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三十四話「カザフさん、手助けすることを選ぶ」
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「いきなりごめんなさい。お邪魔するわね」
カザフがナナと一緒に住み始めてから一週間ほどが経ったある日、アクセサリー屋にリズがやって来た。
良質な長い黒髪と妖艶な容姿を持つ女性、リズ。
以前は舞台で輝く星のような衣装をまとっていたが、今は違っていた。
そもそも髪型が違い、長い髪は後頭部で一つに束ねて、ポニーテールにしている。服装は、紺のケープの下に胸の上側だけが見えるワンピース。長い脚には黒のストッキングを着用しており、靴は黒い革製のショートブーツだ。
そんな彼女を、ナナは明るい表情で迎える。
「あ! リズさん!」
複雑な感情を抱いていても、リズが良い客であることに変わりはない。だからナナは明るく接している。
「実はね、今日はカザフさんにお話があって来たの」
「カザフさんに、ですか?」
「えぇ。冒険者に関することで少し相談があって」
カザフに用があったのだと知っても、ナナは笑顔を崩さない。
「分かりました! では呼んできます!」
「ありがとう……助かるわ」
◆
「それで、僕に話とは何でしょうか」
ナナに呼ばれて駆けつけたカザフは、自分に会いに来た相手がリズだと知って苦々しく思いながらも、平静を装う。
「丁寧語は止めてちょうだい。普通に話してもらって構わないわ」
リズは目を細めながらにっこり笑い、そう言った。
「あ、じゃあ……そうするよ」
「どうもありがとう。その方が馴染めるわ」
リズの声は鈴の音のよう。軽やかながら柔らかく、さらにどことなく色気があって。聞いていると不思議な気分になってくる声だ。
彼女と言葉を交わしながらも、カザフは時折ナナをちらりと見る。ナナが不機嫌になってきていないかを定期的に確認しているのだ。
「それで、用は何かな?」
カザフが改めて尋ねると、リズは口角を軽く持ち上げながら答える。
「今度探索大会に参加するのだけど……その時あたしの探索を手伝ってほしいの」
探索大会、という言葉は、カザフも聞いたことがある。
それは、冒険者のための催し物。決められた時間内に、指定された洞窟で指定された内容を行い、その出来を競う。そういうイベントだ。
「えっと、開催はいつ?」
「明後日よ」
「えぇっ……! そんなにすぐ?」
「そうなの。ごめんなさいね、こんな急で」
カザフとリズの話を近くで聞いていたナナは「そんなイベントもあるんですね!」と感心していた。
「実はあたし……冒険者仲間から嫌がらせされているの。前回の探索大会の時も、集めた素材をこっそり盗まれたりされたわ。どうしても許せなくって」
カザフが何か言うより早く、ナナが口を開く。
「酷い! それは酷いですっ!」
ナナは怒っていた。
「他人ひとの物を盗むなんて、ナナも許せません!」
「……ありがとう。そう言っていただけると、救われるわ」
一緒に怒ってくれたナナに、リズは感謝の気持ちを述べた。
「もちろんです! イジメは良くないです!」
ナナは両の拳を握りながら憤慨している。
「カザフさん、これは力を貸して差し上げるべきですっ」
「え。でも……」
「ナナは協力してあげる方が良いと思いますよ!」
カザフは、ナナが「力を貸してあげた方が良い」なんて言ってくるとは、微塵も考えていなかった。それに、リズに力を貸したりしたら、ナナに怒られるものと思い込んでいた。
それだけに、今のナナの発言はカザフにとって驚くべきことだ。
「本当に良いの? ナナちゃん」
「はい! 事情が事情ですから、文句は言いません!」
念のため確認してから、カザフはリズに視線を向ける。
「じゃあ、協力できることは協力するよ」
「ありがとう。助かるわ」
◆
翌日、カザフはリズと共に、目的地へと旅立つ。
二人が向かうのはパルテム大陸の南の端にある港町だ。
「馬車で行くなんて、新鮮だよ」
「あたしはいつも馬車移動しているのよ。体力がないから」
「そうなんだ……」
長距離の移動となれば、冒険者であっても、馬車を使うことは少なくない。カザフは基本徒歩移動だったが、そちらの方が珍しい部類だ。
「それにしてもカザフさん。ナナちゃんに凄く気を遣っているのね」
馬車に乗っている最中、リズは突然ナナに関する話題を出してきた。そのことにカザフは戸惑う。
「え? そ、そうかな。そんなことないよ」
「そうかしら。あたしにはそう見えたけれど」
「じゃあそうなのかな……まぁ、僕にとってナナちゃんはとても大事な人だから」
控えめな調子で述べるカザフの顔を見て、リズは、カザフのナナへの想いを悟る。カザフは心からナナを大切にしているのだと、リズは感じ取ったようだ。
「そう……それは素晴らしいことだわ」
「え。ありがとう」
「大事な人を一番に考えられるって、素敵なことよ」
リズは紅を引いた口角を持ち上げて微笑みながら、カザフに言葉をかける。
「これからも、あの娘こを大事にしてあげてちょうだいね」
「う、うん! それはもちろん!」
それから二人の間でナナの話が出ることはなかった。
カザフはリズの冒険者としてのバトルスタイルについて尋ね、リズは魔法を中心に戦うスタイルの冒険者であることをカザフに伝えていた。
カザフがナナと一緒に住み始めてから一週間ほどが経ったある日、アクセサリー屋にリズがやって来た。
良質な長い黒髪と妖艶な容姿を持つ女性、リズ。
以前は舞台で輝く星のような衣装をまとっていたが、今は違っていた。
そもそも髪型が違い、長い髪は後頭部で一つに束ねて、ポニーテールにしている。服装は、紺のケープの下に胸の上側だけが見えるワンピース。長い脚には黒のストッキングを着用しており、靴は黒い革製のショートブーツだ。
そんな彼女を、ナナは明るい表情で迎える。
「あ! リズさん!」
複雑な感情を抱いていても、リズが良い客であることに変わりはない。だからナナは明るく接している。
「実はね、今日はカザフさんにお話があって来たの」
「カザフさんに、ですか?」
「えぇ。冒険者に関することで少し相談があって」
カザフに用があったのだと知っても、ナナは笑顔を崩さない。
「分かりました! では呼んできます!」
「ありがとう……助かるわ」
◆
「それで、僕に話とは何でしょうか」
ナナに呼ばれて駆けつけたカザフは、自分に会いに来た相手がリズだと知って苦々しく思いながらも、平静を装う。
「丁寧語は止めてちょうだい。普通に話してもらって構わないわ」
リズは目を細めながらにっこり笑い、そう言った。
「あ、じゃあ……そうするよ」
「どうもありがとう。その方が馴染めるわ」
リズの声は鈴の音のよう。軽やかながら柔らかく、さらにどことなく色気があって。聞いていると不思議な気分になってくる声だ。
彼女と言葉を交わしながらも、カザフは時折ナナをちらりと見る。ナナが不機嫌になってきていないかを定期的に確認しているのだ。
「それで、用は何かな?」
カザフが改めて尋ねると、リズは口角を軽く持ち上げながら答える。
「今度探索大会に参加するのだけど……その時あたしの探索を手伝ってほしいの」
探索大会、という言葉は、カザフも聞いたことがある。
それは、冒険者のための催し物。決められた時間内に、指定された洞窟で指定された内容を行い、その出来を競う。そういうイベントだ。
「えっと、開催はいつ?」
「明後日よ」
「えぇっ……! そんなにすぐ?」
「そうなの。ごめんなさいね、こんな急で」
カザフとリズの話を近くで聞いていたナナは「そんなイベントもあるんですね!」と感心していた。
「実はあたし……冒険者仲間から嫌がらせされているの。前回の探索大会の時も、集めた素材をこっそり盗まれたりされたわ。どうしても許せなくって」
カザフが何か言うより早く、ナナが口を開く。
「酷い! それは酷いですっ!」
ナナは怒っていた。
「他人ひとの物を盗むなんて、ナナも許せません!」
「……ありがとう。そう言っていただけると、救われるわ」
一緒に怒ってくれたナナに、リズは感謝の気持ちを述べた。
「もちろんです! イジメは良くないです!」
ナナは両の拳を握りながら憤慨している。
「カザフさん、これは力を貸して差し上げるべきですっ」
「え。でも……」
「ナナは協力してあげる方が良いと思いますよ!」
カザフは、ナナが「力を貸してあげた方が良い」なんて言ってくるとは、微塵も考えていなかった。それに、リズに力を貸したりしたら、ナナに怒られるものと思い込んでいた。
それだけに、今のナナの発言はカザフにとって驚くべきことだ。
「本当に良いの? ナナちゃん」
「はい! 事情が事情ですから、文句は言いません!」
念のため確認してから、カザフはリズに視線を向ける。
「じゃあ、協力できることは協力するよ」
「ありがとう。助かるわ」
◆
翌日、カザフはリズと共に、目的地へと旅立つ。
二人が向かうのはパルテム大陸の南の端にある港町だ。
「馬車で行くなんて、新鮮だよ」
「あたしはいつも馬車移動しているのよ。体力がないから」
「そうなんだ……」
長距離の移動となれば、冒険者であっても、馬車を使うことは少なくない。カザフは基本徒歩移動だったが、そちらの方が珍しい部類だ。
「それにしてもカザフさん。ナナちゃんに凄く気を遣っているのね」
馬車に乗っている最中、リズは突然ナナに関する話題を出してきた。そのことにカザフは戸惑う。
「え? そ、そうかな。そんなことないよ」
「そうかしら。あたしにはそう見えたけれど」
「じゃあそうなのかな……まぁ、僕にとってナナちゃんはとても大事な人だから」
控えめな調子で述べるカザフの顔を見て、リズは、カザフのナナへの想いを悟る。カザフは心からナナを大切にしているのだと、リズは感じ取ったようだ。
「そう……それは素晴らしいことだわ」
「え。ありがとう」
「大事な人を一番に考えられるって、素敵なことよ」
リズは紅を引いた口角を持ち上げて微笑みながら、カザフに言葉をかける。
「これからも、あの娘こを大事にしてあげてちょうだいね」
「う、うん! それはもちろん!」
それから二人の間でナナの話が出ることはなかった。
カザフはリズの冒険者としてのバトルスタイルについて尋ね、リズは魔法を中心に戦うスタイルの冒険者であることをカザフに伝えていた。
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