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四話「カザフさん、ハルマチクサ探す」

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 足を進めるたび、しゃり、と音がする。それゆえ、歩いている時はかき氷を作っているような音になる。
 カザフはその音が好きだった。
 砂利の道を歩くのとも、草の生えた道を歩くのとも違った、不思議な音。それが彼の好みにぴったりとはまっていたのだ。

 アイスロック洞窟の内部構造はそこそこ複雑。
 でも、カザフは、そんなことはまったく気にしていない。

 美しい見た目と歩くたび鳴る個性的な音が、好みに合い過ぎていて、他の部分を気にするなんてことはできない状態だったのだ。

 のんびり進んでいたカザフは、やがて、行き止まりに達する。

「行き止まり……」

 どこにも進める道がない。背後に今来た道があるだけで、袋小路のような状態の場所。

「ここが奥なのかな?」

 カザフは一人呟きながら、辺りを見回す。

 まず上を見る。天井は高いが、穴などは見当たらない。微かに青みを帯びて見える透明の氷に覆われた天井があるだけだ。
 次に左右を見る。すべて壁だ。ごつごつした岩の壁に薄く氷が張っているが、ただそれだけ。

 じっくり確認してみても、これ以上進めそうにはない。

「ここが最深部なのかな……」

 人はおらず、魔物もいないところだ。植物なんてとても生えていそうにない。ハルマチクサはこの洞窟の深いところにあるという噂だったが、見回してみてもどこにも見当たらない。

 噂は所詮噂だったのか——普通なら、そう思ったことだろう。

 でもカザフは違った。
 見回してみて発見できないくらいでは諦めなかった。

「すみませーん! ハルマチクサという植物を探しているんですけどー!」

 洞窟内には誰もいない。そう分かっていながらも、カザフは大きな声を発した。静寂に彼の声だけが響く。

「誰かいますかー?」

 返事はないが、カザフはまだ諦めない。

「すみませーん!」

 言葉を発しても、何も返ってこない。それでも彼は繰り返し声を発する。はぐれた仲間を探しているかのような声色で、言葉を発し続ける。
 だがそれからも返事はなかった。

 ——しかし数分後。

 それまでカザフの声しか響いていなかった洞窟内に、突如、可愛らしい甘い声が広がる。

『何じゃ? お主は』
「あ! 誰かいるんだね!」
『誰か、とは失礼じゃ』

 直後、カザフの目の前に一人の少女が現れた。

 カザフよりずっと小さな背の、十代前半くらいに見える少女。裾にかけて青みを帯びた白色の髪はやや外はねで、肩甲骨の辺りまで伸びていた。また、爬虫類のような黄緑の双眸は、人を遥かに超越した迫力のようなものをまとっている。眉はやや太め。そして、身につけているのは、和服をアレンジしたような青のワンピースに白いレギンス、そして素足に紺のサンダルだ。

 世界観が掴めない、不思議なファッションである。

「え! お、女の子?」

 いきなり少女が登場したことに戸惑うカザフ。

「妾はこの洞窟の守り神じゃ。そこらの女子と思うな」

 現れた少女は不満げに言う。
 どうやら、ただの女の子だと思われたくないようだ。

「まぁ……だよね。こんなところに普通の女の子がいたら不自然だしね」
「そういうことじゃ」

 それから少女はウインクする。

「で。お主の願いは何じゃ?」

 少女がいきなり放った問いに、カザフは戸惑いを隠せずにいた。
 願いを聞かれるなんて想定外だったから、どう反応すれば良いのか、すぐには分からなかったのかもしれない。

「ここまで来ることができたということは、お主、凄腕の冒険者なのじゃろう? そんなお主には、特別に、妾が願いを一つ叶えてやろう!」

 少女は妙に上から目線。
 しかしカザフは怒らない。

「え……ほ、本当に?」
「もちろんじゃ! 嘘はつかん」
「じゃあ……ハルマチクサの在り処を教えてほしいな」

 すると少女は「えっ」というような顔をする。

「それは本気か? 本当にそのようなことで良いのか?」

 少女は、直前までは自信に満ちた顔をしていたが、今は心なしか混乱しているように見える。

「うん、それが知りたいんだ」
「そうか。分かった。ハルマチクサなら妾が生やせるからな、暫し待て」

 そう言って、少女は両手を真横に伸ばす。すると、薄い氷が張った地面がポウッと白く輝き出す。待つことしばらく、白色に輝いていた部分の氷が溶け、地面が露わになってきた。そしてそこから、緑色をした植物の茎のようなものが伸びてくる。

「お、おぉぉ……」

 魔法のような不思議な現象に驚きを隠せないカザフは、無垢な子どものように目をぱちぱちさせている。

 その間も植物は伸びる。
 そして、葉が増え、蕾がつき——やがて花が咲いた。

 ハルマチクサの花弁が雪の結晶のような形をしているという噂は、間違いではなかった。カザフの目の前に現れたハルマチクサは、確かに、雪の結晶をいくつも組み合わせたような花を咲かせている。

 やがて、ハルマチクサが完全な状態まで育つと、少女は問う。

「何本じゃ?」
「二本……貰えたら嬉しいかな」
「そうか! 分かった」

 少女はハルマチクサの茎に手を伸ばすと、躊躇なくズボッと抜いた。
 そして、カザフの前まで歩いてくる。

「これで良いか?」
「えっと、これ、三本あるみたいだけど……」
「一つは妾からのサービスじゃ! お主が男前だからの」

 そう言って、少女はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
 そんな彼女にカザフは頭を下げる。

「三本もありがとう!」

 こうしてカザフは、ハルマチクサを入手できたのだった。
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