アイネと黄金の龍

四季

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1話 「十七の誕生日」

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 今日は十七歳の誕生日。
 私を一人で育ててくれた母は五年前に亡くなり、現在はその姉、伯母がその代わりの役割を果たしてくれている。
 十七歳、といえば普通は青春まっしぐらだろう。友達と遊んだり、恋をしたり、人生に一度きりの楽しい時期だとか。だけど私には友達も恋人もいない。
 湖に転落した事故以来、私は突然気を失う病を患ってしまった。それが全ての元凶だ。村の医者に何度診てもらえど原因は不明のまま、発症する頻度は増加するばかり。私はついに入院することとなり、一日のほとんどをこの病室で過ごす生活が始まったのだ。
「アイネちゃん、起きていたのね。また本を読んでるの?」
 週に一度くらいだけ訪ねてくる伯母が病室に入ってくる。
「……はい」
 彼女は、いつも本ばかり読んでいる私を、変わった子と思っている様子が窺える。
「裁縫とか編み物とか、もっと女の子らしいことをしたらどう?必要なら物は持ってきてあげるわよ」
「……結構です」
 自身の意見を押し付けてくる伯母は正直苦手だ。私のためを思って言ってくれているの分かるが、こちらからすれば、余計なお世話。
「私は本が好きなんです」
「あら……、そう」
 伯母は口元を手で隠し、いかにも上品そうに笑う。だが浮かんでいる笑みは嘲笑う笑み。私にはそれが分かる。
「まぁいいわ。今日は誕生日よね。夜、お医者様と私とアイネちゃんで誕生会をしましょう。最後のお誕生日だものね」
 そう、私は余命一年。原因不明の病のせいで、こんなことになってしまった。余命が分かるのなら原因も分からないものかと思うところはあるが、小さな愚痴をぼやいたところで運命は変わらない。
「お誕生日ケーキを用意しなくちゃいけないわね。あとプレゼントも。夜を楽しみに待っていてちょうだい。今から買い出しに言ってくるわ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、また後でね」
 伯母は優しい微笑みを浮かべて病室の外へ出ていった。私は本に視線に戻す。
 ようやく一人になれたので息を吐き出す。世話をしに来てくれるのはいいが、私は伯母が苦手なのだ。憐れむような笑みがどうにも慣れない。

 病室で夢中になって本を読んでいると、あっという間に夜になった。
「アイネちゃん、十七歳のお誕生日おめでとう」
 紙袋を持った伯母と医者が病室に入ってくる。
「これがプレゼントよ」
 伯母が、綺麗に包装された、両手に乗せられるくらいの大きさをした箱を渡してくる。
「ありがとうございます」
「開けてみて」
 苦手な人からの贈り物。あまり気が進まないがやむを得ずプレゼントを開けてみる。二色の毛糸玉と編み棒が入っていた。
「素敵な贈り物でしょう?」
「……はい。嬉しいです」
 恩着せがましい態度が気に食わないが物をもらってしまっては仕方ない。
「ケーキも用意しているよ。最近村で流行りのイチゴショートケーキだよ。さぁ、どうぞ」
 真っ白でふんわりしたたっぷりのクリームで包まれたケーキに、可愛らしくイチゴがたくさん盛られている。白と赤のコントラストが食欲をそそる。
「こんなにイチゴ!私、イチゴ大好きなんです!」
 幼い頃はよく母がイチゴをたべさせてくれたものだ。
「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。すぐに準備して、一緒にケーキを食べよう!」
 いつも一人で過ごしている私からすれば、この病室に三人は多すぎる気がする。みんなで集まるような広い部屋ではない。
 ただこの日、私は幸せを感じた。伯母も医者も笑顔で私の最後の誕生日を祝ってくれた。上辺だけかもしれない。それでもいい、と思った。

 楽しかった誕生日会も終わり私は床についた。こんな風に楽しんだのはいつ以来だろう。今は思い出せない。
 もしかしたらこれが最後かもしれない……。不安を掻き消すように私は眠るのだった。

 目が覚めた時、窓の外はまだ暗かった。雨音が静かに響いている。どうやら雨が降っているらしい。
 やけに喉が渇いている。水を汲むため、給水器がある廊下へ出ようと思いドアまで歩いていったが、ふと異変に気付く。人の気配だ。覗き穴から外を覗くと、伯母と医者の姿が見えた。
 何か話している。私は聞こうと耳をドアにぴったりとくっつけ、息を潜めた。
「あと一年であの子が死ねば、私も楽になります。ほほっ」
「これこれ、ハッキリ言い過ぎですぞ。彼女が聞いていたらどうするのです」
「まさか。アイネは寝ていますもの。あの子が聞いているわけありませんわ」
 聞こえるのはそんな話し声。私は信じられない思いで聞き続ける。
「こう見えて私、結構苦労してるんです。あんな奇病の娘を世話しているというだけで、周囲から気味悪がられますもの」
「ほぉほぉ」
「だというのにあの子は本を読んでばかり。私が会いにいってあげてもちっとも嬉しそうにしないんです。何ならもう訪問止めようかしら……」
 我慢が限界に達し、凄まじい勢いでドアを開ける。
「もう来なくて結構です!」
 私を見た伯母は突然のことに驚いた顔をしている。
「あ……アイネちゃん……」
「ご心配なく!私もう、ここから出ていきますから!」
 そう吐き捨て、病院を出ていくことにした。見慣れた廊下を走り抜け、夜でも簡易の鍵しかかかっていない裏口へ回る。内側からなら簡単に開けることが可能だ。そして外へ出た。雨粒が地面の水溜まりにあたり跳ねる音が大きい。

 そして私は、雨降る夜の闇へ駆け出した。
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