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二十三話「カザフさん、手当てして帰る」

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 ナナはカザフに駆け寄ってくる。

「カザフさんっ。背中、大丈夫ですかっ!?」

 青い顔をした彼女の表情は固いものだった。ラピスのような瞳は、まだ、恐怖に満たされている。ただそれでも、ナナはカザフのことを思い、心配していた。

「うん。僕は大丈夫だよ」
「よ、良かっ——」

 言いかけて、ナナはよろける。

 バランスを崩した華奢な体を、カザフは咄嗟に支え——そして気づく。

 彼女の腕に赤い染みができていることに。

 そして、それに気づくと同時に、一匹目の狼風魔物の口もとが赤かったことを思い出す。
 その個体を見た時は、どこかで誰かを既に襲った個体なのかな、としか思わず。既に襲われた人物がナナだという発想には至れなくて。

「もしかして、最初のやつに負わされた傷があるのかい!?」
「……ご、ごめんなさい……しっかりしなくちゃ駄目ですよね……」
「すぐに応急処置をするよ!」

 緊張から解放されてきたからか、ナナの体が脱力していく。
 カザフは彼女の体を両腕で持ち上げ、自分が寝ていた方のベッドにナナを横たわらせる。そして、すぐに荷物のところへ向かい、袋から、清潔な布と包帯、傷薬を取り出す。

「ちょっと待ってね」
「カザフさん……怪我は……?」
「それは後。今はナナちゃんが先だよ」

 カザフは処置に必要な物をすべて取り出すと、簡単な手当てを始める。

「ちょっと袖を捲るね」
「はい……」

 彼は専門的な知識を持った医者ではない。けれども、冒険者をやっていく上で必要なので、傷の応急処置くらいはマスターしている。父親のようだった人から、子どもの頃に一通り習ったのだ。

 カザフの場合、何人かでチームを結成して仕事に向かうタイプの冒険者ではないので、自分以外の人の傷を手当てする機会というのはあまりない。
 けれど、自分の手当てはできて他人の手当てはできないなんていうことはないから、ナナの手当てだってお手の物だ。

 ……ナナの腕は細いから、触れる時に折ってしまわないか緊張してしまうという部分はあるが。


 ◆


 十分ほどでナナの手当ては終了した。

「よし! できた!」
「終わり……ですか……?」
「うん。包帯巻けたよ」

 ナナは横になったまま腕を上げ、腕の様子を目で確認する。そして、包帯が丁寧に巻かれているのを見ると、安堵の溜め息を漏らした。

「ありがとうございます……。あ、そうでした。カザフさん、背中噛まれて……」
「僕は平気だよ。あれは毒牙を持つ魔物じゃないし」
「でも……血が出てます……」

 そう述べるナナの瞳は、涙で潤んでいる。
 きっと、不安で仕方がないのだろう。
 だがそれも無理はない。ナナは冒険者ではなく一般人なのだから、魔物に襲われたり怪我しているのを見たりすれば、不安にもなるだろう。

「ん? 血くらい出ることもあるよ」
「え、えぇっ……」
「ナナちゃんの腕が早く良くなるように願っておくからね」
「カザフさん……自分のことも少しは心配して下さい……」


 ◆


 結局、狼風魔物の襲撃は、カザフらの部屋だけで起きたわけではなかったそうだ。すべての客室が襲われたわけではなかったようだが、半数以上の客室が多かれ少なかれ被害を受けたらしい。
 ただ、宿に泊まっているのは冒険者が多くて。それゆえ、死者が出ることはなかったそうだ。

「魔物が来るなんて、びっくりしましたね」
「うん。本当に」

 ナナもカザフもたいした怪我ではなかったため、予定通り宿を出発することができた。

「あの、ナナの荷物も持ってもらってすみません……」
「気にしないでいいよ」

 軽傷ではあるものの、ナナは片腕に傷を負っている。その腕で重い荷物を持つのは負担になるだろうから、今は、彼女の荷物もカザフが持っている状態だ。

「怪我させちゃってごめんね、ナナちゃん」
「い、いえ。こちらこそ、助けていただいたことを感謝しています」

 二人は道を歩いていく。

「あ! そうでした!」
「忘れ物?」
「旅のお礼のペンダント、もう作っていますから!」
「おぉ……それは嬉しいな」

 魔物騒ぎはあったものの、旅自体は非常に楽しいものだった。カザフもナナも、楽しめた。散策したり、買い物をしたり、ご飯を味わったり。なかなか良い旅となった。

「ナナちゃんのアクセサリーは良いよね、どれも可愛くて」
「褒められたら……照れます」
「どんなのができたか、楽しみだよ」
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