アイネと黄金の龍

四季

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8話 「決断の時」

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「覚悟しなよ!」
 巨体から発される耳をつんざくような声。いつものソラと同じ声のはずなのに、とてもそうは思えない。
 龍となったソラは伯母を凪ぎ払おうと長い尾を振り回す。あんなのがまともに当たれば即死は免れないだろう。巻き起こされる風だけでも嵐のようだ。伯母は恐怖のあまり涙目になって逃げようとするが、慌てているせいで足が絡まる。何度もつまずいて転けそうになっていた。
「ソラ!止めて!」
 あまりに憐れに逃げ回る伯母がさすがに可哀想になり、ソラを制止しようと声をかける。
「……アイネ」
 黄金に輝く巨大な龍の青緑色をした宝玉のような瞳が私を見た。
「待っていて。あんな酷いやつは僕が始末してあげる。アイネを傷つける者は許さない」
 冷ややかな声で言うソラ。私は首を横に振る。
「お願い、止めて」
 伯母のことは好きではないが死んでほしいというほどの憎しみがあるわけではない。
「……何を言っているんだい?君はあんなに嫌がっていたじゃないか」
 ソラは長い首を伸ばして逃げる伯母の服の襟を軽く噛むと、空高く持ち上げる。
「私を育ててくれた人なの!だから殺さないで!」
 可能な限り大きく言ったが、伯母を殺すことに執着してしまっている彼には聞こえていないようだ。
「暴れるのは止めて!」
 私が再び叫んだ時、ソラはようやく動きを止めた。青緑の瞳が微かにこちらを見る。私は視線を合わせて頷く。
 するとソラはくわえていた伯母を地面に落とし、金の粉を舞わせながら人の姿に戻った。
「い……一体なんなの……」
 地面に落とされた伯母は疲れきった顔をしている。幸い、酷い怪我はないようだ。
 良かった、と思った瞬間。安堵して気が緩んだのか足がよろけ転けそうになる。倒れかかった私を人の姿に戻っているソラが支えてくれた。
「しっかりして」
 青緑の透き通った瞳が不安の色を湛えている。ソラの手が私の手を包む。とても温かい。
「……ソラ。平気よ。私は、ちょっと……眠たいだけ」
 身体が妙に重たい。もうそろそろ死ぬのかもしれない。この時になってようやく受け入れることが出来た。
「駄目だよ、アイネ。こんなところで。絶対に駄目だ」
 悲しそうな面持ちで何度も繰り返す。
「こんなの……どうして!」
 ソラが苦しそうに漏らした刹那、背後にいた伯母が口を開いた。
「貴方のせいよ。貴方が無理させたから、アイネの命が縮んだのよ!」
 よくもそんなことを言えるものだ。目の前にいる悲しんでいる者に対して追い討ちをかけるようなことを言うなんて、この上ない卑怯者。
「すぐに去れ。さもなくば、次は殺すぞ」
 ソラは恐ろしい形相で伯母を立ち去らせると、こちらに向き直り、悲しそうに顔を歪める。
「僕のせいなの?僕が君を不幸にした?」
「……違うわ。ソラは何も……悪くないの……」
 何とかしてそれを伝えたかった。
 ソラに罪はない。誰が何と言おうが彼は悪くないのだ。彼は私の勝手に付き合ってくれていただけ。
「そんな悲しそうな顔をしないで。私は大丈夫だから……」
 その時は迫ってきていた。自身に残された時間がほんの僅かだということが手に取るように分かる。
 ただ、私はもう死にたくないと嘆くことはなかった。何もかも諦めて生きてきた私が、この生涯のうちで奇跡的に唯一愛したソラ。彼の腕の中で死んでいくのなら一番幸せな道だろうと思える。
 私はそっと目を閉じた。湖のほとりで二人で過ごした、とても楽しかった日々が蘇る。そして、あの夜、黄金の龍に乗って見て回った景色。
「アイネ。僕はもう迷わない」
 薄れゆく意識の中、ソラの小さな声を聞いた。
「君を救う。例えそれが禁忌だとしても」

 気付けば私は見たことのない世界に立っていた。
 真っ白な空間にただ一人。なのに寂しくはない。ぼんやりと暖かく、心地よい優しい風が吹いている。
 何が起きているのかよく分からぬまま立っていると金色の粉が穏やかに舞った。手を伸ばしてみるが掴むことは出来ない。やがてそれは人の形となる。
「……ソラ?」
 私は思わずぼやいた。
 美しい金髪、整った顔、そして青緑色をした透き通った瞳。その姿は、どこからどう見てもソラだった。
「……私は死んだの?」
 一番に尋ねる。
「いいや。君は死なない」
 目の前の彼は首を横に振りながらそう答えた。
「君は生きてゆける。僕の命を与えたから」
 言いながらゆっくり笑みを浮かべるソラ。私は信じられない思いで彼を見た。
「どうして……それは禁忌だって言っていたじゃない。禁忌を犯せば永遠に闇の中にいなくちゃならなくなるって、前に教えてくれたでしょ?」
 ソラは静かに笑みを浮かべたまま、私の問いに答えることはせずに歩き出す。どこへ向かっているのか分からないが、私は彼の背を追いかけるように歩いていった。
 長い長い道のりは、全てが真っ白だった。埃一つない、白以外は全くない世界だ。もちろん色もない。退屈で、でもどこか心が癒される。私はしばらくの間、そんな道を歩いた。
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