彼は今、無気力で、何をするでもなく四六時中ぼんやりして息だけしているような状態だそうです。

四季

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後編

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 ◆


 婚約破棄された直後、迎えた夏のある日、海辺で沈みゆく太陽を眺めていたら。

「綺麗ですよね、この時間帯」

 一人の青年が声をかけてきて。

「ええと……お好きなのですか?」

 平凡な問いを投げれば。

「ええ、好きです」

 さらりとした答えが返ってくる。

「貴女も?」
「あ……は、はい、好きです。といいましても、それほど詳しいわけではないのですけど……でも、凄く綺麗だなって、最近気づきまして」

 私たちはたった今言葉を交わしただけの他人だ。お互いのことなんて何も知らない。異性であるということは姿を見れば分かるけれど、でも、それ以上のことなんてお互いに何も知らないのだ。ただ、それでも、切なげで美しい夕日の前ではありのままの自分でいられて。そんな状況だからこそ、あまり知らない人とでも共に空を見つめていられる。

 思えば、エッペルとこういうことをしたことはなかった。

「僕も好きです、夕暮れの海辺」

 隣り合って赤らむ空を見つめる。
 私たちの間に壁はなかった。

「失礼かもしれませんが……あの、よければ、お名前とか教えていただけませんか?」
「え。僕の、ですか」
「はい。……あっ、もし無礼でしたらすみません」
「いやいや大丈夫ですよお気になさらず。で、僕の名ですが、カーリスと申します」

 もっと知りたい、そんな風に思って。

「貴女は?」
「サリナといいます」

 私は既に彼に惹かれ始めている……そんな気がする。


 ◆


 あれから数年、私はカーリスと夫婦になった。

 海辺で出会ったあの日。
 こうなる未来を微かながら見ていた。

 あの日見た光景は偽りのものではなかった。
 共に在るところを幻のように見て、その後実際私たちは共に歩むこととなったのだから、人生とはなかなか不思議なものだ。

 でも、本当に、カーリスと結ばれて良かった。

「サリナ、海行かない?」
「そうね」
「今日の夕方、どう?」
「行く!」

 そういえば。
 かつて婚約者だったエッペルだが、彼は愛した人とは結ばれられなかったようだ。

 なんでも家柄の差があるとか何とかで。

 いざ結婚となると親族から激しく反対され、説得しようとするもことごとく失敗、やがて親に強制的に引き離されることとなってしまったらしい。

 で、それによってエッペルは病んでしまったそう。

 彼は今、無気力で、何をするでもなく四六時中ぼんやりして息だけしているような状態だそうだ。


◆終わり◆
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