況で、必死に辺りを見渡した。
すると、遠くにこんもりした、小山の様なものが見えた。
「あれは、まさか!?」
最後の力を振り絞り、その場を目指し走った。
しかし、それは単なる大きい氷の塊であった。
「も、もう駄目だ。」と、匙を投げてしまいそうになった私の目に、再び大きな氷の山らしきものが、目に飛び込んできた。
その瞬間、今まで吹いていた強風はピタリと止み、雲間から日差しが差し込んだ。
そして今度は、はっきりと見えた。
その輪郭は間違いなく、お城であった。
「見つけた!」
私は興奮状態になり、そこを目指し、猛ダッシュした。
遂に到達した、
「キャッスルオンアイス」だ。
私は、ごくりと唾を飲み込み、正面にある扉に手をかけた。
開かない。
もう一度、トライしてみるが、開かない。
私は、城の回りを一周してみたが、他に扉らしきところは、ない。
「やはり、さっきの扉か。」
私は、最初の扉を押したり引いたりしてみた。
「だめか!?こうなったら仕方あるまい。」
私は、低級魔法「火炎放射機フレームスロワー」を、唱えて扉に向け発動させた。
扉は、すぐに溶け始めた。
「よし、これで中に入れそうだぞ。」
私が、気持ちよく魔法を使っていると、その扉は突然に内側から開かれた。
「止めろ!城が溶けてしまうがや。」
中から出てきたのは、黒い服に身を包んだ、初老の男性だった。
私は慌てて、魔法をストップさせた。
「誰だ、あんた?」
私は、返答に困った。
「怪しい男だぎゃ!帰れ!」
激しく責め立てられるうちに、私は段々と腹がたってきた。
「おのれ!言わせておけば。」と、私は低級魔法を唱えそうになった。
しかしその時である、
「どうしたの騒がしいわね、テバスチャン。」
奥から現れたのは、長く艶やかな黒髪に薄いブルーの瞳。
肌は雪より白く、タイトな黒いドレスに身を包んだ女性だった。
「スノウ女王様。こやつめが、城の扉を溶かそうとしてたがね。」
「まあ。そんなことなさらずとも、ノックして頂ければよかったのに。」
私は、言い返す言葉もなかった。
「まあ、何はともあれ、我がウィンター家へようこそいらっしゃいました。どうぞ中へ、テバスチャン案内して差し上げて。」
「分かりました、女王様。さあ、どうぞこちらへ。」
テバスチャンという男は、態度を改め私を客間へと、案内した。
「しかし、あの女王の美しさ。それに身体の線が、くっきりと浮き出たドレス。」
ベタではあるが、鼻血が出そうだった。
案内された部屋には、氷で作られたソファ?が、あった。
座ってみると、ひんやりとしたが、決して冷たいという程では、なく座り心地がよかった。
「不思議なものだ。」
そこへ、スノウ女王が現れ、
「テバスチャン。お客様にお茶でも差し上げて。」
「はい、奥様。」
テバスチャンは、この家に仕える執事であるようだ。
最初のように気を荒立てず、淡々と仕事をこなしている。
「彼にも悪いことをしたな。」と、私は反省した。
スノウ女王は、当然のようにして、私の隣に座った。
「今日は、どうしてこちらへ?遭難なさったのかしら?――それとも私に会いに来てくださったのかしら。」
「もちろん、後者です。女王様!」と、声を大にして叫びたい。
「フフッ。私には分かっていたんです。今日あなたが、ここに来ることが。」
私は夢見心地で、スノウ女王が言った言葉の意味など判りようも、なかった。
「私の目を見て……どう?美しい?」
私は尻尾を振っている犬の様に興奮して、頷いた。
「本当?嬉しい……ねぇ、いいでしょ。」
スノウ女王は、私の顔に手を当てて、顔を近づけてきた。
スノウ女王の手のひらが、火照った私の顔には、ひんやりとして気持ちよかった。
「な、なんだ!この急展開は!?」と、私が覚悟を決める暇もなく、責め寄せた。
私は、成るように成れと、目を閉じた。
「さあ、いつでもどうぞ。あなたの、ありのままの姿を、お見せください女王様!」
「キャアアー!誰か!」
「?」
私は、突然の女王の叫びに驚き、目を開いた。
すると扉が勢いよく開かれ、一人の男が入ってきた。
「おう、こら!他人の嫁に手を出すたぁ、どういう了見だ、兄ちゃん!」
私は、何がなんだか分からず困惑した。
スノウ女王は、その男の懐に飛び込み、こう言った。
「あなた、助けて。この男が私に無理矢理キスしようとしたの。」
「なんだと!俺の女に何してくれてんだ!?この野郎、俺を誰だと思ってるんだ。俺は、この城の城主にして、ディープフリーズの王、クリスタルだ!兄ちゃん、どう責任とってくれんだ?」
「あなた素敵。でも暴力で解決するのは、止めて。」
「まったく、スノウは誰にでも優しいんだな。おい、兄ちゃん誠意をみせろ。それ次第では勘弁してやる。」
この、チンピラみたいな男。
そして、この下手な科白に芝居がかったような演技。
これは、もしかして俗にいう美人局では、ないだろうか?
私は……私は……怒った。
「純粋な男を、その美貌で弄びおって。許さん!決して許すまじ!」
私は、低級魔法「パンチャー」を、唱えて殴りかかった。
「ぎゃあ!」と、クリスタルは、ぶっ飛んだ。
「思いしれ!私の下心を利用しようとした罰だ!」と、ばかりに私はスノウを哀しい目で見た。
「――おい、まだ終わってねぇぞ。」
振り返れば奴がいた。
しかも全然、効いてないようだ。
「なかなかタフな男だ。だが、これならどうだ!」と、私は中級魔法「ハードパンチャー」を繰り出した。
クリスタル王は、全身に力を入れて正面から受け止める気だった。
「正気か!?この男、死ぬぞ。」と、思ったが、私は遠慮なく思いきり、ぶっ放した。
バゴン!!
クリスタル王は、その大柄な身体ごと吹っ飛び、城の壁の氷を突き破り、外まで飛んでいった。
「あなたー!」
スノウ女王の悲痛な叫びが城内に響きわたった。
「あ、あの……本当に申し訳ありませんでした。」
「申し訳ありませんでした。」
今、私の前には土下座しながら、クリスタル王とスノウ女王が謝罪の真っ最中である。
「昔は、この辺りも人が来ては、色々な物を俺たちに貢いでくれた。」
「でも、最近は不景気からか、この土地に誰も寄り付かなく、なってしまったわ。私達だって好き好んで、こんなことしている訳じゃないんです。」
二人は、沈痛な面持ちだ。
「いや、まず不景気とか関係ないから。この極寒の地に用もないのに人が来るはずない、だろう。」と、私は思って天井を見上げた。
「こんなに美しい城と、美しい女王様がいる……これは、もしかして!」
この時、ある閃きが私に舞い降りてきていた。
「とりあえず今日は、ゆっくりしていって下さい。俺たちに出来る、もてなしなんて大したことは、ありませんが。」
「そうして、もらいましょう、あなた。テバスチャン!」
スノウ女王は執事、テバスチャンを呼んで案内させた。
そして、私に豪華な一室を貸し与えたのだった。
その夜、私は一晩掛けて、ある物を書き上げた。
――翌朝。
「あ、あのこれは?」
私は、クリスタル王、スノウ女王、テバスチャン執事、三人の前に数十枚の紙の束を置いた。
そのタイトルは、
「ディープフリーズ観光客誘致大作戦。」だ。
この土地は、非常に環境が厳しい。
だが、それ以上に価値のある物もある。
まず、このキャッスルオンアイスという、滅多にお目にかかれない美しい城。
ここをホテルに、すればいい。
幸い、執事のテバスチャンはプロ意識を持ち合わせている。
良いホテルマンになるだろう。
そして、絶世の美女であるスノウ女王も目玉になるだろう。
更に、ここはオーロラが見物できることを昨夜、私は知った。
あとは、美味い料理と交通の便を考えれば、きっと観光客が押し寄せるで、あろう。
その辺りの事は、私が作成した企画書に詳細に書き記しておいた
。
この才能を開花させてくれた我が師、プレゼン師匠には感謝だ。
まさか、役にたつことがあろうとは。
「世の中、分からんものだ。」と、私は痛感した。
「な、なるほど。観光地か。」
私の企画書を読んで、感嘆の声を漏らすクリスタル王。
そして、それを覗きこむスノウ女王。
テバスチャンも、やる気に満ち溢れた顔をしている。
「私の計画に狂いはない……はずだ。」と、私は自信満々であった。
「あの、あなたには世話になった。俺たち頑張ってみます。それで、お礼と言ってはなんですが、これを――」と、クリスタル王が差し出したのは、冷気を帯びた一振りの剣だった。
「これは、我が城に古くからある、『アイシクルソード』です。この剣は、どんなに高温な所でも冷気を保っていられます。」
私は遠慮せずに、その剣を頂いた。
「これがあれば、砂漠でも平気そうだ。」
そして、続いてスノウ女王が、
「私たち夫婦、もう一度ゼロからやり直してみます。それで私からも贈り物をさせてください。」
私は、
「キスか!もしかして、キスか!」と、内心興奮していた。
「私からは、船を差し上げます。」
……要らね。
「ここからなら、北から船に乗って行けば、あなたが行きたい場所まで行けますよ。来た道を歩いて戻るのは、大変でしょう。今日からは吹雪が強くなるそうですから。」
「確かに……歩いて戻るのは、考えただけで凍え死にそうだ。」と、私は身震いした。
だが、船というのも嫌だな。
私は船と寒さを天秤にかけたみた。
うーん……ギリ船の方がましか。
実をいうと、私は寒いのが大嫌いなのだ。
じゃあ何故、こんな極寒の地に来たかって?
「美女が寒さに勝ったから。」で、ある。
こうして私の欲望に満ち溢れた、旅は予想外の結末を迎え、終わりとなった。
私は、スノウ女王の案内の元、船が停泊しているという港に向かった。
「ん?どこに船が?というより港は?」
私が、当惑していると、
「どうなさいました?船なら、もうお乗りになってますわ。」
そう言って、スノウ女王は高い氷の丘を飛び降りた。
「えーっ!?」
私は、すぐにスノウ女王の無事を確認しようとした。
すると、
ギギギッ、パキパキッ!
鈍い大きな音がした。
そして、私が立っている大地が動き始めた。
「すごく、嫌な予感がする……。」
見下ろすと、そこにスノウ女王は居た。
「お元気でー!また遊びにいらっしゃってね――あっ!名前聞き忘れた……まっいっか。」と、言って手を振る。
その姿は、みるみる内に小さくなってゆく。
――私は氷の船に乗っていた。
そこそこ大きい、この船の乗員は、どうやら私一人のようだ。
「そ、そうじゅうは?というより、氷の船は溶けてしまうのでは、ないか?いや、そんなことより私は何処へ向かうのだ!?」
船は、そんな私の心配をよそに、突き進む。
前略、皆様。
私は生きて大地を踏むことが、二度と出来ないかもしれません。
ですが、もしまた再び生還できたら私は迷わずに、あのクリスタル王とスノウ女王に復讐することを誓います。
それでは皆様、お元気で。
潮の流れに乗せられ、私は大海原へと旅立ったので、あった。
最近、旦那を亡くした彼女は悲しみにくれ、天から降り注ぐ雨のような、涙を流しているのだという。
「よう。ここんとこ毎日寒いな。」
「本当だな。この時期から、こう寒いんじゃ本格的な冬を待たずして、凍え死んしまうよ。」
「実は、この異常気象の原因を、俺は知っているんだ。」
酒場で私の、すぐ横のテーブルに座った三人の中年の男たちは、興味のない何気ない世間話しから一転、私の興味をひく話しを始めた。
「このところの、異常な寒さは氷の女王のせいなんだ。」
「お前、なに言ってんだ?」
「そうだぞ、氷の女王って。そんなの架空のもんだろ?」
「いや違う。俺は見たことがあるんだ、ディープフリーズで。」
「あんな辺境の地で、なにを見たんだ?」
「キャッスルオンアイスだ。」
「……氷の城か。」
「ああ。あの城には、女王が住んでるんだ。」
「おいおい。お前ら、なに言ってんだ。氷の城とか女王とか、存在するわけない。」
「いいや、俺は信じる。昔、俺の親父が女王に会ったことがあるって話しを聞いたことがあるんだ。その女王は、それはもう美しく艶のある女だって親父が言ってた。」
「やっぱりな。俺も、あの城を見た時から、なんかすごく胸が高鳴ってドキドキしてるんだ。これは、恋なんじゃないかっていう、くらいにね。」
「お、お前女王に会ったことないんだろ?城を見て、恋って変態か。」
「いや、きっとこいつがそうなったのは、女王の力だ。親父が言ってた、女王の魅力にとり憑かれた男は――やがて死んでしまうってな。」
「まじか!?お前、早く城のことなんて忘れちまえよ。」
「あ、ああ。頑張ってみるよ。」
「しかし、そんなに美人なら、一度会ってみたいもんだな。」
「そうだな。」
「俺も死ぬ前に一度、お目にかかりたいよ。」
私は彼らの話しに、いつのまにか聞き入ってしまっていた。
「氷の城に女王……そして絶世の美女。いや、それだけではない。彼女は、旦那を喪ったばかりの未亡人。」
私は、立ち上がり勢いよく酒場を飛び出た。
「行くしかないだろ!女王様、どうかお待ちを。この、私めがすぐ慰めに参りますぞ!」
私は、近くの店で地図を買い、ディープフリーズの場所を確認した。
「なかなかの距離だな。まあ、走れば一日で行けるか。」
私は、すぐに駆け出したのであった。
翌日。
私は極寒の地、ディープフリーズの地を踏んだ。
見渡す限り、雪と氷だけの世界。
時おり吹く強い風が雪を巻き上げ、宙を舞った。
「さ、さ、寒い。」
私は嘗めていた。
大した装備品もなく軽装のままで、この厳しい土地へ軽い気持ちでやって来てしまった。
顔が痛いし、足の先は感覚すらなくなっていり。
震える身体は温もりを求め、悲鳴を上げた。
「このままでは、まずい。どこかで暖をとらねば。」
私は視界の効かない状況で、必死に辺りを見渡した。
すると、遠くにこんもりした、小山の様なものが見えた。
「あれは、まさか!?」
最後の力を振り絞り、その場を目指し走った。
しかし、それは単なる大きい氷の塊であった。
「も、もう駄目だ。」と、匙を投げてしまいそうになった私の目に、再び大きな氷の山らしきものが、目に飛び込んできた。
その瞬間、今まで吹いていた強風はピタリと止み、雲間から日差しが差し込んだ。
そして今度は、はっきりと見えた。
その輪郭は間違いなく、お城であった。
「見つけた!」
私は興奮状態になり、そこを目指し、猛ダッシュした。
遂に到達した、
「キャッスルオンアイス」だ。
私は、ごくりと唾を飲み込み、正面にある扉に手をかけた。
開かない。
もう一度、トライしてみるが、開かない。
私は、城の回りを一周してみたが、他に扉らしきところは、ない。
「やはり、さっきの扉か。」
私は、最初の扉を押したり引いたりしてみた。
「だめか!?こうなったら仕方あるまい。」
私は、低級魔法「火炎放射機フレームスロワー」を、唱えて扉に向け発動させた。
扉は、すぐに溶け始めた。
「よし、これで中に入れそうだぞ。」
私が、気持ちよく魔法を使っていると、その扉は突然に内側から開かれた。
「止めろ!城が溶けてしまうがや。」
中から出てきたのは、黒い服に身を包んだ、初老の男性だった。
私は慌てて、魔法をストップさせた。
「誰だ、あんた?」
私は、返答に困った。
「怪しい男だぎゃ!帰れ!」
激しく責め立てられるうちに、私は段々と腹がたってきた。
「おのれ!言わせておけば。」と、私は低級魔法を唱えそうになった。
しかしその時である、
「どうしたの騒がしいわね、テバスチャン。」
奥から現れたのは、長く艶やかな黒髪に薄いブルーの瞳。
肌は雪より白く、タイトな黒いドレスに身を包んだ女性だった。
「スノウ女王様。こやつめが、城の扉を溶かそうとしてたがね。」
「まあ。そんなことなさらずとも、ノックして頂ければよかったのに。」
私は、言い返す言葉もなかった。
「まあ、何はともあれ、我がウィンター家へようこそいらっしゃいました。どうぞ中へ、テバスチャン案内して差し上げて。」
「分かりました、女王様。さあ、どうぞこちらへ。」
テバスチャンという男は、態度を改め私を客間へと、案内した。
「しかし、あの女王の美しさ。それに身体の線が、くっきりと浮き出たドレス。」
ベタではあるが、鼻血が出そうだった。
案内された部屋には、氷で作られたソファ?が、あった。
座ってみると、ひんやりとしたが、決して冷たいという程では、なく座り心地がよかった。
「不思議なものだ。」
そこへ、スノウ女王が現れ、
「テバスチャン。お客様にお茶でも差し上げて。」
「はい、奥様。」
テバスチャンは、この家に仕える執事であるようだ。
最初のように気を荒立てず、淡々と仕事をこなしている。
「彼にも悪いことをしたな。」と、私は反省した。
スノウ女王は、当然のようにして、私の隣に座った。
「今日は、どうしてこちらへ?遭難なさったのかしら?――それとも私に会いに来てくださったのかしら。」
「もちろん、後者です。女王様!」と、声を大にして叫びたい。
「フフッ。私には分かっていたんです。今日あなたが、ここに来ることが。」
私は夢見心地で、スノウ女王が言った言葉の意味など判りようも、なかった。
「私の目を見て……どう?美しい?」
私は尻尾を振っている犬の様に興奮して、頷いた。
「本当?嬉しい……ねぇ、いいでしょ。」
スノウ女王は、私の顔に手を当てて、顔を近づけてきた。
スノウ女王の手のひらが、火照った私の顔には、ひんやりとして気持ちよかった。
「な、なんだ!この急展開は!?」と、私が覚悟を決める暇もなく、責め寄せた。
私は、成るように成れと、目を閉じた。
「さあ、いつでもどうぞ。あなたの、ありのままの姿を、お見せください女王様!」
「キャアアー!誰か!」
「?」
私は、突然の女王の叫びに驚き、目を開いた。
すると扉が勢いよく開かれ、一人の男が入ってきた。
「おう、こら!他人の嫁に手を出すたぁ、どういう了見だ、兄ちゃん!」
私は、何がなんだか分からず困惑した。
スノウ女王は、その男の懐に飛び込み、こう言った。
「あなた、助けて。この男が私に無理矢理キスしようとしたの。」
「なんだと!俺の女に何してくれてんだ!?この野郎、俺を誰だと思ってるんだ。俺は、この城の城主にして、ディープフリーズの王、クリスタルだ!兄ちゃん、どう責任とってくれんだ?」
「あなた素敵。でも暴力で解決するのは、止めて。」
「まったく、スノウは誰にでも優しいんだな。おい、兄ちゃん誠意をみせろ。それ次第では勘弁してやる。」
この、チンピラみたいな男。
そして、この下手な科白に芝居がかったような演技。
これは、もしかして俗にいう美人局では、ないだろうか?
私は……私は……怒った。
「純粋な男を、その美貌で弄びおって。許さん!決して許すまじ!」
私は、低級魔法「パンチャー」を、唱えて殴りかかった。
「ぎゃあ!」と、クリスタルは、ぶっ飛んだ。
「思いしれ!私の下心を利用しようとした罰だ!」と、ばかりに私はスノウを哀しい目で見た。
「――おい、まだ終わってねぇぞ。」
振り返れば奴がいた。
しかも全然、効いてないようだ。
「なかなかタフな男だ。だが、これならどうだ!」と、私は中級魔法「ハードパンチャー」を繰り出した。
クリスタル王は、全身に力を入れて正面から受け止める気だった。
「正気か!?この男、死ぬぞ。」と、思ったが、私は遠慮なく思いきり、ぶっ放した。
バゴン!!
クリスタル王は、その大柄な身体ごと吹っ飛び、城の壁の氷を突き破り、外まで飛んでいった。
「あなたー!」
スノウ女王の悲痛な叫びが城内に響きわたった。
「あ、あの……本当に申し訳ありませんでした。」
「申し訳ありませんでした。」
今、私の前には土下座しながら、クリスタル王とスノウ女王が謝罪の真っ最中である。
「昔は、この辺りも人が来ては、色々な物を俺たちに貢いでくれた。」
「でも、最近は不景気からか、この土地に誰も寄り付かなく、なってしまったわ。私達だって好き好んで、こんなことしている訳じゃないんです。」
二人は、沈痛な面持ちだ。
「いや、まず不景気とか関係ないから。この極寒の地に用もないのに人が来るはずない、だろう。」と、私は思って天井を見上げた。
「こんなに美しい城と、美しい女王様がいる……これは、もしかして!」
この時、ある閃きが私に舞い降りてきていた。
「とりあえず今日は、ゆっくりしていって下さい。俺たちに出来る、もてなしなんて大したことは、ありませんが。」
「そうして、もらいましょう、あなた。テバスチャン!」
スノウ女王は執事、テバスチャンを呼んで案内させた。
そして、私に豪華な一室を貸し与えたのだった。
その夜、私は一晩掛けて、ある物を書き上げた。
――翌朝。
「あ、あのこれは?」
私は、クリスタル王、スノウ女王、テバスチャン執事、三人の前に数十枚の紙の束を置いた。
そのタイトルは、
「ディープフリーズ観光客誘致大作戦。」だ。
この土地は、非常に環境が厳しい。
だが、それ以上に価値のある物もある。
まず、このキャッスルオンアイスという、滅多にお目にかかれない美しい城。
ここをホテルに、すればいい。
幸い、執事のテバスチャンはプロ意識を持ち合わせている。
良いホテルマンになるだろう。
そして、絶世の美女であるスノウ女王も目玉になるだろう。
更に、ここはオーロラが見物できることを昨夜、私は知った。
あとは、美味い料理と交通の便を考えれば、きっと観光客が押し寄せるで、あろう。
その辺りの事は、私が作成した企画書に詳細に書き記しておいた
。
この才能を開花させてくれた我が師、プレゼン師匠には感謝だ。
まさか、役にたつことがあろうとは。
「世の中、分からんものだ。」と、私は痛感した。
「な、なるほど。観光地か。」
私の企画書を読んで、感嘆の声を漏らすクリスタル王。
そして、それを覗きこむスノウ女王。
テバスチャンも、やる気に満ち溢れた顔をしている。
「私の計画に狂いはない……はずだ。」と、私は自信満々であった。
「あの、あなたには世話になった。俺たち頑張ってみます。それで、お礼と言ってはなんですが、これを――」と、クリスタル王が差し出したのは、冷気を帯びた一振りの剣だった。
「これは、我が城に古くからある、『アイシクルソード』です。この剣は、どんなに高温な所でも冷気を保っていられます。」
私は遠慮せずに、その剣を頂いた。
「これがあれば、砂漠でも平気そうだ。」
そして、続いてスノウ女王が、
「私たち夫婦、もう一度ゼロからやり直してみます。それで私からも贈り物をさせてください。」
私は、
「キスか!もしかして、キスか!」と、内心興奮していた。
「私からは、船を差し上げます。」
……要らね。
「ここからなら、北から船に乗って行けば、あなたが行きたい場所まで行けますよ。来た道を歩いて戻るのは、大変でしょう。今日からは吹雪が強くなるそうですから。」
「確かに……歩いて戻るのは、考えただけで凍え死にそうだ。」と、私は身震いした。
だが、船というのも嫌だな。
私は船と寒さを天秤にかけたみた。
うーん……ギリ船の方がましか。
実をいうと、私は寒いのが大嫌いなのだ。
じゃあ何故、こんな極寒の地に来たかって?
「美女が寒さに勝ったから。」で、ある。
こうして私の欲望に満ち溢れた、旅は予想外の結末を迎え、終わりとなった。
私は、スノウ女王の案内の元、船が停泊しているという港に向かった。
「ん?どこに船が?というより港は?」
私が、当惑していると、
「どうなさいました?船なら、もうお乗りになってますわ。」
そう言って、スノウ女王は高い氷の丘を飛び降りた。
「えーっ!?」
私は、すぐにスノウ女王の無事を確認しようとした。
すると、
ギギギッ、パキパキッ!
鈍い大きな音がした。
そして、私が立っている大地が動き始めた。
「すごく、嫌な予感がする……。」
見下ろすと、そこにスノウ女王は居た。
「お元気でー!また遊びにいらっしゃってね――あっ!名前聞き忘れた……まっいっか。」と、言って手を振る。
その姿は、みるみる内に小さくなってゆく。
――私は氷の船に乗っていた。
そこそこ大きい、この船の乗員は、どうやら私一人のようだ。
「そ、そうじゅうは?というより、氷の船は溶けてしまうのでは、ないか?いや、そんなことより私は何処へ向かうのだ!?」
船は、そんな私の心配をよそに、突き進む。
前略、皆様。
私は生きて大地を踏むことが、二度と出来ないかもしれません。
ですが、もしまた再び生還できたら私は迷わずに、あのクリスタル王とスノウ女王に復讐することを誓います。
それでは皆様、お元気で。
潮の流れに乗せられ、私は大海原へと旅立ったので、あった。
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2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
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