アイネと黄金の龍

四季

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4話 「幸せな日々」

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「ねぇ、ソラ。改めて頼みたいの。お願い。私に命を分けてもらえない?」
 私は改めて頼んでみるが、
「絶対ヤダ」
 これの一点張りだった。余程嫌らしい。彼は繊細な外見とは裏腹に頑固なところがあるようだ。
 しかし、断るだけというのも悪いと思ったのか、ソラはこう言ってくれた。
「命はあげない。けど叶えられる願いならあるかもしれない。アイネ、君の願いは何?」
 ……願い。そのほとんどはもうとっくに諦めたが、今でも諦めきれないものが一つある。
 私はいつもとは逆に、こちらから彼の瞳を見詰める。
「私、いろんなところへ行ってみたいの」
「いろんなところ?」
「都市っていう大きな街とか、山とか砂漠とか花畑。あとは海にも行ってみたい」
 本で読んだことはあるがこの目で見たことはない世界。いつか自分の目で見てみたいとずっと思っていた。ただ、病院の外へ出ることすらままならない私にはほぼ不可能な願いだが。
「ふぅん、そんなこと」
 興味がないようだ。ソラは本当に分かりやすい。
「本で見るのと本物を見るのは違うと思うの。香りとか空気とか、生じゃなくちゃ分からない感動がきっとあるわ」
 すると彼は雨の降る空を見上げた。
「いつか叶うといいね」

 次の日は晴れだった。私は朝一番、密かにがっかりした。こんなに雨を望むことは今までにない。だが来てくれるかもしれないという一僂の望みを信じ、一番お気に入りの本を持って、湖へと歩いていった。
 するとソラは既に来ていて、大岩の上にいた。金色の飾りが太陽光を受け、いつもに増して輝いて見える。
「来てくれたのね!」
 晴れなのにいる!私は嬉しくなった。
「放っておくのも何だか悪かったし。なんせ、僕は永遠に退屈だから。晴れは乾くから苦手なんだけど」
 晴れは乾く、なんておかしな表現をするものだ。余程晴れが嫌いなのか。
「それで?今日は何か持ってきたのかい」
 私は持ってきた本を彼の目の前に差し出す。
「もちろん!これを持ってきたわ。私の好きな本よ」
 数年前に医者が買ってきてくれた中古の本で、恋愛あり戦いありの冒険物語だ。しかも主人公が少女というのもあって、とても面白かった。
「ふぅん、いいね」
 彼はこちらを見てから、大岩の上を手で軽く叩く。
「ここ座っていいから、読んでみせてよ」
 大岩が高くて登れずもたついているとソラは片手をこちらへ差し出した。男性らしからぬ華奢で美しい手。それを掴むと、彼は私を一気に大岩の上まで引き上げた。
「ありがとう」
 お礼を言うと、ソラは片側の口角を微かに上げるいつもの笑みを浮かべる。
「さ、読んでみせてよ」
 本には興味があるみたいだ。
 私が本の表紙を開き物語を読み始めると、彼は首を伸ばし、その整った顔を私の顔のすぐ横辺りまでもってくる。あまりに距離が近いので恥ずかしくて顔から火が出そうだったが、私は気にしないふりをしつつ読み進めた。
「……おしまい」
 最後まで読み終えると、彼の方に目をやり尋ねる。
「どう?面白いでしょ」
「確かになかなか興味深いね」
 彼は集中したような表情で本を覗き込んだまま、静かな声で答えた。
「こんな若い女の子が剣を持って戦うところとか、騎士が実は人間じゃないところ。なかなか想像力が高いね」
 それから視線を私にやる。
「この騎士、人間じゃないのに死ぬのがよく分からないけど」
 真面目な顔でそんなことを言うものだから、笑いが込み上げてくる。
「死なない方が珍しいのよ」
「へぇ、そういうものなんだ」
 それからしばらく、透明な水面を眺めながら、本の内容について語り合った。
 誰かと話していて楽しいと思うのは久々、いや、初めてに等しいかもしれない。母を除けば完全に初めてだ。

 次の日は初めて村のケーキ屋さんへ買い物に行った。私の好物であるイチゴショートケーキを二つ買い、湖へと向かう。
「アイネ。来たんだ。今日は何を持ってきたんだい」
「ショートケーキよ」
 どうやらソラはショートケーキというものを知らないらしく首を捻っている。
「ソラは何でも食べられる?」
 人間でないなら人間の食べ物を食べられないかもしれない、というそんなちょっとした思い付きだ。
「僕に不可能はないよ」
 だが、それも不要な心配だったようだ。
 ショートケーキを一つ箱から取り出して渡す。ソラは受け取ったショートケーキを、初めて見るものを調べるようにじっくりと見ている。立派な身形をした青年がイチゴショートケーキをちょこんと手に乗せているというアンバランスな光景は、なんとなく面白さを感じさせる。
「これは食べられるんだね?」
 ソラは散々眺めた後、最後にそう確認する。私が頷くのを見ると付属のフォークでショートケーキを口に運んだ。
「……甘いね」
 味覚は人間に近いようだ。
「美味しいけど、この赤い実は酸っぱいよ」
 不満げにイチゴを指し示す。
 甘いケーキの部分を先に食べたから、イチゴを酸っぱく感じたのであろう。やはり人に近い味覚をしている。
「それに、何だかつぶつぶしてて口に残るよ」
 不満を漏らしている。
「赤い実はイチゴっていうの。イチゴが酸っぱいのは先にケーキを食べたからよ」
 甘いものの後に食べると酸味を強く感じやすいものだ。単体だと十分甘いが。
「つぶつぶするのは仕方ないわね。そういうものなの。だけど慣れればだんだん気にならなくなるはずよ」
「へぇ、そういうものなんだ」
 彼は愚痴を言いつつも美味しそうにイチゴショートケーキを完食した。
「君は色々なことに詳しいね」
「いいえ、そんなことないわ」
 その時だった。
 突然身体が重くなり、視界が悪くなる。不味い、と私は内心焦るがもう遅い。
 ——そこで私の意識は途切れた。
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