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52.決着
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ミリアムは雨で濡れた体を乾かそうと思っていたのだが、流れでシャワーを浴びることになった。
結果、さりげなく時間がかかってしまうこととなる。
一度シャワーを浴び始めると、色々なところを洗いたくなってしまって。結局、すべて洗い終えるのに二十分くらいかかってしまった。
また、それで終わりではなく、さらに時間がかかる。というのも、体を流せば完了というわけではないのだ。タオルで肌を拭いたり、髪を乾かしたり、そういうこともせねばならない。
「終わったのですね」
仮設テント後方の建物で湯浴みと乾燥を終えたミリアムを、ロゼットは温かく迎えた。
「えぇ。さっぱりしたわ」
ロゼットがその能力をもって降らせていた雨は、現在はもう止んでいる。けれども辺りの空気は湿気を帯びていて、過ごしやすい状態ではない。数分でも屋外に滞在すれば、肌がまたべたついてきそう。
「お疲れ様でした」
仮設テントでミリアムを温かく迎えたロゼットは、簡易ベッドに座りながら、光を照り返す美しい銀の髪を結い直していた。
「ありがとう、ロゼット。……ところで、貴方の体調はどうなの?」
テント内を歩き回って負傷者の世話をしている女性が、ロゼットのベッドのすぐ傍に座面が丸い椅子を一つ置いてくれる。ミリアムはそこに腰を下ろし、改めてロゼットへと視線を向けた。
「体調、ですか?」
ロゼットはミリアムが思っていたより器用だった。長い髪を黒い紐で上手く結んでいる。見た感じ、摩擦不足で髪がすり抜けてしまいそうなものだが、案外そんなことにはなっていない。
「えぇ。怪我をしたのでしょう」
「心配していただくほどのことではありません。どうか、お気遣いなく」
「どうしてそんな言い方をするのかしら」
「そんな言い方? 何か失礼なことを申してしまったでしょうか」
「……いえ、いいの。気にしないでちょうだい」
会えない時は会いたかった。傍にいって喋りたい、それが願いだった。なのに、いざこうして向き合うと、器用に喋ることはできない。
突き付けられた現実に、ミリアムは戸惑っていた。
言いたいことはたくさん。喋りたいこと、やりたいことも、色々あった。それなのに、現実には、何とも言えない空気を作り出すことしかできていない。そんなことをしたくてロゼットに会いにきたわけではないというのに。
「それより。ミリアムさん、お疲れ様でした」
「……ロゼット?」
「なぜそのような顔をされるのです。胸を張って下さい、皆のために力を尽くしたのですから」
「たいしたことはしていないわ。……それと、貴方に言われるとちょっと照れるわ」
少しして、ミリアムは言葉を放つ。
「私ね……この騒ぎが落ち着いたら、改めて謝ろうと思うの」
「どなたにです?」
「電撃を浴びせてしまったあの人に。あのまま放置じゃ、私、悪い人になってしまうもの」
テントの中の騒々しさも徐々に落ち着きつつある。
新たな負傷者が運び込まれてくることが減ったから、だろう。
◆
その後、ミリアムは前に電撃を浴びせてしまった男性のところへ向かった。
周辺の人から聞いた話によれば、その男性は前線には出ていなかったそうだ。それを聞いて、ミリアムは納得した。見かけなかったはずだ、と。
そうしてミリアムがたどり着いたのは、仮設テントから徒歩数分の距離にある一軒の店。
初めて入る食料品店だ。
「……貴方、よね。その……今さらかもしれないけれど、この前はすみませんでした」
男性は食料品店でアルバイトをしていた。その時はちょうど、棚に味噌を並べているところだった。そんなところにミリアムがいきなり現れ、声をかけたものだから、男性は両手に持っていた箱入り味噌を床に落としてしまう。驚きすぎてのことだ。
「あっ……落ちたわよ?」
「な、何しに来た!」
「警戒しないでほしいの。もう能力を使う気はないわ」
「寄るなぁ!」
「ちょっとちょっと、落ち着いて。危害を加えたりしないから。私はただ、話がしたいだけなの」
まずは落ち着いてもらい、それから事情を説明して、ようやく話ができる状態になった。
男性はアルバイトとして雇われている。そのため、男性に時間を割いてもらうためには、店主と話をする必要があった。男性がサボり扱いされないようにしなくてはならなかったからだ。
店主への説明はミリアムが行った。
その結果、男性を借りることができることになった。
「ごめんなさい。無理を言って」
「……あぁ、いや」
店の奥の談話室にて、ミリアムは男性と二人になる。
お茶の入った小さい湯呑みだけは貰えた。
「この前はごめんなさい。あんなことになってしまって」
「……怖かったが、怒ってないから……その、もう気にしないでくれな」
「わざとではないとはいえ、能力者が非能力者に手を出すなんてあってはならないことだわ。許してくれとは言わないけれど、謝らせてほしかったの」
とにかく気まずかった。というのも、男性が妙に大人しかったから、予想以上に話が進まなかったのだ。ミリアムはもう少し何か言われるものだろうと考えていたので、この展開は意外だった。
「もう気にしなくていいからさ、そんなに謝らないでくれよ」
「でも」
「いいんだ! ……あの時はこっちもどうかしてた」
「……それは多分、紛れ込んだ能力者に精神をコントロールされていたのだと思うの」
それからも、しばらく、ミリアムは男性と語り合うことを続けた。
最初は能力を使ってしまったことへの謝罪をミリアムが行っていた。が、時が経つにつれて、話の方向性が変わっていく。ただしそれは悪い変化ではなかった。二人の心の距離が近づいていっているからこその変化だったのだ。
二人はお茶を飲みながら、談話室内にて話を続ける。
その話題は主にくだらないようなこと。ただ、それでも、意味がないことはなかった。むしろ有意義だったくらいだ。なんせ、心が接近したのだから。
「今日は謝らせてくれてありがとう」
「いやいや! こっちこそ、色々聞けて楽しかった!」
「じゃあまた。お仕事頑張って」
「もちろん!」
男性に謝罪した帰り道、空には虹がかかっていた。
結果、さりげなく時間がかかってしまうこととなる。
一度シャワーを浴び始めると、色々なところを洗いたくなってしまって。結局、すべて洗い終えるのに二十分くらいかかってしまった。
また、それで終わりではなく、さらに時間がかかる。というのも、体を流せば完了というわけではないのだ。タオルで肌を拭いたり、髪を乾かしたり、そういうこともせねばならない。
「終わったのですね」
仮設テント後方の建物で湯浴みと乾燥を終えたミリアムを、ロゼットは温かく迎えた。
「えぇ。さっぱりしたわ」
ロゼットがその能力をもって降らせていた雨は、現在はもう止んでいる。けれども辺りの空気は湿気を帯びていて、過ごしやすい状態ではない。数分でも屋外に滞在すれば、肌がまたべたついてきそう。
「お疲れ様でした」
仮設テントでミリアムを温かく迎えたロゼットは、簡易ベッドに座りながら、光を照り返す美しい銀の髪を結い直していた。
「ありがとう、ロゼット。……ところで、貴方の体調はどうなの?」
テント内を歩き回って負傷者の世話をしている女性が、ロゼットのベッドのすぐ傍に座面が丸い椅子を一つ置いてくれる。ミリアムはそこに腰を下ろし、改めてロゼットへと視線を向けた。
「体調、ですか?」
ロゼットはミリアムが思っていたより器用だった。長い髪を黒い紐で上手く結んでいる。見た感じ、摩擦不足で髪がすり抜けてしまいそうなものだが、案外そんなことにはなっていない。
「えぇ。怪我をしたのでしょう」
「心配していただくほどのことではありません。どうか、お気遣いなく」
「どうしてそんな言い方をするのかしら」
「そんな言い方? 何か失礼なことを申してしまったでしょうか」
「……いえ、いいの。気にしないでちょうだい」
会えない時は会いたかった。傍にいって喋りたい、それが願いだった。なのに、いざこうして向き合うと、器用に喋ることはできない。
突き付けられた現実に、ミリアムは戸惑っていた。
言いたいことはたくさん。喋りたいこと、やりたいことも、色々あった。それなのに、現実には、何とも言えない空気を作り出すことしかできていない。そんなことをしたくてロゼットに会いにきたわけではないというのに。
「それより。ミリアムさん、お疲れ様でした」
「……ロゼット?」
「なぜそのような顔をされるのです。胸を張って下さい、皆のために力を尽くしたのですから」
「たいしたことはしていないわ。……それと、貴方に言われるとちょっと照れるわ」
少しして、ミリアムは言葉を放つ。
「私ね……この騒ぎが落ち着いたら、改めて謝ろうと思うの」
「どなたにです?」
「電撃を浴びせてしまったあの人に。あのまま放置じゃ、私、悪い人になってしまうもの」
テントの中の騒々しさも徐々に落ち着きつつある。
新たな負傷者が運び込まれてくることが減ったから、だろう。
◆
その後、ミリアムは前に電撃を浴びせてしまった男性のところへ向かった。
周辺の人から聞いた話によれば、その男性は前線には出ていなかったそうだ。それを聞いて、ミリアムは納得した。見かけなかったはずだ、と。
そうしてミリアムがたどり着いたのは、仮設テントから徒歩数分の距離にある一軒の店。
初めて入る食料品店だ。
「……貴方、よね。その……今さらかもしれないけれど、この前はすみませんでした」
男性は食料品店でアルバイトをしていた。その時はちょうど、棚に味噌を並べているところだった。そんなところにミリアムがいきなり現れ、声をかけたものだから、男性は両手に持っていた箱入り味噌を床に落としてしまう。驚きすぎてのことだ。
「あっ……落ちたわよ?」
「な、何しに来た!」
「警戒しないでほしいの。もう能力を使う気はないわ」
「寄るなぁ!」
「ちょっとちょっと、落ち着いて。危害を加えたりしないから。私はただ、話がしたいだけなの」
まずは落ち着いてもらい、それから事情を説明して、ようやく話ができる状態になった。
男性はアルバイトとして雇われている。そのため、男性に時間を割いてもらうためには、店主と話をする必要があった。男性がサボり扱いされないようにしなくてはならなかったからだ。
店主への説明はミリアムが行った。
その結果、男性を借りることができることになった。
「ごめんなさい。無理を言って」
「……あぁ、いや」
店の奥の談話室にて、ミリアムは男性と二人になる。
お茶の入った小さい湯呑みだけは貰えた。
「この前はごめんなさい。あんなことになってしまって」
「……怖かったが、怒ってないから……その、もう気にしないでくれな」
「わざとではないとはいえ、能力者が非能力者に手を出すなんてあってはならないことだわ。許してくれとは言わないけれど、謝らせてほしかったの」
とにかく気まずかった。というのも、男性が妙に大人しかったから、予想以上に話が進まなかったのだ。ミリアムはもう少し何か言われるものだろうと考えていたので、この展開は意外だった。
「もう気にしなくていいからさ、そんなに謝らないでくれよ」
「でも」
「いいんだ! ……あの時はこっちもどうかしてた」
「……それは多分、紛れ込んだ能力者に精神をコントロールされていたのだと思うの」
それからも、しばらく、ミリアムは男性と語り合うことを続けた。
最初は能力を使ってしまったことへの謝罪をミリアムが行っていた。が、時が経つにつれて、話の方向性が変わっていく。ただしそれは悪い変化ではなかった。二人の心の距離が近づいていっているからこその変化だったのだ。
二人はお茶を飲みながら、談話室内にて話を続ける。
その話題は主にくだらないようなこと。ただ、それでも、意味がないことはなかった。むしろ有意義だったくらいだ。なんせ、心が接近したのだから。
「今日は謝らせてくれてありがとう」
「いやいや! こっちこそ、色々聞けて楽しかった!」
「じゃあまた。お仕事頑張って」
「もちろん!」
男性に謝罪した帰り道、空には虹がかかっていた。
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